ようかい   作:いのかしら

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 大学生という身分は人生の夏休みとよく形容される。なるほど夜に酔っ払いながら並んで歩く集団や旅の様子をTwitterに上げている知り合いを見ると、なかなかその表現は適切であるように思える。

 実際に自分も形は違えどその枠内に収まっている。大学の授業や課題などはあれど、別にそれが自身の生活やこの先の人生の営みに直結するわけではない。

 

 仕事であればこうはいかない。結果を出せねばもっと有能な人間が優先されるであろうし、雇用を維持する方が損だと考えれば首を切られる。それがこの資本主義が染み込んだ社会に求められる合理性だ。

 費用面を除けば合理性抜きに希望する学問の道を選べる、というのは確かに社会の枷を逃れられるオアシスとも呼べるだろう。

 そんなオアシスを得るために自分は近くのアパートで一人暮らしをしているのである。自分自身そんな大学生活でこのような機会があろうとは考えてもいなかった。

 

 

 

 

 水戸大学

 

 自分の通う県下でも有数の大学である。自分の脳みそで受かることのできる最大限の大学である。そこの経済学部生というのが、自分の現在の肩書きだ。

 山の中から海の上を経て辿り着いたのが、この場所だった。そしてこの平野の上の一軒のアパートの3階の隅の一室が、今の自分の住処である。

 部屋は6畳一間、布団と机と本棚を置くと大体のスペースは埋まってしまう。あとはコンロ一つと水道、ユニットバスにトイレに洗濯機。だいたい近代個人として生きる上で必要なものは揃っている。

 大学までは自転車で15分。下の駐輪場にはママチャリを一台確保してある。その道中に東親という安いスーパーがあるので、そこで買い出して飯を作ることが多い。

 

 

 

 そして件のお相手というのが、隣の部屋に住む女性である。だが女性というよりも先に『武部』という名字を知った。特に物珍しさはない。

 

 彼女の顔を初めて見たのは、入学前の引越しの作業が終わってからすぐに隣に挨拶に行った時だった。隣がどんな人か知らないものだから、手土産は手軽に作れる素麺にしておいたはずだ。

 この手のものは蕎麦が定番と言われるが、蕎麦はアレルギー持ちだった時が怖い。自分も記憶はないがかつて卵にアレルギーがあったと言われているため、その点は注意したい。あ、小麦もあるか。

 

 

 知らない人の家のインターホンを鳴らすというのは、なかなか踏み出しづらいものである。だがドアの前で辞めるわけにもいかず、意を決した。

 

「はい?」

 

ドアを開けて出てきたのは、自分より背の低い人だった。視線の先には茶髪の頭頂部、そこから視線を下ろしていって女性であると把握した。

 

「えと……隣に越してきた高田といいます。よろしくお願いします……」

 

若い女性なんて教師以外久しく見た記憶がない。その性質だけで自分の制御を難しくする。

 

「どうも」

 

「えー……こちら、つまらないものですが……」

 

素麺の袋を手渡してとっとと立ち去ることにしよう。挨拶なのだ、長居する理由はない。

 

「あ、ありがとう。えーと、お返しは何かあったかな……」

 

「いえ、大丈夫です。今後ともよしなに……」

 

 

 頭を下げてすぐに自室へと戻る。まだ段ボールが数箱開けずに残されている部屋に着いても、なかなか心拍が落ち着かない。

 男子校を卒業し浪人を一年挟んできた。予備校でも講師以外とほぼ話すことなく生活してきた。そしてその講師は多くが男性であった。

 そんな人間にとって急にこんな機会が生じるとここまで混乱するものなのだろうか。自分に困惑を隠せずにいた。

 

 

 そこまで長い時間は経っていなかったはずだ。今度はこちらのインターホンが鳴った。

 郵便物なんかも住所切り替えているし来てもおかしくはない。一つ深呼吸して息を落ち着け、とにかく冷静になる。

 何気なく玄関を開けるとその向こうには彼女がさらに低い位置に立っていた。

 

「さっきのお礼、今手持ちでこれしかなかったんです。こちらこそよろしくお願いします」

 

「あ……はい……」

 

胸元にビニール袋を押し付けられ、まともに返事を返せたか自分でも分からぬままに、よくわからないが爽やかな香水の香りを残して向こうも帰ってしまった。

 

 

「……なんだこれ?」

 

 向こうも急ぎだったのだろうか。確かに学期変わりの忙しい時期ではある。その点無頓着だったのかもしれない。

 いずれにせよ貰ったものは貰ったものだ。こっちで処分していいということだろう。中身はこれもビニールの包装をされた……干し芋、のようだ。

 

 冷蔵庫に仕舞う必要は無さそうなので一旦その上に置いた。食べるものには特別変なこだわりを持ってないと思うが、その干し芋についてはゆっくり食べ進めたくなった。

 

 その後夜疲れていた際などにゆっくり食べ進めた。甘くて美味しいのはいいのだが、口の水分を吸われる上にやけに粘着質であった。

 

 

 

 

 隣というだけである。その後は新歓やら履修選択やら月曜1限に必修科目が入るやら、などの入学後のゴタゴタが続いたこともあり、特に関係が深まる理由もなかった。

 自分は高校も一応運動部であったし体育会系を目指した。そこまで運動神経がいいとは思ってないが、体を動かし汗をかいて損はない。

 大学ともなると高校ではあまり聞かないスポーツも体育会系として存在するようになる。ラクロスとかアーチェリー、自動車なんてものもある。生憎免許はないのでパスする他ないが。

 

 

 自分は結局高校時代にもやっていたバレーボールに行き着いた。かといって自分の身長は176。180越えは当然のようなバレーボール社会ではチビの無類に入る。

 もっとも高校でも既にスパイクは打っていなかった。高校時代は一応セッターをやっていたので、大学でももちろんその枠を狙った。ただ同期にもっと上手そうな奴はいたのでそう易々といかないだろう。

 

 

 新歓では飯に連れ出されイベントも挟みつつ、5月になって正式入団となった。その頃になると語学などで課題も出始めていたが、まずまず生活は落ち着きつつあった。

 

 

 

 

 彼女とは朝のゴミ出しや夜たまたま同じ時間に帰る時など顔を合わせる機会はあった。だが別にその時に会話をするわけでもない。会釈のみや軽い挨拶を交えるだけなのが常だった。

 

 彼女と次にきちんと会話したのは、5月に入ったある日のことであった。金曜日に練習が終わり自室で飯を摘もうとしている最中、自室に彼女が訪れた。

 なんでも彼女の部屋に彼女の友人が集まるそうで、少し騒がしくなるかもしれないとのことだった。別に自室で騒ぐわけでもないので何か口を挟む理由もない。

 

 実際その後少々騒がしくはなったものの、飯と課題を邪魔するものではなかった。だが日付を超えるあたりで課題に目処を付けた頃にもまだ少し声がしたものだった。

 翌日の朝早くに出かけてしまったので分からないが、どうやらそのまま夜中もずっと続いていたらしい。夕方に謝られたが、また問題ないと返したはずだ。

 

 

 

 その程度であった。

 

 

 

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