――アルタラス王国北東 ケトス海岸
アルタラス王国は、フィルアデス大陸南方へ位置する島国である。
文明圏外国に数えられるが、世界有数の魔石鉱山を保有し、魔導戦列艦をはじめとした兵器を多数装備。
文明圏外国家の中でも傑出した軍事力の持ち主だ。
つい最近、ロデ二ウス連邦から第四文明圏への参加を持ち掛けられた同国は、パーパルディア皇国の領土拡大政策に対抗すべきとの意見で満場一致し、その誘いに乗った。
「凄いですね、お父様…」
「あぁ…。味方が増えるだけ御の字と思っていたが、想像以上だよ。ロ連の力は…」
重機の駆動音を聞きながら、海岸を掘り返し、建造物を造っている様子を見学していた王女ルミエスの言葉に、アルタラス王国国王ターラ14世はそう応えた。
所詮は文明圏外国の集まりであり、第四文明圏へ参加したところで皇国に対抗できるとは限らない…ロ連から話を持ち掛けられた当時、ターラはそう思っていた。
しかし、それが全く的外れであったことを、数々の技術支援を受けて思い知らされたのだった。
――ケトス海岸は、ロ連の協力を受けて急速な要塞化が進められている。
派遣されたロ連軍、FATO軍の工兵部隊が総力を結集し、強固なトーチカといった防御陣地を建設、その上で、ロ連から導入した火砲等の兵器を配置していた。
パワーショベルが地面を掘り下げ、ブルドーザーが均し、パワードスーツが重量物を積み上げる工事の様子を見て、三度度肝を抜かれる。
アルタラス独力で陣地構築を成し遂げようものなら、10年はかかっていたかもしれない。いや、そもそも技術的に無理だ。
アルタラス王国軍の将兵は、輸入した武器兵器の取り扱い教育に精を出しているためここにはいないものの、同国の建築家や鳶職をはじめとした力自慢の民間人が協力し、陣地構築を進めている。
アルタラスを守るための工事だというのに、当のアルタラス人が動かないわけにはいかない…ターラたちはそう考え、民間人の中から工事協力の希望者を募ったのだ。
国民も協力的であり、女子供老人を除く男性のほとんど全員が協力している。
「工事の進捗状況はどうなっているか?」
「FATO軍の工事責任者によれば、後2週間あれば完了するとのことです」
ターラに質問されたアルタラス王国民の協力者を纏める建築家の1人がそう返す。
海岸全域の要塞化工事というスケールにしては、異様なほどの短期間だ。それも、ワイバーンの導力火炎弾は疎か、榴弾砲や空爆にも耐えられる一級品の陣地を造っているのに…である。
「うむ。ここが完成すれば、アルタラスも安泰だ。彼らへの協力は惜しみなく頼む」
「祖国の危機です。私も皆も、その一心で取り組んでおります」
纏め役の建築家が気丈にそう言うと、作業へと戻っていった。
「…ルミエスよ。あの話は、どうしても駄目か?」
唐突に、ターラは神妙な顔つきになったと思うと、娘の方を振り向かずに言った。
「いけません。王女が民を置いて真っ先に逃げるなど論外です。私は、最期までアルタラスに残ります」
優し気な、しかし固い意志を感じさせる言葉で返すルミエス。
あの話とは、ロ連への留学についてだ。
ルミエスは、彼の亡き最愛の妻が遺した愛娘。何かあった場合に備え、留学という名目で国外に逃れさせようとしていた。
しかし、ターラの親馬鹿っぷりを知っているルミエスはその目論見を看破し、留学を拒否。それどころか、肉親だけ逃がそうとするなど国王としての自覚がないと、実父へ逆に説教をしたほどだった。
仕方なくターラはルミエスの考えを受け入れたが、それではなおのことパーパルディア軍にこの地を踏ませてはならぬと奮起し、自らFATOやロ連との交渉に出向いて頭を下げ、予定より多くの支援を取り付けることに成功している。
「やれやれ…私はお前をそんな我儘に育てた覚えはないのだがなぁ…」
「この性格も、お父様に似たのでしょうね」
苦し紛れにぼやくターラに向けて、ルミエスはそう言い返したのだった。
-------------------------------------------------------------------------------------------------------
「海岸線のトーチカと塹壕をもっと増やせ」
「野砲はしっかり擬装しておけ。退避用の簡易トンネルもしっかり造るように」
「そこの区画は後回しで良い」
「洞窟陣地の空調設備は快調に作動できるようにしておけ」
「海岸付近のトンネル建設を急がせろ」
