【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも― 作:裕ーKI
暁闇の空の下。
微かに霞がかった蒼然とした町の景色からは、今はまだ、喧々とした声も靴音もほとんど聞こえてはこない。
数時間ほど睡眠を取ったことで、すっかり体力が回復した狐夏は、速やかに出発の準備を済ましてから、明日夢と共に診療所の前で京介の到着を待っていた。
ポケットから取り出した携帯電話の時間は、午前5時30分丁度を示している。
律儀にも、京介は約束の時間ピッタリに現れた。
車の数も疎らな閑散とした道路を、ヘッドライトで照らしながら走り寄ってきたのは、赤を基調としたヒビキ専用の四輪駆動車――不知火。
力強いエンジン音を響かせながら診療所の敷地内に入ると、不知火は明日夢と狐夏の目の前で停車した。
運転席側のドアが開き、中から茶髪の青年が降りてくる。
一見、その容姿は同い年の明日夢と比べて、どことなく大人びた印象だった。
「どうやら寝坊せずに待ってたみたいだな」
開口一番、すまし顔で吐いた京介の上から目線な発言に、明日夢と狐夏は揃って苦笑を浮かべる。
なるほどね。大人っぽいのは外見だけってことか。
と、狐夏が心の中で呟く一方で、明日夢は久しぶりに再会した友人に、挨拶代わりの言葉を告げた。
「相変わらずだね、京介は……」
個人的に語りたいこと、訊きたいことは色々ある。
しかし生憎、今は無駄話をしている時ではない。
少なくとも、狐夏と京介の状況を考慮すれば。
明日夢は手短に、互いに初対面である2人を引き合わせた。
狐夏に京介を紹介し、京介に狐夏を紹介したのだ。
すると、京介は唐突に前のめりになると、狐夏の顔をジッと熟視し始めた。
「え……? は!? ちょ……なによいきなり……!?」
まるで焼き物を見定める鑑定士のように、まじまじと観察してくる京介の奇行に、狐夏はたまらず後退る。
「ちょっと京介! 女性をそんなにジロジロ見たら失礼だって!」
明日夢の制止の声にも耳を貸すことなく、結局京介は、狐夏が羞恥で赤面するまで、彼女の容姿を無遠慮に眺め続けた。
そしてやっと口を開いたかと思えば、彼が放った言葉はとんでもないものだった。
「鬼らしさは俺のほうが上だな!」
突然何を言い出すのかと思えば……。
明日夢も狐夏も、思わず開いた口が塞がらなかった。
「ちょっと……藪から棒に何よ、あんた……」
狐夏が呆れ顔で苦言を呈すと、京介はなおもふてぶてしく鼻を鳴らした。
「明日夢から話は聞いてるよ、小宮香さん。君、鬼の姿にはなれるらしいけど、独り立ちはまだなんだろ? 俺と一緒だ。なら俺と君、どっちが鬼の気品に満ち溢れているのかなと思ってさ」
「それがあんたにはわかるって言うの? 一体何を基準にそんな……」
「基準? そんなのは大した問題じゃない」
いやいや! 問題大有りだよ!
京介の言葉に、明日夢は心の中で激しく突っ込みを入れる。
たとえ、京介の言う鬼の気品とやらが本当にあるとして、ならばそれを測るのに必要なものが基準でないのなら、逆に一体何が必要なのか。
つまらない話に明日夢が頭を悩ませていると、京介はさらに訳のわからないことを言いだした。
「小宮香さんはさ、一体いつ鬼の弟子になったの? 因みに俺は、オロチの前」
「そう訊かれたら……、そりゃあ……私はオロチの後だけど……」
「ほらね? 俺の方が鬼の弟子としては先輩な訳だ」
何が「ほらね?」だよ!? さっぱり意味がわからない!
