【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも―   作:裕ーKI

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八:対話―鏡の中の僕―

 頭が痛い。

 

 いつまで経っても頭痛が治まらない。

 

 大学へ向かうためのバスに乗る直前、狐夏からのメールを見た時から、どうにもこめかみの辺りにズキズキとした鈍痛が居座っている。

 

 ひったくり男を捕まえて、荷物を奪われていたOLを助けている間に、いつの間にか手の震えはすっかり鎮まっていたのに、その代わりと言わんばかりに、今度は酷い頭痛にフブキは苛まれていた。

 

 午前の講義はなんとか乗り切ることができたものの、頭の痛みは徐々に増すばかり。このままでは、午後からの講義を上手くこなせるかどうかも怪しかった。

 

 

 

「この頭痛もやっぱり……黒い氷柱のせい……なのかな……」

 

 

 

 せめてあと少し。ヒビキの鬼火を手に入れた狐夏が戻ってくるまでは、絶対に耐え抜かなければいけないのに。

 

 突発的な不安に襲われたフブキは、今一度気を引き締め直そうと考え、午前の講義が終わってすぐに、誰もいないパウダールームへと駆け込んだ。

 

 

 

「かはっ……はぁっ……はぁっ……!」

 

 

 

 慌ただしく洗面台に両手をつくと、肩を激しく上下させながら荒い呼吸を繰り返す。しかし、いくら気持ちを落ち着かせようとしても、頭痛が治まる気配は一向に訪れなかった。

 

 

 

「なんで……こんなっ……」

 

 

 

 苦悶の表情で歯を食いしばる口の端から、熱を帯びた吐息が繰り返し漏れ落ちる。

 

 フブキは縋るような思いで、助けを求めるような声で、愛弟子の名前を――大切な恋人の名前を呟いた。

 

 

 

「狐夏……」

 

 

 

 しかしその瞬間、より一層激しく鋭い痛みが、ズキンとフブキの頭の中を駆け抜けた。

 

 

 

「ッ!? 痛ったッ……ア゛アァ……!」

 

 

 

 あまりの痛みに不意を突かれたフブキは、顔を顰めると同時に、たまらず頭に手を当てながら蹲ってしまった。

 

 

 

「なに……これ……どうしてッ……」

 

 

 

 狐夏のことを考えれば考えるほど、狐夏のことを想えば想うほど、それだけ頭痛の激しさが増していくような気がした。

 

 まるで自分の体が、狐夏に対して拒絶反応を示しているかのようだった。

 

 

 

「ありえない……。狐夏は僕の……心の支えなのに……ゥアア゛ァ……」

 

 

 

 苦痛に悶える中で、ふと脳裏にチラつく不快な考え。

 

 その考えを否定するかの如く、フブキは片意地を通して狐夏への想いをさらに強く巡らせる。

 

 認めたくない……。

 

 そんなわけがない……。

 

 狐夏がいつも傍にいてくれるから、僕は今の僕でいられる……。

 

 狐夏がいつも支えてくれるから、僕は鬼を続けていられるんだ……。

 

 だが、結果的にそれは逆効果だった。

 

 結局、その不快な思想を裏付けるように、かえってフブキの頭痛は激化の一途を辿っていく。

 

 

 

「黒い氷柱は……僕から狐夏を想う気持ちを……消し去ろうとしてる……のか……」

 

 

 

 止まぬ苦しみに気力が徐々に削ぎ落とされ、次第に意識が遠のいていく。

 

 同じように、ずっと胸の内に抱いていたはずの狐夏に向けた恋慕の情も、どこか遠くへと消え去っていくような気がした。

 

 ダメだ……。

 

 そんなの嫌だ……。

 

 無くしたくない……。

 

 失いたくない……。

 

 凍てつく闇に蝕まれながらも、まだ辛うじて輝き続けるフブキの心の灯が、一心不乱にその手を伸ばす。

 

 張り合うように頭の痛みが増していこうとも、それでも苦し紛れの執念を必死に燃やし、たった1つの大切な感情にしがみついていた。

 

 ところが、そんなフブキの抵抗を嘲笑うかのように、突如として、どこからか冷たい声が聞こえてきた。

 

 

 

――フフッ……フフフッ……。無意味なこと……。何を抗う必要があるの……?

