【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも― 作:裕ーKI
「はぁあああ~……しんど……。疲れたぁ……」
まさか異郷の地に着いて早々に、魔化魍とやり合う羽目になるとは思いもしなかった。
張り詰めていた緊張が途切れた途端、激しい疲労感に襲われた狐夏は、崩れるようにその場に腰を下ろした。
「そういえば初めてかも、独りで魔化魍と戦ったの……。フブキさんが傍にいないと、やっぱり心細いし、寂しいな……」
なんとか死闘を乗り越えたことに安堵しつつも、隣にフブキがいない事実を認識するたびに、どうしても寂寞の思いが胸懐にチラついてしまう。
一緒にいるのがいつの間にか当たり前になっていた恋人と、少しの間離れ離れになるだけで、こんなにも心が苦しくなるとは思いもしなかった。
そんな寂寥感に肩を落としながら、狐夏は胸を上下させて呼吸を整えていた。
するとそこへ、戦いの邪魔にならないように電柱の陰に身を潜ませていた二十歳の少年が、そろりと顔を出し、恐る恐る歩み寄ってきた。
「あの……大丈夫ですか?」
気遣わしげなその声に、顔を上げて振り向いた狐夏は取り繕うように一笑する。
「ああ……うん、なんとかね……。あんたの方こそ大丈夫だった?」
「はい、僕は全然。それより、助けてくれてありがとうございました。おかげで命拾いしました」
今時珍しいほど丁寧なお辞儀と共に、二十歳の少年は謝辞を述べる。
その慎ましさに感心した狐夏の笑みは、無意識に深みを増していく。
「どういたしまして。でも、タイミング良く私が通りかかって、あんたもラッキーだったね。私が来なかったらどうなってたことか……」
「ええ。それは本当に……」
もし、狐夏の救助がなかったら――彼女の到着があと一歩遅かったら、二十歳の少年は今頃、怪物に食われていたか、もしくは焼き殺されていたかもしれない。
あり得たかもしれないそんな結末が頭を過り、二十歳の少年は言葉の中に苦笑を交える。
一方、少年の冷静な視線を受け止めながら、狐夏は妙な違和感を感じていた。
怪物に襲われ、鬼の変身を目撃しただけじゃなく、その戦いまで目の当たりにしておきながら、この二十歳の少年からは、少しも動揺が感じられないのだ。
普通ならもっと怯えて取り乱すか、最悪、パニックになって逃げ惑いそうなものなのだが。
「あんたさ、さっきからあまり驚いた顔してないね……。普通この状況を見たら、とてもじゃないけど冷静にはいられないと思うんだけど」
「あぁ……まあ確かに……。普通ならそうですよね。でもなんていうか……結構見慣れてるんですよ、こういうの」
「見慣れてるって……それってどういうこと?」
二十歳の少年の意外な発言に、狐夏は怪訝な表情を浮かべる。
すると次の瞬間、二十歳の少年は僅かに口角を上げて問いかけた。
「失礼ですけど、あなたって鬼……ですよね? 猛士の……」
それはまさに、狐夏にとっては風向きを一変させる一言だった。
「え……ちょっとあんた、なんでそれを!? 鬼を知ってるの!? しかも猛士のことまで……」
「ええ、まあ……。何年か前からちょっと、縁がありまして……」
「縁って……鬼や猛士と? あんた一体何者? 名前は?」
呆けた顔で狐夏が訊ねると、二十歳の少年は躊躇なく自らの名前を明かした。
「僕は明日夢――安達 明日夢です。今は医学を勉強中の身ですけど、これでも一応、昔は鬼の元で鍛えていたこともあるんです」
その言葉に、狐夏は思わず唖然とした。
たまたま魔化魍から救った人間が、まさか鬼と関わりを持っていた者だったとは思いもしなかった。
「えっと……じゃあ何? 今は違うけど、前は鬼の弟子だったってこと?」
「ええ。でも、弟子だった期間なんて、ほんの少しの間だけでしたけどね」
「ふぅん……、そういうことね。たしかにそれなら、魔化魍や鬼の姿になった私の戦いを見たぐらいじゃ、いちいち驚きはしないか……。だけどどうして? なんで弟子をやめちゃったの? せっかく一度は鬼の道に足を踏み入れたのに……」
「ああ……それはなんていうか……、やりたいことが別にできたっていうか……」
「やりたいこと? それが医学の勉強だったってわけ?」
「はい。昔、重い病気を患った1人の女の子と知り合ったことがあるんですけど、その時に思ったんです。化け物と戦う鬼の道以外にも、人助けできる道がこの世界には沢山あるって。病気の女の子と交流していくうちに、僕は医療の力で人助けをしたいと考えるようになりました。それで……」
「それで――鬼の道を諦めて、医者の道へ進んだってことか……」
狐夏の言葉を、二十歳の少年――もとい、安達 明日夢は小さく頷いて肯定した。
童顔の見た目に反した彼の大人びた考え方と誠実さに、狐夏は圧倒されるように天を仰いで呟いた。
「そう、なんだ……。ん……そっかぁ……」
一見、狐夏と明日夢との間にそれほど年齢差は感じられない。
寧ろ外見的には、狐夏の方が1つか2つ上である可能性すらあったが、少なくとも今の彼女の目には、自分より明日夢の方がずっとしっかりしているように見えていた。
「なんか……凄いね、あんた。鬼になることを諦めておきながら、尚も人のためになることをずっと考え続けられるなんて……」
「え? それってどういう……――」
「私はさ、自分で言うのも何だけど、今まで自分のことばっかり考えてきたんだよね……。鬼になったのだって、大好きな人と一緒にいたいっていう、自分の気持ちを満たすための手段に過ぎなかったし」
「そう……なんですか……? いやでも……僕なんて全然まだまだですよ。今はこうしてどうにかやっていけてますけど、それだって師匠と過ごした時間があったからこそですし……」
「師匠? 師匠って……あんたの鬼の師匠のこと?」
「はい。鬼を諦めて別の道を進んだ後も、師匠には目をかけてもらってるんです。今は鬼の師匠っていうよりは、人生の師匠って感じでお付き合いさせてもらってますけど」
「へぇ~。因みになんだけど、訊いてもいい? あんたのその……鬼の師匠の名前」
猛士の一員として、音撃戦士の端くれとして、何気ない好奇心のつもりで訊ねたつもりだった。
しかし次の瞬間、狐夏は弾かれたように背筋を直立させて、大きく目を見開くことになる。
何故なら――。
「ヒビキさん」
「え? 今なんて……?」
「ヒビキさんが――僕の師匠です」
明日夢が告げたその名前こそが、狐夏が求めていた人物だったから。