【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも―   作:裕ーKI

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五:関東の地―冬を荒らす夏の妖―

 東京駅に到着後、何度か電車を乗り継ぎ、狐夏は葛飾区柴又の駅に辿り着いた。

 

 レトロな雰囲気が漂う駅の構外に出ると、早々に手持ちの携帯電話を開いて時間を確認する。画面が表示する時計は、午後4時を数十分ほど過ぎた時刻を示していた。

 

 晩冬の現在、まだまだ日没の訪れは早く、既に下町の風景は夕焼けに照らされて、綺麗なオレンジ色に染まっていた。

 

 辺りを見渡すと、忙しなく町中を行き交う大人たちや、食べ歩きを楽しむ下校途中の学生たちの姿が見受けられた。皆それぞれが、思い思いの一時を大切に過ごしているようだった。

 

 時折吹き荒ぶ強い北風が、視界に映る現地民たちの肩を寒々と縮ませる。

 

 視線の先で、女子高生の1人が軽い悲鳴を上げながら、めくれ上がりそうになったスカートを慌てて押さえていた。

 

 その可愛らしい様子に思わず笑みを零しながらも、しかし、こんなことをしている場合ではないと、狐夏はすぐに表情を引き締めた。

 

 

 

「さてと、急がないと……」

 

 

 

 出発前にフブキから教えてもらった住所を頼りに、猛士関東支部――甘味処たちばなを目指して歩き始める。

 

 本当ならば事前に連絡を入れて、アポを取るなり、ヒビキの居場所を訊くなりした方が、常識的にも効率的にも良いのだろうが、そうすると、不審に感じた関東支部の者が、東北支部に事実確認を取る恐れがあった。

 

 自分の上司に独断行動がバレる可能性を危惧した狐夏は、それ故こうして電話も掛けずに、直談判の道を選んだのだった。

 

 ヒビキがタイミング良くたちばなにいることを願って、狐夏はつんのめるように突き進んでいった。

 

 

 

 

 

 ところが、そんな矢先に事件は起きた。

 

 狐夏が足早に歩道を歩いていると、突然どこからか耳をつんざくような爆発音が聞こえてきた。

 

 

 

「なっ……なにッ!?」

 

 

 

 驚きのあまり、思わず足を止めてビクッと身体を強張らせた狐夏は、慌てて辺りを見渡した。

 

 気づくと、町を包んでいた閑静な雰囲気はすっかり消え失せていた。

 

 狐夏と似たような反応を示していた周囲の人たちが、次々と声を荒げて騒めきだしている。

 

 騒々しさは瞬く間に拡大し、やがて混乱を経て、混沌へと変わる。そして人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始めた。

 

 川の奔流に逆らうように、四散していく人々の波の中で、狐夏はどうにかその場に踏み留まっていた。

 

 どこからか漂ってくる焦げ臭いにおいに気づき、空を仰ぐと、曲がり角の先で黒煙が立ち上っているのが見えた。

 

 一瞬、爆発事故でも起きたのかとも思ったが、逃げ惑う人々の声に耳を傾けると、「バケモノが出た!」とか、「妖怪が現れた!」という叫び声が聞こえてきた。

 

 その瞬間、狐夏の音撃戦士としての直感が、彼女の意思に反するように働いた。

 

 嫌な予感がする。

 

 まさかこんな町のど真ん中に、しかもよりにもよってこのタイミングに、魔化魍が現れたとでもいうのか。

 

 本来、魔化魍の生育は、山や森のような自然界こそが最も適していると言われている。勿論、たとえばオオナマズのように人里を好んで育つタイプもいるが、そういう個体が頻繁に発生していたのは、あくまで大昔の話だ。人類の文明が大きく発展し、所狭しと人工物が密集するようになった現代の町中での出現は、オロチや悪意ある人為的干渉でもない限り、滅多に起きることはないはずなのだ。

 

 しかし目の前の光景は間違いなく現実であり、そしてその光景は、容赦なく狐夏の判断を急がせる。

 

 遠くから聞こえてくる爆発音は次々と回数を重ね、立ち上る黒煙の数も見る見る増えていた。

 

 正直、関東の魔化魍事情なんか知ったことではないし、構っている余裕だってない。狐夏にとって何より大切なことは、フブキを救うこと以外にないのだから。

 

 だけど……だけどもし――と、狐夏は考える。

 

 もしこの状況を見て見ぬふりをしたとして、そのことをフブキが知ったら、きっと彼女は失望して悲しむだろう。

 

 それだけは絶対に嫌だった。

 

 師匠の期待を裏切ることだけは、死んでもしたくはなかった。

 

 

 

「あぁーもうぉ! この急いでいる時になんだってのよぉー!」

 

 

 

 気づけば狐夏の足は、黒煙が立ち上る現場に向かって駆け出していた。

 

 逃げ惑う人々の流れに逆らいながら、未熟な鬼の少女は風の如く疾駆する。

 

 道中、所々で小規模な火災が発生していたが、見たところ、幸いにも現時点で人的被害は出ていないようだった。

 

 そんな中、不意に近くの路地裏から新たな爆発音が聞こえてきた。

 

 勢いよく上騰する黒煙が、たちまち頭上のオレンジ色を黒く塗り潰す。

 

 すかさず方向転換をした狐夏は、急いで路地裏の奥へと駆け込んだ。

 

 すると早々に、その目に飛び込んできたのは、夥しい数の黒い梵字の羅列に塗れた、あまりにも異様な白い背中だった。

 

