私にとっては2回目の模擬レース。去年見ていて、1着をとったウマ娘よりは最後まで自分の走りを貫けるメンタルを持ったウマ娘がよりトレーナーが付きやすいと思った。
私の場合は半ば利害の一致からあれを引き入れてしまったが、今度はちゃんと寄り添って、ふたりで一緒に歩んでいけるような関係になりたい。
入学の段階で話にあがっているウマ娘はそれなりに居た。
エルコンドルパサー
キングヘイロー
グラスワンダー
スペシャルウィーク
セイウンスカイ
エルコンドルパサーとグラスワンダーはマイルに於いてはクラシッククラスのウマ娘すら差し切る強さ。セイウンスカイはあれを思わせる逃げ。キングヘイローは短距離を制するためのパワーがしっかり備わっており、スペシャルウィークはどんな逆境にも屈しない根性が評価されていた。
今回もコースは芝1600と2000。バ場は良。
さっきあげたウマ娘の中では、エルコンドルパサーとグラスワンダー以外は2000を走ることになった。その他のウマ娘も、マイルだとあの2人に勝てないのはあまりにも自明ということで、2000を走る割合がかなり高くなっていた。
スタートの合図とともに、1600の部が始まる。11人のウマ娘が同時に駆け出し、エルコンドルパサーは先頭集団のやや後方、グラスワンダーは下から3番目の位置で仕掛ける機会をうかがっている。
その後特筆する変化はなかったが、最後のコーナーに入ったあたりからグラスワンダーが加速。最終直線に掛かる頃にトップに躍り出た。それを見たエルコンドルパサーもスパートを掛ける。ほかのウマ娘との差は広がるばかり。そのまま縺れ合いゴールになだれ込んだが、時計はコンマ1秒グラスワンダーに味方した。
なるほど確かにあの突き刺さるような差し足とスパートはクラシッククラスでもいい勝負ができるだろう。G3程度なら今から殴り込んでも獲れるかもしれない。それほどまでにあの2人は完成されていたと同時に、仮にそのどちらかを担当したとして、それを活かしきれず怪我までさせるというリスクに怯えた。
続いて2000の部。スペシャルウィーク、キングヘイロー、セイウンスカイは同じレースに出ることになった。
あの2人ほど評価が高いわけではないが、彼女たちもそのまま重賞を狙えるレベル。近年まれにみるレベルの高い新入生模擬レースになりそうだ。
スタート。
ゲートが開くなりセイウンスカイがハナを主張するが全体的に列は短い。スペシャルウィークはやや前方、キングヘイローは後方2番手で一旦様子を見るつもりのようだ。
セイウンスカイの走りは驚くほどに正確で、200メートルごとのラップタイムがコンマ1秒程度の誤差に収まっている。後ろから押されようが、前からつぶされかけようが、全く同じタイムで一定の距離を走り続けている。これを成す精神力は並大抵のものではない。
その6バ身程度後ろにスペシャルウィークが控えているが、データによるとそこまで賢いわけではないらしい。今の位置も狙ったというより流れ着いたという表現のほうが適切な気がする。先行集団の前目やや外。多少スタミナは浪費するが前は完全に空いているのでスパートが掛けやすい位置といえよう。
キングヘイローは最後方外目で仕掛ける機会をうかがっている。脚としては彼女が最も光るものを持っているだろう。そしてそれを自覚し、勝負できるという自信があってこそあの位置なのだ。本当にこれがジュニア級のレースなのかと疑いたくなるほどレベルの高い思考が繰り広げられていた。
800を通過。依然としてハナを獲っているセイウンスカイがちょっとだけ加速する。じわりじわりと離れていくその差に焦ったのか、ほかの逃げウマ娘や先行のウマ娘たちもペースを上げてくる。距離2000にしてはかなりハイペースな展開だ。
1200。先頭セイウンスカイは変わらない。大体1400くらいからスパートを掛けるのがセオリーになっているので、ほかのウマ娘は息を入れ始める。それに合わせてセイウンスカイもほんの少しだけペースを落とした。
ぶっちゃけるとここに来るまで私はセイウンスカイの動きに何の違和感も覚えていなかった。そしてそれは1400を過ぎたあたりからやってきた。
誰もスパートを掛けようとしないのだ。
最後方キングヘイローですらまだ躊躇っている。
