【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも― 作:裕ーKI
フブキの暴挙をきっかけに、定期会議は中断を余儀なくされた。
彼女の不自然な行いには、きっと何か原因がある。
その原因が、2日前のユキジョロウとの戦闘で負った、“消失した傷”にあるかもしれない。狐夏からそう話を聴いた支部長の判断により、フブキは急遽、精密検査を受けることになった。
ユキジョロウ退治から帰還した日、その足で訪れた一般診療での検査の時には、特に異常は見つからなかった。だから今回は、猛士と提携している特殊診療で、鬼の音撃とも通ずる陰陽術と併用した臨床検査の実施が決定となった。
本当ならば、検査が終わるその時まで狐夏はフブキに付き添いたかった。
しかし、「心配してくれてありがと。でも子供じゃないし、1人で大丈夫だよ」と、フブキに優しく断られては、渋々引き下がるしかなかった。
その日は仕方なく、狐夏は独り寂しく帰路に就いた。
すぐにまた、フブキと笑顔で会えることを信じて。
ところがそれから2日間、狐夏は1度たりともフブキと会うことができなかった。
検査入院そのものは1日で済んだらしいが、退院後にフブキが東北支部に顔を出すことはなかった。
電話やメールで安否を確認しても音沙汰無し。
自宅のマンションに押し掛けてもみたが、ずっと扉は施錠されたまま。インターホンを鳴らしていくら待っても、ただただ無言が続くだけだった。
納得できるはずもない狐夏は、支部長に理由を尋ねた。
だがいくら訊いても曖昧な返答ばかりで、まともな事情説明は返ってこず。それどころか、フブキとの接触を一方的に禁じられてしまった。
意味がわからなかった。
なんで? どうして? 私はフブキさんの弟子なのに。
苛立ちを募らせた狐夏は、定期会議から3日後のその日、支部長にも内緒でフブキのもう1つの職場へ足を運ぶことにした。
鬼の仕事の傍らで、フブキが講師として教壇に立っている大学。
そこは同時に、狐夏の母校でもあった。
〇
鬼の道を志すと同時に中退しているが、それでもこの大学が狐夏にとって思い出深い場所であることに変わりはなかった。
何故ならこの大学は、フブキと初めて出会った場所だから。
始まりは、単なる講師と学生という間柄だった。
大学生時代、特に目標も持たず、なんとなく時間を潰すだけのキャンパスライフを送っていた狐夏は、ある日の講義でフブキの姿を目の当たりにし、その美しさに感銘を受けた。
その気持ちが恋心だと理解するのには、少しばかり時間は必要だったが。
かつての狐夏は、恋愛そのものに関心がなかった。
自分が男好きだとか女好きだとか、そういうことも一切考えたことがなかった。
勿論、それまでの人生で全く出会いが無かった……という訳ではない。
中学や高校時代、大学に入ってからも、言い寄ってくる男達は何人かいた。しかしそれらの存在が、一度でも狐夏の心に響くことはなかった。
“人に好意を抱く”という感情が、いまいち理解できていなかったのかもしれない。おかげで人付き合いは、楽しさより苦痛と感じることの方が多かったが、それ以上に困ることもなかったから、別に構わないと諦めていた。
ただ、自分は心底つまらない人間だと、時々自虐に陥ることはあったが……。
そんなへそ曲がりな人生だったが、フブキとの出会いで、狐夏は初めて“人に好意を抱く”という感情がどんなものかを体験した。
「稲妻のような衝撃が走った」とか、「心臓がドキドキした」とか、人によって表現は様々なのだろうが、狐夏の場合、フブキの姿を目にして最初に感じた気持ちは、まさに“無”だった。
無。それは別に、何も感じなかったという意味ではない。
別の言葉で例えるなら――不具合。誤作動。あるいは、心のエラー。
教壇に立つフブキの姿に目が釘付けになったその瞬間、これまで培ってきた経験や感情、そして記憶に、脳がアクセスできなくなったような感覚。
一瞬、自分の中の何もかもが消去されたかのような錯覚に陥り、それでいて、何とか再起動を試みると、その心の中には、新たな未知の感情が芽生えていた。
後になって思えば、あの感覚は心の中で確かに感じた恋愛感情を、ただ単に自覚できていなかっただけなのかもしれない。
それでも狐夏は、今まで知る由もなかった新たな自分を理解した。そしてそれからは、全ての価値観が別物となったのだ。
モノクロだった自分の人生に、鮮やかな色が加えられた。
勿論、彩色してくれたのがフブキの存在だ。
自分が通う大学にフブキがいることを知ってからは、今までは憂鬱だったキャンパスライフも楽しく過ごせるようになった。
当然、彼女の講義にはできる限り参加したし、隙あらば声を掛けるように努力もした。そうしているうちに、フブキの方も狐夏の顔と名前を覚えて好意を持ち始めたのだろう。
2人は自然と親しくなり、そしてやがて、恋仲として付き合い始めた。