【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも―   作:裕ーKI

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三:任務の遑―入浴、戯れ―

 溢れたお湯がドラム缶の縁から零れて、地面の雪を溶かしていく。

 

 狭いドラム缶の中で、フブキと狐夏は身を寄せ合いながら湯船に浸かっていた。

 

 狐夏が前を陣取り、その背後に長身のフブキが狐夏を抱きかかえるような姿勢で立っている。狐夏からすれば、フブキの乳房を枕にしているような格好だ。

 

 

 

「あぁああ~……やっぱ良いぃ~! フブキさんとのお風呂サイコー!」

 

 

 

 狐夏は自身の後頭部をフブキの胸に深く沈めながら、年寄り染みた白い溜息を大きく吐き出した。

 

 

 

「ねえ……ちょっと……胸が苦しいんだけど……」

 

「え~、良いじゃないですかぁ。減るもんじゃないですし~」

 

「減りはしないかもしれないけど、形は崩れるかもしれないよ?」

 

「へっ!? ああ~それはダメッ! フブキさんのおっぱいは国宝級なのにぃ~」

 

「国宝級ってなに……」

 

 

 

 慌てて双丘から頭を上げた狐夏の様子に、その胸の所有者たるフブキは困惑の表情を浮かべる。

 

 すると狐夏は、何かを思いついたかのように「あ!」と声を上げた。そして、狭いドラム缶の中でクルリと回って、背後のフブキの方へと振り向いた。

 

 

 

「じゃあこうやって向き合うのはどうです? これなら見つめ合い放題ですし」

 

 

 

 名案でしょ、とでも言いたげに狐夏は無邪気に笑うが、そんな弟子を他所に、いつの間にかフブキの表情は悩ましげに赤らめていた。

 

 

 

「ちょ……狐夏……。これだと……胸が重なるんだけど……」

 

 

 

 師弟揃って豊満なバストの持ち主であるため、向かい合ったことによって2人の巨乳が密着してしまう。

 

 フブキはなんとか向きを逸らして距離を置こうとするが。

 

 

 

「んっ……あっ……フブキさん……、無理に動いたら……色々擦れるっ……」

 

「ごめんっ……でも……僕も……ンフッ……」

 

 

 

 急に動き出したせいで互いの胸の突起が触れ合ってしまい、2人はその刺激に甘い声を漏らしてしまう。

 

 このままでは、その場の雰囲気に流されて一線を越えてしまいかねなかった。

 

 休みの時ならいくらでも超えたって構わないが、残念ながら今は仕事中――鬼の任務の最中である。師匠として、大人として、なんとか理性にブレーキを掛けたフブキは、慌てて狐夏の両肩に手を置いた。

 

 

 

「狐夏! と、とりあえず……一旦離れようか……!」

 

 

 

 しかし時既に遅かった。

 

 眼前の愛弟子は、恍惚な顔で鼻血を流しながら、すっかり逆上せあがっていた。

 

 

 

 

 

 〇

 

 

 

 

 

 風呂上り。テントの中で服を着た2人は、持参していたポータブル電源に繋いだドライヤーで髪を乾かしていた。

 

 

 

「まさか鼻血まで出すとはね……」

 

 

 

 用意したドライヤーは1つ。

 

 2人は順番に互いの髪を乾かしながら、先刻の風呂での出来事を振り返っていた。

 

 最初にドライヤーを握ったのはフブキだった。

 

 胡坐をかいて座る狐夏の背後に回り込んだフブキは、弟子の髪に丁寧に熱風を流し込んでいく。

 

 濡れた栗毛の髪を、白く細長い指で優しく撫でるフブキの手つきに、またしても狐夏のボルテージは急上昇したが、さすがに今度は鼻血が出ないように必死に堪えた。

 

 

 

「いやぁ~すみません。フブキさんがドスケベでついムラムラしちゃって……」

 

「ドス――……師匠に向かって凄い言い草……。いくら僕でもそれは心外なんだけど?」

 

「でも事実じゃないですかぁ。それとも自覚ないんですか?」

 

「自覚は……なくはないけど……。っていうか狐夏、君さ、時々発言が凄くオジサンっぽいよね」

 

「え? 加齢臭はしませんよ?」

 

「したら困るよ。今晩襲ったりしないでよ?」

 

「え~! ダメですかぁ?」

 

「当然でしょ、今は駄目!」

 

