【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも― 作:裕ーKI
焼き爛れた両腕の痛みを堪えつつ立ち上がった狐夏は、明日夢を信用して事情を全て説明することにした。
自分の名前や身分、所属支部の紹介は勿論、東北地方からわざわざ関東に足を運んだ急務の理由を、できる限り簡潔に語った。
今はとにかく時間がないこと。
自分にはフブキという名の師匠がいて、その師匠が魔化魍の呪いを受けて危殆に瀕していること。
フブキを蝕む魔化魍の呪いを祓うには、ヒビキの鬼火の力が必要であること。
それ故に、ヒビキに協力を仰ぐために、猛士関東支部――甘味処たちばなを目指している最中だったのだと。
狐夏が経緯を打ち明けている間、明日夢は彼女の話を真剣な面持ちで傾聴していた。
そして、狐夏が全てを語り終えると、明日夢は申し訳なさそうに口を開いた。
「……あの……すみませんでした。そんな一大事の時に助けてもらったりして……」
そう言いながら俯く明日夢の顔を、狐夏は覗き込むようにして見やると、フッと口元を緩めて言葉を返した。
「いや……気にしないでよ。もしさっき、あんたを助けなかったら、それこそ私に鬼を名乗る資格なんてなかっただろうし、きっとフブキさんを失望させることにもなってたと思う。それだけは御免なのよね……。あの人に拒絶なんてされたら、私、生きてなんかいられないから……」
自嘲気味に笑う狐夏を、明日夢は複雑そうな表情で見つめる。
しかしそんな彼の視線を尻目に、狐夏は気を取り直して話を進めた。
「まあ……それはともかく、ここであんたに会えたのは正直ラッキーだったかも。ねえあんた、ヒビキさんが今どこにいるか知ってたりしない? もしくは連絡先でもいいから、できれば教えてほしいんだけど」
明日夢がヒビキの元弟子だというのなら、彼がヒビキに関する何らかの手掛かりを持っている可能性は十分にある。そんな期待を寄せて訊ねるが――しかし、返ってきたのは芳しくない答えだった。
「すみません、今も付き合いがあると言っても、互いに忙しい身なんで、そんな頻繁にやり取りしているわけじゃないんです……。それにヒビキさん、機械類が大の苦手で、未だに携帯電話も持っていないらしくて……」
「あぁ……そう……。そうなんだ……」
表情を曇らせて首を横に振る明日夢の姿に、狐夏は思わず落胆の声を漏らした。
「じゃあ……ここから連絡は取れないってことだよね……。やっぱり、直接たちばなに出向くしかないかぁ……」
目的達成に大きく近づけたかと思いきや、結局また振出しに戻ったような気がして、狐夏の表情に疲労の影が差す。
カシャとの戦いで体力を激しく消耗し、おまけに重い火傷を両腕に負ってしまったことも相まってか、抑うつ気分が心に一気に押し寄せてくる。
すると明日夢は、そんな狐夏の姿を見かねるように少し考えてから、1つの提案を口にした。
「そうだ! ヒビキさん本人との連絡は難しいですけど、その代わり、ヒビキさんの弟子になら、きっとすぐに連絡を取ることができるかもしれませんよ」
その言葉に視線を上げた狐夏は、「は?」と間の抜けた声を漏らす。
「いやいや……何言ってんの? ヒビキさんの弟子はあんただったんでしょ? あんたが弟子を辞めたんなら、今のヒビキさんは1人なんじゃないの?」
しかし明日夢は、狐夏の疑問を即座に否定する。
「いえ、実はもう1人――僕の知り合いが、今もヒビキさんの弟子を続けてるんです。彼にならきっと――」
と、明日夢がそこまで言いかけたところで、先刻からあちこちで鳴り響いていたサイレン音の1つが、自分たちの近くへと迫ってきていることに2人は気がついた。
恐らくは、カシャが起こした小火騒ぎの対処に追われている消防車が駆けつけようとしているのだろう。
このままここで油を売っていれば、到着した消火隊と鉢合わせることになるのは目に見えて明らかだった。
そうなれば、余計な足止めを喰らってフブキの救出が遅れるかもしれない。
そんなのは真っ平御免だと思った狐夏は、明日夢に告げる。
「どうやらここでゆっくりとお喋りしてる余裕はないみたい。悪いけど、場所を変えるわよ」
「それなら……僕がバイトしている診療所が近くにあるんで、そこへ行きましょう。この時間なら誰もいませんし、その腕の火傷も早く治療しないと……」
明日夢の心配そうな視線が自分の両腕に注がれていることに気づいた狐夏は、自らもそこに視線を落としながら、「ああ……」と、力無く声を漏らした。
鬼の気の扱いを熟達している一人前の音撃戦士ならば、軽度の傷なら気合い1つで瞬間的に自己回復することができる。
しかし、鬼の気の操作が未だ不完全な狐夏の力量では、
「この火傷なら気にしないで……って、本当はそう言いたいところなんだけど、正直、私の治癒力だけじゃ、いつになったら治りきるかわからないのよね……。こんな状態のままでヒビキさんの元へ向かう訳にもいかないし……、時間は無いけど、ここはあんたの厚意に甘えることにするわ」
そう言って、狐夏は明日夢の申し出を受け入れた。
そうと決まれば、後は一刻も早くこの場を立ち去るだけ。
急がなければ、駆けつけた消火隊がこの狭い路地の中に押し寄せてきてしまい、カシャに追い詰められた時とはまた違った意味での袋のネズミになってしまう。
でもその前に――と、狐夏は付言する。
