ようかい   作:いのかしら

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遅くなって申し訳ない。




 

 

 練習の存在は自分にとって非常に都合の良いものだった。

 練習開始の30分前に来て着替え、ポールを立て、ネットを張り、ボールを用意する。練習が始まれば走り、走り、ボールを拾い、ボールを拾う。終わったらすぐにポール、ネット、ボールを片付け、床全体にモップを強くかける。そして着替えて撤収。

 それに無我夢中に取り組んでいる間は下手なことを考えずに済むからであった。

 

 だがひとたび家に帰り飯と汁物、後一品付ける肉系のおかずを電子レンジからちゃぶ台に並べていると、その下手なことが沸き起こる。

 さらに部屋の奥の方、玄関からすぐに見えない位置に置いてあるピンク色の箱に目が付くと尚更である。

 

 

 

 捨てるワケがない。中身を食べ終え、そのまま容器は軽く洗って乾かして保存してある。チョコレートそのものは甘くまろやかで、食べやすいものだった。

 昨今ではバレンタインチョコは多種多様な形態を取るようになったという。友チョコだとか義理チョコだとか。仮に向こうがこれをその一つとして自分に渡してきたとしても、自分にとって宝であることに変わりはない。

 

 

 しかしこれを自身の先の行動を裏付けるものとしては弱い。彼女に自分に対する好意があると信ずるには足りないのだ。そう、先程述べた他の意義を持つものである。

 それを自分は否定できないし、それをわざわざ尋ねるのも無礼というのもだ。

 現状ホワイトデーにちゃんとしたチョコレートをお返しすること、それだけしか彼女相手に確定していることはない。

 

 

 

 やはり現実に長時間彼女と話し続ける機会を得たからといって、自分が永く彼女を愛せるのか、その疑問が解決されるわけではない。可能性としては高まったとは思うが、彼女を振り回せるものでは決してない。

 自分を信用できない。そこに尽きるのである。

 

 

 人を愛することとは、斯くも人の精神の中に問答をもたらすものなのだろう。それを乗り越え結論を出さねばならぬのだから、恋愛結婚とは決して楽な代物ではないのだ。

 見合いは昨今ではかなり嫌われているものだという。好きな人を愛せないのだから、と。

 だが自分は彼女の存在さえなければ見合いで決めてもらった方が良かった気もする。相性なりなんなり悪ければそれと引き合わせた親が悪い、と自分を納得させられるからである。

 

 

 だが自分は彼女を愛した。そして想いを永く共有したい、その願いを持っている。

 そして向こうもそうなのではないのか、同じ想いを持っているのではないか。その川の中からとある一粒の砂を見つけるような確率が手元にあるような気さえする。

 

 

 

 答えが出せない。

 元々の自分はこのままの状況が続けばいい。向こうが大学を卒業する時に自然消滅する関係であろうと、その後の彼女の人生を狂わすよりはいい、そうであったはずなのだ。

 それを超える欲求が止まらないこれはなんだというのか。そんなに自分は傲慢な性であっただろうか。

 

 

 

 

 

 そう悶々とする間に眼前をひな祭りが目と鼻の先となっていた。家から少し離れたところにある商店街でも、近所の子供たち向けに店を飾りつけたり催し物を開催していたりする。

 それは必然的にホワイトデーまで2週間もないということだ。

 チョコレートを渡すだけで終わらせるべきなのか、動くのか。

 その答えを出すべき時が近づいているということなのだ。

 

 春休みはまだとはいえ今日は休日だ。買い物がてら自転車で通りかかると、飾りや催し物を前にしてはしゃぐ子供とそれを見つめる両親。それを何組も認めることができた。

 これは彼らの良い部分だけ少し覗いているだけなのかもしれない。だが子供はともかくあの両親の片方が自分、もう片方が彼女であった時の光景は、夢想するだけでその疑念すら浄化してくれそうになる。

 

 

 

 

 

 さて、そんな疑念より渡さねばならない現実のもの、返礼品の方が重要である。

 その手のもので第一に候補に上がるのは、この前とは違い近くにあるショッピングモールか商店街、水戸駅の上のエクセルの中だろう。だが意外にもエクセルはチョコレート系統を売っている店は少ない。あるにはあるのだが、有名すぎてそこまで手を尽くした感じが出ない。

