ようかい   作:いのかしら

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ラストォ




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 幸いにして彼女との関係は今も続いてる。

 実に奇跡だと思う。世に別れ話は尽きないというのに、それを回避し続けているのだから。

 

 バレー部内でも彼女のできる者はいるもので、できる者もいれば別れる者もいる。

 しかしその内情を話したがる者はいないし、他人も腫れもののように触りたがらない。相手が誰かもわからないパターンが大部分なのだ。

 自然自分のまわりで『なぜ付き合った人間が別れの道を歩むのか』、その解答は闇の中に埋もれたままだ。

 

 

 

 だが状況の変化によって厳しくなる側面もあるのだろう。理由の少しはそこにありそうだ。

 

 

 大学生とは自由な時間を持つ生き物だ。縛るものは中高のころより少ない授業とその課題だけ。

 あとはサークルなりバイトなり趣味なり研究なりガクチカなり、好きなことができる。恋愛もその一つだし、あってしかるべきだろう。

 

 そこからの転換点のひとつは就活であり、就職だ。直近は転職などで自由度が広がっているとはいえ、特に自分のような文系学生の大半にとっては社会人として人生の方針を決める一大事だ。

 

 

 そして昨今では夫婦揃って共働き、というマルクスおじさんが『道徳の破壊だ!』と叫びながら発狂しそうなスタイルが基本だ。

 

 将来の生活のあり方、互いに求める理想像、そして収入など。ありとあらゆるものの解釈、そのなかでの僅かなすれ違いが破局なるものを促進しているのではないか。

 就活の経験を思い返しつつふと考える。

 

 彼女はもう今年の頭から社会人。

 それより前、本格的に互いの同意を得てから、向こうが昔から揃えていたという結婚情報誌の山を前に、それらの解釈については少しずつ擦り合わせてきている。

 こういう本を集めるのが昔からの趣味だったようだ。こうして役に立っているし、この先も口を挟まずにいよう。

 

 

 

 もっとも他の要素もある。いわゆる熟年離婚なら老後のあり方の価値観などが絡んでくるし、生活を続けて嫌気がさすこともあるだろう。そしてそれは実際にしてみないとわからない。

 関係が末永く、死が二人を分つまで、と願うと、その障害は気の遠くなるほど先まであり続ける。

 全て解決できる時、それは死だ。

 

 

 

 

 そしてそのことを考えるたび、『振り回されるのを受け入れる』、父の言葉の意味が少しずつ解きあかされているように思う。

 

 彼女の望む生き方を知り、まずそれを受け入れ、そのうえでそれを支える人生を受け入れる。彼女がいること、その解釈を超える人生の意義を感じられない中で自分が見つけた答えだ。

 

 彼女に告白するときに抱いた自分が定めた自身への責任。自分が動いたからこそともなうもの。

 その存在を忘れていなかった、そもそも想起していた過去の自分にはちょっとばかり礼を言いたい。

 

 

 

 どこぞの学長が

『男なら幸せになろうと思うな。幸せになるのは女と子供だけでいい。 男なら死ねい』

 

と言っていたらしい。

 

 彼女と付き合い続けたからこそ言える。

 この言葉を性別を変えたり変えなかったりしつつも互いの胸に秘めた状態、それこそ真の愛なのではないか。

 

 そう、ほざいてみたくなる。

 

 

 彼女とのこの関係が長く続いている理由、それは自分が彼女を愛し、愛しようとしてきていることもある。

 だがそれ以上に彼女も自分に愛を向けようとしていることだろう。自分もその手のことはいろんな場所場面でためらいなく積極的に言うようにしている。

 言葉なくして互いの気持ちを理解しあえるほど、自分たちはまだ成熟していない。

 

 

 

 

 

 

 

 それにしても今日の空間は異質だ。いつもいたはずのポジションが、少し弾力のある高い壁一枚挟んで上のほうにある。

 そして自分は練習着ではなくめっちゃくちゃマトモなユニフォームを着て下のほうにいる。

 

 

 本当にここのオジサン監督はなにをとち狂ったのだろうか。

 自分の人生で最後のバレーボールの大会、秋の大会の選手登録名簿に自分の名前を載せ、いくらリーグ内の順位がビリ確定になった最終盤とはいえ、ベンチメンバーで起用するとは。

 

 個人的にひいき起用ならむしろ辞めてもらいたい。こんな4年の老害一歩手前に機会を与えるよりは、1年2年の期待の若手にこのポジションを譲ったほうが、翌年以降のチーム編成を考えても有意義だ。

 

 反発しようか迷ったが、自分は監督のところに行きメンバーから外すよう求めた。理由は前述の通りだ。だがそれでも外すことはない、としてきた。

 もうすぐ引退とはいえOB会の存在もあるから、出場機会を奪ったとあまり後輩に睨まれたくはないのだが……

 

 

 出るからには機会が来たら全力を尽くすほかないが、大学バレーにもなってピンチサーバー要員をベンチに置くなど普通ではない。

 ベンチ入りできるのは12人のみ。そして試合には前衛後衛3人ずつの6人とリベロの合計7人が出る。ベンチ枠はたったの5人なのだ。

 

