【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも―   作:裕ーKI

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二:ヒビクオニ

 不知火を走らせてから2時間余り。

 

 すっかり顔を出し切った朝日を背に、狐夏と京介はようやく目的地に到着した。

 

 そこは、ヤマビコ退治に赴いたヒビキがいるという、とある山岳。

 

 その中腹の一角にすでに設営されていたベースキャンプの傍で、不知火のエンジン音は鳴り止んだ。

 

 聳え立つ岩壁の足元に鎮座しているのは、今は無人のヒビキ専用大型バイク――凱火。

 

 そしてその隣には、テントをはじめとする1人分の野営装備一式が、使用済みの状態で放置されていた。

 

 一見すると、肝心のヒビキの姿は見当たらない。

 

 不知火を降りた狐夏と京介は、ベースキャンプの周辺を適当に歩き回ってヒビキを捜したが、残念ながらどこにもその気配はなかった。

 

 

 

「まさか……もう魔化魍退治に出ちゃってるんじゃ……」

 

 

 

 放置されたままの野営装備に目を向けながら、京介は不安げに呟く。

 

 そんな中、なおも近辺を見て回っていた狐夏は、崖の縁に足を止めて、麓にある小さな集落を見下ろしていた。

 

 

 

「ねえ京介。確か……ヒビキさんが現場に出たのは緊急って話だったけど、その理由ってもしかして……」

 

 

 

 崖下に視線を向けたまま尋ねると、背後に歩み寄ってきた京介が答える。

 

 

 

「ああ、そうだよ。あそこに見える集落に魔化魍が下りてしまう可能性があったんだ。だからヒビキさんは、それを危惧して一足先に向かったんだ。まあ、見る限り無事みたいだし、今のところ心配してたことは起きてないみたいだけどな」

 

 

 

 京介の言葉が正しければ、この山に潜む魔化魍――ヤマビコは、まだ本格的に活動していないということなのか。それとも、既にヒビキが全てを終わらせた後なのか。

 

 いずれにせよ、先に到着しているはずの当人を発見できなければ、その確認も叶わない。どうしたらいいのかわからず、2人は途方に暮れていた。

 

 するとそこへ、不意に頭上の方から誰かの呼び声が響いてきた。

 

 

 

「おーいっ! 京介ぇ!」

 

 

 

 突然名を呼ばれた京介は、ビクッと肩を竦めて上を向いた。

 

 同じように狐夏も見上げると、そこには爽やかな風貌で岩壁の上に佇む、1人の壮年男性の姿があった。

 

 

 

「ヒビキさん!」

 

 

 

 京介はまるで父親を見つけた息子のように、晴れやかな喜色を顔に浮かべて男の名前を叫んだ。

 

 一方、物々しく片足を岩頭に乗せて、自分達を見下ろす男の姿を、狐夏は興味深そうに見つめていた。

 

 

 

「あれが……ヒビキさん……」

 

 

 

 視線の先にあるのは、一見すると戦いとは無縁のようにも見える、精悍ながらも温和な面様。

 

 しかし、その首から下の肉体は、紛れもなく狐夏もよく知る鬼のそれだった。

 

 朝日を浴びて黒光りしている、紫色の鋼の筋肉からは、百戦錬磨の風格のようなものが滲み出ているような気がした。

 

 狐夏と京介が揃って目を輝かせている中、ヒビキは岩肌を蹴って軽やかに崖を飛び降りた。

 

 そして、足音1つ立てずに華麗な着地を決めると、すぐに額の前で手首を回して、敬礼にも似た独特のポーズをして見せた。

 

 

 

「よっ!」

 

「よっ! ……じゃないですよ、ヒビキさん! 今までどこ行ってたんですか?」

 

 

 

 どうやら自分抜きで鬼の活動を進められることを快く思っていないらしく、京介は少しばかり不機嫌を露わにしながらヒビキに詰め寄った。

 

 

 

「どこって……化け物退治だけど? 見ればわかるだろ?」

 

 

 

 しかしヒビキは、まるで悪びれる様子もなく、飄々とした調子で今の自分の姿をアピールして見せた。

 

