ようかい   作:いのかしら

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4DX見なきゃ……





 

 

 

 前日の練習も激しいものであったが、それでもベッドの上で自分はなかなか寝付けずにいた。遠足前の子供でもあるまいに。

 この行動で何が起こるのだろう。何もないだろう、何も起こるはずがない、と昂る精神を抑え込もうとしても、どうにも期待が湧き起こること自体を抑え込めそうにない。

 だが幸いにしてそれは我が身の内のみで済みそうだ。外への発露なさそうなのだ。しないようにするのだ。

 

 

 

 

 待ち合わせは内原の駅の改札外と決めている。家が隣同士なのに大学からさらに先の水戸駅よりも先の待ち合わせというのも変な話だが、互いの知り合いに出くわさないようにするためにも必要だと向こうも認めた。

 向こうの実家は大洗の方らしく、大洗に知り合いも多い。その点でも反対方向の内原は都合の良いものだそうだ。

 

 

 日は地平線からそう遠くないところで白く照っていた。

 早めに家を自転車で出て、駅南中央通りを北上していく。車道の左の自転車用のところを風を切っていく。

 

 家を出る前に確認はしたが、それでも自分のファッションに対する感性には自信がない。正装とまではいかずとも手持ちの私服の中で襟付きのシワのないものを選んできたはず。髪も珍しく油を買って付けている。

 寒さでコートを羽織り、手袋にマフラーも巻いており、これらはほぼ外には出ていない。だがどこかに穴がないか。時間の都合上家を出たが不安は未だ募る一方だ。

 

 その胸中と顔に当たる北風、そして鐘のように体を響かせる心拍。それだけで自分の身は構成されていた。

 

 

 

 

 白梅二丁目の交差点を超えると道幅がぐいと広がり、水戸駅の上に聳える白いエクセルの建物がよりはっきりと見えて来る。そしてもう少し時期が下ったら岸辺に桜の咲き乱れる桜川を渡る。そうしたら駐輪場はすぐそこだ。

 一日まるまる置いとくような日だと、置ける場所も多いし安いしでここの方が都合がいい。

 

 白く染まった空中回廊の途中で、久しく使う機会のなかった電子マネーを取り出し、駅へ。真ん中に近い友部、土浦方面の各駅停車に乗り込む。列車が来るまでそこまで時間はないはずだが、ホームにそこまで人は見当たらない。

 

 10両の長い編成が入ってくる。行き先は上野。人はそこまで乗っていない。

 扉が開くと暖房のムワッとした熱気を浴びる。メガネの曇りをハンカチで拭いてから少しマフラーを口元から下ろし、一つ息を吐きつつ近くの吊革を掴んだ。

 

 

 

 水戸から内原までは途中に赤塚を挟むだけだ。10分ほどで着く。

 跨線橋を越えて改札口の方を覗き込む。彼女を待たせていたら申し訳なかっただろうし、まず間違いなく自分の評価は下がったであろう。

 

 だが幸いにして彼女はおらず、自分の着いた次の列車、20分後にして予定の15分前に彼女は到着した。

 

 

 

「あ、ごめん待たせた?」

 

 

 薄茶のセーターに白い綿状の襟、赤いチェックの短めのスカートに黒い小さなカバンを持つ。

 そう話しかけてきた彼女の姿は世界の如何なるものよりも麗しいものと思えた。

 

 

 

 

 

 

 映画の内容については、自分自身正直よく覚えていない。少なくとも寝不足気味だった自分と眠気の対決を助長するものだった気がする。

 余り裕福な生まれではなかった少女が街中で好々爺と会って声と踊りを磨き、プロデューサーに見染められ女優としてデビューする道を探る、そんな感じだったと思う。まぁありきたりな出世物語に落とし込んだものだ。

 恋愛要素が大してなかったのは幸いだ。その点を話題に出さなくて済む。

 

 

 

 内原の駅から出て徒歩10分ほどでその映画館の入ったショッピングモールがある。非常に広大な敷地面積を持ち、その中に建てられた3階建ての施設も要塞を思わせるほど複雑怪奇だ。仮にゾンビが大量発生してもこの中なら1年くらい持久できそうな気さえする。