猶予が無いのは百も承知の上で、彼女は明日夢に1つの要望を告げた。
「会ったばかりのあんたに、こんなこと頼むのは厚かましいってわかってるんだけど、ここを出た後でいいから……私の代わりに服を買ってきてほしいの」
「服!? 服ってまさか、狐夏さんの服を……ですか!?」
狐夏の思わぬ頼み事に、明日夢は目を大きく見開いて問い返した。
「そう、私の服。変身したせいで、着ていた服が全部消し飛んじゃったからさ、代わりの服が必要なのよ」
「いや、ちょっと待ってください! 着替え……持ってきてないんですか?」
「持ってきてるように見える? 今の私の持ち物なんて、戦闘前にあんたに預けた財布と携帯電話だけよ。っていうかそもそもの話、こんな管轄外の出先で鬼に変わることになるなんて、思いもしなかったんだから」
「でも、それにしたって……」
「仕方ないでしょ、あんた以外に頼める人なんていないんだから。自分で買いに行こうにも、半分鬼の姿でお店に入る訳にもいかないし」
負傷した両腕をわざわざ左右に広げて、狐夏は鬼化した状態のままの首から下の姿を強調して見せる。
路地裏を囲む屋根と屋根の隙間からは、僅かに西日が漏れている。その光に照らされた白銀の肉体は、女性的な曲線美も相まって煌びやかに美しい。
「それはまあ……確かに……」
一瞬、同じく銀色の容姿をしている、友人の鬼の姿を思い出しつつも、彼女の言い分に納得せざるを得なくなった明日夢は、観念したように溜息を1つ吐いた。
「……でも、服って一体何を?」
「そりゃあ……上から下まで一式よ。当然、ブラとパンツも込みでね」
「ええぇぇー……!? それって……下着もってことですか?」
「だからそう言ってるでしょ」
「いや……でも僕、女性モノの服や下着なんて、母親のだって買ったことないんですけど……」
「なら良い経験になるじゃない。彼女にプレゼントする時のための予行練習だと思えばさ」
「いや、彼女とかそういうのは……」
「何? 彼女いないの? あ、それともあんた、ひょっとしてアッチ系?」
「アッチ!? アッチってなんですか?」
「え? BL的な?」
「違いますよっ! 断じてっ!」
「そんなムキにならなくてもぉ~」
明日夢が語気を強めてキッパリと否定すると、狐夏は茶化すように朗笑する。
「あ、ちなみに私は百合よ」
「え!? そうなんですか!? ……って、別に訊いていないです」
「百合百合の百合よ!」
「意味がわかりません! それに一応、気に掛けてる相手だって……その……いないでもないんで……」
「それって普通に女の子?」
「勿論ですよ。小学生時代からの幼馴染です」
「ああそう……。なんだ、普通にノーマルか……」
頬を赤くしながら照れ臭そうにする明日夢を見て、狐夏はつまらなそうに唇を尖らせた。
「いや、なんでちょっとガッカリしてるんですか!?」
「別にぃ~。予想よりも在り来たりで平凡な反応だったなぁ~って、思っただけ~」
「一体何を期待してたんですか……?」
「……まあ、別にこれ以上深くは追求しないけどさ。元々、人の恋沙汰には興味無いし。大事なのは他人の恋より自分の恋ってね。……っていうか、それはそれとして、服の話よ」
「いや、話を逸らしたのは狐夏さんの方ですよ?」
「どっちでもいいわよ、そんなの。……とにかくお願いよ。じゃないと私、ずっと鬼の姿でいなきゃならないじゃん。結構疲れるのよ、鬼の姿を維持するの。ただでさえ、まだ見習いの身なのに……。これじゃあ帰りの電車にも乗れないし……、それにもし、移動中に体力が尽きたりなんかしたら、一体どうなると思う?」
「え? どうって……」
「まっぱよ! まっぱ! すっぽんぽん! 公衆の面前で全裸よ!」
「は、はあ……」
「はあ……じゃないわよ! 君は私に露出狂の称号でも与えたいわけ?」
「そ、そんなことは決して……」
「ならホントにお願いよ! 魔化魍から命救ってあげたんだから! っていうか、そのせいでこんな状況になったんだから、それぐらいしてくれても良いと思うけどなぁ~」
「わかりました! わかりましたよ、もう~……」
あまりにもしつこく、そして恩着せがましいことまで言いだした狐夏に、とうとう観念した明日夢は、渋々ながら彼女の用件を承諾した。
「ありがと。わかればいいのよ。じゃあそうと決まれば、まずはここから離れましょ。とりあえず……――よしっ……屋根を伝って」
頭上を確認しながら狐夏は言うと、明日夢の肩と腰に両腕を回して彼の体を抱き寄せた。
負傷した左右の腕を動かすたびに、その表情が微かに痛みに歪む。
密着したことにより、急激に距離が縮まったそんな彼女の顔を見つめながら、明日夢は身を案じて声を掛ける。
「大丈夫ですか? その腕じゃ、やっぱり辛いんじゃ……」
「平気平気。鬼の体って……痛みにはめっぽう強いんだから……」
心配させまいと、強がりの笑みを浮かべると、狐夏は明日夢を連れて垂直に高くジャンプした。
顔の変身は解除したとはいえ、首から下はまだ鬼のまま。
超人的な跳躍力を持った白銀の脚で、適当に選んだ身近な屋根の上に着地すると、軽々と明日夢の体を抱えながら、足音1つ立てずに屋根から屋根へと飛び移っていった。
舗道を歩く周囲の一般人たちに気配を悟らせないその様は、まるで闇に紛れて駆ける忍者のよう。
ゆっくりと沈むオレンジ色にシルエットを重ねながら、狐夏と明日夢は足早にその場を後にした。