ようかい   作:いのかしら

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 そこまでとなりの彼女のことは知らなかったし、興味も大してなかった。お隣さん以上では決してなかったのだ。

 だがそれ以上への関係があり得る段階へと動いたのは、試験も見据えて動いてきた6月のある教養科目の授業が終わった時だったと思う。授業を受ける際は眠い時でも前方に座ることにしているのだが、片付けをしていた自分の背中側から声がした。

 

「あ、やっぱり高田くんだよね。ちょっといいかな?」

 

 それが武部さんだった。他にクラスでこの授業を受けている人間も少なく、まわりの視線をそこまで気にしなくていいのは幸いだった。

 服装はごく普通の一枚生地のワンピースだったと思う。

 

「……こんにちは」

 

「急で悪いんだけど、先週の授業のノートってある?」

 

「先週の授業、ですか?ありますけど……」

 

「写させて!」

 

なるほど、先週の授業を休んだようだ。幸いこの後練習が始まるまで多少の時間の余裕はある。何時間も奪われるわけでもないし付き合ってもいいだろう。

 

「構いませんよ」

 

「ありがとー!助かる!」

 

 

 

 近場の空き教室にて席を離しながら、彼女は自分のノートを食い入るように見つめていた。自分は他の授業の課題をパソコンを取り出して進めておく。

 別に話さなければならない理由もないが、話す機会というものも作って良い気はした。貸しているのだからそのくらいはいいだろう。だがその意を決するだけでも少々時間を要した。

 

 

 

「何か……あったんですか?」

 

「えっ?……ああ、この授業休んだ話?」

 

首を少しこちらに向け、反応してきた。ちょうどページの区切りであったようだ。

 

「公欠よ公欠。それは通ったけど補修はないのよ」

 

「公欠ですか……そういえば武部さんって何をされてるんですか?」

 

「戦車道」

 

「せんしゃ、どう」

 

「そう。夏の全国大会予選の県大会が始まってるんだけどね」

 

 戦車道、か。

 名前はもちろん聞いたことがある。とはいえ戦車に乗って大砲ドーンとやってる女子がメインのスポーツ、というくらいだが。この大学は県内ではかなり力を入れており、全国的に見ても強豪と見られている方だというのは聞いたことがある。

 

「今年も無事全国大会は行けそうなんだけど、顧問が秋以降は落単数もメンバー選考の参考にするって言い出してて、こーゆーのも気が抜けないのよ」

 

「なるほど……」

 

 しかし……この授業を受けているところを見るに、武部さんは自分よりせいぜい一学年上程度のはずだ、つまりは大学2年。それでメンバーに選ばれているということなのだろうか。

 

「武部さん……こう聞くのも変かもしれませんが、何年でしたか?」

 

「あ、言ってなかったっけ?2年よ2年」

 

 おそらく現役であろう。自分が一年浪人しているので、学年は違うが歳は同じ形か。自分の周りでは時々こうして時空の歪むことがままあるが、ここでもか。

 

「凄いですね……2年で選抜されるんですか……ここの戦車道は結構有名だったと思うんですが」

 

「まぁねぇ」

 

 なかなか自慢げな顔をしつつ、次のページを映す作業に取り掛かっていた。自分も止めていた打ち込みを再開した。

 

 

 

 

 そこから10分ほどで自分の手元にはノートが戻ってきた。

 

「いやー、ありがとね。助かった助かった」

 

「いえ、こんなことでよかったら全然……では、自分この後練習があるので……」

 

「あ、そうそう」

 

 ノートをしまい早めに部屋を立ち去ろうとした時、再度彼女に呼び止められた。

 

「お礼、何かしたいんだけど、何がいい?」

 

「お礼なんてそんな……」

 

「いいのいいの、細かいこと考えずにバーンと、ね?」

 

 

 バーンと、と言われても、もともと宮沢賢治ほどではないが欲は少なく生きてきたつもりだった。さらに別に何か高度なものを提供したわけでもないし、見合うものとなればそうそう価値のあるものを要求するわけにもいかない。こっちの家で飯が欲しいとかね。

 少々考えた結果、あることを求めることにした。

 

「そしたら、武部さんの出る次の戦車道の試合を教えてくださいますか?」

 

 次の試合の情報。相手にそう負担になるものでもない。それに今まであまり見たことのなかった戦車道を知る機会、というのもなかなか悪くない。

 

「あ、そんなのでいいの?えーっと次は来週の日曜日の13時から、常陸大宮の方の演習場で試合なんだけど……」

 

「日曜日ですか。ありがとうございます」

 

 幸い来週日曜なら練習も試合も用事もない。課題もまだ来週なら大量に出ることもなく、特段他にすることもない。

 こうしてスマホで現地への行き方だけ確認し軽く礼を述べて、部活の練習準備のため体育科棟に急いだ。

 

 

 

 

 

 日曜日、現地で県の大会の決勝ということを知った自分だが、平地と山地に跨る会場は快晴に覆われていた。夏はかなり近づいて来ているが、半袖であればそこまで暑さによる不快感はない。

 

 席は無料のようだ。手持ちはあるが交通費もあるし、無駄に使いたくはない。これ幸いと水筒片手にとんでもなくデカいモニターの正面に陣取ることにした。

 

 

 

 戦車道はかつてから映像のスポーツだったという。野球もプロレスも街頭テレビの普及とともに拡大したじゃないか、とも言われるが、それとは異色の意味でである。

 