 

 茨城大学の学生はここに良く集いがちだが、こっちの大学生は市内南の同系列のモールの方が近いこともあり、この広さもあって知り合いと鉢合わせる可能性はより一層低くできる。

 

 

 

 この施設には映画館だけでなく服、アクセサリー、家具、果てには美容院や薬局までありとあらゆる店が入っている。現在昼食のため入ったこのカフェもその一つだ。

 

「あ、このサンドイッチ美味しい」

 

 そして窓際の席、自分の目の前で彼女はローストビーフサンドを頬張っている。量は少ないし財布には痛いが、彼女と向き合えて座れるなら軽いものだ。

 

「本当ですね」

 

 飯を食べる間はそこまで話さない。向こうも一旦食べ終わってから話すようにしているし、人と会う時の最低限のルールだ。こちらも守る。

 ここまで距離が近いからこそ、せめて嫌われるような真似、一層近づこうとする動きは慎まねばならない。

 

 

 

 時刻は午後1時半を回っている。今からランチ、という人間は少なく、概して金に困る学生は広くて手頃なものも多いフードコートへ向かう。

 今このカフェには他に4組ほど客がいるが、スーツを着た商談か何かしているのが1組、幸い知り合いではない大学生らしきカップルが1組、残りは近所のオネエサマ方だ。

 

 

 ランチセットには食事の後に飲み物とデザートが付いてくる。彼女はストレートティーとチョコケーキ、自分はコーヒーとショートケーキだ。

 向こうのチョコケーキには光沢があり、バターをてんこ盛り使ったなかなかカロリーが高そうなものだが、案外そういうことを気にしない人なのかもしれない。

 

 

 

 

 

「そういえば、」

 

 ケーキもほぼ食べ終わり、互いに飲み物に手をつける頃合いだ。全く話さない訳にはいかないが、無難な話で進めたい。

 

「今回のチケットくださったのは、武部さんの親戚の方でしたっけ?」

 

 必然的に切り出せるのはこういう当たり障りのない話になる。

 

「そうそう。母の妹だから私の叔母さんだね。何で貰ったっていってたかなぁ……株主優待?」

 

「あぁ、なるほど。それで優待券を……」

 

「そうそう。しばらく忙しくて使えないとかでこっちにくれて、お母さんも妹も使わないって言うからさぁ、貰っちゃった」

 

「あれ、武部さんって妹さんいらっしゃるんですか?」

 

 素直に知らなかった。というかこれまでも彼女の家族については寸分たりとも訊いたことがない。

 切り口としては十分だ。

 

「そうそう、今まだ高校生。大洗女子に住んでる」

 

「武部さんが住んでいらっしゃったところですよね」

 

「そうそう。妹の方は戦車道はやってないけど」

 

 話し方なども見るに一家族として大事に思っていることが見える。色々な人のことをよく想っている方だが、やはり家族は別格なのだろう。

 

「あ、でさぁ、高田くんの家族ってどんな人?前にお父さん?から野菜送ってもらってたけど」

 

「家族ですか?えっと、実家の親とあと関西の方に兄が一人います」

 

「お兄さんいるんだ」

 

「大学が向こうなんですが、留年したとかで父が怒って生活費貰ってないはずなんですよね。しばらく会ってないのでわかんないですけど」

 

「あれ?正月は帰ってないの?そんな実家遠いの?」

 

「いや、実家はつくばなんでそう遠くはないんですけど、なんか帰りづらくて三ヶ日全部バイト入れてました」

 

「正月三ヶ日バイト⁉︎ 」

 

「ええ、正直父も仕事人間でこういう時も休む人間じゃないんですよ。どうせ暇でしたし、実入りも良かったですしね」

 

「バイト何やってるんだっけ?」

 

「水戸の駅の近くで塾講師やってます。なんで冬季講習ですね」

 

「小学生?」

 

「いえ、中学生相手に数学教えてます」

 

「やっぱり塾講師って大変なの?」

 