「またまた~。ホントはフブキさんもヤりたいんじゃないですかぁ?」

 

「う……それは……」

 

 

 

 狐夏に図星を衝かれて、フブキは思わず押し黙る。そして。

 

 

 

「とにかくっ! 駄目なものは駄目!」

 

 

 

 頬を赤く染めながらそう言って、誤魔化すようにドライヤーの風量を最大にした。

 

 

 

「わっぷ!? ちょっと強いですよフブキさん! これじゃあハゲになっちゃいますよ!」

 

「お仕置きっ!」

 

「うぎゃあッ!!」

 

 

 

 照れ隠しの熱風が、狐夏の髪をこれでもかと掻き乱したのだった。

 

 

 

 

 

 ボサボサになった髪を改めて綺麗に梳いてもらった後、今度は狐夏がフブキの髪を乾かし始めた。

 

 ドライヤーを握りしめた狐夏の表情は、始める前からすでに鼻の下が伸びていた。まさにフブキの言う通り、下心丸出しのオジサンモード全開だった。

 

 フブキの背後に立ち、ドライヤーの電源を入れて熱風で髪を靡かせる。その艶々とした美しい黒髪にスッと指を通すと、狐夏は堪らず歓喜に震えた。

 

 

 

「フブキさんの髪、やっぱり凄いサラサラァ~! まるで粉雪みたい」

 

 

 

 何度も手櫛するたびに、指の間をすり抜ける黒髪の柔らかな手触り。実はこれを味わうのが、狐夏が風呂上りに師匠のドライヤー係を買って出る1番の理由だった。

 

 

 

「またそれ言う? 僕は自分の髪のことなんて、あまり意識したことないんだけどなぁ……」

 

「え~、そんな勿体ない。フブキさんはもっと自分の魅力を理解した方がいいですよぉ。こんなに綺麗でカッコよくて、まるで王子様みたいなのにぃ」

 

「なに王子様って? そんなことないから」

 

「そんなことありますよ! だって自分のことを“僕”なんて言うじゃないですかぁ」

 

「それは……前にも言ったでしょ。僕の師匠――先代の吹雪鬼は男性だったんだよ。それで僕自身も、男同然の扱いで指導を受けていたから、その癖がついたっていうか……」

 

「まさかフブキさん! その先代のこと……好きだったとか!?」

 

「ちょっと、なんでいきなりそうなる? 別に好きとかそういうって……――あ……いや、勿論、師匠としては好意を持っていたし、尊敬だってしていたよ! でも、君の思っている感情とか、そういうのはなかったから」

 

「むぅ~……本当ですかぁ~?」

 

 

 

 唐突にドライヤーの電源を切ると、狐夏は頭上から覆い被さるようにフブキの顔を覗き込んだ。

 

 鼻先が触れるほどの至近距離から向けられる弟子の懐疑的な目に、フブキは思わずたじろぐが、

 

 

 

「な、なに……その疑いの視線……。そんなに信用できないなら、帰ったら修行の量を倍にしたっていいんだよ?」

 

 

 

 そう言って、負けじと目を細くして圧を掛ける。

 

 すると次の瞬間、即座に降参した狐夏が、まるでワープでもしたかのように一瞬にしてフブキの正面に移動した。そして、どうかこの通りと言わんばかりに、完璧なフォルムの土下座を披露した。

 

 

 

「ごめんなさい! 疑ってません! 許してください!」

 

 

 

 大袈裟に深々と謝る弟子の姿を前に、これにはフブキもプッと小さく噴き出した。

 

 その失笑を見て、謝罪のノルマは達成したと自己判断したのか、狐夏は土下座の姿勢のまま、顔だけをヒョコッと上げて、ついでだからと1つの疑問をぶつけてみた。

 

 

 

 

「そういえばフブキさん。修行で思い出しましたけど、あのドラム缶って……もしかして先代からの教えですか?」

 

「ああ……あれね。そうだよ。ドラム缶を背負って雪道を歩く特訓は、僕が先代から引き継いだ教えの1つだね」

 

 

 

 フブキは中断されたドライヤーを拾いながら、狐夏の質問に答える。結局、最後の仕上げは自分でやることになった。

 

 

 

「やっぱり~。フブキさんに弟子入りしてから、最初にやらされた修行がまさかのドラム缶運びだったから、あの時はビックリしましたよぉ」

 