 戦車道の観戦はその安全上の都合から観客は会場からかなり距離を取る必要がある。何せ試合で使っているのは実弾。流れ弾一発でも観客に当たれば、いや近くに着弾するだけで洒落にならないのだから。

 故に戦車道で使用される戦車の質が上がる、また戦車道が競技として隆盛するに伴って、戦車道にとって映像は不可欠なものとなったのだという。パブリックビューイングの導入でも先陣を切ったりしている。

 現に自分の目の前にあるのはそれだ。試合そのものではなく、その画面越しの世界を眺めることになる。

 

 

 さてその戦車道の試合であるが、当然のことながら最初は彼女がどこにいるのか、何をしているのかなどサッパリわからなかった。

 それもそのはずである。彼女がこちらの大学のチームのどこにいるのか、何をしているのか知らなかったし、何より戦車の中にいると外からはどの車輌にいるのか判別がつかないのだから。

 おまけに戦車もみな似たような奴らばっかりである。細かい違いはあるのかもしれないが、そんなものは知らない。

 

 それにしてもこの戦車道というものは、大局的視点から見なければ何をしているのか理解し難いものだ。そしてその視点を最も把握できるのは会場から離れたところにいる観客たちなのである。

 向こうの戦車があの山の裏をぐるっと回ってきてると読んで対応する部隊を向かわせる。観客はそんな動きをしている部隊など存在しないと知っている、のようにだ。

 

 なるほど岡目八目とはこのようなことを指すのだな、と感心しつつも、どっちが有利不利かもわからぬまま、山地平地のドンパチで相互の車輌が脱落していった。

 

 気がつくと双方とも20輌いたはずの車輌は双方合わせて5輌にまで減っていた。こちらが3輌、向こうが2輌のようである。

 その5輌は全て三方を建物に囲まれた空間に展開していた。まさに最後の戦いであった。この中にいるハタの立った車輌を先に撃破された方が負け、らしい。

 

 

 即座にこちらの1輌が撃破され数では同等になる。一方でその間に側面に回り込んだこちらのハタの車輌によって、相手の1輌を撃破した。

 その後は両者一進一退の攻防が繰り広げられる。正面から撃ち込まれた砲弾を弾いたり履帯の急旋回で砲弾を避けたりと、どデカい車輌が行なっているとは思えないほどアクロバティックな動きが残り3輌によって展開されている。

 

 

 その激しさとは裏腹に結果はあっさりと出た。こちらのハタの車輌が敵方のハタの車輌に撃破されたのだ。こちらは他に1輌残しながらも敗退となった。これによって県立の大子町大学が数年ぶりに県の戦車道大会で優勝を飾ることとなった。

 とはいえこちら水戸大学は既に前回大会でシード権取ってたとかで全国大会に行けるそうだが。

 

 

 

 嗚呼、その後である。

 自分が彼女を『愛する人』として見るようになったのは。

 

 

 撃破されていないこちらの最後の1輌、その車内の前方から出てきたのは、彼女であった。あの茶髪のロングの髪から顔、もう既に涙で歪みつつあった顔。そして車輌の上の人と同じユニフォーム。

 

 そしてカメラにとっても印象的だったのだろう。優勝に喜ぶ相手チームを写して間もなく、観客席の前に置かれた画面には彼女の泣いている顔が全面に映し出されていた。

 

 一度泣き崩れる彼女。ただそこから抜け出し、それ以上に動けなくなっていた上の人を支えて運び出す。

 そしてその支えは暫く後の表彰式が半ばを過ぎるまで続いていた。相手チームの表彰の際の拍手も、無理矢理左腕を伸ばして全力で応じた。

 

 画面は相手チーム含め横に何度もスクロールされていた。1チーム100人とかいるのだから。

 だが自分の視点は彼女が映っていたその寸分のみに縛り付けられていた。神性すら纏っていたその姿に。

 

 

 

 

 

 経緯をこうして振り返ってみても、この感情は自らが要求した返礼から導かれた自己満足以上の何者でもない。これを相手に強制させることのどこに生きる上での正当な理由があるというのだろうか。

 

 だがこうして確認したのは悪影響であった。自らの胸の内で回想を繰り返して感情を圧殺しようとしても、彼女の顔と思い起こされるこれまでの些細な行動がこの気味の悪いものを膨張させて止まないのである。

 

 これがなければ、自分はこの社会に生きる人間の一人としてもっと健全であったはすだ。少なくとも血縁もないような人間の人生を徒らに操作したいと願う人間ではなかったはずだ。

 

 

 

 

 

 ……時刻は昼前か、窓から差す陽光を鑑みれば。

 ……このやり方では自分の感情を納得させることはできない。説得では納得できない、ようだ。

 

 

 

 

 

 

 ……相手よりまずは自分である。

 自分のこの感情がこの後如何なる状況下であろうと揺らがず、抱え続けているものである。それを自分が示せないままに相手を大切に思おうとするなどということは、欺瞞以外の何ものでもない。

 

 

 

 

 この後今日の全てを費やして、彼女のことを考え思い続けることにしよう。水も食料もその他如何なる事情も廃して、この空調を切った酷暑の部屋の中で。

 そしてそれを考え思い続ける中で苦痛や後悔を一切伴わないのであれば、少なくとも自分の中で変わらぬものだと考えられるのではないだろうか。

 

 ……それでも断言はできないのかもしれないが。

 

 

 

 

 

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