「いや、今教えている学年とかはそうでもないですよ。中学生なんで授業中は静かにしててくれますしね」

 

「そうなんだ。知り合いは事前準備は無給だから大変だし割に合わない〜とか言って辞めちゃった。けど、人によるのね」

 

「校舎の正社員の教師さんとの相性もありますしね」

 

「確かに同じ職場の人とはね〜。それにしてもそちらの親御さんも正月いないかもってことでしょ。会えなくて寂しくないの?」

 

「元からそんなもんですよ。小さい頃はほぼ兄と自分で夕飯食ってましたから。今思えば兄ちゃん飯作り上手かったなぁ。武部さんには及ばないけど」

 

「えっと……お母さんは?」

 

「自分母は小さい時に亡くしてます」

 

「あ、そうなんだ……なんかごめん」

 

「いえ、亡くしたの1歳の時なんで、記憶もほぼないんですよ。なので寂しさとかそういうのはあまり……謝られることじゃありません」

 

「そうなんだ……」

 

 

 

 しかし考えてみれば、自分のこのカタチは片親かつ父が仕事バカであることで作られた気もする。

 

 母に対する寂しさがないと言えば嘘になる。幼少期に母に連れられて歩く子供を見かけると、尚更思うところがあった。だが幸いにして両親を失って子供だけで露頭に迷ったわけではないし、父の働きでこうして大学まで行かせてもらい、一人暮らしまで許してもらっている。

 

 故に家の主人、総支配人は父だった。父に何かしら要求、抵抗するのならば、彼を『納得』させることが何より肝要であった。

 感情を理性で分析し、論理化してそれを伝える、自分でも勘の鈍いという父に対しては、一番有効なのがそれであった。

 

 だからであろうか。あの言語化に難儀した感情に恐怖したのは。そしてそれ自体とその消滅の恐怖、二つを胸の内に秘めながら、それを露見させないように理性を働かせていた。

 

 

「ごめんね、なんか話が重くなっちゃったね。そういえば今日の映画、どう思った?」

 

「今日の映画、ですか……あの女優、名前は知っていましたが、あれ程の環境から上がってきた人だとは知りませんでした」

 

「確かに余り知られてないよね。私も詳しくは知らなかったんだけど」

 

「まぁ自分がこういう業界に詳しくないというのもあったんでしょうけど」

 

「あれ?私は良かったけど、高田くんなんでこれを観ようと思ったの?」

 

「ここの上映スケジュール、他に面白そうというか女性をお誘いして問題ない映画が少なくて……その中で良かったのがこれで……」

 

「あ、あれそういうことだったの?」

 

「自分自身アニメ系とかも疎いですしね。そこら辺は昼間でもあるみたいなんですが」

 

「子供向けかな?」

 

「恐らくは。外から子供の声もしますしね」

 

「子供は好き?」

 

「昔地元で保育園の手伝いをやったこともありますし、嫌いではないです」

 

「保育園の手伝い?」

 

「小学生とかの時ですよ。夏休みの数日間だけの」

 

「私保育園で午前のバイトやってるのよ。朝やってきた子供たち呼び集めて読み聞かせとかするの」

 

「武部さんにピッタリそうですね。子供たちから好かれそうですし」

 

「そう?まーでも楽しいんだけど練習もあるし午前2コマ、場合によっては3コマ目もギリギリになるから、週一が限界だね〜」

 

「スケジュール固定されるとコマも取りにくくなりますからね。あ、そうだそうだ。あの映画で思ったんですが、逆境からの這い上がりというと武部さんのいた大洗女子の話もそれっぽいなぁ、と」

 

「あ、高校の時の話?あれ結構前よ。私が高2の時だもん」

 

「そうは言っても3年前ですよ。自分受験勉強が本格化してきた頃で、ニュースになったのを聞いてなんだか勇気づけられたのを覚えています。その時はそこまで戦車道は興味なかったんですけど」

 

「前誘った後も戦車道見てるの?」

 

「時々見に行ってますよ。ウチの大学の試合以外にも余裕があれば顔出したりしてます」

 

「へー、じゃあ春の大会も来る?」

 