「だろうね。僕も同じだよ。僕も先代から最初に教わったのがアレだったから。でも運んだドラム缶をお風呂にしようと考えたのは、実は僕のアイデアでね。だってただ運ぶだけで終わりじゃ、やっぱりつまんないでしょ」

 

「おぉ~、さすがフブキさん。やっぱりそういう考えに行き届くところが、男と女の違いですよねぇ~」

 

「あんまりそういうことを言うものじゃないよ。それに先代だってまだ御健在なんだから」

 

「えっ……!?」

 

 

 

 前髪に温風を当てながら、さり気なく語ったフブキの言葉に、狐夏は思わぬ衝撃を受けた。

 

 本当なら、髪を乾かすフブキの仕草に萌えまくる場面のはずなのに、それどころじゃない事実を知る羽目になってしまった。

 

 とどのつまり、狐夏は今の今まで知らなかったのだ。自身の師匠であるフブキの師匠――狐夏にとっては大師匠にあたる先代の吹雪鬼が、今もまだ生きているということを。

 

 

 

「ぶっちゃけ……もう死んでると思ってました……」

 

 

 

 この弟子、とんでもないことを口走る。

 

 

 

「こらこら、最初の頃に説明しただろ。鬼としては引退したけど、今は吉野でアドバイザーを務めてるって」

 

「いえ、記憶にございません……。あの頃はフブキさんのことで頭がいっぱいだったものですから……」

 

 

 

 と、言いつつも、正直今も――というより四六時中、いや年中無休、現在進行形で頭の中は常にフブキさんでいっぱいです! なんてことを胸の内で叫びながらも、さすがにそれを口に出すのはまずいと思い、やめておくことにした。

 

 髪を乾かし終えたフブキは、電源を切ったドライヤーをそっと足元に置くと、改まるように狐夏に向き直って口を開いた。やや低めの声色で、神妙な面持ちで。

 

 

 

「狐夏。君さ、僕に好意を持ってくれているのは凄く嬉しいけど、そんな心構えのままだと、そのうち痛い目に遭うよ? いい機会だし、近々先代にご挨拶に行ってみる? せっかくだから、気合を入れ直してもらうのも悪くないかもよ」

 

 

 

 そう提案するフブキだったが、言うまでもなく狐夏は微塵も乗り気ではなかった。

 

 言葉として口にすることは一生無いだろうが、猛士や鬼の使命は勿論、先刻耳にしたばかりの大師匠の安否も、正直、狐夏にとっては心底どうでもいいことばかりだった。

 

 そんなことより最も優先すべき大事なこと。狐夏にとってそれは、フブキの傍に寄り添い続けること。猛士に身を置いているのも、鬼の弟子でいることも、狐夏にとってはそのための手段でしかないのだ。

 

 

 

「すみません! ごめんなさい! これからは真面目にするので勘弁してください!」

 

 

 

 典型的な謝罪文を発しながら、狐夏は再び土下座の姿勢で頭を下げる。文字通り、形だけの土下座であるが。

 

 それを知ってか知らずか、フブキは表情を和らげた。

 

 

 

「もぉ……しょうがないなぁ。じゃあもう少しね。狐夏の心の準備ができるまで、もう少しだけ待ってあげるよ」

 

「本当ですかぁ?」

 

 

 

 呆れつつも優しく諭すフブキの声に、狐夏は勢いよく頭を上げる。

 

 

 

「特別だよ? でもいつか、必ず先代に直接会って、しっかり挨拶してもらうからね。いつまで経っても弟子の顔を見せなかったら、今度は僕が先代に怒られるし。わかったかい?」

 

「はいっ勿論! やっぱりフブキさん、優しいから大好きぃ!」

 

 

 

 大きく返事をした狐夏は、まるで無邪気な子供のようにフブキの首に抱きついた。その勢いのままに、2人は揃って後ろに倒れ込む。

 

 

 

「うわッ!? こら! 危ないって!」

 

「いいじゃないですかぁ! スキンシップってことでぇ~!」

 

「まったく……君って子は……」

 

 

 

 まんざらでもない顔で窘めながらも、狐夏の腕を解くことはせず、されるがままに身を任せる。

 

 本当にどうしようもない弟子だと呆れつつも、しかしそんな狐夏のことを、心の中で可愛いと思ってしまう自分も大概だと、フブキはそっと溜息を漏らすのだった。

 

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