【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも―   作:裕ーKI

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七:盲目な鬼娘

 しかしてそれは、フブキも似たようなものだった。

 

 はじめは純粋な正義感だったはずなのに。

 

 困っていた人を助けたくて、反射的に体が動いただけだったのに。

 

 つい、いつもの癖で、その正義感に駆られたばかりに、無意識の抵抗が怠り、手の震えが止まってしまった。

 

 その結果、またしてもフブキの心は、自分でも気づかないうちに、愛する人を想う気持ちを忘れてしまっていた。

 

 もう2度と御免だと、気を引き締めたばかりだったというのに、結局また、感情の制御を失い、自分を見失ってしまったのだ。

 

 楓との交わりも、()()フブキにとっては単なる遊び――あるいは、ただの検証に過ぎなかった。

 

 楓に対する好意など、フブキの中には初めから存在などしていなかった。

 

 顔も名前も知らない男から、女を略奪したらどんな気分かと、ちょっとした好奇心に突き動かされただけのことだった。

 

 脳裏に浮かぶのは、地下道でひったくりの男に問うた自身の言葉。

 

 “ねえ、他人の大切なものを奪うのって……そんなに楽しいこと……?”

 

 その疑問の答えを、フブキは自らの手で導き出していた。

 

 

 

「なるほど、よくわかったよ……。確かに面白いね、他人を貶めて奪うのって……」

 

 

 

 恍惚の余韻に満たされたまま、未だ夢の中を彷徨う楓を尻目に、フブキは独り言のように呟いた。

 

 そして、指先に残っていた彼女の“蜜”をペロリと舐め上げると、これ以上の関心はないと言わんばかりに、あまりにもあっさりと楓の元を後にした。

 

 

 

 

 

 心を侵食する黒い氷柱により、フブキは着実に変わっていった。

 

 狂気に自我を塗り潰され、歪な欲望と悪意に意識が染められていく。

 

 残虐性や加虐心といった、彼女の内に眠っていた負の感情が、まるで風船のように次第に膨れ上がっていた。

 

 既存の優しさや思いやりの気持ちが、影を潜める頻度は徐々に増している。

 

 しかしそれでも。

 

 それでもまだ。

 

 フブキの心から、清らかな光が完全に失われたわけではなかった。

 

 鬼の修業で鍛え上げた強靭な精神力の賜物か、僅かとはいえ、理性はまだ残っていた。

 

 フブキが正気に戻ったのは、携帯電話に届いた一通のメールがきっかけだった。

 

 突如として鳴り響いた短い着信音が、バス停へと向かうフブキの足を止める。

 

 スーツの内ポケットから取り出した携帯電話を開くと、画面には愛弟子である狐夏の名前が表示されていた。

 

 

 

「こなつ……? こなつって……――」

 

 

 

 ――誰だっけ?

 

 そう言わんばかりに、一瞬顔をしかめたフブキだったが、すぐに意識の奥底に埋もれかけていた記憶と感情が蘇り、ハッとなって目を見開いた。

 

 

 

「ッ! 狐夏……!」

 

 

 

 その瞬間、両目を濁していた赤い輝きがスッと影を潜めて、フブキの瞳は穏やかな黒色を取り戻した。

 

 たかだか1日ぶりとはいえ、誰のどんな名前よりも愛しく感じる恋人の名前に、フブキは思わず涙腺を熱くする。

 

 メールには、狐夏の経過報告が記されていた。

 

 東京に到着後、魔化魍との予想外の戦闘に直面しつつも、なんとかヒビキの助力を得て、目的の鬼火の確保に成功したとのこと。

 

 そして今現在、帰りの新幹線に乗るために、駅へと向かっている最中だということが綴られていた。

 

【――この調子なら、昼頃にはフブキさんの元に帰れると思います! あと少しの辛抱です! もうちょっとで呪いを解くことができますから、待っててくださいね!】

 

 その一言で締め括られたメールを何度も読み返しているうちに、フブキの口元は自然と嬉しそうに綻んでいた。

 

 大したものだと思った。

 

 有言実行して見せる弟子の成長が素直に嬉しかった。

 

 会いたい……。

 

 狐夏に会いたい……。

 

 早く会いたい……。

 

 先刻まで自分が何をしていたのか、上手く思い出せないほどに曇りがかっていた意識に、僅かばかりの晴れ間が差した気がした。

 

 

 

「痛ッ……!」

 

 

 

 しかしその時、突然こめかみの辺りに鋭い痛みが走り、フブキは反射的に額を手で押さえた。

 

 頭を締め付けるようなズキズキとした衝撃に、一瞬不審を感じつつも、だが今は、そんなことより少しでも長く狐夏に思いを馳せていたかった。

 

 よくわからない頭の痛みなんてどうでもいい。

 

 それよりも。

 

 何よりもだ。

 

 あと僅かで狐夏が帰ってくる。

 

 もう少しで狐夏に会える。

 

 黒い氷柱さえ溶かせれば、もう鬼の気の影響を気にする必要もなくなる。心置きなく、狐夏を抱きしめることができる……。

 

 不快な頭痛のことよりも、胸の奥をキュンと締め付けるほどの恋しさに意識を優先したフブキは、狐夏との再会を楽しみに待ちながら、再びバス停に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 しかしフブキは気づいていない。

 

 覚えていない。

 

 自分が犯した罪を。その重さを。

 

 そもそも、狂気に駆られていた時の自らの行いを、自覚自体できていなかった。

 

 狐夏からのメールで、偶然正気を取り戻した今のフブキの中には、ひったくりの男の足を凍結させて冷嘲した記憶も、助けたOLを寝取った記憶も存在していない。

 

 今のフブキの中にあるのは、ひったくりの男から荷物を取り返し、その持ち主であるOLから感謝されたという認識だけが、朧げに残っているだけだった。

 

 黒い氷柱の影響で、違和感や罪悪感、疑念を感じることもなければ、自分の行動を思い返そうという発想にすら至らない。

 

 心を穢され、心に邪悪を宿した今のフブキは盲目なのだ。

 

 正気と狂気の間を去来する不安定な自我のままでは、足を止めて振り返り、轍に残してきた過ちに気づくこともできない。

 

 己が為した、過剰な正義にも。

 

 あるいは、無意識の悪意にも。

 

 フブキの心はもう、()()()()()()()()()では自覚できないほどに、善悪の判断がつかなくなっていた……。

 

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