「ついでに敵が進軍しそうなところには、落とし穴を掘って底に棒でも突き立たせておけ」
「取り敢えず、奴らが通りそうなところにはしこたま地雷を撒いておけ。敷設場所は残らず地図に書き記すよう伝えろ」
「アルタラス国民が何か手伝いたいって?その必要は…いや、土嚢袋に土を入れる位なら協力していただこう。給仕の連中には食事を多めに作るよう伝えるんだ」
FATO陸軍第1師団から派遣された作戦参謀兼栗林の側近の1人である神奈川煌香少将が、各方面から伝達されてくる工事の進捗状況を捌きつつ的確な指示を飛ばし、陣地構築と兵器の配置が進められていた。
途中、自分たちも手伝いたいと申し出てきたアルタラス王国民――男性は全て工事に駆り出されているため、やってきたのは女性や子供――も受け入れつつ、着々と要塞が出来上がりつつある。
海岸線へ沿うように建築されたトーチカには、供与しても無問題と判断されて持ち込まれた九二式重機関銃――今や完全に退役している重機関銃で製造されていないものの、本体の他予備部品は相当数が《烏の巣》の倉庫に保管してあったため、在庫一掃も兼ねてほぼすべてを供与した――が一棟あたり2丁ずつ配置され、更に対ワイバーン用のMG151/15をM45銃架に搭載した四連装15ミリ機銃をその周囲や天蓋に配置。
その他、そこかしこに迫撃砲陣地、砲兵陣地が設置されており、九九式小迫撃砲や九八式臼砲、九五式野砲、それらの弾薬類が運び込まれている。
また、沿岸には分厚いコンクリート外壁で覆われた砲台が造られ、そこには十年式45口径12センチ高角砲を設置。
無論対空兵器なのだが、今回は沿岸砲として使用することになっている。
旧式化しているが、腐っても高角砲であるため、砲口初速が早く、毎分11発の発射速度を持つ。また、15000メートルの最大射程を誇り、駆逐艦クラスなら致命傷を与えられる砲だ。
本砲は合計32門が装備され、上陸してくるであろう敵に睨みを利かせている。
「神奈川殿、その…この大要塞の指揮官に、私が務まるのでしょうか?」
電波に乗って伝わる進捗状況だけを頼りにせず、工事現場を自分の目で見て指示を飛ばす神奈川の後を、コバンザメのように付いて行くアルタラス王国軍第一騎士団団長ライアルが、神妙な面持ちで彼女に訊いた。
ロ連・FATOの介入により、軍備の大幅な近代化に乗り出したアルタラス王国。
武器兵器の供与やその運用方法は勿論、重桜陸軍の戦術ドクトリンが教えられている。
「無論です。貴方はとても優秀ですから。他の騎士団長の方々を図上演習できりきり舞いさせた様子を、私はずっと見ていましたよ」
第1騎士団は、アルタラス王国軍の中でも精鋭中の精鋭を集めた部隊だ。それを束ねるライアルはその中でもとびきり優秀であり、腕っぷしは勿論、戦術・戦略眼にも優れた団長だ。
ロ連や《烏の巣》から持ち込まれた装備を見て他の者共々度肝を抜かれつつも、嫌な顔一つせず、彼らからすれば全く異質でしかない新しい戦術ドクトリンを吸収していき、頭上演習では彼に勝てるアルタラス軍人はいなかった。
そんな彼も、生まれ変わったアルタラス王国軍を指揮して実戦に臨むのは初めてだ。ケトス海岸防衛の総指揮を任されると思うと、責任の重さに余計に肩へ力が入る。
「それに、パーパルディア軍如きがこの要塞を打ち破るなど、はっきり言って不可能です」
「頭では分かっているのですが…どうも心配になってしまうのですよ。相手は第三文明圏最強の国家。こっちは文明圏外国でしかありませんからね…」
文明圏外の国家が、文明国との戦争に勝った事例は、これまでの歴史にない。
歴史がその事実を証明している以上、不安を完全に拭うことはできなかったのだ。
「では、『文明圏外国が文明国を打ち破った国家』へ最初に数えられるのが、貴国というわけですね」
「…ははは!なるほど、そうですか!」
冷静に、且つはっきりと言った神奈川に、ライアルは一瞬ポカンとしたが、直ぐに声を上げて笑ったのだった。
先ほどまでどこか浮かない顔をしていたのにもかかわらず、今は腫物が取れたような爽やかな表情を浮かべていた。
「ではライアル殿。苦労を掛けますが、貴官にはこの要塞の全容を頭に叩き込んでいただきます。厳しいですよ?」
「祖国の一大事です。頭を酷使する程度でへたるわけにはいきません」
分厚い紙束を渡されたライアルは、すぐさまそれを受け取ると、神奈川の補助も得ながら目を通し始めるのだった。
上陸戦で防御側が一方的に敵を撃ちまくる場面、結構好きなんですよねぇ。