 狐夏の気配に感づいた白い背中の持ち主が、ゆっくりと狐夏の方へと振り返る。

 

 炎を模した真っ赤な車輪の中心に鎮座している、その逆三角形のシャープな獣面と目が合った瞬間、狐夏は反射的に身構えた体を硬直させた。

 

 

 

「え、カシャ!? なんで!? この真冬にどうして夏の奴がいるのよッ!?」

 

 

 

 そこに立っていたのは、本来は夏にしか現れないはずの人間サイズの魔化魍。白い狐のような顔を持った、カシャと呼ばれる怪物だった。

 

 3日前、魔化魍の影響下にあるフブキが、鬼の気に過敏に反応していたのと同じように、狐夏が持つ鬼の気を瞬時に感じ取ったカシャもまた、歯茎を剥き出しにし、グルルと喉を鳴らして敵意を表した。

 

 油断をすれば、すぐにでも飛び掛かってきそうな雰囲気だった。

 

 狐夏は無意識に息を呑みつつも、敵の動きに即座に反応できるように、拳を強く握り締めて戦闘態勢を整えた。

 

 しかしその時、狐夏の視界に思わぬものが映り込んだ。

 

 殺気を放つカシャの陰で、腰を抜かしている1人の男の姿が見えたのだ。

 

 どうやら狐夏が出くわしたのは、その男にカシャが襲い掛かろうとしていた瞬間のようだった。

 

 夕日の光が届かぬ袋小路に追い詰められているため、男の素顔はハッキリと確認はできない。だが僅かに見えた横顔から察するに、若い男であることはわかった。

 

 カシャに唯一の退路を塞がれ、まさしく言葉通りの八方塞がりに陥っていた男を救うため、狐夏は手持ちのディスクアニマル3枚と音笛を取り出した。

 

 すると、まるでその動きを合図にしたかのように、すかさずカシャが間合いを詰めてくる。

 

 打ち出してきたカシャの拳を、狐夏は相手の脇下をすり抜けて回避した。

 

 そうして、図らずもカシャとの立ち位置を逆転させると、狐夏は男を庇うように立ちながら、音笛を鳴らしてディスクアニマルを起動させた。

 

 音笛が放つ音波を受けて、3枚のディスクはそれぞれ赤、青、緑と色を変える。

 

 狐夏がそれらを投擲すると、空中で動物形態に変形したディスクアニマルたちは、一斉にカシャへ攻撃を仕掛けた。

 

 赤い鳥――茜鷹が嘴で額を突っつき、青い狼――瑠璃狼が腹部に体当たりする。さらに緑の猿――緑大猿が足を払えば、バランスを崩したカシャは、路地裏の隅に積み重なっていたゴミの山に勢いよく倒れ込んだ。

 

 カシャがゴミの山から抜け出せずにもたついている間に、再び円盤に戻したディスクアニマルたちを回収すると、狐夏は背後の男に目を向け、その傍で腰を落とした。

 

 

 

「あんた大丈夫? 怪我してない?」

 

「はい、なんとか……」

 

 

 

 ようやく視認した男の顔は随分と童顔で、外見だけを見る限りとても成人には見えなかった。青年というよりは、“少年”と形容した方がしっくりくるかもしれない。

 

 

 

「あんた高校生?」

 

「いえ、これでも一応……二十歳(はたち)です……」

 

「うそ!? 全然見えないんだけど! なんか羨ましぃー……――って、そんな場合じゃないか。あのさ、今から変なもの見せるけど、ビックリして大声上げないでよね」

 

 

 

 狐夏はそう言って立ち上がると、二十歳の少年に改めて背を向ける。そして変身鬼笛・音笛を構え、唇にマウスピースをそっと重ねるが――。

 

 

 

「ああそうだ! これ、悪いけど持ってて!」

 

 

 

 緊迫した空気をまたしても無視して、ポケットから取り出した財布と携帯電話を二十歳の少年に投げ渡した。

 

 

 

「危ない危ない。変身の余波で消し飛んだら、帰れなくなっちゃうからね……」

 

 

 

 斯くして、マウスピースを口元に当て直した狐夏は、今度こそ音笛を吹き鳴らした。雪山で感情任せに鳴らした時とは違い、今回はしっかりと、綺麗な音色が周囲に響き渡る。

 

 その音色を発する音笛を額にかざすと、狐夏の体から迸った桜色のオーラが、路地裏に激しい吹雪を呼び込んだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 冷たい突風と雪の粒が、二十歳の少年の顔面に吹きつける。目を開けていられなくなった二十歳の少年は、思わず腕で顔を覆い隠した。

 

 着用していた服が全て破れて散り、生まれたままの姿となった狐夏の肉体は、吹雪の渦の中で瞬く間に変化を遂げる。

 

 

 

「うううぅぅぅ……はあぁ!」

 

 

 

 次の瞬間、手刀で吹雪を振り払い、狐夏が曝け出したのは、戦うために“変身”した姿。

 

 膨れ上がった銀色の筋肉。頭部には4本のツノ。目も鼻も口も消えた顔面には、薄いピンク色の隈取風の模様が鮮やかに浮かび上がっている。

 

 吹雪がピタリと止み、顔を覆っていた腕をゆっくりと下ろした二十歳の少年は、その銀色の背中を見つめながら確信を持って呟くのだった。

 

 

 

「鬼……。やっぱり……そうなんだ……」

 

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