サイレンススズカ、翠玉に疾う   作:橋本みちか

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追い込みサイレンススズカっていう狂気の沙汰に挑戦しています。追込★★★を4つそろえても全然引き継がねえ。どういうこっちゃ。


絶対的破壊者

最初のコーナーの抜け際、マヤノトップガンは足首をやや内ラチに向け、外に流れようとする遠心力から前に進む力を得る。こうすることで若干ながら息を入れつつも、スピードロスをあるていど軽減しつつコーナーからの立ち上がりが可能になる。眼前のサイレンススズカは息を入れる様子を見せず、淡々と逃げ続けている。後ろとの差は縮まらない。このまま後ろについていれば、いつか勝機は訪れる。いつかサイレンススズカは息を入れる。そこで前に出ればそのまま勝てる。今はただ待てばいい。

 

 

スペシャルウィークが下がる。自らの計算の及ばないことが起きてビワハヤヒデは激しく動揺していた。

 

「くっ・・・!」

 

高を括っていたわけではない。油断していたというわけでもない。ただ本当に、想定外の事象が起きてしまっただけのことである。しかしながら、それについての対応が、他よりもほんの少し遅れてしまったがゆえに、彼女は今苦しい位置での戦いを強いられている。スペシャルウィークの次に囲まれたのは自分自身なのだから。

 

エアグルーヴが、エイシンフラッシュが、ライスシャワーが、そして後ろからマンハッタンカフェまでもが自分を取り囲んでいる。自らをこのまま飼殺す檻が出来上がってしまっている。これではレースなどできたわけでもないが、スペシャルウィークのようにこの位置を明け渡して下がる勇気もまた湧いてこない。このままここに居座ることは粘りなんかじゃない。先の展開を恐れ日和っているだけだとわかっていても、動くことができない。

先頭サイレンススズカは6バ身ほど前。そろそろ回りも位置取りにかかるはず。そうしてわずかでも隙が空こうものなら―、抜け出してやる。鋼の意志を持ち、ビワハヤヒデは静かに息を入れた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

1500のハロンが見えてきた。まだスタートしてから1キロと走っていないのに、さまざまなことが起きている。それを最後方にほど近い位置から見ていたスペシャルウィークは気持ちの昂ぶりを抑えるのに必死だった。

自分を制御できずに掛かっているというわけではい。むしろ冷静に状況を把握してレースを進められている。この気持ちの昂ぶりは自信からくるものだった。3200を余力残して大差勝ちできるほどのスタミナが自分にはある。余力残して大差までもっていけるほどのスピードもある。残り1700、ここから最後までスパートを掛け続ける自信だってある。もうそのどこで仕掛けても勝ちしか見えない。そんなところだ。

少し前を走るエアグルーヴやエイシンフラッシュはビワハヤヒデをロックするのに夢中だ。後ろから捲られたり、前が伸びたところで対応は遅れてしまうだろう。そもそも自分自身がその中央に入り込んで突破してしまえばなんてことはない。

 

問題があるとすれば、それはたったひとつにして最大の障壁。

 

サイレンススズカが前にいるということ。

 

これが、スペシャルウィークがロングスパートをかけられない理由になっていた。

サイレンススズカと同じ土俵で、自分の出せる120%の力を出さなければ、きっと勝負にすらならない。

さしものスペシャルウィークも、サイレンスズカとサシでやりあって絶対に勝てるとは言い難い。確かにスペシャルウィークの今のポテンシャルは唯一抜きんでて並ぶものが無いが、そのレベルまできてしまったウマ娘がもうひとり居たのだ。

 

―否、ことサイレンススズカにおいては既にそうであったと認めざるを得ない。

 

半年前のJ-CUPの最後の直線の鍔迫り合いで、スペシャルウィークがその世界に入門したのだ。積年の想いが、願いが、執念が。あのときサイレンススズカを超えるに至った。そしてそれらは今、圧倒的な自信とプライドとしてスペシャルウィーク自信を強くしている。あれからスペシャルウィークは変わった。まるで内にもうひとりのスペシャルウィークを宿したかのように、レース中は豪鬼の様。圧倒的な能力の差をもってして前方のウマ娘らを蹴散らし、粉砕し、破壊する。春の天皇賞で誰かは言った。《シンボリルドルフ以来の、絶対がやってきた》、と。

 

1300のハロンを過ぎ、中団がにわかにざわつき始める。ゴールドシップは100メートル手前で抜錨し抜けていったので、現在の最後尾はスペシャルウィークだ。騒がしくなってきたがペースは上がってない。落ち着いていい。今から軽く上る。3コーナー、下り坂になってからが勝負だ。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

