【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも― 作:裕ーKI
いつの間にか、夜の帳は下りていた。
虚ろに輝く街灯の煌めきに照らされて、町並みは寂しさと賑やかさが入り混じった幻想的な雰囲気に包まれている。
人影のない閑散とした公園に降り立った狐夏は、明日夢が服を購入して戻ってくるまでの間、遊具の陰に身を潜めることにした。
首から下が鬼の状態であるが故に、堂々と店の前で待つ訳にはいかないとはいえ、こうも人目を避けるようにコソコソしていると、まるで犯罪者にでもなったかのような気分がして、どうにも居心地が悪い。
一方的に買い物を頼んでおきながら随分と勝手な言い分かもしれないが、少しでも早く戻ってきてほしいと、明日夢を待っている間、狐夏は身を小さくしながらずっと心の中で願っていた。
預けた財布を抱えて、近くにあったカジュアルショップへと足を運んでいった明日夢が帰ってきたのは、狐夏が遊具の陰に隠れてから20分後のことだった。
「遅くなってすいませんでした! サイズとか色とか……決めるのに手間取ってしまって……」
暗闇の中から姿を現した明日夢が、大きなショッパーを携えて足早に駆け寄ってくる。
彼から財布と携帯電話を返してもらい、それからショッパーごと購入した服を受け取ると、狐夏は一目散に公園内の公衆トイレへと駆け込んだ。
トイレの個室に入って鍵をかけると同時に、全身の力を抜いて鬼化を完全に解除する。
一糸纏わぬ姿になると、狐夏は服の入ったショッパーから1着取り出し、すぐに封を切って広げてみせた。
「へえ……思ってたより全然まともじゃない」
結論から言うと、明日夢はなかなかセンスの良い服を選んでくれた。
トップスは白のタートルネックセーターにベージュのロングコート。ボトムスは青のジーンズ。ホーズは黒のソックスで、その上をグレーのヒールスニーカーが彩る。
シックで適度に大人っぽいコーディネートは、狐夏の満足感を十分に満たしていた。
ただ、強いて不満を上げるとすれば1つだけ。
それは、衣服の下に身につけたピンクの下着のサイズ――とくにブラジャーが少しばかり小さくて、胸部の締め付けがキツい。
我慢できないほどの苦しさではないが、もう1サイズ大きければ完璧だったかもしれない。
とはいえ、それでも明日夢が自分なりに頭を抱えて、一生懸命服を選んでくれたであろうことは容易に想像がついた。
「ありがとね明日夢。ホント、おかげで助かった」
身なりを整え、公衆トイレを出た狐夏は、遊具の傍で待機していた明日夢に向かって、笑顔で感謝の意を告げたのだった。
〇
再び堂々と町中を歩けるようになった狐夏は、明日夢の案内で彼のバイト先である小さな診療所へとやって来た。
既に開院時間が過ぎていることもあり、院内の明かりは全て消灯し、人の気配は一切感じられない。物静かな雰囲気が、建物全体から醸し出されていた。
扉や窓の戸締りもしっかりとされているようだったが、明日夢がポケットから取り出した合鍵で裏口の扉を解錠し、中にはあっさりと入ることができた。
診療所の奥へと入っていく明日夢の背中を追いながら、狐夏は彼に声を掛ける。
「ここまで来て今さら訊くのもなんだけど、勝手に使って大丈夫なの?」
「問題はないですよ。狐夏さんが着替えている間に、院長には電話で許可は貰いましたから」
「へぇ~。よほど信頼されているのね、その院長さんに。普通、一バイトにそう易々と合鍵を預けたり、閉院後の施設を自由に使わせたりなんかしないと思うけど……」
「懐が深い人なんですよ。人当たりも結構いいので、患者さんたちからも慕われてますしね。あの人のような医者になりたくて、僕はここで働いているんです」
「ふぅ~ん。じゃあここの院長さんも、明日夢にとっては師匠なわけだ」
その言葉に、ふと足を止めた明日夢は、背後の狐夏を肩越しに見ながら小さく微笑んだ。
「そうですね。ヒビキさんと同じくらい、尊敬してますよ」
薄暗い通路の中、その顔はハッキリと視認はできなかったが、明日夢がどんな表情を浮かべているのかは、狐夏にはなんとなく想像がついていた。
日中は多くの患者たちが出入りしている診察室も、今は暗闇に包まれて静粛な雰囲気に包まれていた。
明日夢は部屋の明かりをつけると、椅子に座って待っているよう狐夏を促し、自身は火傷の手当ての準備に取り掛かった。
テキパキと棚から取り出した薬品や医療道具を、次々とステンレストレーの上に並べていく。
狐夏は脱いだベージュのロングコートを診察台の上に置き、その隣に腰を下ろすと、そんな明日夢の後姿を見つめながら、実はずっと気になっていたとある疑問を何気なく口にした。
「ねえ明日夢、1つ訊きたいんだけどさ、あんた……さっきはなんで魔化魍に襲われてたの?」
「え? なんでって、それは……」
不意を突いた問いに、明日夢の手が思わず一瞬止まる。
「いや……最初は単なる偶然って思ってたんだけど、あんたがヒビキさんの元弟子って話を聞いたら、本当は何か理由があるのかなって……なんとなく思ったのよね」
