【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも―   作:裕ーKI

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六:束のマの遊戯

 地下道を後にして地上に出たフブキは、バス停に戻る道中で、ショルダーバッグの持ち主であるOLの女性と鉢合わせをした。

 

 恐らくは、ひったくりの男を見失った後も、自分なりにショルダーバッグを取り戻そうと、必死に男を捜して駆けずり回っていたのだろう。

 

 地下道の出口から数十メートルほど離れた歩道で、フブキが彼女に会った時、OLの女性は、額を大量の汗で濡らしながら大きく肩で息をしていた。

 

 涙目で頬を赤らめ、熱く深い呼吸を繰り返すOLの表情に、何かそそられるものを感じたフブキの中で、またしても歪な衝動が沸き起こる。

 

 

 

「これ……君のだよね……?」

 

 

 

 フブキは脈打つ衝動を隠すように笑顔を作ると、手にしていたショルダーバッグを差し出しながら彼女に身を寄せた。

 

 

 

「え、あっ……はい……。あの……ひょっとして取り戻してくれたんですか……?」

 

「まあね……。仕事上、悪者退治には慣れてるから……」

 

「えっと……もしかして警察の方ですか?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだけどね……。とにかく……もう失くさないようにね……」

 

「はいっ、あ……ありがとうございましたっ!」

 

 

 

 OLの女性は、少しばかりぎこちない動作でショルダーバッグを受け取ると、深々と頭を下げて感謝の言葉を口にした。

 

 ところが、再び頭を上げた彼女の表情は、盗まれた持ち物が戻ってきたことに対する安堵感よりも、寧ろ眼前に立つフブキへの興味関心の方が色濃く表れていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 フブキの端正な顔立ちやスタイルの良さ、人当たりの良さ気な声と笑みに完全に魅了された――恋する乙女の顔。

 

 それはまさに、紛うことなき一目惚れだった。

 

 先刻とは別の意味で紅潮した左右の頬。うっとりとした眼差しでOLの女性が見つめるのは、フブキの目。

 

 本来の色である、穏やかな黒い瞳を知らない彼女にとっては、今の赤い瞳こそが、ミステリアスで魅力的に映っていた。

 

 

 

「あの……何かお礼をさせてもらえませんか……? 私でよければ何でもしますから!」

 

 

 

 OLの女性は興奮気味に捲し立てると、身を乗り出して懇願した。

 

 そんな彼女の態度に、フブキはより一層笑みを深める。

 

 

 

「そう……? じゃあせっかくだし……お言葉に甘えようかな……」

 

 

 

 そう言ってOLの女性の誘いを受けたフブキは、さりげない体運びで彼女の細い腰に腕を回し、その華奢な体を抱き寄せた。

 

 あまりにも突然のことに、OLの女性は「ふぇっ?」と素っ頓狂な声を上げるが、フブキは気にする素振りも見せずに、その唇を彼女の耳元に近づけた。

 

 

 

「こんなところで立ち話もなんだし……、まずは場所を変えようか……」

 

 

 

 鼓膜に伝わる妖艶な囁き声に、OLの女性はたまらず肩を震わせ、ギュッと目を瞑る。無意識にも、その手はフブキの胸元を掴んでいた。

 

 

 

「僕は警察じゃないけど……、君は事件の被害者だ……。本当に警察の目に留まれば……、君は間違いなく事情聴取だ何だと、長い時間拘束されるからね……。だからおいで……。僕と一緒に……誰にも邪魔されないところへ行こう……」

 

 

 

 なんだか不思議な感じだった。

 

 その艶声を聴いていると、妙に頭の中がフワフワとしてくる。

 

 本来なら抱くべきであろう警戒心や不信感が、まるで湧いてこなかった。

 

 

 

「あ……はい……」

 

 

 

 フブキに手を引かれ、OLの女性はおぼつかない足取りで彼女について行く。

 

 

 

「そうだ、君の名前……ぜひ聞かせてくれる……?」

 

