「……はーい!今行くから少しだけ待っててねー!」
上木さんは奥で何か作業を行っていたようで、店の奥から返事が返ってきた。
「邪魔しちまったか?」
「いえ、普段からお客さんが居ない時は奥で作業をしているようですので大丈夫だと思いますよ。私がここに来る時も大抵上木さんは最初に奥で作業をされていますから」
まぁ邪魔してないならいいか。
「上木さんが来るまでは少し店の中を見てまわりましょうか」
「そうだな」
「やはり綺麗なお花が沢山あると心が安らぎますね」
店内には様々な種類の花が飾られていて、花の名前こそ分からないがそれは専門的な事、綺麗だということが分かればそれで良いだろう。れいかの言う事とは少しだけ違うが綺麗な花に囲まれ、笑顔を浮かべるれいかを見ていると胸の内から暖かい想いがこみあげてくる。
そうやって見とれていたからだろうか、足元に積んであった肥料に気づかなかったのは……
「ああ、本当に゛っ?!なぁ!?」
ヤバいっ!と思った時にはもう遅かった。仰向けに倒れていく体、不思議と周りの景色がゆっくりと動いている気さえする。
「八幡君?!」
れいかは悲鳴を上げ、咄嗟に手を伸ばして俺を支えようとする。いや……してしまった。
俺も咄嗟の事だったから、れいかから伸ばされた手を躊躇なく握る。……その結果、何が起きるかなど考えもしなかった。
「きゃっ?!」
れいかが幾ら弓道で鍛えているとはいえ、倒れる男一人を支える力など当然ない。……つまりは倒れる俺がれいかを道連れにする形で倒れ込んでしまったのだ。
ドタンッ!
「……痛っつ………!?」
打った背中を気にしながら、立とうと目を開けると目の前にはれいかの顔が……その瞬間、待ってましたと言わんばかりに心臓が早鐘を打ち出す。
まだ先程の衝撃が抜けきっていないのか、目をぎゅっと閉じて、強く俺の手を握っている。
「んんっ……」
恐る恐るとでも言おうか……状況を確認しようとしたのか、れいかはゆっくりと瞼を上げていく。……そして俺と目が合い、周りを軽く見回して俺に怪我が無い事に安心したのか、強ばっていた表情がほにゃっと崩れる。
「あぁ……!八幡君、よかったです。大事は無さそうですね」
「ああ、ちょっと背中を打ったくらいだから大丈夫だ。それよりれいかは平気か?痛む所とかないか?」
「ええ、私が倒れ込んだのは八幡君の上ですから……怪我などしよう筈がありません……んふ♪」
れいかは答えると、そのまま倒れ込んだ俺の胸に軽く頬を寄せる。
「……そうか、それなら安心した」
胸元のれいかの頭を撫でようとして……まだ利き手の右手はれいかと繋いでいた事に気付き、左手で髪を梳くように優しく撫でる。
「んん♪」
れいかも、もっと撫でろとでも言う様に撫でている手に頭を押し付けてくる。
その仕草に愛おしさが溢れて来て、れいかの求めるままに頭を撫で続けようとした時だった。
「……あたしはお邪魔だったみたいだねぇ」
声のした方をへ慌てて振り向くと上木さんが非常に愉快そうな顔をして、カウンターへ肘をつき俺たちの事を見ていた。
「なっ///あ、いやこれは!その、事故と言うか……なんというか///」
「ん?あー、やっぱりあんちゃんか。眼鏡がないから一瞬別人かと思っちゃったけど、嬢ちゃんが気を許す男なんてあんちゃんくらいだもんね」
凄い判断のされ方をしたが……もう上木さんだからしょうがないで片付くな……
「今回は嬢ちゃんが上かぁ。次に来た時は今度はまたあんちゃんが上だと面白いねぇ」
今回も倒れちまったのは事実だが次は倒れる気はねぇぞ!
「もう上木さんったら、もう少しこの幸せな時間に浸らせて頂いてもよかったでしょうに……」
れいかは少しだけ不満そうな顔で俺の上から降り立ち上がった。
「あら?今日はいつもみたいに照れてはくれないのかい?」
「ええ、恋する乙女は強くなるんです」
れいかの場合は強過ぎるんだよなぁ……
「んん?てーと本当にあんちゃんと?」
「ええ、お付き合いしています♪ね?八幡君」
急に振らないで!?
