ヴィットール女王杯。阪神競バ場、芝、2200メートル。G2とグレードはひとつ劣るが、ジャパンカップの前哨戦としては好条件のレースだ。その戦いを、彼女とともに偵察に来た。その目的はただ一つ。スペシャルウィークの力量を直肌で感じられる貴重な機会だ。場内満員、熱気は上場だ。今日も素晴らしいレースが展開されることだろう。
《4枠7番、スペシャルウィーク!》
呼ばれた壇上のウマ娘は今日も大本命。G2なので共通ウェアでの出走とはなるが、白と紫のパーソナルカラーと威風堂々たる佇まいは彼女の、クラシックの総大将の風格を遺憾なく醸し出している。本日一番の歓声で迎え入れられた。
横に座る彼女も「スペちゃーん!」と黄色い歓声を送る。同じ道を競うライバルといえど所属は同じ。純粋に仲間の勝利を願う姿がそこにはあった。
カメラよし、画角よし、ピントよし。大丈夫だ。研究はこっちに任せて、今は余計なことは考えなくていい。ただ目いっぱい目の前の親友を応援していてくれ。
あの話は、未だに切り出せずにいた。
レース開始を告げるファンファーレが響く。手拍子と歓声に包まれた阪神競バ場。やや緊張気味の17人のウマ娘たちを横に見ながら、スペシャルウィークはその時を待っていた。
ガシャン。
《さあゲートが開きました。各バまずまずのスタート!》
ヴィットールの冠を賭けた戦いが始まった。
《先頭を駆けていくのはフリーダムフォーリア!彼女はこの逃げ足で重賞を3つ飾っています!2バ身ほど話されて続くのはジャスティスネイチャ!上り坂では無類の強さを見せます!注目のスペシャルウィーク、11番手に位置していますね!》
序盤は逃げ馬が飛ばしているようだ。本来先行策を得意とするスペシャルウィークはやや集団に呑まれ気味の位置にいる。最初のコーナーに差し掛かるもうまくラチを掴めず、かといって外へ回り込むことも叶わない。やはり一人だけ飛び抜けた実力のウマ娘。他の娘からのマークが非常に厳しい。
向こう正面の直線。縦一列に近い隊列でスペシャルウィークは前後左右から挟まれ、自分のレースをさせてもらえない。まだゴールまで距離はあるが、ここから周りを剥がして先頭へ躍り出るのは至難の業だ。撮影を止めることはしないが、勝負は決したように思えた。
第3コーナーへ差し掛かる。やはり掛かっていたのか、逃げをうっていたウマ娘が徐々に捉らえられそうになっている。
《第3コーナーを抜けて最終コーナーに差し掛かります!フリーダムフォーリア!フリーダムフォーリア逃げられない!逃げることができない!ジャスティスネイチャも徐々に徐々に後退していく!隊列中心からアバランチダブルオー!アバランチダブルオー先頭で最終直線になだれ込んでいく!スペシャルウィークは依然8番手!大丈夫かスペシャルウィーク!》
スペシャルウィークが最終直線に入ったとき、冷静になればそんなことあり得るはずがないのに、
バ場が、震えた。
《ス、スペシャルウウィークだ!スペシャルウィークが凄い脚で上がってきている!周りを固めていたウマ娘たちを引き剥がし先頭へ向かって加速しているううううっ!!!!!》
それはまるで前方の障害物を蹴散らしながら突き進む重機のようだった。交わして外から抜くような賢い走り方ではない。内側、中ほどからウマ娘ごとブチ抜いて道を作り加速する。
《あっという間にジャスティスネイチャとフリーダムフォーリアを置き去りにした!先頭のアバランチダブルオーまで3バ身!これは射程内だスペシャルウィーク!残り200!栄光まで2バ身!アバランチダブルオー粘るがどうだ!?》
けなげにも粘るアバランチダブルオー。しかしそれを涼しい顔して、外から、賢い抜き方で、紫色の突風が突き抜けていった。
《交わしたあァァァッ!交わしたスペシャルウィーク!先頭はスペシャルウィーク!その差2バ身!3バ身!なおも広がっていく!》
結果的に、2着と4と1/2バ身差を付けて、スペシャルウィークは一着でゴールした。
《ゴオオオオォーーーール!スペシャルウィーク、他のウマ娘を根こそぎねじ伏せ、ヴィットールの栄冠を勝ち取りましたッッッッッ!!!!!!序盤11番手と出遅れた感は否定できませんでしたが後半見事な末脚!もはや豪脚といってもよいでしょう!驚異的な加速力とフィジカル!実力差以上に印象に残るレース運びとなりましたスペシャルウィーク!注目のタイムは―、え、ええっ?!》
湧き上がる歓声は途中からどよめきに代わっていた。そのタイムは2分11秒1。
少なくとも十数年は破られていなかったレコードタイムを0.01秒上回った。百分の一秒など誤差にすぎないという者もいるだろう。しかし、百分の一秒に生きる者もいるのだ。
これまでとは違う異質の走りと、百分の一秒というその差が、スペシャルウィークの走りをより強烈な印象へと変貌させた。
強い。
その言葉以外浮かばなかった。
あの走り方は明らかに後方からの《差し》を意識したもの。レース終盤に差し掛かるあたりから驚異的な加速力で先頭に追い付き追い越す。爆発的な加速力と、それを維持するだけのスタミナを必要とする最も過酷な作戦だ。
それを難なくやってのけ、あまつさえG2レベルのウマ娘とはいえブロックをすべて剥がしきり、中央突破からほかのウマ娘というウマ娘をブチ抜き散らかし一着をもぎ取るなど、もはやレース運びとして次元が違う。
レースが終わった後ターフに違和感を覚えた彼女とともに降りた芝には、終盤にかけて深くなるスペシャルウィークの蹄鉄の後が見受けられた。特に加速を始める最初の一歩は、地面ごと抉るような状態、もはや穴といっても差し支えないものであり、その加速力の高さをうかがわせる。
これを全力で勝負できる僥倖と捉えるか、負けられないという事実に対する高い壁ととらえるかは彼女次第だったが、たそがれの逆行によりその表情を読み取ることはできなかった。