その違和感に囚われていたが、その謎が解けるころにはセイウンスカイは他を大きく引き離して直線に入っていた。
ちょっと速いペースに延々付き合わされたセイウンスカイ以外のウマ娘。彼女らに溜まっている疲労は思ったより重く、スパートをかけるにかけられなくなっているのだ。疲労があるならスパートの距離を短くするしかない。ということは、その間先頭との差は広がる一方。いずれにせよ追い付くことは叶わない。
明らかにヘタっていく後方のウマ娘たち。それでもその中をかき分けて、スペシャルウィークがキングヘイローを引き連れて上がってきた。涼しい顔して走っているセイウンスカイとは違う、玉のように大きな汗を大量に流し、必死の形相で、気迫、意地、あるいは根性で前を追っている。
両者ともに必死の追い上げを見せ、確かにその差は縮まりつつあったがそれでもセイウンスカイには届かず、スペシャルウィークが4バ身差で2着、その0.5バ身差でキングヘイローが3着となった。芝に倒れ仰ぎ見た空は、スペシャルウィークにとっては遠かっただろう。立ち尽くし睨む芝は、キングヘイローの走りにちゃんと応えていた。
そのあまりにも圧倒的な勝利を見て、ほとんどのトレーナーがセイウンスカイのスカウトになだれ込んでいく。マークだけでもしておこうとでも思ったのか、スペシャルウィークとキングヘイローに名刺だけ渡したのちのことだった。
誰もスペシャルウィークのところに行かないということは、誰も気づかなかったのだろう。スパートに入ったスペシャルウィークの加速力。一歩一歩まるで雷が落ちたかのように強く芝を踏みしめ、穴のあくほど抉りながら蹴ってゆく。私はその加速力に限りない差しウマ娘としての可能性を感じてしまった。
しかしやはりどうにも自信が湧かずターフを右往左往していると、スペシャルウィークの方からこちらに駆けよってきた。
「サイレンススズカさんのトレーナーさんですよね!私、スペシャルウィークっていいます!」
今は違うけどね。
「私、サイレンススズカさんと一緒に走りたくてここに来たんです!どうか私の担当になってもらえないでしょうか!」
ぐいぐいくるなあ。でもこういうのはちゃんと説明しておかないと。
「ええ、たしかにそうだったんだけど、怪我をさせちゃってね。それ以来私は担当から外れてるの。今日ここにいるのも、新しく担当できる娘を探しに来てるからよ。」
えー、そうなんですか!とスペシャルウィークは目を丸くする。
「じゃ、じゃあ、サイレンススズカさんには誰の担当にもなってないってことですか?」
誰かに見つけられてない限りはね。あれの走りたがりをコントロールできるトレーナーがいるとは思えないけど。
「えー!そうなんですね!うーん、それならどうしよっかなー。私、サイレンススズカさんと同じチームに入ることしか考えてなくて、えへへ。」
頬をぽりぽり掻きながら苦笑した。
「サイレンススズカさんのトレーナーが決まるのを待つのもなんですし…。うーん…。」
悩むスペシャルウィーク。私はその手を取るか迷っていた。追い続けるだけが、いつまでもその下にいるだけが憧れじゃない。目指し、戦い、越えていくこともそのひとつだ。せっかく光りそうな脚を持っているのに、ただのミーハーでは伸びるものも伸びない。
もちろんそれは私にも同じことが言える。窓から眺めているだけではトレーナーとして全く前進しなければ、過去の清算もできない。
お互いに前に進むためには、お互いが手を取り合わないといけないのかもしれない。
「ねえ。」
はい?と、あれを探しながらスペシャルウィークは生返事を返してくる。
「サイレンススズカと仲間にはなれなくても、同じステージで競い合うことはできるわ。」
その言葉にスペシャルウィークの耳がぴくりと動く。
「追いかけているだけが憧れじゃない。それはウマ娘じゃなくてもできること。ウマ娘じゃなければできない憧れ方―、それは、同じステージを目指すことだと思うの。もしあなたが、あれと―、サイレンススズカと並びたいのなら。あれを越えたいのなら。」
もし私が、過去の自分を越えたいのなら。
「一緒に来てくれないかな。私と一緒に、あなたじゃなければできない憧れ方っていうのを探しましょう?」
少し考えた後のスペシャルウィークの返事は、この春の晴れ渡る空のように爽やかだった。