サイレンススズカ、翠玉に疾う   作:橋本みちか

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She is First, the rest nowhere.

天才というものはどの世界にも存在するものだ。勉学、競技、そのあらゆる分野においてそれは必ず居る。そして、大体の天才はそれだけでは足るを知らず、すべからく努力を重ねている。天賦の才を持って生まれた者は同時に、努力をする天才でもあるのだ。

 

そしてその「才能」という差は、我々のような凡庸な者たちにとっては限りなく高い壁、遠い背中として立ちふさがり、往々にして我々はそれに屈するほかない。

今日このとき、担当ウマ娘が目指してきたシニアクラスでの有マ記念。そこへはあまりにも泥臭く、筆舌に尽くしがたい道のりを経てたどり着いた。おそらく大体のウマ娘がそうだろう。今日ようやくそれが叶い、担当は喜びに打ち震え、闘争心を全面に出している。

 

そもそも、年内の数多たるレースで勝ち星を獲得し、ファンの心を掴み、今ここに立っている時点で歴戦の優駿であることは間違いない。後世の競バ史に残るウマ娘たち。言ってしまえばほかのウマ娘たちよりは優れているのだ。それはまさしく「強者」と評価されるべきだろう。彼女らもまた、才能に努力を重ね、凡庸どまりのウマ娘をけちらし、この晴れ舞台に上がってきたのだ。だがしかし、ときにその「選ばれし優駿」程度のウマ娘らでは到底勝負にならないほどの「バケモノ」が現れる。

 

 

 

そのバケモノは、クラシッククラスでありながら、余りにも圧倒的なレースをしてみせた。とても若駒とは思えないスタート、とても他のウマ娘より経験が少ないとは思えない勝負勘、終盤のあり得ないスパート。大差、という言葉以上の何かがそこにはある。誰もが思っただろう、バケモノだと。

 

どんなにペースを上げても追いつけない。自分の力すべてを振り絞って迫っても、その姿は無情にも遠くなっていく。競り合うとか競り合わないとかそういう次元ですらない。まるで練習でやるように淡々と駆け抜けてみせた。歓声が、喝采がどんどん離れていく。もう誰も2着以下に興味を示さない。それほどまでに圧倒的な走りを見せつけられてしまった。

 

実況が叫ぶ。

《ぬわんという大差!後ろにはなんにもいない!後ろからはなんにも来ない!唯一抜きん出て並ぶ者無し!まさにザ・レスト・ノーフエアであります!》

もうこうなってしまえば1着とその他だ。実況の言うように唯一抜きん出て並ぶ者がなかった。

 

 

 

涙に暮れる担当にかける言葉が見つからない。大泣きしながら、一体何が足りなかったのかと問うてくる。そんなものなどない。いばらの道を歩み、血のにじむような努力をし、目を背けたくなるような現実にも立ち向かって乗り越えてきた。足りないものなんて一つもない。あるとすれば―それは才能とよばれるものだろう。

あんなバケモノを相手にしてしまったのだ。自分だって、風が吹けば心が折れてしまいそうなのを必死で留めている。つとめて笑顔で、担当はウイニングライブのバックダンサーとして、ステージへ向かっていった。

 

 

そのバケモノがこの時のために用意していた曲、「ユメヲカケル!」。―夢を駆け抜けた彼女と、その大いなる才能と血のにじむ努力の前に夢が欠けてしまった我々と、その明暗は大きく分かれてしまったが、ライブは大盛況のうちに終了、今年のトゥインクルシリーズもその幕を下ろした。

 

 

翌年のはじめ、戦意を根こそぎ奪われひとり燃え尽きた担当が引退していったため、幾年ぶりかに担当ウマ娘なしという状況になった。とにかく誰か担当しないと学園から報酬は下りないため、トレーナーにとって担当の有無はそれすなわち死活問題にもなりうる。しばらくは何もしなくても蓄えでなんとかなるが、いつまた担当が決まるかわからないという現実では、次の日にでも斡旋願いを出したほうがいい。明日総務棟へ行こう。

 

 

夜風を部屋に入れながら、トレーナーのいないウマ娘のリストを見ている。残念ながらあまりパっと来ない。そもそもデータだけでは不十分なところもあるが、それでも無いよりは幾分マシと眺めていたけれどついに光るものを見つけられず、休憩がてら裏門にタバコを吸いに行く。今夜はいい月が出ている。夜も深まりつつあるというのに学園の通路は白く照らされていた。

 

 

 

3回ほど吸って吐いてをしていると、グラウンドに人影が現れた。門限はとうに過ぎている。

ゆらゆらと動く尻尾から、それがウマ娘だということがわかった。

 

繰り返しになるが門限はとうに過ぎている。

 

月に照らされ白く輝く芝がそよ風に揺れている。ざああああああ、という心地よい音が、遠くから近くへ、そしてまた遠くへと過ぎ去っていった。

そのウマ娘は入念なストレッチを―とくに右足首を気にしながら―済ませ、闇の降りきった芝のコースをひとり走り出そうとしていた。

 

三度繰り返すが門限はとうに過ぎている。

 

トレーナーとして注意するべきかとグラウンドへ向かおうとした。しかし、走り出した影はあまりにも速く、気が付けば足を止めてそれを見つめていた。

 

まるで悪魔にでも魅入られたかのようにその視線を外すことができない。この月が引き合わせたとしか思えない、まさに運命と呼べる存在がそこには居た。

どこまで往ってもひたすらに伸び続ける加速。崩れないフォーム。それでありながら教本のどれにも当てはまらない型をしている。そしてなにより不思議なのは、この速度でいながら足音のひとつも聞こえてこないこと。今までの誰にも至れない速さのひとつの完成形が、突然目の前に現れたようだった。

 

感動に打ち震えた。やっと見つけた。この学園にこんなウマ娘がいたのか。速さだけならかのマルゼンスキーも及ぶかどうかといったところだろう。いや、ここまであの速度を維持するのはマルゼンスキーですら不可能かもしれない。これは本物だ。このウマ娘が一体誰なのか確かめたい。叶うものなら、自分の手であれを世界へ羽ばたかせたい。前の担当を見つけたときと同じような想いに突き動かされ、グラウンドへと走っていく。

まるで私をみつけてと言わんばかりに、スポットライトかの如く月明かりに照らされるウマ娘。

闇に紛れてよく見えなかったが、近づくにつれて少しずつその色が見え始めた。赤と白のトレセンジャージでひた走り、芝の香りを運んでくる彼女の長い髪は、煌びやかに輝く栗色をしていた。

 

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