【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも― 作:裕ーKI
頭が痛い。
いつまで経っても頭痛が治まらない。
大学へ向かうためのバスに乗る直前、狐夏からのメールを見た時から、どうにもこめかみの辺りにズキズキとした鈍痛が居座っている。
ひったくり男を捕まえて、荷物を奪われていたOLを助けている間に、いつの間にか手の震えはすっかり鎮まっていたのに、その代わりと言わんばかりに、今度は酷い頭痛にフブキは苛まれていた。
午前の講義はなんとか乗り切ることができたものの、頭の痛みは徐々に増すばかり。このままでは、午後からの講義を上手くこなせるかどうかも怪しかった。
「この頭痛もやっぱり……黒い氷柱のせい……なのかな……」
せめてあと少し。ヒビキの鬼火を手に入れた狐夏が戻ってくるまでは、絶対に耐え抜かなければいけないのに。
突発的な不安に襲われたフブキは、今一度気を引き締め直そうと考え、午前の講義が終わってすぐに、誰もいないパウダールームへと駆け込んだ。
「かはっ……はぁっ……はぁっ……!」
慌ただしく洗面台に両手をつくと、肩を激しく上下させながら荒い呼吸を繰り返す。しかし、いくら気持ちを落ち着かせようとしても、頭痛が治まる気配は一向に訪れなかった。
「なんで……こんなっ……」
苦悶の表情で歯を食いしばる口の端から、熱を帯びた吐息が繰り返し漏れ落ちる。
フブキは縋るような思いで、助けを求めるような声で、愛弟子の名前を――大切な恋人の名前を呟いた。
「狐夏……」
しかしその瞬間、より一層激しく鋭い痛みが、ズキンとフブキの頭の中を駆け抜けた。
「ッ!? 痛ったッ……ア゛アァ……!」
あまりの痛みに不意を突かれたフブキは、顔を顰めると同時に、たまらず頭に手を当てながら蹲ってしまった。
「なに……これ……どうしてッ……」
狐夏のことを考えれば考えるほど、狐夏のことを想えば想うほど、それだけ頭痛の激しさが増していくような気がした。
まるで自分の体が、狐夏に対して拒絶反応を示しているかのようだった。
「ありえない……。狐夏は僕の……心の支えなのに……ゥアア゛ァ……」
苦痛に悶える中で、ふと脳裏にチラつく不快な考え。
その考えを否定するかの如く、フブキは片意地を通して狐夏への想いをさらに強く巡らせる。
認めたくない……。
そんなわけがない……。
狐夏がいつも傍にいてくれるから、僕は今の僕でいられる……。
狐夏がいつも支えてくれるから、僕は鬼を続けていられるんだ……。
だが、結果的にそれは逆効果だった。
結局、その不快な思想を裏付けるように、かえってフブキの頭痛は激化の一途を辿っていく。
「黒い氷柱は……僕から狐夏を想う気持ちを……消し去ろうとしてる……のか……」
止まぬ苦しみに気力が徐々に削ぎ落とされ、次第に意識が遠のいていく。
同じように、ずっと胸の内に抱いていたはずの狐夏に向けた恋慕の情も、どこか遠くへと消え去っていくような気がした。
ダメだ……。
そんなの嫌だ……。
無くしたくない……。
失いたくない……。
凍てつく闇に蝕まれながらも、まだ辛うじて輝き続けるフブキの心の灯が、一心不乱にその手を伸ばす。
張り合うように頭の痛みが増していこうとも、それでも苦し紛れの執念を必死に燃やし、たった1つの大切な感情にしがみついていた。
ところが、そんなフブキの抵抗を嘲笑うかのように、突如として、どこからか冷たい声が聞こえてきた。
――フフッ……フフフッ……。無意味なこと……。何を抗う必要があるの……?
その声にハッとなったフブキは、鉛のように重たい頭を反射的に持ち上げた。
すると視界に飛び込んできたのは、当然のように鏡に映った自身の顔。
しかしその顔は、自分の知っている“自分の顔”ではなかった。
そこに映っていたのは、頭痛で苦悶に満ちた表情をしている自身の顔――ではなく、まるで別人のような容貌で酷薄な笑みを浮かべている、自分のものとは思えないほど異質な“自分の顔”だった。
本来なら漆黒であるはずの髪の色は白く染まり、肌の色も生気を感じさせないほどに蒼白い。左右の瞳が放つ輝きは不気味なほど赤く、頬や口元には、誰のものかもわからない紅血がこびり付いていた。
一見すると、まるでホラー映画の特殊メイクでも施されたかのようで、その姿形からは、人間としての温かみが一切感じられなかった。
「え……? なに……これ……」
信じられないものでも見たかのように、大きく目を見開いたフブキは、慄然としたまま動けなくなっていた。
そんな彼女に追い打ちをかけるように、またしても声が聞こえてくる。
――フフッ……自分の顔を見て、一体何を驚いているのかしら……
頭の中に直接響いてくる、艶めかしい女口調の声。
しかし、その声は紛れもなくフブキ自身の声であり、そしてその言葉は、鏡の中の自分が発しているかのようにフブキには見えていた。
これは幻覚? それに幻聴?
幾つかの可能性を模索しながらも、フブキは目の前の光景から目を逸らすことができなかった。
「お前は一体……何者なんだ……?」
フブキが恐る恐る問いかけると、鏡の中の“フブキ”は妖しく笑みを浮かべる。
――フフッ……何の捻りもない質問ね……。我ながら呆れるわ……
「『我ながら』……? 『我ながら』って……どういう意味だ……?」
――どうって……言葉通りの意味じゃない……? わたしはあなた、あなた自身……。わたしはあなたの心の――
「真の……姿……? 何をふざけたことを……。僕の心が……お前のように醜いっていうのか……?」
――醜い? んー……そういうのは立場や視点によって変わるんじゃないかしら……。少なくともわたしは――いや、本当のあなたは、今の自分こそが最も醜いと思ってるはずよ?
「なんだと……?」
――いつまでも自分を偽り、本性を隠して正義の味方気取り……。何が楽しくて、人間なんか護らなくちゃいけないんだ……ってね?
「出任せを言うな……。何も偽ってなんかいない……! 僕は人間であり……猛士の鬼なんだ……! 力を持つ者として、同じ人間を護るのは当然だろ……!」
――当然? ハッ何それぇ~
その瞬間、先刻から常に薄ら笑いを浮かべていた鏡の中の“フブキ”は、より一層笑みを深める。そして、いよいよ堪えきれなくなったように、甲高い笑い声を上げ始めた。
――フフッ……アハハ……アーッハッハッハ! あ~……おっかしぃ~! あなた……この期に及んでまだ人間のつもりなのね……。ホント……救いようがないくらい滑稽で愚かな子……。でも安心して? それでもあなたは――わたしはもうすぐ救われる。“姉上”の恩恵に、せいぜい感謝することね……
「姉上……? 恩恵……? 救われるって……お前はさっきから何の話をしてるんだ……?」
訝し気な目を鏡に向けながら、フブキは困惑の声で疑問を投げ掛ける。
鏡像の自分が放つ言葉の1つ1つが、全くと言っていいほど理解できない。
いや、それ以前に、鏡に映る悍ましいその姿が自分自身だということ自体、にわかには信じ難かった。
だが、そんなフブキの戸惑いを他所に、鏡の中の“フブキ”はクツクツと笑い続ける。
嘲るように笑い、嗤い続けた末に、それでも尚、口角を吊り上げる。
そして、決定的な真実を、笑声に乗せて告げるのだった。
――焦らなくても直にわかるわよ……。だって……あなたは既に魔化魍なんですもの……