ようかい   作:いのかしら

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 部活の過酷な夏合宿を挟み後期の授業が再開される中、心中穏やかではないものの平然を装って学生生活を続行していた。

 

 仮に自分の心持ちが何十年先まで変わらないとしても、いやそれすら精々二十年しか生きてない人間が仮定すべきではないだろうが、相手がこの気持ちをともに持たない限り強要するわけにはいかない。

 彼女の、武部さんを愛するこの気持ちが真である、と自らを信用しようとせずとも、その点が明確に、少なくとも有意水準5%で彼女が同様の感情を持っていないと棄却できない限り動くべきではない。

 破綻する、または将来的に破綻することによる恩恵など一つもないのだから。

 

 

 

 彼女に頻繁に会うわけではない。ゴミ出しや大学に行く時に鉢合わせた際、少々立ち話の機会を探る程度だ。初めてマトモに話した授業でもあれ以来特段話す機会はない。

 そして部活のない日の大学の帰り、火曜日がたまたま似たようなタイミングで自転車に乗る。向こうもその日は練習がないようだ。

 その時彼女が自転車に跨り走り去る姿。それを自分も自転車を引っ張り出しつつ横目に見る。なんともみみっちいことであるが、隣人としての付き合いを除けばその程度にしていた。

 最低でも現状維持でいいのだ。嫌悪されることだけは絶対に避けたい。その危機回避のために動きたいのだ。

 

 

 とはいえせめて『少し仲の良い隣人』程度にはなっておきたいと、この心の中の奇妙な存在が導こうとする。

 幸いなことに夏も終盤になった頃、父が何をトチ狂ったか段ボールの中に山のような野菜を詰めて送ってきた。しかも生野菜も混じっているものである。

 父からしたらこんな出来の悪い息子でも気を遣ったつもりなのだろうが、こっちの部屋の冷蔵庫の大きさを考えて欲しい。冷蔵庫に合わせて物を買う、なんて生活をしてこなかったことが如実に現れている。

 

 

 さて、体育会系に入っているが故に常人より飯は多く喰らう方であるとは思うが、この量を捌くのは厳しい。料理をしないわけでもないのだが、これだけの量を短期間でできるか、となると辛いものがある。

 

 とはいえこの山ほどの野菜を前にできることといったら限られてくる。その中で有効活用できるのは人にあげることだ。

 ということで話す機会になれば、と少々の迷惑は覚悟で武部さんのもとを訪れることとした。何か都合の悪いことがあったら全ての責任をあの親父に押し付けてしまうとしよう。

 

 

 

 隣の様子を察するに、おそらく在宅だ。夕刻の飯の準備を始める時間の前、少々余裕がある時が良いだろう。向こうの冷蔵庫の中身の状況は知らないが、こちらも事情が事情なのだ。

 

 夕方6時。まだまだ明るいがこのくらいがいいだろう。全体の3分の2近くを自室の冷蔵庫にぶち込みはしたがまだまだ重みのある段ボールを胸の前に抱え、廊下を3歩。

 片手で持ち替えて少々髪を整え、いっときの空白を挟んでインターホンを鳴らす。

 

「はい?」

 

「あ、隣の高田です……」

 

「はーい、ちょっと待っててもられる?」

 

 

 こうして向こうも気兼ねない態度で接してくださるようになったことが、自分の心身を良化させていることをひしひしと感じる。それが少し落ち着いた頃に、こちら向きに扉が開いた。

 

「どうしたんですか?」

 

 そして自分のほど近いところに彼女の顔が現れた。どこかに出かけていたのか、軽くだが化粧をしているようだ。

 

「あ、いえ……実家から野菜が送られて来たんですが、なにぶん量が多くて……そちらの都合さえ宜しければお渡しできないかな、と」

 

「いいんですか?」

 

「こちらの冷蔵庫に入りきらないので、できればでいいので……」

 

「冷蔵庫ね。今余裕あるし貰う貰う」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 他に今すぐ渡せる人間もそう多くない。幸いにしてこの段ボールを自転車に乗せて街を彷徨う必要はなくなった。

 

「ちょっと一回上がって、玄関に段ボール置いてもらえる?」

 

「……失礼します……」

 

 初めてその玄関の線を跨ぐ。越えた先から自室と同様室内を一望できるのだが、中は雑然とすることなく綺麗に整理され清掃されていた。何か消臭剤か香水かを使っているのか、微かにだが夏場に合う爽やかな香りが漂ってくる。

 

 奥も軽く見たが、これが女性の部屋というものなのだろうか。カーペットや家具の色合いからも自分のものとは大きく異なる雰囲気がする。

 

 玄関に敷かれたマットの上にゆっくりと段ボールを降ろす。それを開けると彼女はまず中身の野菜を確認し始めた。

 

「えーっと、中身はピーマンにナスにズッキーニ、あとジャガイモもあるみたいね」

 