「はい、私は……柿津田 楓(かきつだ かえで)と言います……」

 

「楓ちゃんか……。良い名前だね……。僕はフブキ……。よろしくね、楓ちゃん」

 

「フブキ……さん……? あの……それって苗字ですか? それとも名前?」

 

「フブキ……ただのフブキさ……。気にしないで……そんなどうでもいいこと……。それより――」

 

 

 

 やがて2人がやってきたのは、お茶を飲むための喫茶店でもなければ、ファミレスでもなかった。

 

 2人が足を踏み入れたのは、バス停からそれほど遠くない、適当に選んだ人気のない場所。

 

 そこは朝日が届かなければ、ロマンティックなムードすらもない。ひんやりとした空気だけが漂う、薄暗い路地裏の中だった。

 

 フブキは人目の届かない建物の陰に、OLの女性――柿津田 楓を誘い込むと、すかさずその体を強く抱き寄せた。

 

 

 

「ひゃっ!?」

 

 

 

 白いブラウスの下に隠れた、フブキの豊満なバストを自分の胸にギュウッと押し付けられて、楓の頬がますます真っ赤に染まる。

 

 

 

「あ、あの……私……お礼ってそういうつもりじゃ……」

 

「あれ……? こういうの、嫌い……? それとも僕とじゃ嫌なのかな……?」

 

「いえ……嫌とかそういうわけじゃ……。ただ……やっぱり女性同士でこういうのは良くないと思って……。それに私……彼氏いますから……」

 

「……へぇ、楓ちゃん……彼氏いるんだぁ……」

 

 

 

 オロオロと弁明する楓の言葉に、フブキは悪戯っぽい顔で舌なめずりをする。そして、再びその唇を彼女の耳元に寄せると、甘く蕩けるような声でそっと囁いた。

 

 

 

「大丈夫……。彼氏のことなんか……少しくらい忘れたってバチは当たらないさ……」

 

 

 

 フブキの声を聴くたびに、楓は自分の脳が痺れるような感覚を感じていた。

 

 聴けば聴くほど、まるで中毒のようにその声音に夢中になってしまう。

 

 聴けば聴くほど、彼女の言葉に従いたくなってくる。

 

 聴けば聴くほど、自分の心を曝け出したくなってくる。

 

 まるでその声に、そういう魅惑的な魔力でもあるかのように、錯覚しそうになってしまう。

 

 

 

「そう……ですね……。じゃあ……フブキさんがそう言うなら……少しだけ……」

 

「好い子だね……。なんなら……そのまま永久に忘れて……僕のものになったっていいんだよ……?」

 

「え……それってどういう……――ヒッ!?」

 

 

 

 フブキの発言の意味を問い質そうと、楓が呟きかけた瞬間、その言葉を遮るように、フブキは不意に彼女の耳たぶを甘噛みした。

 

 刹那に甘い痺れが耳から脊髄を伝って、ゾワゾワと背筋に奔る。その快感に打ち震える楓の体を、フブキは両腕でしっかりと抱き寄せた。

 

 艶めかしい吐息を吐きながら、その柔らかい胸の中で楓が顔を上げると、フブキの赤い瞳と改めて視線が合う。

 

 

 

「そろそろバスが来る時間だけど……1本ぐらい乗り損なったって別にいいよね……。次のバスが来るまで……いっぱい“お礼”してくれる……?」

 

「はい……」

 

 

 

 いつの間にか、楓はフブキの瞳から目が離せなくなっていた。

 

 自分が今、出社の途中であることすら忘れてしまうほどに、その赤い輝きに惹きつけられてしまっていた。

 

 見つめられるほどに心臓がドキドキと高鳴り、体が熱く火照ってくる。

 

 その熱に溶かされるように、彼女の思考からは、疑念の類が綺麗さっぱり消え失せていた。

 

 フブキの整った顔立ちが――ぷっくりと張りのある綺麗な花唇が、じわじわと目前に迫ってくる。

 

