……とかくかくしかじか四角い動きを経て、晴れて自分と武部さんは付き合うこととなった。
一月ほど経った今でも思い返してみるが、この事実が真である、となかなか思えない時がある。自分でもその事に納得できない時がある。
それほど彼女は高貴で神聖なる存在だ。立ち姿、後ろ姿、顔が合った時の表情など、麗しさを覚える瞬間は玄関先など少しでも会うたびにある。
その傍に自分がいることが申し訳なくなることなど何回あることか。
だがそれでも彼女は自分を求めた。
「高田くん『が』いいの」
春休みが続く中で時々会うと、彼女は決まって自分にそう言った。
自分から告白したくせにそのことを彼女に励まされるとは、まぁなんとも不甲斐ない人間だ。
だが付き合って早々の次の月、自分は結構多忙な日程に追われている。バレーボール部の新人の勧誘。いわゆる新歓の担当者となってしまっているからだ。
彼女にあの時期に告白するのを決めたのは、この新歓業務に追われる前に決着をつけたかった、そういう側面もある。
それに加え休暇の間、自分が告白した後に彼女の大会の遠征が挟まっていた。
遠距離ではLINEを送り合うのが精一杯である。その延長でいつの間にか朝には互いに連絡を取り合うようになっていた。
対面で会うこともあるが、以前と大きく変わったことはそう多くない。外面は一応単なる二人の人間なのだ。
朝早くに部員に集まるよう連絡をし、活動について新入生に紹介し、そして可能なら体験練習に引き込む。大体のこの仕事はBグループが取り仕切ることになる。
Aグループの方は5月の春のリーグ戦に向けての練習に追われるのだ。その見込みのない人間がこの手の仕事を担うのはごく当然だ。
そしてこの手の作業は夜になっても解放されない。例えばTwitterなどに直接連絡が入った場合、取り次ぐのは自分だ。
それに勧誘期間は限られている。この短期間が成否を左右する。
次の日に向けた勧誘の計画、その伝達などは勧誘作業、夕食を兼ねた歓迎会の開催などが終わった後にやってくるのだ。
夜10時過ぎに帰ってきてスケジュール共有や勧誘方針の相談をして、日付を過ぎるまで続き寝る。そして次の日も朝早く大学に乗り込み、部室で勧誘担当者の出席確認などを取っていく。それをほぼ3日間繰り返した。
それが終わっても新入生を新歓用のLINEグループに招待して、練習日程や食事会の案内などをノートに流す。担当が自分である以上やらねばならないのは自分だ。
そこから個別に新入生の出欠をとって店の予約を確定させる。それを何十人という人相手にやっていくのだ。
それらがやっと落ち着いてきたのが、4月の半ばごろとなってきた今である。
まだまだ仕事自体は加入状況や予算使用に関する最終報告を行う夏前まで続く。だが少なくとも夜まで仕事、ということはもうない。
今年の新入部員は恐らく去年、自分たちと同程度だ。ここで人数がスタメン表を埋められないほどにでもなったら、今度こそここでの評価は塵と消える。幸いにしてその心配は無さそうだ。
高校の延長線上であまり深く考えずに入ったこの部活だが、入ったからには仕えたいと思ってしまうのだ。
2年の前期の履修授業も決まり、中間レポート、試験の前の余裕のある期間が来る。無論日々の授業の即レポや小課題はこなさねばならないが、それでもその前後と比較すれば楽だ。
向こうも春の大会と新歓に相当するものが終わり、ひと段落ついた頃だという。互いの練習日程の間を縫ってだが、あの時以来のデートなるものを仕掛けてみる時ではあるだろう。
だがいざ誘おうとなると、ここら辺に詳しくないことが仇となる。前に行った内原のモールにまた行くわけにもいくまい。
近辺の観光地としては大洗や偕楽園が挙るが、大洗は彼女の地元だ。自分が多少調べたとしても行ったことのある場所だらけだろう。偕楽園も梅まつりが終わったばかりである。
かといって遠くなればなるほど行くのも帰るのも容易では無くなっていく。袋田の滝や鹿島神宮とかなると、日帰りで行けるが一日がかりになる。
元々友人を遊びに誘ったりということもなかなかしない性分だ。好きな人を遊びに誘う場所なども経験がものをいうのではないか。
一番近いのは互いの自宅だが、さっすがに付き合って一月もせず自宅はないだろう。あの日以来彼女の部屋には立ち入っていない。
水戸の近くに行ってカラオケとかカフェ、なんてのが一番無難なんだろうか。またカフェ、というのも捻りがないが、その辺りが無難なのだろう。まずは彼女といる時間を作るのが目的なのだから。
何か良さげなところがないものか。ベットの上に寝っ転がり、県内の観光地をスマホで軽く漁ってみる。日本人は古くから番付が好きだった、という通り、ランキング形式で書かれているページがあった。
うーん、トップが牛久大仏にその後は大洗の水族館、筑波山、袋田の滝……ねぇ。あ、ひたちなか海浜公園と大野潮騒はまなす公園、そういうのもあるのか。
彼女がたくさん話題を提供してくれる人なのに対し、自分は人の気を害さない話題作りというものが苦手である。自分のいわゆるコミュ力がクソだということだ。
となると公園とか美術館とか、外部から話題を提供してくれる場所の方が過ごしやすい。広くて名所もありそうなひたちなか海浜公園をまずは考えてみるのがいいだろうか。
人を誘うのに何も考えずに話をふっかけるわけにはいかない。その公園を進めて後は流れで行こうか。
まぁあーだこーだ考えたところで今夜伝えられる訳ではないのだが。
今日隣からは壁越しに少し賑やかな喋り声が聞こえて来る。向こうの部屋では今久々に同じ車輌の友人たちが集まっているのだという。
自分は隣にいるが、何を話しているか聞くような趣味はない。
手軽に晩飯は食べたし特段急ぐ用もない。明日午後にはバイトもあるし、早めに寝て損はない。寝る前に筋トレでも少々やろう。
そう思った矢先のことであった。眺めていたスマホの上から通知がひょっこり現れた。
<さおりん
◯ 今時間ある?
