サイレンススズカ、翠玉に疾う   作:橋本みちか

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無言の決別

事故だったといえば事故だったかもしれない。そもそもの話使用中のコースを横断することが論外なのでそれといえばそれなのかもしれない。現に横断をしたウマ娘とそのトレーナーには厳しい処分が科されたし、そのウマ娘の今後にも影響してくるだろう。

 

先輩のトレーナーや理事長たちはむしろ私を励ましてくれた。仕方がなかったと。あれは相手が悪いと。君やサイレンススズカの責任ではないと。

 

しかし私は私自身を許せないでいた。

好きにやらせていたとはいえ、なぜトレーナーとして担当ウマ娘に付いていなかったのか。遠く離れた軒下で呑気に画面とにらめっこせずにちゃんと近くに付いてやることができれば、事前に気づくことができたかもしれない。サイレンススズカに安全を確認してから走れと、ひと言伝えることができたかもしれない。いや、トレーナーとしてそうすべきだったのだ。

 

査問では私自身そう説明したし、それについては確かに責があるという話だったのに、なぜ私には何の処分も無いのだろうか。これで許されるのか。―どうしても抑えきれず、処分のあった翌日に、先輩トレーナーに胸の内をぶちまけてしまった。

 

「それはたぶん、お前もサイレンススズカも新人だからだな。」

 

は?と思わず言い返してしまった。それだけ?たったそれだけの理由で?

 

「そうだ。お前はまだ何も知らない。何もわからない。何が安全で何が危険かわからないから、ああやって担当ウマ娘を放置して自分の仕事をやりだす。対して、あのウマ娘はすでにシニアクラス。トレーナーもこの学園に来てからそれなりの月日が経っている。―にもかかわらず、コースを横断しあまつさえ事故を起こしてしまった。加害側にいるっていうのもあるし、監督不行き届きの度合いで言ったら何も知らないお前よりベテランの彼のほうが大きいだろう。」

 

実によくある話だった。何も知らない新人よりも、知りつつも出来つつもそれを怠ったベテランのほうが叩かれる。しかしそういう話なら私も同じだ。

トレーナーとして担当に付いているのは当然で、そのトレーニングは常に注視しておかなければならないのは常識だ。私だってそれを怠っていたのは間違いないのに。

 

「上がそういう判断をしたんだ。もうそれでいいだろ。それとも、まだこの世界に入って数か月のくせに全部わかった気でいるのか?それこそちゃんちゃらおかしい話だ。俺だってわからないこともあるし、やらかしたあいつらだってできないこと、わからないこともたくさんある。どうしても誰かに罰してほしいなんて変な考えはよせ。お前はお前なりにちゃんと成果を出してる。メイクデビューで1着を飾れ、ましてそのままG1からのお誘いが来るトレーナーなんてそうはいない。胸張ってけ。」

 

「もし当てがないなら俺が拾ってやるよ」と言い残し、ぽん、ぽん、と肩を叩き先輩はどこかへと去っていった。

 

そのあとも私はこれに引き摺られて前向きな気持ちになれなかった。結果はどうあれ、サイレンススズカを怪我させたというレッテルはそう簡単に剥がれない。様々なトレーナーに白い目で見られ、直接的でないにしても私の心は徐々に荒んでいった。サイレンスズカにも会いに行くことなく、結局みかねた先輩に拾ってもらい、サブトレーナーというカタチでウマ娘たちのために働いていた。

 

 

 

 

 

 

 

サイレンススズカがまともに走れるようになるにはひと月半を要した。私は、会いに行くことができなかった。そしてこの先も会うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

それから、サブトレーナーという場所に落ち着いて、時間が過ぎていった。

 

必死で走る担当を涙ながらに応援し、一緒に栄光を分かち合った菊花賞。

 

絶対に勝てる確信がありながらも、バ群に埋もれて自分のレースができずに苦汁を味わった秋の天皇盃。

 

レースもそうだけど、それにかかわる何もかもが私にとっては新鮮で、実際に私が走っているわけではないけれど、一緒に戦っているという実感を持つことができた。

 

 

 

 

 

 

 

先輩が担当するウマ娘の最終レースは有マ記念。私も最後まで尽くしたつもりだったけれど、思うような結果とはいかなかった。心底悔しそうな顔をするウマ娘を慰める先輩。その顔にも悔しさが滲んでいた。その姿に、ちょっとだけ、トレーナーとしての「サガ」が私の中で首をもたげた。

 

 

サイレンススズカには会いに行かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年が明けてそれなりに月日が経ち、新しい春。引き続き先輩のサブトレーナーでいるつもりだった。しかし、年度が替わる直前に先輩から呼び出されて、見て見ぬふりをしていた現実を改めて説かれた。

 

「いつまでサイレンススズカを放っておくつもりだ。お前の担当だろうが。たった1年の経験でどうにかなったとは思えんが、あのときよりはましなはずだろ。トレーナーとしての義務を果たせ。」

 

すでにサイレンススズカは全盛の走りを取り戻している。クラシッククラスに進んだものの実績はメイクデビューで1着、それだけだ。それにほぼ半年、トレーナーもつけずにただ走り続けてきたぶん、クラシック、いやシニアのウマ娘と比べてのそん色のない脚をしていた。―今更、どんな顔して会いに行けばいいんだろうか。

 

結局、私は彼女と面と向かって話すことすらできないまま、一方的に、担当トレーナーという関係を断ち切ってしまった。秋川理事長からは非常に驚かれたが、私の心情を慮って、来週のジュニアクラス模擬レースへ私の背中を押してくれた。

 

 

私はサイレンススズカに金輪際関わらないつもりだったし、サイレンススズカもまた私に関わってこなかった。まるですべてが無かったことになったように、互いが互いの道を歩みだした。

 

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