 そのうえそこまで有名かつ地元が大洗だったとなると、買ったことのある店の可能性が高い。この近辺の店なら尚更である。

 

 

 彼女が見たことのない店の中で、自分も信頼できる店。水戸にはここ数ヶ月でやっと慣れてきたような人間だ。この周辺ですらそこまで詳しくはない。

 となれば、場所は長らく住んでいたつくばの街の方になる。つまり帰省だ。通学の際など何店か見た覚えがある。その中で休日にも人が並んでいた洋菓子屋が目的だ。

 

 

 

 

 

 期限も考えて戻るのは3月12日。父には自宅のものを持って帰りたいから入ると伝えてある。昼飯だけでも家にあるものを貰っていこう。

 つくばへは往路復路ともに高速バスだ。片道1000円ちょい、水戸駅から1時間半ほどで行けるし、鉄道だと土浦から別の路線バスを使うしかない。昔は土浦からもつくばへ鉄道があったというが、生憎自分も知らない時代の話だ。

 

 

 

 

 

 朝9時過ぎに家を発ち、バスは11時過ぎにつくばの中央、つくばセンターへの辿り着いた。薄い屋根のついた停留所の一つで地面に足を降ろす。

 この辺一帯は秋葉原に繋がるつくばエクスプレスの起点、つくば駅をはじめ、商業施設などが集まった市内の中核だ。大学はここから600mほどでやっと南端までだが。そこから北には縦長に大学の敷地が広がっている。

 

 このバスターミナルの向かいには大きな公園がある。大きな噴水のある池に加え、保存された古民家なんかもある。この中を通り過ぎて10分少々歩けば、実家のあるアパートだ。

 街は平日ということもあってか閑散としている。学生主体の街だから休暇期間は実家に帰る人間が多いこともあるのだろう。

 

 

 

 コンクリート建ての不恰好なそのアパートの5階に、現在は親父だけが住んでいる一室がある。前は自分も兄も二人で一つの部屋を共有し住んでいたものだ。

 

 階段を登り部屋の前でチャイムを鳴らす。親父はいるかは分からない。帰るとは言ったがいつ帰るかは言ってないのだ。

 

 だが、居た。

 

「……今開ける」

 

 親父の声だ。電話で話すこともあるからか、不思議と感慨というかそういうものはない。

 

 

 

「帰ったか」

 

 金属のドアが重く開かれ、白髪を生やした親父が姿を見せた。

 

「一年振りかな」

 

「年末年始は良かったのか?」

 

「バイト入れてたし結構すぐ試験期間だったし」

 

「そうか……成績は問題なさそうだし、頑張ってるな」

 

「まぁ、人並みにはね」

 

 靴を脱いで上がる。目的は一応旧自室からの本などの持ち帰りだ。だが本命がある以上早めに引き上げたい。

 自室は兄貴と自分の机と並んでそのまま残されていた。あまり立ち入って掃除もしていないようだ。

 

「言っていた本とかはあるのか?」

 

「ある。あとそこの棚の親父の蔵書、何冊か借りていいか?」

 

「構わん」

 

「助かる」

 

 黙々と作業を続ける。引越しの際も本などは持っていっていたのだが、部屋の広さと置けるスペースがはっきりしていなかったため、一部はこっちに残していた。それをこの機に自室に移してしまおう、というわけだ。

 

「昼飯食うか?」

 

「貰う」

 

「夜は?」

 

「明日も練習あるし早めに帰るよ」

 

「……そうか」

 

「昼何あるの?」

 

「焼きそば」

 

 

 これだけ長く親父と話したのは、自宅にいた頃を含めても久々だ。それだけ親父は寡黙だ。直近は自分が受験に追われていたこともあるだろうが。

 

 

 

 

 

 昼飯の焼きそばは蒸す時に水を入れすぎたのだろう。少しビチャビチャな麺だった。作ってもらってるからには文句を言わずに貰うが。腹は膨れるし。

 

「……よく食うな」

 

「これでも一応体育会系だからね」

 