今?
<さおりん
◯ 今時間ある?
空いてますが、どうしました?
<さおりん
◯ 今時間ある?
空いてますが、どうしました?
◯ こっちの部屋来れる?
<さおりん
◯ 今時間ある?
空いてますが、どうしました?
◯ こっちの部屋来れる?
行こうと思えば行けますが、今そ
ちらにご友人がいるはずでは?
<さおりん
◯ 今時間ある?
空いてますが、どうしました?
◯ こっちの部屋来れる?
行こうと思えば行けますが、今そ
ちらにご友人がいるはずでは?
◯ その友達が会いたいんだって
邪魔にならないかと
<さおりん
◯ 今時間ある?
空いてますが、どうしました?
◯ こっちの部屋来れる?
行こうと思えば行けますが、今そ
ちらにご友人がいるはずでは?
◯ その友達が会いたいんだって
邪魔にならないかと
◯ とにかく来て!
<さおりん
◯ 今時間ある?
空いてますが、どうしました?
◯ こっちの部屋来れる?
行こうと思えば行けますが、今そ
ちらにご友人がいるはずでは?
◯ その友達が会いたいんだって
邪魔にならないかと
◯ とにかく来て!
<さおりん
◯ 今時間ある?
空いてますが、どうしました?
◯ こっちの部屋来れる?
行こうと思えば行けますが、今そ
ちらにご友人がいるはずでは?
◯ その友達が会いたいんだって
邪魔にならないかと
◯ とにかく来て!
わかりました。少々時間はかかり
ますが、なんとか向かいます。
……なんか向こうの部屋に向かうことになってしまった。女子会の最中なのに良いのだろうか、と思うが、向こうが来いというのだから仕方がない。
こうやって彼女に振り回される中で向こうの恋愛観との齟齬を埋めていく、そういうものだと思っておくことにする。
流石にこの部屋着のままは向かえない。服を着替え、手土産になりそうなものも持っていかなくてはならない。
服は良さそうなものをチョイスして着替えたが、土産は準備してないと良いものがない。
何かいいものはないかいくらか考えてみても、相応の品はない。それを持つほど贅沢な生活はしていない。
この手の土産は向こうの負担にならないよう消費できるものにするのが定石だ。
菓子類、食い物でも持っていけるものはない。夕食も残り物を掻っ攫って終えたばかり……飲みかけの焼酎の酒瓶、くらい?
余った分は持って帰れるし5人くらいと聞いているので飲む人一人くらいはいるだろうし、他に思い当たるものもない。
連絡から15分ほどでなんとか準備を整えた。
<さおりん
◯ 今時間ある?
空いてますが、どうしました?
◯ こっちの部屋来れる?
行こうと思えば行けますが、今そ
ちらにご友人がいるはずでは?
◯ その友達が会いたいんだって
邪魔にならないかと。
◯ とにかく来て!
