【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも―   作:裕ーKI

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四:陰陽環

 翡翠で作られた陰陽環と呼ばれるそれは、鬼の弟子が持つことを許されている呪具の一種。

 

 鬼の修業を積みつつも、その力が成熟し切っていないうちの弟子たちは、この石を媒介にすることで式神を生み出し、操ることができる。

 

 その主な用途は、鬼の気のコントロール技術を磨くための補助。いわば、練習道具のようなものである。

 

 

 

「ちょっとそれ借りるぞ」

 

「え? あ、はい……それは勿論構いませんけど……」

 

 

 

 ヒビキは京介から陰陽環を受け取ると、それを掌の上に乗せ、もう片方の手をゆっくりと上から覆い被せた。

 

 それから静かに瞼を閉じて、意識を陰陽環へと集中させる。

 

 狐夏も京介も、その場の空気が一瞬にして張り詰めたのを感じていた。

 

 2人が固唾を飲んで見守る中、ヒビキはカッと目を見開くと同時に、静寂を吹き飛ばすかの如く気合の一声を上げた。

 

 

 

「ハアッ!!!」

 

 

 すると次の瞬間、陰陽環を包む両手の隙間から、紫色の炎がボッと勢いよく噴き出した。

 

 その様はまるで手品のよう。ヒビキの手の中で陰陽環が発火し、一瞬だけ燃え上がったように狐夏と京介の目には映っていた。

 

 

 

「ほい、一丁上がり!」

 

 

 

 そう言ってヒビキが被せていた手を退けると、そこにあった陰陽環の色は、いつの間にか紫色に変化していた。

 

 

 

「色が……変わった……」

 

「ヒビキさん……一体何したんですか?」

 

 

 

 初めて見る現象に、狐夏と京介は目を丸くするばかり。

 

 そんな2人に向かって、ヒビキは得意げな表情を浮かべる。

 

 

 

「何って見たまんまだよ。まあ簡単に言えば、俺の力を御裾分けしたんだよね」

 

「御裾分け?」

 

「陰陽環ってのは、鬼の力抜きで式神を使役できるようにする道具だけど、その原動力は人の体に流れる気の力なんだ。つまり、気の力を取り込み蓄える能力が、この石にはあるってこと。で、その能力を利用して、俺の炎の一部をこの石に封じ込めたってわけ。後はコイツを持って帰れば、俺がいなくてもフブキを救うことができるだろ?」

 

 

 

 ヒビキはそう言うと、陰陽環を狐夏に差し出した。

 

 

 

「これ……貰って良いってことですか?」

 

「ああ。お前の手で、師匠を助けてやれよ!」

 

「……っ! ありがとうございます! 本当に……本当に助かります……!」

 

 

 

 狐夏は陰陽環を受け取ると、それを胸元に寄せながら深々とお辞儀をした。

 

 

 

「ただ……石の容量的に、使えるのは恐らく1度きりだろう。だから慎重にな。しっかりイメージして、炎に形を与えてやるんだ」

 

「イメージ? 形……ですか?」

 

「そう。俺達鬼は、戦いの時にも気の力を使うだろ? 武器に気を集めて炎の刃を作ったり、もしくは風の弾丸を撃ったり、電撃を乗せて拳を放ったり……。そういう技術は、頭の中に明確なイメージを描くことが大切なんだ。闇雲に放出すれば、気はたちまち霧散してしまう。万が一、目的を果たす前にそうなったら……元も子もないしな」

 

「それってつまりは……気を制御するって話ですよね? でも私……正直鬼の気の扱いはあまり自信がなくて……。鬼に変わることはできても……フブキさんみたいに安定した冷気を纏うこともできないですし……」

 

「大丈夫! お前ならやれるさ!」

 

 

 

 自信なさげに俯く狐夏に、ヒビキは力強く言い放つ。

 

 

 

「師匠を救いたいその一心で、1人でここまで来たんだろ? その想いの強さがあればきっとできるさ。もっと自分を信じろ」

 

「自分を……信じる……」

 

 

 

 ヒビキの言葉に、狐夏はゆっくりと視線を上げる。

 

 正直、何を根拠に言っているのだろうと思った。

 

 まるでこちらの心境も何もかも、既に見抜いているかのような物言いに怪訝な思いさえも感じた。

 

 けれどもそれ以上に、不思議と胸の奥が熱くなるのを実感していた。

 

 確かに根拠はないのかもしれない。

 

 実際はただのエールに過ぎないのかもしれない。

 

 しかしそれでも、ヒビキの言葉通りかもしれない。

 

 彼の言う通り、まずは自分を信じなくては始まらない。

 

 この数日間、己の不甲斐なさを嫌というほど思い知らされてきたが、そんな自分を、師匠のフブキは常に信頼してくれている。

 

 ならばフブキが信じてくれる自分を、自分ももっと信じてみようと狐夏は思った。

 

 

 

「そうですね……。そう言ってもらえると、なんだか少しだけ……気持ちが楽になったような気がします。とにかく今は、フブキさんを救うことに全力を注ぎます」

 

「ああ、その意気だ」

 

 

 

 ヒビキは狐夏の肩に手を乗せると、励ますようにポンと叩いた。

 