 親父もかなり多めに作っていたようで、結局3玉分を腹に収めた。

 

 

 

 

 

「……やっぱり夜も食っていかんか?」

 

 昼飯を食い終わりソファーで一休みする最中、親父が背中側から声をかけてきた。

 ここまでゴリ押してくる親父はさらに珍しい。ただごとではない。何かある気がした。

 

「……食ってってもいいけど、遅くてもセンター19時過ぎの便には乗ってくよ」

 

「トナリエの中のバーガーはどうだ?」

 

「あれチェーンじゃん」

 

「嫌か?」

 

「まぁ他はセンターから遠いしいいけど、俺片付けとか済んだら散歩に行くよ?」

 

「そしたら6時に店でどうだ?」

 

「わかった」

 

 まぁ晩飯代が浮くと考えれば悪い話でもない。生活費も定額制なのだ。

 

 

 

 

 

 散歩と称して出かけた最中、目的の店に行った。一応スマホで営業日であることは確かめておいてある。実際平日ではあったが、この店の中にはすでに数人の客がいた。

 しかしこの手の商品の選び方はわからない。女性一人向けだからそこまで量は要らないだろう。質の高いものの方が良いのか?あ、でも酒の強さ知らないしラム酒とか混じってるものは避けた方がいいのか?

 

 

 ネット上でも店の評価は高かったし、昔親父が買ってきた時は結構美味かった覚えがある。悩んだ末に青いリボンの包装がなされた黒い箱に入った、4個入りの箱を紙袋に入れてもらった。

 

 

 

 

 その後背中に本とチョコレートの袋を入れつつ公園などをウロウロし、6時前に指定されたチェーンのハンバーガー屋に着く。親父もすぐに合流し、すぐに大きめのバーガーをセットで頼んだ。

 

 店内は夕飯どきだからか4人席などは意外と埋まっている。レジの前では店内利用だけでなく、持ち帰りの人たちも列をなしていた。

 

 まずは炭酸飲料を喉に入れてからバーガーの包装を剥き、逆さにして齧り付く。こっちの方がバーガーの中身が漏れ出しにくいとどこかで聞いた覚えがあるのだ。

 ここまでジャンキーなものもそういえばあまり食べていない。

 

 

「んで?何か話すことあるの?」

 

 口元についたソースを指で払い、紙ナプキンで拭き取る。

 

「ん……」

 

「親父が用もなく滞在を引き延ばすことはないだろ?」

 

「……一人暮らしは問題ないのか?」

 

「飯は作れているし掃除もしてるし仕送りもぶっちゃけ貰いすぎてるくらいだし、特にこれといってないね」

 

「そうか」

 

「というか親父もあの家に清掃のヘルパーかなんか呼びなよ。トイレとかさ。今日はいたけど今だからだろ?今日自分たちの部屋はやったけど、結構あるぞ、ゴミ」

 

「……わかった。早めにやろう」

 

 

 

 話が止まり、食事に戻る。用事を済ませられたので問題はないが。本当に向こうは大した用事の一つもないのだろうか。あの親父が。

 

 

 

「……何かないの?」

 

「どうした?」

 

「いや、ここで晩飯食わせてまで、用事それっ、ていう。第二外国語単位ギリだったの叱るとかはないの?」

 

「お前が無事なら何よりだからな。それさえわかれば良い。ただ、交友も必要だが勉強はちゃんとやれよ」

 

「次はもうちょいマシな点取りますよ」

 

 

 また空白。本当に無いようだ。

 

 

 

 

 

 

「……ありがとう」

 

「急にどうした?」

 

「いや、一人暮らしやらバイトとか始めてみてさ、親父の仕送りなけりゃ本当生活できてないからさ。改めて感謝するよ。もう少し減らしても大丈夫よ、仕送り」

 

「そうか。仕送りは減らさん。好きに使え」

 

「……わかった。知り合いの友人が小さい頃両親亡くしてるって聞いて、俺は親父が居ただけ良かったと思ってさ」

 

「その人はお気の毒だが、お前は覚えていないだろうがお前の母が亡くなった時も大変だったぞ。事故だったから急な話な上、残ったのは家事など妻に丸投げしていた父親だけだ。

