【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも― 作:裕ーKI
地下道を後にして地上に出たフブキは、バス停に戻る道中で、ショルダーバッグの持ち主であるOLの女性と鉢合わせをした。
恐らくは、ひったくりの男を見失った後も、自分なりにショルダーバッグを取り戻そうと、必死に男を捜して駆けずり回っていたのだろう。
地下道の出口から数十メートルほど離れた歩道で、フブキが彼女に会った時、OLの女性は、額を大量の汗で濡らしながら大きく肩で息をしていた。
涙目で頬を赤らめ、熱く深い呼吸を繰り返すOLの表情に、何かそそられるものを感じたフブキの中で、またしても歪な衝動が沸き起こる。
「これ……君のだよね……?」
フブキは脈打つ衝動を隠すように笑顔を作ると、手にしていたショルダーバッグを差し出しながら彼女に身を寄せた。
「え、あっ……はい……。あの……ひょっとして取り戻してくれたんですか……?」
「まあね……。仕事上、悪者退治には慣れてるから……」
「えっと……もしかして警察の方ですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね……。とにかく……もう失くさないようにね……」
「はいっ、あ……ありがとうございましたっ!」
OLの女性は、少しばかりぎこちない動作でショルダーバッグを受け取ると、深々と頭を下げて感謝の言葉を口にした。
ところが、再び頭を上げた彼女の表情は、盗まれた持ち物が戻ってきたことに対する安堵感よりも、寧ろ眼前に立つフブキへの興味関心の方が色濃く表れていた。
フブキの端正な顔立ちやスタイルの良さ、人当たりの良さ気な声と笑みに完全に魅了された――恋する乙女の顔。
それはまさに、紛うことなき一目惚れだった。
先刻とは別の意味で紅潮した左右の頬。うっとりとした眼差しでOLの女性が見つめるのは、フブキの目。
本来の色である、穏やかな黒い瞳を知らない彼女にとっては、今の赤い瞳こそが、ミステリアスで魅力的に映っていた。
「あの……何かお礼をさせてもらえませんか……? 私でよければ何でもしますから!」
OLの女性は興奮気味に捲し立てると、身を乗り出して懇願した。
そんな彼女の態度に、フブキはより一層笑みを深める。
「そう……? じゃあせっかくだし……お言葉に甘えようかな……」
そう言ってOLの女性の誘いを受けたフブキは、さりげない体運びで彼女の細い腰に腕を回し、その華奢な体を抱き寄せた。
あまりにも突然のことに、OLの女性は「ふぇっ?」と素っ頓狂な声を上げるが、フブキは気にする素振りも見せずに、その唇を彼女の耳元に近づけた。
「こんなところで立ち話もなんだし……、まずは場所を変えようか……」
鼓膜に伝わる妖艶な囁き声に、OLの女性はたまらず肩を震わせ、ギュッと目を瞑る。無意識にも、その手はフブキの胸元を掴んでいた。
「僕は警察じゃないけど……、君は事件の被害者だ……。本当に警察の目に留まれば……、君は間違いなく事情聴取だ何だと、長い時間拘束されるからね……。だからおいで……。僕と一緒に……誰にも邪魔されないところへ行こう……」
なんだか不思議な感じだった。
その艶声を聴いていると、妙に頭の中がフワフワとしてくる。
本来なら抱くべきであろう警戒心や不信感が、まるで湧いてこなかった。
「あ……はい……」
フブキに手を引かれ、OLの女性はおぼつかない足取りで彼女について行く。
「そうだ、君の名前……ぜひ聞かせてくれる……?」
「はい、私は……
「楓ちゃんか……。良い名前だね……。僕はフブキ……。よろしくね、楓ちゃん」
「フブキ……さん……? あの……それって苗字ですか? それとも名前?」
「フブキ……ただのフブキさ……。気にしないで……そんなどうでもいいこと……。それより――」
やがて2人がやってきたのは、お茶を飲むための喫茶店でもなければ、ファミレスでもなかった。
2人が足を踏み入れたのは、バス停からそれほど遠くない、適当に選んだ人気のない場所。
そこは朝日が届かなければ、ロマンティックなムードすらもない。ひんやりとした空気だけが漂う、薄暗い路地裏の中だった。
フブキは人目の届かない建物の陰に、OLの女性――柿津田 楓を誘い込むと、すかさずその体を強く抱き寄せた。
「ひゃっ!?」
白いブラウスの下に隠れた、フブキの豊満なバストを自分の胸にギュウッと押し付けられて、楓の頬がますます真っ赤に染まる。
「あ、あの……私……お礼ってそういうつもりじゃ……」
「あれ……? こういうの、嫌い……? それとも僕とじゃ嫌なのかな……?」
「いえ……嫌とかそういうわけじゃ……。ただ……やっぱり女性同士でこういうのは良くないと思って……。それに私……彼氏いますから……」
「……へぇ、楓ちゃん……彼氏いるんだぁ……」
オロオロと弁明する楓の言葉に、フブキは悪戯っぽい顔で舌なめずりをする。そして、再びその唇を彼女の耳元に寄せると、甘く蕩けるような声でそっと囁いた。