明日夢はまた心の中で叫んだ。
オロチの前とか後とかの話と、さっきの鬼の気品の話、それらに何の繋がりがあるというのか。
もし、鬼の弟子になった時期が京介よりもずっと前だと狐夏が答えていたら、逆に京介は一体どう返すつもりだったのか。そんな事を少しだけ考えつつも、明日夢はいい加減、2人の会話を止めに入った。
「もう止しなって、京介! ……ゴメンね、狐夏さん。京介ってかなりの負けず嫌いでさ。どんな時でも、少しでも自分を有利に見せたがる奴なんだ」
「なんだよ、明日夢!」
自分に代わって謝辞を述べる明日夢を、京介はキッと睨みながら、まるで子供のように唇を尖らせた。
「ハア~……もういい。さっさと行くぞ。現場でヒビキさんが待ってるんだ。これでもし、既に魔化魍退治が終わってたりなんかしたら、俺の立場が無いからな」
どうやら思い通りの展開にはならなかったらしく、深い溜息をついた京介は、不満げな顔で不知火に向かって踵を返した。
するとその足を、明日夢は咄嗟に呼び止めた。
「待って京介! 1つだけ訊きたいんだけど!」
「ん? なんだよ、訊きたいことって?」
明日夢の声に、京介は肩越しに振り返る。
「昨日の夕方、町中に魔化魍が現れたのは知ってる?」
「魔化魍? ああ……カシャのことか。それなら聞いてるよ。どういう訳か、戦う前から片目を負傷していた可笑しな個体だったらしいな。確か……丁度バケガニ退治から帰ってきたばかりのサバキさんに対処を頼んだって、事務局長が言ってたよ。石割さんの的確なサポートのおかげもあって、既に退治も完了してるって話だけど……。っていうか……なんでお前がそのことを?」
「ああいや……俺も外出中に偶然目撃したからさ……、ちょっと気になってたっていうか……。退治されたんならそれでいいんだ」
実際は自分こそが被害を受けた当事者であり、そして、隣にいる狐夏こそがカシャの右目を潰した張本人なのだが、それらをわざわざ口に出す必要もないだろうと考えた明日夢は、その事実を京介に告げようとはしなかった。
「ふぅん……」
明日夢の言い分を聞いた京介は、興味なさげに軽く頷くと、素っ気ない言葉を1つ付け加えた。
「まあ……理由は何でもいいけど……。ただなんにせよ、魔化魍の心配をするのは俺たち猛士の役目なんだ。今となっては組織の一員ですらない君が、いちいち気にする必要はないんじゃないか?」
「え? そんなことは……ないと思うけど……」
京介の一見突き放した物言いに、明日夢は思わず反論しかけるが。
「そんなことあるんだよ。魔化魍のことは俺たちに任せて、精々君は君のやりたいことに全力を注いでいろよ」
明日夢を制するように、京介はきっぱりと言い切った。
その態度にはどことなく有無を言わせぬ雰囲気が漂っており、不覚にも少しだけたじろいでしまった明日夢は、それ以上何も言えず口を噤むしかなかった。
背を向けて再び歩き出し、京介は今度こそ不知火に乗り込んでいく。
京介の後姿を見つめながら、明日夢は先刻彼が口にした言葉の意味をぼんやりと考えていた。
そこへ2人のやり取りを見守っていた狐夏が、笑みを浮かべて話しかけてきた。
「気のせいかな。京介の今の言葉、なぁんか私には、彼なりのエールのように聞こえたんだけど?」
その言葉に、明日夢は思わず鼻を鳴らす。
「だといいんですけどね……。結局いつもの……ただの嫌味ってオチも十分あり得ますから……」
皮肉交じりに明日夢が呟くと、そんな彼の横顔に目を向けながら、狐夏は不意に問いかけた。
「ねえ。明日夢はさ、京介がどうして鬼になったか知ってる?」
その質問に、とくに深い意味はなかった。
ただ、なんとなく気になったのだ。
先刻の会話の中で、京介は鬼らしさは自分の方が上だと嘯いていたが、少なくとも、狐夏が彼と初めて対面した時に感じた第一印象は、どちらかといえば正反対のものだった。
良し悪しはともかく、鬼らしくは見えなかった。
猛士に属する鬼にしては、あまりにも立ち振る舞いが軽薄に思えた。
何故なら勝手なイメージなのかもしれないが、鬼というのはもっと硬派なものじゃないかと、漠然とした印象を抱いていたから。
まあ……鬼らしさや軽薄さに関しては、私も大概なんだけど……。