 どう2人の子供たちを育てるか。あの時が人生の中で一番頭を悩ませたな」

 

「……その時どうやって踏ん切りをつけたのさ」

 

「踏ん切りも何も、目の前でお前は泣き出すしお前の兄はおもちゃ箱をひっくり返すからな。動くしかなかったんだ。そうしなきゃお前たちまでも喪ってしまう」

 

「……」

 

「あとは……悩んではいたが、悩むことは同じだ。いつまでも同じことを悩んでいてもしょうがない。

 ……ま、その動いた結果が最善だったとは思えないがね」

 

「現にここまで生きてるんだから十分じゃない?」

 

「それはそうかもしれん。両方とも思っていた以上に大人になるのが早くて助かった」

 

「そうならざるを得なかったのさ。兄貴は俺以上にね」

 

「そうだろうな」

 

 親父も自分も、ハンバーガーの最後の一切れを口の中に放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 19時過ぎ。バスの灯がポォッと周辺を薄いオレンジに照らし出す。周囲には10人ほど、同じ便で帰る人だろうか。

 

「それじゃ、帰るわ」

 

 バス停の近くまで親父は来ていた。飛び出してきたらしく春先にしては薄着なのに。

 

「また来るといい」

 

「そうだな……今年の夏は顔出せたら出すわ」

 

「わかった。悩んでることとかあったら言えよ」

 

 運転士が降りてきて、バスの横の荷物入れをぐいと押し上げようとしていた。

 

「……なぁ、親父。最後にいいか?」

 

「なんだ?」

 

「覚悟って、どう決めるんだ?」

 

「覚悟?」

 

 親父は一瞬惚けた顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻した。

 

「あぁ、踏ん切りをつける上で、か。振り回されるのを受け入れる、だな。人相手でも、周囲の環境でも。何してきても全てを受け入れる。そんな感じか?」

 

 こういう時でも淀みない答えが出る。これが遥かに優秀な頭脳を持つ人の力だ。自分は社会に出ても世の多くの人に勝てないと思うが、この親父はその一人だ。

 

「……そっか。それじゃ」

 

 返事を聞き終わると列が動き出し、自分は親父に手を振ってバスの中に吸い込まれた。

 

 

 

 

 

 

 バスは高速道路に入り、スピードを上げている。窓枠に肘をかけ拳を頬の下に入れているが、窓の外は車の形かもわからない光の帯が時折右側へと流れていくだけだ。

 

 全てを受け入れる、か。自分からすれば頭に「彼女の」、と付けるべきだろう。

 考えてみれば、これまで悩んできたことはいつまで経っても同じことだ。自分は彼女を永く愛せるのか。その問いがずっと変わらず重しとなっていた。

 

 だが……答えはわからない。この陳腐な頭では限界が来ているのだろう。

 

 自分は……彼女を受け入れられるのか。一緒にいる機会が増えれば、嫌なところも性格的に合わないところも出てくるだろう。そうなっても自分は彼女と合っていると思えるのか。

 自分は彼女が嫌いだと想定し得るだいたいの事象を受け入れられると思う。だが自分が嫌いなことを一緒にいる中で彼女に強いることはあるのではないか?それを強いて彼女の生活、効用を害することを望むのか?

 

 

 

 

 

 

 バスの外は相変わらずの光景だ。他の客は眠っているかスマホをいじってるらしく、ただエンジンの低い音だけが車内に響く。

 

 カバンの中に入れたチョコレートは2枚のビニール袋に挟む形で保冷剤を大量に入れてもらっている。膝の上にズシリとくる感覚は、渡す機会があることをこの身に刻んでくる。

 

 わからない。彼女に受け入れられるのか、彼女を受け入れられるのか。

 

 確約はない。だがこれから先悩んでも同じことだ。ずっとわからないのだ、恐らく。

 

 

 

 

 

 

 

 いこう。

 

 

 

 

 すっとそう答えが出た。

 

 

 

 

 

 彼女の望むがままに自分は在れるのか。それが覚悟というなら、できるはずだ。

 

 




あ、そうだ。


やっと最終章第3話観れたよもぉん。

さおりんは可愛かった(自明)

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