サイレンススズカ、翠玉に疾う   作:橋本みちか

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SS+-S-SS+-C-Cとかまでステータス盛れた時に限って円弧とれないんですよね


月を呑む者

たし、たし、たし。

 

夕闇のアスファルトをシューズが叩く音が響いては消えてゆく。スペちゃんたちと食事をした後、トレーナーから珍しく、場所さえ教えてくれれば迎えに行くから、それまでは好きに走っていていいとの指示だったので、私は喜び勇んで外へ飛び出していた。舗装されているとはいえ山道、アップダウンが激しく、曲がりくねったそれを数分も走れば、学園はもう見えない。―目的地は、既に決まっている。

 

先日、トレーナーさんと訪れた廃競バ場にたどり着いた。この間とは違いまだ陽が出ているので、その全容を見渡すことができた。コースはひとつしかない。上りも下りもない平坦そのもの。とても走りやすそうだった。

…日没まで数十分もない。さっさと準備を整えて、橙色の彼方へ伸びてゆく道を走る。太陽を追いかけているような気持ちになる。どれだけの速さになれば、太陽は沈むのをやめてくれるだろうか―。その夕陽は、今日に限っては、手を伸ばせば届きそうなほどに大きく燃えていた。

 

一周して太陽の方を向くたびに、それは沈んでいき、夜の闇が少しずつ首をもたげてくる。ひとつ、ふたつ、星の輝きがこちらまで届くようになり、黄昏がより深くなってゆく。そしてそうなるごとに、私のスピードも、少しずつ乗ってくる。やはりこの、《速く走る》よりも《速くなる》感覚のほうが私は好きみたいだ。

 

より前傾し、その重心を更に前へ。倒れかかる身体を補うために自然と脚は前に出る。そうすることでより鋭い伸びを得られるのだ。他にはできない、私だからこそ至れる速さがそこにはある。

 

加速はさらに続き、芝を踏む音と風を切る音以外のノイズがなくなっていく。ほんの数歩でも私から離れているものは見えないし、聞こえない。あらゆる不安を、あらゆる過去を、スピードは洗い流してくれる。要らないものは、速さの向こう側に置いて往ける。そうして総てを置き去りにしたとき、新しいステージへと続く扉は開かれるのだ。

 

いけない、と自分を律する。今、限界まで走れば翌日に影響が出ることは間違いない。前傾している背筋を少しずつ立て、空力を利用して減速。継続してかかっていた加速からなる荷重から解放された脚が軽くなる。そのままレース中の巡航速度よりやや遅い程度で周回しようとしたとき、突如として視界の端ぎりぎりに何かが現れ、ついぎょっとしてそちらを振り向いてしまった。

 

―ウマ娘だ。こんな山奥にどうして。いや、なぜここを知っているのか。みたところ走れるようだけれど、トレーナーはどうしたのかしら。…疑問が疑問を生み、私は脚を止める。空は既に暗く、かすかに差す陽の光は木漏れ日のようで、今にも地平線の彼方へ吸い込まれそう。

 

「―いい空ね。」

 

そのひと言、っきり、そのウマ娘は空を見上げて動かない。

 

わずかな風を捉え揺れるほどに軽く、長い鹿毛。それと同じ色の瞳は感情の推察が難しい、眠そうな表情をしている。右耳の青いカバーは夜空を思わせ、それらすべてをひと纏めにしてひと言で表すなら《美しい》という表現が最も似合うウマ娘だった。

 

「あなた、速いのね。」

 

そのウマ娘から言葉が零れ出す。私の苦手な、あまり喋らないタイプの方みたい。それほどでも、と返し、疑問をひとつひとつ解決していく。

 

「…あの、あなたは、どうしてここへ―?」

 

「ベガ。」

 

え?

 

「私はベガ。アドマイヤベガ。夏に輝く一等星と同じ名前。」

 

なるほど名前も夜が似合う美しいものだった。それに、どことなく、本当に何となくレベルだけれど、私と同じ何かを感じる。

 

「ここに来たのはたまたま。何というか―、そういう“におい”がしたから。感じるままに進んでいったら、ここに行き着いて、あなたが居たってだけ。―帰り道がわからなくなった。案内してほしい。」

 

うそでしょ…。この娘本当に大丈夫なの?みたことろ私たちとは違う所属だけれど…。

 

「私の名前はサイレンススズカ。言いにくかったら、スズカって呼んでくれてもいいわ。アドマイヤベガさん。あなたの話を聞いたところ、“走れる”んでしょう?トレーナーさんはどうしたの?」

 

「トレーナーはいない。私は私の力だけでのし上がってきた。施設は何度も私にトレーナーをつけようとしたけれど、大体みんな数日でどこかへ行ってしまうから。」

 

トレーナーが居ない期間があるということは、私と同じような道を歩んでいるということか。そしてその才能の大きさに、担当するトレーナーというトレーナーが折れてしまっているんだろう。自分の力ではこの娘は開花させられないと。