 意識が吸い込まれるような感覚と共に、そっと瞼を下した楓は、フブキの口づけを無抵抗のままに受け入れた。

 

 気づかぬうちに、通りの辺りが騒がしくなっている。

 

 ひったくり事件の通報を受けた警察が、ようやく捜査を本格化させたのだろう。

 

 バス停の方角を中心に、人垣の喧騒とパトカーのサイレン音が幾重にも聞こえてくる。

 

 しかし、今のフブキと楓にとってそんなことは心底どうでもよかった。

 

 寧ろ、その耳障りな騒々しさを好都合とさえ思っていた。

 

 淫らな遊戯が奏でる艶めかしい水音も嬌声も、そこら中から鳴り響く騒音が、雑踏に紛れるよう掻き消してくれるから。

 

 フブキと楓が身を重ね、そして身を潜める路地の傍で、1台のパトカーが停まる。

 

 降車した2人の警官が、路地の真ん前で何やら会話を交わしている。

 

 社会の秩序を守らんとする警官たちのすぐ後ろで、犯し犯され、犯し合う享楽の時を堪能しているかと思うと、背徳感がこれでもかと刺激されて、興奮がより一層高まってくる。

 

 熱を帯びたフブキと楓の下半身は、どちらも物欲しそうに涎を垂らす。

 

 万が一、眼前の警官たちに見つかれば、間違いなく一発アウトだろう。

 

 そんなバレるかバレないかのスリルを楽しむように、フブキと楓は敢えて大声で絶叫する。周囲が静かなら、警官たちの耳に届いてもおかしくないほどの声量で。

 

 パトカーのサイレン音に重ねて、2人の痴女子は心行くまで喜悦の声を奏で続けた――。

 

 

 

 

 

 やがて、歩道に留まっていた警官たちが立ち去った頃に、身なりを整えて路地裏から出てきたのは、フブキだけだった。

 

 朝日が届かぬ暗がりの片隅には、失神した楓がポツンと1人放置されていた。

 

 

 

「もっとぉ……。もっとぉぉ……」

 

 

 

 うわ言のように繰り返し呟く彼女の表情は、白目を剥きながらも恍惚に染まりきっている。

 

 会社勤務のために身につけていたスカートタイプのオフィスユニフォームは、乱れに乱れてグシャグシャにはだけてしまい、その姿はほとんど半裸も同然。

 

 痙攣しながら地べたに横たわっている彼女の全身は、乳白色の液体に塗れてベトベトだった。

 

 気を失いつつも、楓の心はすっかりフブキの虜になっていた。

 

 フブキとのまぐわいを経て、彼女の中に存在してた“確かな繋がり”は断ち切られてしまった。

 

 それは、これまで数年間付き合ってきた恋人――彼氏に対する愛の絆だった。

 

 決してその絆が、弱かったわけではない。

 

 楓は彼氏のことを本気で愛していたし、愛されていたと自覚もあった。

 

 なんなら1年以内に結婚する約束だってしていた。

 

 しかしその絆は、たった一時の揺らぎによって断ち切られてしまった。

 

 奪われたショルダーバッグを取り戻してくれたとはいえ――ひったくりから助けてくれたとはいえ、今日会ったばかりの1人の女性に、呆気なく彼氏への想いを上書きされてしまった。

 

 フブキが齎した、時に優しく、そして時に暴力的な快楽は、彼氏の性技を軽く凌駕していたのだ。

 

 彼氏の愛撫よりも、フブキの手つきの方が断然気持ちが良かった。

 

 彼氏との思い出など、一瞬にして霞んでしまうほどに。

 

 もう……この人(フブキ)のことしか考えられない……。

 

 暗闇に沈んだ意識の中、多幸感に満ちた余韻に浸る楓の心は、大切にしていたはずの恋慕を1つ、逡巡なく廃棄した。

 

 彼女の中から、将来を誓い合った恋人を愛しむ気持ちは消えてしまったのだ……。

 

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