 

 

 

 その声にハッとなったフブキは、鉛のように重たい頭を反射的に持ち上げた。

 

 すると視界に飛び込んできたのは、当然のように鏡に映った自身の顔。

 

 しかしその顔は、自分の知っている“自分の顔”ではなかった。

 

 そこに映っていたのは、頭痛で苦悶に満ちた表情をしている自身の顔――ではなく、まるで別人のような容貌で酷薄な笑みを浮かべている、自分のものとは思えないほど異質な“自分の顔”だった。

 

 本来なら漆黒であるはずの髪の色は白く染まり、肌の色も生気を感じさせないほどに蒼白い。左右の瞳が放つ輝きは不気味なほど赤く、頬や口元には、誰のものかもわからない紅血がこびり付いていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 一見すると、まるでホラー映画の特殊メイクでも施されたかのようで、その姿形からは、人間としての温かみが一切感じられなかった。

 

 

 

「え……? なに……これ……」

 

 

 

 信じられないものでも見たかのように、大きく目を見開いたフブキは、慄然としたまま動けなくなっていた。

 

 そんな彼女に追い打ちをかけるように、またしても声が聞こえてくる。

 

 

 

――フフッ……自分の顔を見て、一体何を驚いているのかしら……

 

 

 

 頭の中に直接響いてくる、艶めかしい女口調の声。

 

 しかし、その声は紛れもなくフブキ自身の声であり、そしてその言葉は、鏡の中の自分が発しているかのようにフブキには見えていた。

 

 これは幻覚? それに幻聴?

 

 幾つかの可能性を模索しながらも、フブキは目の前の光景から目を逸らすことができなかった。

 

 

 

「お前は一体……何者なんだ……?」

 

 

 

 フブキが恐る恐る問いかけると、鏡の中の“フブキ”は妖しく笑みを浮かべる。

 

 

 

――フフッ……何の捻りもない質問ね……。我ながら呆れるわ……

 

「『我ながら』……? 『我ながら』って……どういう意味だ……?」

 

――どうって……言葉通りの意味じゃない……? わたしはあなた、あなた自身……。わたしはあなたの心の――(まこと)の姿よ……

 

「真の……姿……? 何をふざけたことを……。僕の心が……お前のように醜いっていうのか……?」

 

――醜い? んー……そういうのは立場や視点によって変わるんじゃないかしら……。少なくともわたしは――いや、本当のあなたは、今の自分こそが最も醜いと思ってるはずよ?

 

「なんだと……?」

 

――いつまでも自分を偽り、本性を隠して正義の味方気取り……。何が楽しくて、人間なんか護らなくちゃいけないんだ……ってね?

 

「出任せを言うな……。何も偽ってなんかいない……! 僕は人間であり……猛士の鬼なんだ……! 力を持つ者として、同じ人間を護るのは当然だろ……!」

 

――当然? ハッ何それぇ~

 

 

 

 その瞬間、先刻から常に薄ら笑いを浮かべていた鏡の中の“フブキ”は、より一層笑みを深める。そして、いよいよ堪えきれなくなったように、甲高い笑い声を上げ始めた。

 

 

 

――フフッ……アハハ……アーッハッハッハ!  あ~……おっかしぃ~! あなた……この期に及んでまだ人間のつもりなのね……。ホント……救いようがないくらい滑稽で愚かな子……。でも安心して? それでもあなたは――わたしはもうすぐ救われる。“姉上”の恩恵に、せいぜい感謝することね……

 

「姉上……? 恩恵……? 救われるって……お前はさっきから何の話をしてるんだ……?」

 

 

 

 訝し気な目を鏡に向けながら、フブキは困惑の声で疑問を投げ掛ける。

 

 鏡像の自分が放つ言葉の1つ1つが、全くと言っていいほど理解できない。

 

 いや、それ以前に、鏡に映る悍ましいその姿が自分自身だということ自体、にわかには信じ難かった。

 

 だが、そんなフブキの戸惑いを他所に、鏡の中の“フブキ”はクツクツと笑い続ける。

 

 嘲るように笑い、嗤い続けた末に、それでも尚、口角を吊り上げる。

 

 そして、決定的な真実を、笑声に乗せて告げるのだった。

 

 

 

――焦らなくても直にわかるわよ……。だって……あなたは既に魔化魍なんですもの……

 

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