サイレンススズカは気持ちよく逃げていた。尻尾の先に時々マヤのトップガンの腕が掠める以外には特に気にすることがない。向こう正面の上り坂も苦にはならない。スタミナは確実についている。

 

3コーナーにさしかかり下り坂が始まる。最後の直線の距離が526メートルだから、4コーナーあたりからスパートを掛ければ、その距離は800メートルあるかないか。少なくともスタミナ切れになることは無い。後ろのマヤノトップガンの動きと、近くにいるであろう先行ウマ娘に気を配りつつ、なるだけ息をいれるようにしてコーナーを下ってゆく。―ゆこうとしたあたりで、観客席からどよめき交じりの歓声が聞こえてきた。

 

《来た!!!スペシャルウィーク!!!スペシャルウィークです!3コーナー下り坂に入った途端スペシャルウィークが目を覚ましました!ゴールまではあと1200はあろうかというところですがここでスパート!その爆発力たるやまさにシューティングスター!流星の如く燦然と輝きを放ちながら!今中団のビワハヤヒデらを蹴散らしサイレンススズカ目掛けて一直線であります!!!!!!スーパークリークもライスシャワーも逃げられない!この紫色の天変地異にすべて呑み込まれてしまうのか―ッ!!!!!!》

 

蹄音でわかる。あの足音だ。半年間、サイレンススズカが折れそうなとき、諦めそうなとき、もうすべてを投げ出したくなったとき、聞こえてくるあの蹄音だ。この蹄音がサイレンススズカをどこまでもどこまでも突き動かしてきた。サイレンススズカが1歩出るごとに、その蹄音は2歩ぶんの音を放ってくる。ずん、ずん、ずん、と、サイレンススズカめがけて、そのすべてを呑み込みながら迫ってくる。

恐怖に誘われたわけではない。ただ、ここで走り出さないと先頭の景色を奪われそうだという本能から、気づけばサイレンススズカは地面を抉り、スパートを掛けていた。

 

《第4コーナー残り1000を切ったッッッ!サイレンススズカ加速する!!!!後ろのマヤノトップガンも粘るが及びません!スペシャルウィークの輝きがマヤノトップガンを射程に捉えた!捉えた!抜いた、抜いた、抜きましたスペシャルウィーク!マヤノトップガンを飲み込んで現在2番手4バ身差スペシャルウィーク!!もう前にはサイレンススズカしかいない!!3番手マヤノトップガンはすでに3バ身差!これはもう誰も届かない!最終直線このふたりの一騎打ちだスペシャルウィークとサイレンススズカ!!!!》

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

サイレンススズカの真後ろにつけたマヤノトップガンは、そのスパートにいつでも対応できるつもりで構えていた。

それはつまり、想定より遥か手前でスペシャルウィークが他を蹴散らしにかかったとしても、サイレンススズカに引っ張られるカタチで問題なく逃げ切れるつもりでいたのだ。

なにも落ち度はない。むしろマヤノトップガンにとってむしろこれ以上に堅実な作戦は無いくらいだった。

 

ただひとつ誤算があったとすれば。

 

前のサイレンススズカが、ホンモノの化け物だったということ。

 

残り1000を切ったかというところでサイレンススズカが踏み込む。それを見てマヤノトップガンも追撃態勢に入るが、その一歩を踏み出す頃にはサイレンススズカは3バ身先に消えていた。

 

一体何が起こったのだと頭の中を整理しているうちに、今度は後ろからスペシャルウィークが突っ込んできた。呆けているうちにスペシャルウィークに4バ身の差。これはあれだ。積んでいるエンジンがもう違う。彼女らは多分、ウマ娘のカタチをした本能のカタマリか何かだ。

 

だからといって走るのを辞めるわけにはいかない。あの化け物ふたりを除いては自分が先頭なのだ。最低限この位置から下がる訳にはいかない。後ろからなんとかブロックを抜け出したビワハヤヒデや、エイシンフラッシュが追ってくるのがわかる。残り800。その距離を走り切れるかどうかなんてもうわからないが、遮二無二腕を振り脚を回し、少しでも速く、少しでも長くリードを保てるように走る。どうせ観客はあのふたりにくぎ付けだ。多少かっこ悪い走りをしても、きっと大丈夫。三女神だけが、マヤノトップガンたちの繰り広げるもうひとつの大日本ダービーを見てくれている。

 

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