 換えがきかない専門職のセッターは怪我時などに備えて控えが必須だし、アタッカー、センター、オポジット、要するに両翼と真ん中を守れる控えは欲しい。さらに言えばリベロにも控えがいる。

 

 

 もうおわかりだろう。これら一人ずつサブを入れて5人なのだ。自分は一応セッターのサブもできるとはいえ、ちゃんと正規のセッターのサブもベンチ入りしている。つまりいらないのだ。

 

 ……これもうわかんねぇな。

 

 

 

 

 

 自分らのチームの試合は午後。午前中は同じ会場でリーグ内の別の2チームが試合をしている。しかも1部リーグへの昇格のチャンスを賭けた一戦だ。自分たちとは気合の入り方が違う。

 

 その間自分たちは体育館の裏の空き地でダッシュなどしてアップを行う。

 いつもなら他チームの観戦や必要があれば審判員のサポートをしていたはずの自分が、まだまだ残暑が続く中で走り続けているのも落ち着かないものだ。

 

 

 

「腿上げダッシュ3本、全力でっ!」

 

「オォィ!」

 

 いつも以上に声を張り上げ、できる限り全力でやり続ける。どう考えても戦力ではないとはいえ、最後の機会なのだ。後悔はしたくない、そう思いたくなってしまうのだ。

 

 

 

 太陽がだいぶ高くなったころ、出口の方からぞろぞろと人が吐き出される。どうやら前の試合が終わったようだ。

 開催日が土曜日、そして上位争いとはいえ県内2部リーグ。ただでさえ大学バレーなんてそんなに知られていないのに、それでいて全国大会にも行けるかもしれない1部リーグとは人気度がちがう。

 

 出てくるのは幾らかの学生と少しの大人。女性の比率が若干高いが、男性もちらほらいる。選手の大学での友人、といったところだろうか。

 

 一部リーグの試合も何度か見たことがあるが、あちらは上位チームとなると応援団と熱心な学生のファンが来る。

 

 

 

 

「おし、行くぞ」

 

 しばらくして同学年のキャプテンの指示を受けて、会場に入っていく。既に体育館の裏手で広げておいたボール籠を押し出し、飲み物やタオルなどもマネージャーと揃えて、試合前の最後の練習に臨む。

 

 

 

 

 会場では学生の放送部によって次の試合の案内がなされていた。相手は納豆国際大学、決して納豆くさい大学ではない。

 こんな名前ながら一応扱いとしては自分らのところとおなじ国立大だ。元々私立だったのが国立に再編された形だが。

 

 向こうはリーグ4位、こっちは最下位の6位、ほぼ確定だ。

 向こうは既に勝ち点3を数試合取っているが、こっちは今まで文字通り全敗。今日と明日で両方勝ってやっと5位の勝ち点に届く。

 そこから得失点差の勝負なのだが、これが18点引き離されているのでだいぶ厳しい。

 

 つまり25ー22を3セット全てでやって完勝、これを2日連続しなければならない。特に大差で1セット取られるとかなりキツくなる。

 だからこそ自分をベンチに入れるようなことができたのだとは思うが。

 

 

 

 向こうも試合会場に入り、左右に分かれスパイク練習を始める。自分はスパイク打てないのでリベロの後ろでボール拾いの手伝いだ。

 

 そしてサーブの練習を終えて、試合開始10分前。向こうから公式練習に入る。コート全体を使って行える、試合直前の3分間だ。

 その間自分たちはベンチで待機だ。初っ端サーブ練習なのでボールをコートにばら撒く準備はしておく。

 向こうは先にスパイクから入るようだ。セッターがネットの中央にカゴを持っていく。

 

 

 

 

「真一く〜ん」

 

 右奥の客席から声が。それもヒジョーによく聞く声だ。

 

 ガラガラの客席の中でその姿は一際輝いて見えた。

 笑顔で手を振る彼女の姿は。

 

 

 前に今回ベンチメンバー入れるかも、とは言ったためか、今日この手の場所に初めて来てくれた。今までは自分があの場所にいたので、気恥ずかしいのもあって呼べていなかったのだ。

 

 こうしてユニフォーム姿を見せられるのは喜ばしいことだ。

 とはいえいくらなんでもここから思いっきり応えるわけにもいかないし、見とれるわけにもいかない。後ろには他の部員たちがいるし、なにより試合前だ。

 

 特に見せられることもないが、せめてしっかりこの部活でやってきたことは示さなければならない。

 

「高田」

 

 後ろのメンバーから声。

 

「ハイ」

 

「お前の下の名前って真一だよな」

 

「ハイ」

 

 まぁ、目立つわな。

 

「客席で手ぇ振ってんの、あれお前の彼女?」

 

「……ハイ」

 

「めっちゃ美人じゃね?」

 

「じぶんでもそうおもいます」

 

 頻度は減ったが、今でも時々信じられないほどに。そしてその彼女が自分を愛しているのがなおさら。

 