そう言って思案顔を浮かべていると、薬品と医療道具を乗せたステンレストレーを手に持った明日夢が、狐夏の正面にやってきた。
「う~ん……そう言われても、僕にも何が何だかさっぱりっていうか……。寧ろ、こっちが訊きたいくらいなんですけどね……」
明日夢は困ったように肩を竦めると、普段は院長が使っているドクターチェアに座り、ステンレストレーを診察デスクの上に置いた。
「――ただ……前にヒビキさんから忠告されたことがあるんですけど、ひょっとしたらそのことと関係があるのかも……」
「忠告されたこと? って……なによそれ?」
「“人を欺く悪意は、鬼の残り香を辿ってるかもしれない”って」
「鬼の残り香? なにそれ?」
「さあ……。昔、友人が魔化魍に誘拐されたこともありましたけど……、ヒビキさんは、鬼と関わった人間が狙われてるんじゃないかって予想してました」
「鬼と関わった人間? ああ……それで今回は、鬼の弟子だったあんたが狙われたってこと?」
「ええ……。でもまあ……確証はないんですけどね」
火傷の手当ては、思いのほか早く終わった。
狐夏自身は、自分の治癒力は師匠に比べて未熟だと言っていたが、それでも、少なくとも人並み以上には傷の治りが早い彼女の両腕の火傷は、既に6割ほどが瘡蓋に覆われていた。
このままのペースでいけば、放っておいても明日の昼までには完治しているだろう。
しかし、医者の端くれとして手付かずにしておく訳にもいかないからと、明日夢は念のため、火傷に良く効く塗り薬を狐夏の両腕に塗り、その上に創傷被覆材を貼り、仕上げに包帯を巻いて固定した。
「ありがとう。おかげでさっきより痛みが和らいだみたい」
「いえ、大したことは何も。でもやっぱりすごいですね、鬼の力って。魔化魍との戦いの直後はあんなに痛ましかったのに、ほんの1時間程度でここまで回復するなんて」
「いや……私なんて全然よ……。フブキさんならこの程度の傷、一瞬で治しちゃうし。そもそも……あの人はそう易々と攻撃を喰らったりしないもの、足手まといが一緒でもない限りはね……」
手当てのために捲り上げていた、タートルネックセーターの袖を元の位置に下ろしながら、狐夏は自虐的な笑みを浮かべる。
そうしながらふと思い出したのは、5日前のユキジョロウとの戦いの光景――自分を庇い、自分の代わりに黒い氷柱を受けて傷ついた師匠の姿。
狐夏にとってそれは、心の奥に色濃く残り続ける、苦杯の記憶に他ならない。
「フブキさんって狐夏さんの師匠ですよね? 確か女性の鬼って……。どんな人なんですか?」
使用済みの医療道具を片付けながら明日夢が訊ねると、いつの間にか憂い顔になっていた狐夏は、ハッと我に返った。
「え? ……ああ……うん、フブキさんは……私にとっては誰よりも大切な人。強くてカッコよくて綺麗で……私の人生に価値を与えてくれた、私のかけがえのない王子様」
「王子様? 女性なのに?」
「いいでしょ別に。それぐらい魅力的な人だってことよ」
「ああ……なるほど。わかりますよ。僕もヒビキさんには、似たような印象を受けましたから」
「え? あんたにとってはヒビキさんが王子様だったってこと? それってやっぱりBL……」
「違いますっ!」
「……び」
「違いますっ!!」
「まだ何も言ってないでしょっ!」
「言わなくてもわかりますよ、もう……」
閑話休題。
呆れながら溜息をついた明日夢は、「そういう話は置いといて」と、会話の舵を修正する。
「ところで思ったんですけど、女性の鬼って……実は結構いるものなんですか?」
「ん? なによ急に」
「いや……僕が今まで見てきた
「ん~……どうだろう。
「レンキさん?」
「うん、なんでも……吉野で鬼の候補生の指導をしている教官だとかで、チョー怖い人なんだってさ」
「へぇ、そんな人が……。でも女性で教官って……なんかちょっと格好いいですね。そういえば、
「イブキ? イブキって確か……宗家の鬼の名前よね」
現在の猛士は、先祖代々魔化魍と戦ってきた家系である和泉家によって管理されている。
イブキ=威吹鬼は、組織を束ねる頭目の息子の1人であり、その名前は当然の如く、日本各地に存在する猛士の全支部にまで知れ渡っている。
猛士に属する鬼でありながら、組織の内情に対する関心が薄い狐夏でさえ、さすがにその名前だけはぼんやりとだが記憶していた。
とはいえ、“百合百合の百合”を自称する狐夏の好奇心は、宗家の鬼たるイブキのことには全くと言っていいほど気に留めず、それよりも、寧ろその弟子だったという“あきら”なる女性の方へと強く傾いていた。
「あきら……。どんな子かちょっと興味あるかも」
せっかくの機会、“あきら”のことをもっと詳しく、色々聞いてみたくはあった。しかし生憎、今はそんな余裕などないことを、狐夏自身が誰よりも一番よく思い知っていた。
世間話も程々にして、2人はようやく本題に入る。
師匠を救いたいという狐夏のために、明日夢が電話を掛けた相手は、ヒビキのもう1人の弟子。
それは、明日夢にとっては高校時代の同級生であり、言わばライバル的存在でもあった青年。
その名は――桐矢 京介。