 

「今、トレーナーではないけれど、私をずっと追いかけてくる人がいる。今日もその人と一緒。あなたを感じたときに振り切ってしまったが―。携帯もダメ。連絡が取れない。」

 

ちらと腕時計を見る。トレーナーさんが迎えに来てくれる時間まであとわずかだ。

 

「帰り道もわからない、連絡が取れないじゃ仕方ないわね。私のトレーナーさんがもう少ししたら車で迎えに来てくれるから、それで一緒に山を下りましょう。そうすれば、あなたのトレーナーさんにも連絡がつくでしょう?」

 

アドマイヤベガはしばし夜空を眺め、

 

「そうね。よろしくたのむわ。」

 

そのあとは、トレーナーさんが迎えに来るまで、他愛のない話をして過ごした。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

ぶおおおお、と地下でエンジンの音が響く。トレーナーさんの車だ。間もなく私たちのいるコース上にヘッドライトが迫り、銀色のライトバンが停車した。

 

「遅くなって済まない!…そちらさんは?」

 

トレーナーさんにさっきまでの経緯を話した。

 

「そうか。トレーナーの立場からいうと、あんまり困らせてやるなよ。アドマイヤベガ。」

 

相変わらずがたがたと揺れる山道。車内のいろいろなものがぶつかり合い、奇妙な音を立てている。ちん、ちん、がつ、がつ、ぼく、ぼく―。

 

わかっています。と少しだけ口を尖らせ、アドマイヤベガは窓の外を見ている。

 

「スズカは寝てろ。―わるいな、こいつ明日大事なレースなんだ。どうせ今日もそれなりに走ってるんだ、休ませておかないとな。」

 

ごめんね。とアドマイヤベガに誤って、私はシートを倒した。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「明日、とはどんなレースですか。」

 

アドマイヤベガが質問してくる。―こいつ、意外にもぐいぐいくる奴だな。

 

「大日本ダービーだよ。芝2400。中距離ではJ-CUPとほぼほぼ同格として扱われてるからな。これを制した奴が実質日本一の中距離ウマ娘だ。」

 

そうですか―と彼女は得心するが、まだ止まらない。

 

「彼女―、サイレンススズカさんは、私から見てもとても速い方でした。勝算はあるのですか。」

 

「そうだな。トレーナーとしては担当のウマ娘を信じたいところだが、マイルから精々2000が主戦場のスズカはどうしてもスタミナに不安を抱えてしまう。それだけならまだなんとかなるかもしれんが、最近になってひとり、恐ろしく伸びてるやつがいてな―。明日は、イギリスのレースを走る枠をそいつと争うことになってるんだ。」

 

イギリス―。アドマイヤベガは考え込む。そしてさらに追撃だ。

 

「ちなみに、どういったレースなのですか。」

 

「キングアルカディア6世&クイーンダイヤモンドステークスだよ。どういった経緯かはよく知らんが、日本にひとつ招待枠を設けているようだ。」

その名前を聞いてアドマイヤベガの耳がぴくりと動く。

 

「そのレースに、そちらの方が出られるのですか。」

 

明日勝てばな。と苦笑する。

 

アドマイヤベガはしばしむっとして考え込んでいる。やがて顔をぱっと上げ、

 

「勝つとは、そのウマ娘との争いに勝つということでしょうか。」

 

一瞬何を言っているのか分からなかったが、多分《スペシャルウィークより前に居る》ことが即ち勝ちになるのか、という問いだということに気づいた。

 

「そんなわけ無エだろ。オールオアナッシング。一着獲らなきゃ勝ちじゃねえよ。」

 

ふん―。と、またアドマイヤベガは考え込みだした。トレーナーとの会話なんてほとんどしたことが無いのだから、このひとつひとつが、彼女にとって全く新しい経験なのかもしれない。

 

「この方―、サイレンススズカさんとそのウマ娘さん以外にも明日は出走するのですよね。疑問なのですが、この方たち以外のウマ娘さんが一着を獲る可能性もあると思うのです。」

 

さっきと同じような質問だったが、なるほど考えもしなかった。俺たちはずっと「勝つか負けるか」の話をしていたけれど、その根底には「一着か二着か」という前提があった。―実のところ、スズカとスペシャルウィークの能力がそれだけ抜きんでており、シンボリルドルフでも走らない限りは他のウマ娘を考慮する必要がほとんど無いのはあるといわれればある。

 

「んー… … … 。まあ、その可能性はほとんど無えよ。お前さんは明日、ダービーは見ないのか?」

 

またしばし考え込んでから、アドマイヤベガは答えた。

 

「そうですね。近く私と一緒に走るかもしれませんから。見ておいて損はありませんね。」

 

近くっていうのがいつなのかわからないし、まあ社交辞令のひとつだろうと思い笑って流す。少しずつトレセンの照明が見えてきた。決戦の日は、すぐそこだ。

 

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