そう心の中で自嘲しながらも、狐夏は“桐矢 京介”という人間に、単純な好奇心という意味で興味を引かれていた。
「それはまあ……これでも一緒に弟子入り志願した仲ですし……」
狐夏の疑問に応えるように、明日夢は京介の実情を語った。
父親の背中を乗り越えたい。
それが、京介がずっと抱いていた願いだったのだと。
「京介の父親は消防士だったんです。でもある時、火事に巻き込まれたせいで死んでしまって……。京介は亡くなった父を乗り越えられなかったことが、ずっと心残りだったそうです。でもそんな時、彼はヒビキさんに出会った。京介は亡くなった父とヒビキさんを重ねて、それからはヒビキさんを乗り越えることを目標にして……。だからそのために鬼の道へ進んだんです。乗り越えるべきヒビキさんと同じ道を歩んで、そしていつか、そのヒビキさんを超えるために……」
明日夢の話に耳を傾けた狐夏は、自分の中で京介に対する認識が徐々に改まっていくのを感じた。
「へぇ……ヒビキさんが父親代わり……。父親を超えたいがための鬼の道、か……。じゃあ京介も、別に正義感で鬼を志した訳じゃないんだね」
「そうですね。少なくとも初めのうちは、人助けとか誰かのため――なんてことは一切考えていなかったと思いますよ。まあ……今はどうかはわかりませんけど……」
正直、狐夏が京介に対して抱いた第一印象は決して好意的なものではなかった。
だけど、明日夢の話を聴いた今、彼女の中で渦巻いていた京介に向けた抵抗感は、いつの間にか薄らいでいた。
それどころか、寧ろ親近感にも似た感情が、狐夏の胸の内には芽生えていた。
京介は、父を亡くしたが故の未練から鬼の道へと進んだという。
一方の狐夏もまた、恋人である師匠と同じ時を過ごしたいだけのために、鬼の道に足を踏み入れた。
どちらも鬼となった動機は、正義感や使命感なんてものとは程遠い――実に利己的なものだった。
しかしだからこそ、自分と京介は似た者同士なのではないかという心境に、狐夏は至っていた。
「まあ……鬼の看板背負うには、私も彼もまだまだキャピキャピだしね」
「なんですか? キャピキャピって……」
「どっちも若いってこと。自分で言うのもなんだけど、若くて未熟だから、鬼らしく見えないのも当然と言えば当然かなって……」
「なるほど。でも若いって言う割に、キャピキャピって表現はあまりにも古臭くないですか?」
「え? そうかな? 可愛いと思ったんだけど……」
「いえ、多分死語ですよ」
「死語!?」
大袈裟に驚いて見せた狐夏の仕草に、明日夢は思わず声を出して失笑する。
その笑みに釣られるように、狐夏もまた破顔した。
ほんの一瞬だけ、時間を忘れるように2人は笑い合ったのだった。
痺れを切らした京介が、車の窓を開けて早く乗るよう急かしてくる。
手を上げて、すぐ行くと合図を送った狐夏は、改めて明日夢と向き合った。
「じゃあ……そろそろ行くね。色々助けてくれてありがと。ホントに助かった」
「いえ、お礼を言うのはこっちの方です。魔化魍から命を救ってくれて、ありがとうございました」
「どういたしまして。……あ、そうそう。ヒビキさんに何か伝えておきたいこととかってある? もしよければ、伝言ぐらいなら引き受けるよ?」
「そうですね……。じゃあ……「今度、ラーメン食べに行きましょう」って伝えてもらっていいですか?」
「え? そんなことでいいの? っていうか……なんでラーメン?」
明日夢の意外な言付けに、狐夏は思わず首を傾げる。
「いや……そんな大した意味は無いんです……。昔、鬼の道に進むのをやめた自分を、ヒビキさんが心配して見に来てくれたことがあったんですけど、その時に「ラーメン食いに行こうか」って誘われたのが、ずっと記憶に残っていて……。まあ、そのお返しみたいなものです」
「ふぅ~ん。よくはわからないけど、了解。ちゃんと伝えとくよ」
「お願いします」
「今度はフブキさんと一緒に、また会いに来るからね」
「はい。その時を楽しみにしています」
2人はどちらからともなく掌を差し出し合い、別れの握手を交わしながら再会を約束した。
狐夏が助手席に乗り込むと、京介はすぐに不知火を発進させた。
手を振る明日夢に見送られながら、赤い車は走り去る。
ヒビキの元を目指して、薄明りの町を駆け抜けていく――。