 それに応えるかのように、狐夏の顔色は晴れやかさを取り戻していた。

 

 

 

 

 

 微笑み合う2人。

 

 しかしその傍らで、京介だけが不満を露わにしていた。

 

 

 

「ヒビキさん、その陰陽環……俺のなんですけど……」

 

 

 

 師匠の判断とはいえ、私物である陰陽環を無断で他者に譲渡されたことには納得がいかなかった。

 

 京介は当然のようにヒビキに意見するが。

 

 

 

「何言ってんの京介。お前はもう鬼になれるんだから、陰陽環は必要ないだろ」

 

「そんな~……。せっかくヒビキさんがくれた物だから、大切に持ち歩いていたのにぃ……」

 

「そうだっけか? 俺が最初にあげたのは、確か明日夢にだったと思うんだが? お前はそれをどうしたんだっけ?」

 

「あ、いや……それは……」

 

 

 

 ヒビキの悪戯っぽい問いかけに、京介は途端に言葉を詰まらせた。

 

 この陰陽環を巡る話は、京介にとっては思い出深いものであると同時に、無闇に蒸し返されたくない黒歴史でもあった。

 

 なにしろ、ヒビキに初めて認めてもらえた一方で、盗みも同然の行為に走ってしまったという、人としての浅はかさと幼さが招いたエピソードでもあるのだから。

 

 これ以上、過去の汚点を穿り返されるのは御免だとばかりに、京介はそそくさと狐夏とヒビキから距離を置いたのだった。

 

 

 

「あ! そうだ、ヒビキさん!」

 

 

 

 貰い受けた陰陽環を仕舞いながら、狐夏は何かを思い出したかのように、ヒビキに話を切り出した。

 

 

 

「実は、明日夢から伝言を預かってるんです」

 

「明日夢から? ああ……そういえば、あいつとも顔を合わせたんだったな」

 

「はい。色々と助けてもらいました。彼と会わなかったら、無事にヒビキさんに会えていたかどうか……。それで伝言なんですけど、『今度、一緒にラーメン食べに行きましょう』だそうです」

 

「ラーメン? って……それだけ?」

 

「はい、それだけです」

 

「ふぅ~ん、そっか。じゃあ……近いうちにみんなで行くか! 狐夏、お前も一緒にな!」

 

「えっ……私もですか!?」

 

「もちろん。せっかくこうして知り合えたんだ。人の縁は大事にしないとな。今度はフブキも連れて、また遊びに来いよ。待ってるから」

 

「は、はあ……。でも私たち……拠点は東北なんですけど、ラーメンのためだけにまたこっちに来るってことですか?」

 

「良いだろ別に。結果的に石を貰いに来ただけになった今回と比べれば、遥かにマシな動機だと思うぞ?」

 

「そう言われると、そうなんですかね……。でもまあ……わかりました。どっちみち、明日夢とも同じような約束をしてますからね。……じゃあまた近いうちに、今度はフブキさんと一緒に、みんなに会いに来ますね」

 

「おう! 健闘を祈ってるぜ!」

 

「はいっ! ありがとうございました!」

 

 

 

 当初想定していた形とは違ったが、結果的にフブキを救うために必要なものを手に入れることはできた。

 

 これも全て、明日夢と京介、そしてヒビキが協力してくれたおかげである。

 

 後はヒビキの鬼火を宿した陰陽環を、フブキに届ければ事件は解決する。

 

 鬼火の力で黒い氷柱を溶解し、心を蝕む呪いを祓えば、フブキを本来の状態に戻すことができるはず。

 

 狐夏は3人に対する感謝の意を改めて胸に抱きつつ、愛しき師匠の元への帰還を決意した。

 

 するとヒビキの計らいで、都内の駅まで京介に送ってもらえることになった。

 

 当然、頼まれた京介自身は、「来たばっかりなのに」と不満たらたらな様子ではあったが、埋め合わせを約束したヒビキの説得により、渋々承諾したのだった。

 

 来た時と同じように、狐夏と京介は再び不知火に乗り込む。

 

 

 

「現場のことは俺に任せて、しっかり彼女を送り届けるんだぞ、京介」

 

「はいっ! 任せてください!」

 

 

 

 開いた車窓越しにヒビキが念を押すと、直前までの仏頂面はどこへ行ったのか、京介はハンドルの前で自信ありげに胸を張った。

 

 最後の最後まで、ホント調子のいい奴……。

 

 2人のやり取りを助手席で見ていた狐夏は、胸中で苦笑を浮かべつつも、自らも車窓からヒビキの顔を覗き込んだ。

 

 

 

「ヒビキさん、ヤマビコ退治頑張ってくださいね!」

 

「ああ、お前もな狐夏! 頑張れよ!」

 

 

 

 各々が別れの挨拶を済ませると、不知火はエンジン音を吹かせて走り始める。

 

 ヒビキの見送りを背に受けながら、狐夏と京介を乗せたマシンは轍をなぞるように山を下りていく。

 

 都内の駅まで送ってもらえれば、後は新幹線に乗って東北地方へ戻るだけ。

 

 このまま順調に行けば、昼過ぎにはフブキの元に帰れるかもしれない。

 

 そんな期待を胸に、狐夏は車のシートに身を預けるのだった。

 

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