 痛みつつあるものはこっちが優先して冷蔵庫に詰めたが、女性一人分としては多いのではないか。

 

「オッケーオッケー、このくらいなら全部入る入る。これだけ送られるって、高田くんの実家って農家?」

 

「いえ、ごく一般的なサラリーマンです」

 

「じゃあ、これは……」

 

「親父が大学生でも野菜食っとけって意味で送ったんだと思います。けど、単にこれだけ送られてもと……事前に連絡もなかったですし」

 

「やっぱ野菜って下拵えいるしね〜」

 

「これの3倍くらい来たので如何したものかと、と思いまして……」

 

「3倍⁉︎ これで全部じゃなさそうだとは思っていたけど……」

 

 これがあの野菜の実際の量を見た時の常人の反応だろう。

 

「残りって……高田くんが処理するの?」

 

「一応やって袋にでも詰めて使おうかと」

 

「料理するんだ」

 

「まぁ、人並みでしょうけどね」

 

 流石に惣菜買ってばっかりの生活では身体に悪い。予算の範囲内で東親で買って使うようにはしている。

 

「どういう料理するの?」

 

「ほぼ汁物……あとカレーです。早いですし量作れますしそもそもコンロが一つしかないので」

 

「夏場も?」

 

「夏場は氷作っておいて入れたりしますけど、基本的には大量に汁作って捌いてます。ブイヨンとか鶏ガラとかはまとめて業務用買い込んでますので……」

 

 とはいえ練習も授業もあるのだ。そう多くの時間を料理には割けない。切って突っ込んで蓋をして換気扇を回せば暫く手を離して良い汁物とスイッチ一つ押して待てば良い飯は、この手の生活には手放せないのだ。

 

 その点カレーも似たようなものだ。玉ねぎを炒めることすら手間であるので、全部突っ込んで煮込むところからやっている。

 

「今夜はこの野菜捌きたいのでカレーにします」

 

「やっぱり男の子ってカレー好きなんですか?」

 

「好き、というか手っ取り早くたくさん食べれるんで。だいたい飯に汁系一品です」

 

「他のものも食べた方がいいよ」

 

「とは言いましても……」

 

 

 

 

 

 

 その後彼女が趣味が料理だからと、月に数回惣菜をタッパーに入れて渡してくるようになった。

 何がそうさせるのか知らないし、最初は手間かけさせる上に特段返せるものもないため、悪いからと断っていた。しかし断っても半ば押し付けてくるため、暫くすると半ばあっさりと貰うようになっていた。

 彼女の手料理と思えば食べたいと思うのは自然なことだ。自然と次を求めるために返すタッパーを毎回全力で綺麗にしていた。

 こちらもカレーを多めに作ったりした時は『余ったのでどうぞ』、と渡そうとも思うのだが、向こうは女性一人。生活や考え方を鑑みれば、食べ物を渡すことには抵抗がある。

 なかなか行けていないが、今度旅行や実家に帰ったときに土産を調達してもまだ足りるか疑問だな。

 

 

 

 それと並行して練習や学業の合間を縫って、県内各所での戦車道の試合も時々見に行くようになった。何度も見ていると何をしているのかも少しずつわかってくるし、ホームページなどを見れば彼女の役割や仲間なんかも少しずつわかってくる。

 彼女は通信士、無線を使って他車輌と連絡を繋ぐのが役目らしい。

 戦車道は常に履帯やエンジン、砲撃など音が響き続けるスポーツだ。普通の声ではかき消されやすい以上、その連絡は必然的にサインかイヤホンを繋いだ無線になる。

 そして相手の動き、天候などに合わせ味方の作戦や相手の情報を逐一更新するために、全体の隊長の車輌を含め多くの車輌とひっきりなしにやりとりしなければならない。かなり高度な処理能力が必要とされる場所と言える。

 

 

 ホームページを見た限り、彼女の乗る車輌は大学チーム全体の中でもかなり注目されるポジションのようだ。メンバーは全員2年生で構成されていながらチーム内で上から5本の指に入る主力車輌であるし、車長の彼女より濃いめの茶髪の女の子はホームページに短いながらもインタビュー動画が載せられている。

 その顔に見覚えがあって少し経歴を調べてみると、以前大洗女子学園で同じ車輌のメンバーだった人が、そのままこの大学にやって来たとのこと。そういえば昔大洗女子学園の廃校の話があった。彼女はあの時のメンバーの一人だったのだ。そりゃチームから期待をされるというもの。

 

 そんなチームで一定の立場を掴んでいる彼女である。無論そんな人間に試合会場で容易に近づくわけにもいかない。

 

 

 嗚呼そうだ。ただ部屋が隣というだけなのだ。それを除けば彼女とは文字通り住んでる世界が違うのだ。

 そう、自分は彼女の一ファンであれば良いのだ。世界が不用意に交わらない、それで自分を落ち着かせることができればいいはず……なのだ。

 

 

 

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