 

 

「それはそうですけど……。じゃあ……もう倒しちゃったんですか? ヤマビコ」

 

「いや、倒せたのは童子と姫だけだ。ヤマビコはまだ発見すらできてないよ」

 

「フフッ、なら良いですけど!」

 

「なら良いって……なんで嬉しそうなの、お前……」

 

 

 

 しかめっ面から一転、瞬く間に破顔一笑を繰り返す京介に、ヒビキは呆れながら言葉を返す。

 

 狐夏と京介が早朝に初めて顔を合わせてから既に数時間。その間、常にムスッとした鉄面皮ばかりだった京介の態度が、今ではまるで別人のようだった。

 

 師匠であるヒビキを前にした途端、京介の顔はコロコロと無邪気に表情を変える。

 

 最初は「おいおい」と、そのあまりにも極端な変わり様に呆気に取られていた狐夏だったが、やがて、そんな京介とヒビキの睦まじいやり取りを見ているうちに、自然と自身の顔も和らいでいくのを感じていた。

 

 まあ……気持ちはわかるか……。

 

 京介とヒビキを見ていると、まるで自分たちを見ているかのような錯覚を覚える。

 

 私も早く……フブキさんの元に帰りたい……。

 

 ふと脳裏を過る、最愛の師匠の姿。

 

 一抹の寂しさが、胸の奥をチクリと刺激する。

 

 その痛みを、目的達成のための催促と受け取った狐夏は、京介と楽しそうに談笑を続けるヒビキに向かって、意を決して歩み寄った。

 

 

 

「あの……ヒビキさん?」

 

 

 

 ヒビキにとってそれは、見知らぬ顔が発する馴染みのない声。

 

 

 

「ん? ああ……そうだった、君は?」

 

 

 

 けれどもヒビキは、そんな呼びかけにも一切動じることもなく、律儀に顔を向けて狐夏と視線を合わせた。

 

 狐夏は高まる緊張を抑え込むように息を呑むと、不慣れながらも礼節をわきまえた挨拶と自己紹介をしようと、強張った口を開きかけた。

 

 だが、その口から言葉が出るよりも早く、まるで狐夏の出鼻を挫くように、ヒビキは唐突に手をポンと鳴らした。

 

 

 

「ああ! ひょっとして京介の彼女とか? ちょっと京介ぇ~、鬼の現場にガールフレンドを連れてくるのはマズイだろぉ~」

 

 

 

 いきなり見当外れなことを言いながら、肘で小突いてちょっかいを出してくるヒビキに、京介の顔は途端に真っ赤になる。

 

 

 

「違いますって! そんな訳ないじゃないですか! こいつは東北支部から来た鬼の弟子ですよ。ヒビキさんに用があるって言うから、わざわざ連れてきたんじゃないですか!」

 

「東北からって……え? この子が?」

 

 

 

 そう言ったヒビキの視線が、改めて狐夏に向けられる。

 

 狐夏は今度こそはと、緊張を振り払うように咳払いを1つすると、真剣な眼差しでヒビキを見つめ返した。

 

 

 

「あの、えっと……お初にお目にかかります! 私、猛士東北支部所属の鬼の見習いで……小宮香 狐夏と言います! フブキさんの弟子をやらせてもらっています!」

 

 

 

 弟子の評価は師匠の評価に繋がる。

 

 大先輩であり、何より、現状フブキを救える唯一の希望であるヒビキに対し、狐夏は自分にできる精一杯の礼儀を込めて頭を下げた。

 

 

 

「フブキ? フブキ……東北支部のフブキか……。あー……覚えてるよ。昔、助っ人として関東支部(ウチ)のシフトに入ってくれたことがあったな。でも確か、当時は弟子を持っていなかったはずだけど、そっか……今は君が」

 

「はい。それでその……フブキさんのことで、実はヒビキさんに折り入ってご相談がありまして……」

 

「相談? わざわざ俺に?」

 

 

 

 狐夏の申し出に、ヒビキはキョトンとした顔で聞き返すのだった。

 

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