わかりました。少々時間はかかり
ますが、なんとか向かいます。
今から行きます。
少々上に空白のある酒瓶を左手に、という側から見たら酔っ払いのスタイルで自分は彼女の部屋の前にいた。そしてこの場に突入する緊張、それがこの仮説を一層裏付けるだろう。一応素面だ。
右手でチャイムを鳴らすと、向こうからドタドタと少し音がして奥に開く。
「あ、武部さん。高田で……」
扉の向こうにいたのは彼女ではなかった。
そこにいたのは彼女より拳一つ分背の低い、黒、に若干青みがかった髪をした女性、だった。
その女性がじっと、こちらを見つめてくる。表情には出てないが、睨むような気を孕んでいた。
その人を見たことがないわけではないが、ずっと名前が出ない。
「……えーっと」
「お前が高田か」
その若干背中を丸めた女性は自分にそう問いかけた。
「え、は、はい。如何にも自分が高田ですが……」
「お前が、沙織の彼氏か」
そう、なんだろう。
「ええ、確かに」
「沙織のどこが好きだ」
その視線は鋭くこちらを向いている。一つの失言も許さない、そういう圧をこちらにかけていた。
この場にいるのだから彼女の知り合いではあるのだろう。彼女に対するこの執念に似た何か、知り合い以上の存在だと思われる。
「答えろ」
「……畏まりました。
どこを、ですか……なかなか難しいですね。言葉で、論理的に、整然と何事も表そうとした自分でもパッと出てこないのですから」
向こうの視線をじっと見つめ返しながら、なんとか言葉を紡ぎ出す。
「最初は、本当に一目惚れ、とかいうやつだったんです。彼女が人のために、人のことを思って動く姿、自己中心的な自分にはない姿、最初に惹かれたのはそこだったと思います」
酒瓶持ちながらこんなことを話すのも悪い、と一回玄関の脇に置かせてもらう。
「その後は隣人として付き合っていく中で、人となり、ひたむきな姿、人としての包容力の高さ、それらを知り自分の中で思いを深めていきました」
まだ、何も言ってこない。無表情の無言はなかなかに恐怖だ。
「直近で会った、それが自分の中に一種の確信に近いものが持てたところでしょうか。長い時間一緒にいても嫌悪感が一切なかった。むしろ長く居られるところに喜び、そして落ち着きがあった。
この人とより長く居られるなら、自分の人生の意義はそこにあって問題ない。他の全てを捧げてもいい。何してきても全てを受け入れられる。
そう考えられたからこそ、奇跡というものを信じてみたくなったのです」
これで、良いのだろうか。
自分の中の嘘偽りのない部分は答えたはずだ。もし問題があるとしたら、自分は自分のためにこの人を押しのける他ない。
「そうか」
時間をしばらく挟んでその人は小さくそう答えた。そして部屋の奥へと引き下がっていった。
なんだったのだろうか。こんな玄関先で答えはしたが、そもそもこれは何なのだろうか。
「あ、高田くん高田くん。ごめんね急に言っちゃって」
間もなく奥から彼女が現れた。エプロンをしているところを見る限り、何か料理していたのだろうか。
家庭的で可愛いと思う。
「いえ、時間は空いていたので大丈夫ですよ。それより本当に上がっても……」
「なんか友達が呼べってうるさくて……」
「ご友人ですか。先程玄関先にいらっしゃったのも……」
「あれ?麻子行ってたの?」
「はい、黒髪の背の低い方が……そちらの」
彼女の来た方からさっきの人が戻ってきて、彼女の背後近くにつけていた。
「あ、麻子。高田くんになにかしたの?」
「いや、何もされてはいませんが……」
「さおり」
先程の人は今度は背を大きく伸ばして彼女の目線に近づいた。
「認める」
「何をよ」
「交際」
「親じゃないんだから」
よく知らないが、その人に認められたようだ。
後々聞いたら、同じ車輌で操縦手をしている冷泉さんだという。確かに大会時の選手一覧の冊子で見たことがある顔だと思った。
話を聞くに、前に話していた前々からの友人がこの人だという。そしてその他に同じ車輌の人だという3人が彼女の部屋にいた。
五十鈴さんと西住さんと秋山さんだという。同じく冊子で彼女と並んでいた人たちだ。
既にこの女子会が始まってから時間が経っていることもあり、飲んでる人はそこそこ酒が回っているらしい。持ち込んだ追加の酒は普通に喜ばれた。
「この人が武部殿の彼氏の方でありますかぁ。マンシュタイン閣下っぽさのあるなかなかのイケメンでありますなぁ」
誰だそれ。
「あらあら、やっっっっと沙織さんにマトモな彼氏ができましたね。うふふふ」
「マトモな、は可愛そうだよ。華さん」
一躍この集まりの話題の中心に連れ出された自分は、周りの女性に経緯や内情を根掘り葉掘り聞かれる羽目になった。
冷泉さんが自分が玄関先で話したことを皆に話し、それを聞いて武部さんが真っ赤になって顔を伏せているのが、このことを加速させているらしい。
彼女とのこの先の関係を続けるには、彼女と近いこの友人たちとも良好な関係を築いておきたい。
皆さんは高校時代からの付き合い、特に冷泉さんは小学生の頃から、ということもあり、自分より彼女に詳しいに違いない。彼女と一緒にいる上でサポート役はいて損はないはずだ。
あの会場で画面越しにいた人たちが、自分の前で寛いでいる。なかなか奇妙な光景である。
彼女とも話し、友人たちとも酒を酌み交わす中、この夜の時間は早く、しかし濃密に過ぎていった。
これほどの友人に愛される彼女と付き合えている、その幸せを何度も何度も噛み締めながら。
酒飲みパラメータ
飲兵衛
↑
五十鈴 辛党、ザル
西住 九州女子
武部 飲めるがあまり飲まない
秋山 西住殿の前だとハッスルしがち
冷泉 甘党、ド下戸
↓
下戸