【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも― 作:裕ーKI
火炎崇拝。
古来より、火は闇を照らし、穢れを祓う清浄なる象徴として崇められ、信仰されてきた。
心を蝕む冷たい邪気を溶かし、そしてその魂を清める力が、至高なる鬼火にも、きっと秘められている――。
医師の話を聴いたフブキ曰く、心を凍結させる黒い氷柱を溶かすには、紅への強化、もしくは猛士が開発した音撃増幅剣――アームドセイバーを使いこなすほどの実力を持った鬼の火が必要だという。
火炎の力を極め、紅の状態を基本形態として常に維持できるほどの実力を持っているらしいレンキの協力は、彼女の立場と性格的問題から、残念ながら期待はできないと判断した。それ故、フブキは代わりにヒビキの名を候補に挙げた。
アームドセイバーの力で、
かつて、人手不足の穴を埋めるために関東支部へ派遣されたことがあり、その時にヒビキとも顔を合わせていたフブキは、彼の気さくさなら協力してくれる可能性も高いだろうと考えていた。
ヒビキの力なら、フブキを救うことができるかもしれないのだ。
そんな期待が籠った情報を聞き知った狐夏は、今すぐ彼に会いに行こうと、椅子から飛び跳ねながらフブキに進言した。
ところが、フブキは首を重たく横に振り、その提案を却下した。全ての鬼との接触を禁じられている今の自分では、ヒビキに会うことさえも許されないのだと。
「気持ちは嬉しいけどね。でも、支部長が吉野と相談して具体策を練ってくれているから、それが決定するまで、勝手な行動は慎んだ方がいい」
今回、支部長の命令を無視して、既に1度失態を犯してしまっている狐夏は、さすがにこれ以上の失敗は繰り返せないと、初めは渋々ながらフブキの主張を受け入れようとした。
しかしどうしても、自分の正直な気持ちには抗えなかった。
大切な師匠が、どうなってしまうのかもわからないほどのピンチだというのに、弟子として、何より恋人として、何もせずに大人しくしていられるはずがなかった。
「なら私が――私がひとりで、そのヒビキさんって人のところに行ってきます! それでどうにか説得して、何が何でも力を貸してもらいますよッ!」
その瞬間、狐夏はテーブルに両手を突いて力強く唱えた。
それはなんの根拠も説得力もない、まさに勢い任せの提案だった。
突然何を言いだすのかと、狐夏を見るフブキの顔さえも、不覚にも一瞬、唖然となってしまう。
けれども何故だろう。
狐夏になら任せても良いかもしれないと、フブキは不意に思った。
その考えは、弟子を想う師匠故の信頼か、それとも恋人同士故の甘さなのか。どちらにせよ、狐夏との間に確実に存在する、強固な絆が齎した感情だった。
きっと大丈夫。確かに狐夏は、普段はかなり危なっかしいけど、根はしっかりしているし、いざという時は必ずやってくれる。
それに、よくよく考えれば……狐夏とヒビキさんを引き合わせるのも面白いかもしれない。ヒビキさんとの出会いは、狐夏にとっていい経験になるはずだから。
十数秒ほどの葛藤の末、フブキは思い切って決心した。
「わかったよ……。じゃあせっかくだから、ここは思い切って狐夏に任せてみようかな」
「えっ!? い、良いんですか? 絶対反対されると思ってたんですけど……」
予想外の返答に驚いたのか、狐夏は一瞬、両目をパチクリとさせた。
惚けた顔を浮かべる愛弟子に、フブキは期待を寄せるように口角を上げた。
「たまには弟子に甘えてみるのも、悪くないかなと思ってさ。大丈夫、責任は僕が持つから。僕のためなら、狐夏は頑張ってくれるんだろ?」
フブキの笑みに、狐夏は一瞬の間を置いてから力強く頷いた。
「はいっ! 勿論!」
こうして、愛する師匠を救うため、狐夏の旅は始まった。
フブキから必要な情報を受け取り、カフェテラスを出ると、その足でせかせかと駅へと向かう。
目指すは東京。
猛士関東支部、ヒビキの元へ。
〇
去り行く狐夏の後姿を見送った後、テーブル席に1人残ったフブキは、すっかり冷めてしまった残りのコーヒーを一気に飲み干した。
空っぽになったコーヒーカップの縁を口元からゆっくりと下げた時、しかしフブキの顔も――同じように熱を失っていた。
ついさっきまで狐夏に見せていたはずの温かな笑顔は、まるで凍てついたかのように消え失せていた。
入れ替わるように現れた冷たい眼差しが、眼鏡のレンズ越しに卓上へと注がれる。
狐夏との会話の間、彼女から無意識に発せられていた鬼の気に、フブキの心は乱され続けていた。
手はまた震え、その振動は持ち上げていたコーヒーカップにまで伝わっている。
狐夏が立ち去ってもなお、心の乱れはすぐには治まらなかった。
騒めきが止まらない。
気持ちが苛立つ。
胸の奥が疼いてしょうがない。
自分の感情が、ジワジワと黒く濁っていくのを実感し、その冷たい表情が、徐々に苦悶の色へと染まっていく。
まるで心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われ、フブキは眉根を寄せて唇をギュッと強く噛み締める。
一筋の血が、口元をそっと伝う中、次の瞬間、まるで溢れる感情を発散するように、フブキはコーヒーカップをソーサーの上に思いっきり叩きつけた。
――ガシャアンッ!
閑散とした店内に響き渡る、耳障りな衝突音。カップもソーサーもバラバラに砕け散り、四散した破片が卓上に広がった。
突然の騒音に引き寄せられるように、一斉に集まる周囲の視線。店のスタッフや、客としてカフェテラスを訪れていた学生たちの驚愕の目が、フブキに鋭く突き刺さる。
しかしフブキは、気にも留めずに深く俯き、椅子の上で背を丸めて沈黙した。
普段のフブキなら、決してあり得ない粗暴な行動。
だが彼女を襲う胸の騒めきは、それでもまだ消えずに残っていた。
だめだ、堪えなきゃ……。
暴れるな……。
落ち着け、落ち着け……。
フブキはとにかくジッと静まり、自らの心に言い聞かせ続けた。
そうして心の荒波が過ぎ去るのを、ただひたすら待ち続けることしかできなかった。