J-CUPまで10日を切った。先日のヴィットール女王杯でスペシャルウィークのポテンシャルをまざまざと見せつけられ、彼女にとっては大変な刺激になったようだ。トレーニングに一層の熱を持って取り組んでいる。
しかし、本番までの時間は残り僅かだ。トレーナーとしては、熱が籠るのは結構だが、そのせいでここまできて怪我などさせたくない。今までよりもより注意深く彼女を観察し、微細な変化も見逃さないようにしていた。
本日のトレーニング内容は2400メートルを走りきること。下手に追い込んだりせず、距離に慣れ、勝負勘を養ってもらいながら本番を迎えたい。考えて走れ、とは伝えてあるが、純粋に走るだけのトレーニングに彼女は上機嫌だ。走ることを心から楽しんでいるから全く精神面の負荷がかからない。朝に一本、昼過ぎに一本、夕刻に一本。ただそれだけに今の持てる力すべてを注ぎこんでこなしていく。
1本目より2本目、2本目より3本目。着実に彼女のタイムは伸びていった。
2分25秒6。コースレコードには遠く及ばないが、それでも歴代の優勝タイムと比べれば十分圏内に踏み込めるタイムだ。位置取りや、自分の力をより出し切れる力配分を掴むことができればもっと縮まると確信している。2分23秒台まで縮まればほぼ問題ないだろう。
直後想定外の四本目にかかろうとしていた彼女をあわてて制し、それでもどうしても走りたいと駄々をこねるので仕方なく、あくまでクールダウン目的ということで1000メートルだけ流してこいと指示し、グラウンドから離れ学園へと向かった。
グラウンドからトレーナー室に向かうには裏門をくぐるのが一番手っ取り早いが、その裏門で、明らかにこちらを待ち構えている雰囲気の人物―ウマ娘がいた。
「―ああ、君か。」
シンボリルドルフ。おそらくJ-CUPについてこちらに変化がないので、痺れを切らして自らやって来たのだろう。たまたま見かけた風な言い草ではあったが、間違いなくここで待ち構えていたのだろう。訳あり顔が見て取れる。
「ウマ娘の通らない裏門まで生徒会長自ら見回りとは。ご苦労なことだ。」
ふん、とシンボリルドルフは鼻で一蹴する。
「たまにここでおかしなことをするウマ娘たちが居るからね。見回っておくに越したことはないのさ。―おかげで君を捕まえることができたしな。」
なるほど。そう安々と帰してくれるわけではなさそうだ。
「恐悦至極にうち震えるところだが、あいにく俺も色々とやることがあるもんでね。失礼させてもらうよ。」
そうだ。向こうに用事があってもこちらには無い。表情を変えず仁王立ちを崩さないシンボリルドルフ
の脇を抜ける。他にやるべきことのために。
「―君は、勝てると思っているのか?」
すれ違いざまにシンボリルドルフが語りかけてきた。
「何度も同じ繰り返しになって申し訳無いが、今の君たちの行動は君たちだけ責任で済ます訳にはいかない。彼女のさらなる飛躍は、我が校のさらなる発展に多大な影響をもたらす。」
風が吹いてきたが微動だにせず、シンボリルドルフは話を続ける。
「彼女が負け、彼の国とのパイプを作れなければ、学園の発展はおろかネームバリューすら今のままから変化しないだろう。」
この間も聞いた話でもはや辟易としているが、今のこの状況において何を思うか、何をすべきか、という点については、シンボリルドルフたちと全く同意見なのだ。
―それでも。
「彼女を説得できるのは専属トレーナーたる君しかいまい。これはそもそもの疑問なのだが―。」
それでも、走らせてやりたいのは。
シンボリルドルフらと話が合わないのは。
「彼女はなぜ、J-CUPにそこまでこだわるんだ?」
いつか交わしたという約束に、決着をつけさせてやりたいからなのかもしれない。