「恐らくは。武部さん春の大会大丈夫そうですか?」

 

「もちろんよ!ゼミの試験とは被らなそうだし、成績はちゃんと取ったし」

 

「なら良かったです。相手どこになりそうなんでしたっけ?」

 

「トーナメントこの前決まったんだよね。えーっと、信州国際大だったかな」

 

「どんな所なんですか?」

 

「山岳戦に強いところなんだよねぇ。前にも一度試合したけど、今回も楽じゃなさそう」

 

「そうなんですか……勝って欲しいですけどね」

 

 

 

 

 

 こんな調子で滞ることなく話は続いた。戦車道の試合の話から違いの部活の話、そこから大学の授業の話になり今後のゼミの教授について。あとは同じ回の隣人の人たちについてなどなど。

 自分が一の話題を振れば十以上向こうが返してくれる。それを受け止める。話題作りは得意でない自分にとって、向こうから話してくれる人というだけでやりやすいのだ。もっともその分此方には申し訳なさが募るわけだが。

 

 そしてそれだけ長く話し続ければ居心地の悪さというか同じ場にいる辛さが出るものだと思うが、そういうものを一切感じない。緊張と疲れはあるが、それも彼女を前にできている幸福を思えば安いものだ。

 

 

 だが時間は早く過ぎるもの。特に今の時期、冬場はそうだ。

 外はもう暗い。時計を確認するともう夕方の5時半を過ぎていた。このままここで夕飯を取るわけにもいかないし、さっき水を入れに来た店員の視線が冷たい。

 互いに話がひと段落付いたところで、こちらは切り出した。

 

 

「……だいぶ遅くなりましたね。こんなに話すとは思っていませんでした。ここらでお開きとしませんか?」

 

「そ、そうだね……もう外暗いもんね」

 

「武部さん先程明日練習あると仰っていましたし」

 

 彼女は明日は普通に練習があるようだ。大学構内の演習場ということだが、出かける時間を隣で聞いているに朝は結構早い。

 そりゃ自分のいる県下2部とはワケが違うのだ。競争も努力も求められるものが違う。

 

「じゃあ、こんなところで。僕が会計済ませておきます」

 

「あ……ちょっと待ってくれる?」

 

「はい?どうしました?」

 

 

 席を立ちかけた自分を呼び止め、椅子にかけていた黒いカバンから取り出したのは、ピンク色の小さな箱だった。

 

「……これ」

 

「……なんですか?これ」

 

 先ず期待したものではないと考える。これが深い意味を持つものでなければ、それで済んだ方がいい。

 

「……チョコ」

 

「……」

 

 ……

 

「バレンタインチョコ。頑張って作ったから……」

 

「……え、自分に、ですか?」

 

「他にいないでしょ」

 

「……あ、ありがとうございます!」

 

 ……本物、なんだろうか。

 

「今まで女性からこういうもの貰ったことがなかったんです!」

 

 まずこれは事実だ。どういう思いで作ってくれたかはともかく、貰うのだから素直に喜び、それを伝えるのはまず間違いないはず。

 

「そっか……良かった……」

 

 

 

 

 

 

 

 帰りは水戸の駅までは共に帰ったのだが、二人とも一言も話すことはなかった。自分の感覚としては調子に乗って自分のことを喋り過ぎた自分を恥る思いだった。

 だが隣少し隙間を開けた距離で彼女が吊革に捕まっている。その姿を少し見るだけで大きな安心を覚えていた。

 

 

 

 赤塚を過ぎて暫く。次は水戸のはずだが、急に駅らしき光が目に飛び込んできた。暗闇、辺りに灯りも少ないのでそれは一層際立っていた。

 

 

 偕楽園駅。隣接する日本三代庭園の一つ、偕楽園がこの時期になると梅祭りを開催する。その期間の休日に設けられる臨時駅だ。今日は平日だが時期としてはそろそろ。次の休みから営業するのだろう。

 

 

 

 

 

  この名の由来は『偕(とも)』に『楽』しむ。

 

 

 

 

 彼女と偕に。そんな願いはこの身に巣食った闇の一筋の光になるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

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