【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも― 作:裕ーKI
崩れたゴミの山が、唐突にボッと大きく燃え上がる。
まるで憤怒の炎と言わんばかりの揺らめきの中から、カシャがのっそりと姿を現した。険しい表情でその体を揺する度、焼けて黒焦げになったゴミの破片がパラパラと剥がれ落ちていく。
ディスクアニマルたちの攻撃は、やはり大したダメージにはならなかったらしい。おかげでカシャの敵意は収まるどころか、余計に高まっているようだった。
「まあ……あの程度で退治できていれば、全国の鬼たちは誰も苦労はしないよね……」
今はまだ、名乗る名も無き鬼の姿となった狐夏――狐夏変身体は、赤い炎を背に立つカシャを見据えると、アスファルトを蹴って駆け出し始めた。
「先手必勝! ボコられる前にボコれってねッ!」
力強い踏み込みで間合いを一気に詰めた狐夏変身体は、そのままの勢いで左脚を大きく振り上げた。
それはカシャの頭部を狙った強力なハイキック。
しかしカシャは、その蹴りを片腕で軽々とガードした。
「くっ! それならぁ!」
最初の一撃はいとも容易く防がれた。それでも狐夏変身体は、怯むことなく連撃を見舞っていく。
2打、3打と、左右交互に繰り出す拳。
風を切るほど素早い、フブキ直伝のしなやかな足技。
何度いなされ、弾かれ、かわされても、決して手足を止めずに打ち続けた。
いつも頼りにしているフブキは、今この瞬間、傍にはいない。
師匠の助けはどれだけ期待しても借りられない。
独り訪れたこの遠方の地では、普段の甘えや依存は一切叶わない。
頼れるのは己自身の力のみ。
眼前の魔化魍と戦えるのも、背後にいる二十歳の少年を護れるのも、自分1人しかいないのだ。
だから攻撃の手を緩めるわけにはいかない。
負けるわけにはいかない。
呪いに苦しむフブキを救うためにも、絶対に死ぬわけにはいかない。
ユキジョロウの怪童子と妖姫との戦いの時には十分に発揮できなかった実力を、狐夏変身体はここぞとばかりに奮い立たせた。
しかし。
「なにコイツ……手強い……」
対するカシャもまた、その形状が人間に近いフォルムであるが故に、狐夏変身体の猛攻に対応し、要所要所で反撃できるほどには精密な格闘技能を持ち合わせていた。
狐夏変身体が放った何発目かの拳を、掌ではたいて受け流した時、カシャはその瞬間に気を取られた狐夏変身体の顔面に向かって、目にも留まらぬ速度で正拳突きを繰り出した。
「ゔっ!?」
刹那、不意に飛んできた白い鉄拳に、狐夏変身体の視界はほんの一瞬遮られた。
同時に顔面を走る凄まじい衝撃と鈍痛に、銀色の背中は後ろに大きく仰け反り、思わずたたらを踏んだ。
ズキズキと痛む顔の鼻尖に当たる部分を手で押さえながら、狐夏変身体はブレた視軸を慌てて戻す。
だがその瞬間、整えたばかりの目路に飛び込んできたのは、自身に向かって迫りくる、丸い炎の輪だった。
「やばっ!?」
それはカシャの首回りを囲む赤い車輪から放たれた、高熱の火炎弾。
狐夏変身体は、咄嗟に両腕を顔の前でクロスして防御態勢を取るが、直撃した瞬間に発生した爆発で、背後に大きく吹き飛んだ。そして後ろのブロック塀に背中を強く打ち付け、ズルズルとその場に座り込む。
「あっつぅ……。くっそぉ……、やってくれるじゃない……」
辛うじて防御したおかげで、なんとか致命傷は避けられた。しかし、火炎弾を受け止めた両腕の表面は、まるで高温のフライパンでバターを溶かしたかのように焼き爛れてしまった。
強烈な痛みが、両腕にできた水疱のようなものからヒリヒリと伝わってくる。
泣き叫びたいほどの悲鳴を必死に堪えながら、狐夏変身体は自分の不甲斐なさを呪った。
今の
だけど狐夏変身体には、それができなかった。
フブキの弟子でありながら、未だにフブキのように鬼の冷気を巧みに操ることができない。だから音撃管を手にしても、氷の弾丸を撃ち出すこともできないのだ。
自業自得なのはわかっていた。
フブキの傍にいたいという、私利私欲ばかりに感けてきたからこうなる。鬼の修行や使命に、これまで真剣に取り組んでこなかったから、今回のように肝心な時にボロが出てしまう。