 顔は正面を向いたまま、この小声も正面からの練習音で掻き消される。

 だが後ろからの声はある程度怒気を孕んでいるように思える。

 

「明日の夜飲みの席で話せよ」

 

「話すだけなら」

 

 

 

 

 

 

 タイマーが鳴り響き、向こうの試合前の公式練習が終わる。

 

「サーブ!」

 

 号令一つでコートの左右に向けボールを撒く。頭の上をボールが飛び交い始める中で、最後の一つを持って自分も練習に加わる。

 まだ今のところはフローターで様子見だな。

 

 

 その後はポジションについてアタッカーの練習。自分はネット越しにボールを打ち込んでいく。

 練習時間はかなり限られる。一球でもミスすることは許されない。ボールをあげる高さ、打ち込む位置、場合によってはフェイントを挟んで味方の予測をぶらす。

 

 かといって相手は味方である。取れないボールを打ち込むつもりはないし、下手なミスから調子を落とされても困る。つまり取れてスパイクまで繋げられる球でなければならない。

 

 さらに各ポジションのボールに触れる頻度やいつもの自分の打ち方との差の付け方などなど。

 これらを総合的に勘案し最適な軌道を瞬時に算出し、休ませることなく仕掛け続ける。

 

 

 それを十数球こなせば、またブザーが鳴って終いだ。自分はベンチメンバーの一人として、ボール籠をベンチに戻しエンドラインの右から3番目に並ぶ。

 

 

 

 センターラインの左側のキャタツの足元にジャケットを着た主審がより、左右に広げた腕を中央でクロスさせながら笛を鳴らす。あ、ここブザー式か。

 

「シャッ!」

 

 互いに中央に移動。小声で手を取り合って挨拶を交わす。

 

 そしたら後はひたすらに出番待ちだ。そもそも来るのか、来るとしても第何セットになるのやら。

 

 ただ全力でベンチから応援し、呼ばれたら即座に行く準備を整えておくしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 その出番は、予め予告されていた。

 

 

 向こうはシーズン結果がほぼ決まっていたこともあり、来年以降の新チーム主体の編成だった。そして自分を入れるようなよくわからない編成をしたこちらのチームは、何故だか2ー1でリードしたまま第4セットに入っていた。

 

 勝てそう。

 このチームに3年半いたものとして、あまり経験したことのない光景だ。

 

 

 そして監督からこのセットの後半での起用が始まる前に告げられた。

 次のセットにまでもつれれば、いくらなんでも出番はあるまい。つまり初めてなのにラストチャンスなのだ。

 

 

 

 

 

 

 23ー17

 

 こちらのスパイカーがレフトから強烈なスパイクを打ち込み、こちらにサーブ権が回ってきた。

 

 監督が審判に交代を告げる。審判がブザーを鳴らしながら交代の合図をした。

 背中を押し出されベンチから飛び出して、ボールを持った選手と交代。副審が記録員が記録を取れたことを確認して、再度ブザーを鳴らした。

 

 

 

 

 ピンチサーバー。

 

 1セットで40本50本と飛び交うサーブのなかの1本、打てて数本、それが己の仕事場だ。

 

 ボールを引き継ぎ、コート後方へと向かう。

 

「真一く〜ん!ファイト〜!」

 

 顔を上げると、また大きく手を振る彼女の姿があった。

 目が合った。彼女が、いる。すっと体の奥が熱くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 きっとここで、この大学人生4年の重大事と呼べるここでネットにボールをぶつけたからといって、彼女が自分を嫌うとか不甲斐ない人間だと思うとか、そういうことはないだろう。

 2年以上付き合っていれば少しずつだがわかってくることもあるのだ。

 

 

 だが、それに甘えることだけは許されない。彼女の寛容さを理由に緩くなったとしたら、それは別れの時が近づく証だろう。

 愛されるための努力なしに愛を受け取る、これこそ真の傲慢なのではないか。

 

 

 

 だからこそ、ここで自分は仕事をしなくてはならない。

 結果はわからない。結果を出すためにこれまでも練習前や練習の合間などにサーブを打ち続け、鍛えてきた。自分のチームの選手を実験台にして突き詰めてきた。そのことに自信はある。

 

 それでもあのチームの選手相手にそれが通用するかはわからない。打ってみて拾われてみなければ、ダメージを与えられるサーブだったかは知らないのだ。

 

 

 

 

 会場の視線が自分に集まるのを感じる。その中の一つに彼女のものがある。それがどれだけ自分の支えとなっていたか、限りない恩恵を受けてきた。

 

 

 

 

 今、ここで、この場で、解き放つ。

 

 

 

 

 

 恐れずに、最大限できることを。

 

 

 

 

 

 

 

 いつも通りに小さくボールを投げた。

 

 

 

 




11

この字面のように、二人が同じ方向を目指して末永く並んで立てますように。



ちょいと先ですが、11/20(土)21時〜からツイキャスやろうと思います。この作品についてとか色々話せれば……

@EzonohNakata



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