「いや、ええ、まぁ……お付き合いさせて頂いてます///」
「いやぁー!めでたいじゃないか!前に来た時の様子から脈はあると思ってたけど、まさか本当にくっつくとはねぇ」
「え?でも上木さん、あの後私が一人で来た時にも彼氏のあんちゃんがって言っていましたけど付き合ってると思っていたんじゃないんですか?」
「はっはっはっ!そんなの揶揄ってたに決まってるじゃないか!や、確かにあんちゃんとはお似合いだったからくっついて欲しいとは思っていたけどねぇ!」
揶揄ってたんかい……まぁ、だろうとは思ってたけどねぇ……
「でも素直に今は嬉しいよ。あんちゃん、前にも言ったけど嬢ちゃんの事、よろしく頼むよ?」
「そりゃ勿論、任せてください」
今のところ俺の方が助けられてる事の方が多いけどなぁ
「よーしなら「もう、私を抜きにして話を進めないでください!」……はっはっはっ!悪いねぇ、つい、ね?」
「もう!八幡君には言いましたけど私、揶揄われるのは苦手なんですからね?」
「はっはっはっ!嬢ちゃんは一々反応が可愛いからね!じゃあ改めてだけどあんちゃん、あんちゃんになら不思議と安心して任せられる気がするから、気張りなよ?」
「はい!」
「……八幡君///」
「ああ、今にも抱きつきそうな嬢ちゃんには悪いんだけどね、何か買いに来たんじゃないのかい?」
「……あ、そうでした!今日は液肥を買いに来ていたんでしたね」
「仲が良いのは結構だけど主目的を忘れちゃいけないよ?それにイチャイチャするならあたしみたいな邪魔が入らないところの方がいいもんさ、歯止めが聞かなくなるかもしれないけどね?はっはっはっ!」
流石に自重はするぞ?……多分……出来たら……
「ええ、気をつけますね。私も幸せな時間にはゆったりと浸りたいですもの……」
れいかの恍惚とした表情が妙に艶めかしく感じる。……マジで俺大丈夫かな……
「……っと、いけないいけないあたしまで脱線するところだったよ。液肥だったね種類があるけどなんの花に使うんだい?」
「……あっと、そうですね。マリーゴールドに使いたいのでそれに合わせたものでお願い出来ますか?」
切り替え早ぇ……
「あいよ!任せな、ちゃーんとピッタリなのを選んでおくからね。少し二人で店の中でも見て回っててくれればいいよ、選定が終わったら呼ぶからね」
上木さんは片手を上げながら店の奥へ戻って行った。
「上木さん、豪快だけどやっぱ良い人だな」
「ええ、私を揶揄うのだけは何度言ってもやめてくれませんがね……」
ふぇぇ……根に持ってるよぉ……つか、目が笑ってない……
「ふぅ……ですがまぁ、アレもあの人なりの気遣いなのかも知れませんね。私もここにお母様に連れられて小さな頃から通っていましたから多少気心も知れていますし」
「……そういうもんか」
「……ええ」
二人で液肥以外にも必要そうな物を話し合いながら店の中を見て回っていたが結局購入するのは液肥だけでよさそうだった。
「籠、持ってきたけど無駄になっちまったな」
「ええ、ですがもしもの時がありますからね、必ずしも無駄だったという事でもないでしょう」
「……確かにそうだな。すまん、軽率だったわ」
「いえ、反省して次に活かす。この事さえ覚えて置けば大丈夫ですよ」
「ああ、そうするよ」
「お待たせ!これがあたしが選んだ液肥だよ。使い方のメモも入れて置いたからそれを見ながら使ってちょうだい」
「ありがとうございます。メモまで付けて頂いて、しっかり読ませて頂きますね」
軽くメモに目を通したが使う量の目安やどんな状況だと控えた方が良いかなど結構詳しく手書きで書いてあった。マジかよ……
「はい、お会計です」
「あいよ、確かに」
メモに目を通していると既にれいかが会計を終えていた。……結構集中して読んじまったか?
「あと、はいこれ、二人へのお祝いだよ。中身はケーキさね。保冷剤はしっかりと入れて置いたから焦らずに帰るんだよ?」
「わっ!ありがとうございます!」
「ありがとうございます。頂きます」
「うんうん、やっぱり二人はお似合いだよ。また欲しいものがあったら二人で来ておくれ、この歳になると楽しみも減ってくんだけど、二人との話は間違いなく楽しいからね!」
「まさかケーキまで貰えるとは……」
「ええ、遠慮なく貰ってしまいましたが後でお返しをしないとですね」
「そうだな、次に二人で行く時にはお土産でも買って行こうか」
「はい、そうしましょう!」
因みに台車に直乗せだと倒れそうだから液肥は籠に入れて台車に乗せたから、籠は無駄にならなかったぞ!
閑話はもう数話続くんじゃよ