“遊び半分で鬼の仕事に首を突っ込むな”
定期会議の時に言われた、トキの指摘はまさに的を射ていた。
「ムカつくけど……トキさんの言う通りか……。ホント私って……未熟で情けない……」
自嘲気味に呟きながら、狐夏変身体はなんとか立ち上がる。
ゆっくりと顔を上げれば、ナイフのように鋭いカシャの視線と再び目が合った。
まるで人のことを嘲ているかのように、醜く吊り上がった白皙面を忌まわしげに睥睨しながら、狐夏変身体はこの窮地をどう切り抜けるかと考える。
ところが、そんな暇など与えはしないと言わんばかりに、カシャが2発目の火炎弾を放ってきた。
「ちっ!」
狐夏変身体は慌てて横転してそれを回避するが、彼女の代わりに直撃を受けたブロック塀の一部が、爆発に巻き込まれて木っ端微塵に吹き飛んだ。
途端に辺りに充満するコンクリートの粉塵。
白く霞む視界の先では、カシャが再び火炎弾を構えている。
このままではジリ貧だと察した狐夏変身体は、反撃の糸口を求めて思考を急かせるが、どんなに考えても妙案は浮かばなかった。
そもそもの話、この戦いは最初から積んでいたのだ。
どんなにカシャを倒そうと思っても、魔化魍退治に必要不可欠である音撃武器を、狐夏変身体は所持していないのだから。
フブキの指導を受けて、音撃に関する知識と技能そのものは心得ている。しかし、冷気を上手く操作できないうちは、練習用の音撃武器の携帯すらも許されなかった。万が一、不完全な鬼の冷気を乗せた音撃武器が暴発でもすれば、狐夏自身が大怪我をしかねないからだ。
それは指導者であるフブキの厳しさであり、同時に優しさ故の判断でもあったが、今この瞬間に限っては、結果的にそれが裏目に出てしまっていた。
しかしそれでも――。
そうだとしても――。
それがなんだと、狐夏変身体はすぐにまた立ち上がる。
間髪を容れずに次々と飛来する火炎弾の隙間を縫うように擦り抜け、カシャとの間合いを確実に詰めながら、それならそれで――と、狐夏変身体は思い切って考えを切り替えた。
音撃が使えず、カシャを倒す術がないのなら、もういっそのこと、倒すことを諦めてしまえばいい。
カシャの始末は、
それならばきっと――勝機はある。
煙が燻るほどに焼き爛れて、鉛のように重くなった片腕を胸の前に持ち上げると、狐夏変身体はその手の甲から4本の鋭い爪を出現させた。
鬼闘術・鬼爪。多くの音撃戦士たちが共通して隠し持っている、手背の一部を変化させて生成した暗器。
カシャに向かって駆けながら、その爪を構えた狐夏変身体は、次の瞬間、地面を蹴って大きく跳躍した。
間近に迫っていた火炎弾を軽やかな身のこなしで飛び越え、落下の勢いに乗せて鬼爪を振り下ろす。
「はぁあああああああ!!」
狙うはカシャの頭部。より正確に言えば、奴の目。カシャの視覚を奪うことが、狐夏変身体の目的だった。
目玉を潰されれば、どんな奴だって激しく取り乱して動きは鈍る。それは、前回のユキジョロウとの戦いで、既に実証済みのこと。
果たして狐夏変身体の目論見通り、鬼爪はカシャの右目に突き刺さった。そして彼女は、その奥深くまで爪先を容赦なく食い込ませた。
「コオオオオオオオォォォンッ!!!」
その瞬間、カシャの口から悲鳴のような咆哮が迸る。
狐夏変身体が鬼爪を引き抜くと、その潰れた片目から白い鮮血が噴水のように噴き出した。
カシャは激しく悶え苦しみながら、ドスンと音を立てて地に転がった。
返り血を浴びながらも、狐夏変身体はゆっくりと距離を取りつつ様子を窺う。まだ抵抗してくるようであれば、もう片方の目も抉ってやるつもりだった。
ところがそんな警戒も虚しく、今の一撃でカシャの戦意は完全に削がれてしまったらしい。
慌ててその姿を燃える車輪に変化させたカシャは、フラフラと壁に衝突しながらも、逃げるように何処かへ走り去っていった。
片側だけとはいえ、その目をグチャグチャに潰してやったのだ。これで少しの間は、簡単には人間を襲うことはできないはず。
その間に関東の鬼たちが対処してくれることを期待して、狐夏変身体は顔の鬼化を解除した。