「大丈夫……。彼氏のことなんか……少しくらい忘れたってバチは当たらないさ……」
フブキの声を聴くたびに、楓は自分の脳が痺れるような感覚を感じていた。
聴けば聴くほど、まるで中毒のようにその声音に夢中になってしまう。
聴けば聴くほど、彼女の言葉に従いたくなってくる。
聴けば聴くほど、自分の心を曝け出したくなってくる。
まるでその声に、そういう魅惑的な魔力でもあるかのように、錯覚しそうになってしまう。
「そう……ですね……。じゃあ……フブキさんがそう言うなら……少しだけ……」
「好い子だね……。なんなら……そのまま永久に忘れて……僕のものになったっていいんだよ……?」
「え……それってどういう……――ヒッ!?」
フブキの発言の意味を問い質そうと、楓が呟きかけた瞬間、その言葉を遮るように、フブキは不意に彼女の耳たぶを甘噛みした。
刹那に甘い痺れが耳から脊髄を伝って、ゾワゾワと背筋に奔る。その快感に打ち震える楓の体を、フブキは両腕でしっかりと抱き寄せた。
艶めかしい吐息を吐きながら、その柔らかい胸の中で楓が顔を上げると、フブキの赤い瞳と改めて視線が合う。
「そろそろバスが来る時間だけど……1本ぐらい乗り損なったって別にいいよね……。次のバスが来るまで……いっぱい“お礼”してくれる……?」
「はい……」
いつの間にか、楓はフブキの瞳から目が離せなくなっていた。
自分が今、出社の途中であることすら忘れてしまうほどに、その赤い輝きに惹きつけられてしまっていた。
見つめられるほどに心臓がドキドキと高鳴り、体が熱く火照ってくる。
その熱に溶かされるように、彼女の思考からは、疑念の類が綺麗さっぱり消え失せていた。
フブキの整った顔立ちが――ぷっくりと張りのある綺麗な花唇が、じわじわと目前に迫ってくる。
意識が吸い込まれるような感覚と共に、そっと瞼を下した楓は、フブキの口づけを無抵抗のままに受け入れた。
気づかぬうちに、通りの辺りが騒がしくなっている。
ひったくり事件の通報を受けた警察が、ようやく捜査を本格化させたのだろう。
バス停の方角を中心に、人垣の喧騒とパトカーのサイレン音が幾重にも聞こえてくる。
しかし、今のフブキと楓にとってそんなことは心底どうでもよかった。
寧ろ、その耳障りな騒々しさを好都合とさえ思っていた。
淫らな遊戯が奏でる艶めかしい水音も嬌声も、そこら中から鳴り響く騒音が、雑踏に紛れるよう掻き消してくれるから。
フブキと楓が身を重ね、そして身を潜める路地の傍で、1台のパトカーが停まる。
降車した2人の警官が、路地の真ん前で何やら会話を交わしている。
社会の秩序を守らんとする警官たちのすぐ後ろで、犯し犯され、犯し合う享楽の時を堪能しているかと思うと、背徳感がこれでもかと刺激されて、興奮がより一層高まってくる。
熱を帯びたフブキと楓の下半身は、どちらも物欲しそうに涎を垂らす。
万が一、眼前の警官たちに見つかれば、間違いなく一発アウトだろう。
そんなバレるかバレないかのスリルを楽しむように、フブキと楓は敢えて大声で絶叫する。周囲が静かなら、警官たちの耳に届いてもおかしくないほどの声量で。
パトカーのサイレン音に重ねて、2人の痴女子は心行くまで喜悦の声を奏で続けた――。
やがて、歩道に留まっていた警官たちが立ち去った頃に、身なりを整えて路地裏から出てきたのは、フブキだけだった。
朝日が届かぬ暗がりの片隅には、失神した楓がポツンと1人放置されていた。
「もっとぉ……。もっとぉぉ……」
うわ言のように繰り返し呟く彼女の表情は、白目を剥きながらも恍惚に染まりきっている。
会社勤務のために身につけていたスカートタイプのオフィスユニフォームは、乱れに乱れてグシャグシャにはだけてしまい、その姿はほとんど半裸も同然。
痙攣しながら地べたに横たわっている彼女の全身は、乳白色の液体に塗れてベトベトだった。
気を失いつつも、楓の心はすっかりフブキの虜になっていた。
フブキとのまぐわいを経て、彼女の中に存在してた“確かな繋がり”は断ち切られてしまった。
それは、これまで数年間付き合ってきた恋人――彼氏に対する愛の絆だった。
決してその絆が、弱かったわけではない。
楓は彼氏のことを本気で愛していたし、愛されていたと自覚もあった。
なんなら1年以内に結婚する約束だってしていた。
しかしその絆は、たった一時の揺らぎによって断ち切られてしまった。
奪われたショルダーバッグを取り戻してくれたとはいえ――ひったくりから助けてくれたとはいえ、今日会ったばかりの1人の女性に、呆気なく彼氏への想いを上書きされてしまった。
フブキが齎した、時に優しく、そして時に暴力的な快楽は、彼氏の性技を軽く凌駕していたのだ。
彼氏の愛撫よりも、フブキの手つきの方が断然気持ちが良かった。
彼氏との思い出など、一瞬にして霞んでしまうほどに。
もう……
暗闇に沈んだ意識の中、多幸感に満ちた余韻に浸る楓の心は、大切にしていたはずの恋慕を1つ、逡巡なく廃棄した。
彼女の中から、将来を誓い合った恋人を愛しむ気持ちは消えてしまったのだ……。