【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも―   作:裕ーKI

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九:真白き地獄の彼女の過去

 その一言はあまりにも衝撃的だった。

 

 その言葉はフブキの思考を途端に凍りつかせた。

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 脈打つ痛みさえも忘れてしまうほどに、頭の中が一瞬にして真っ白になる。

 

 

 

「僕が……魔化魍……? 何をバカな……。意味がわからない……」

 

 

 

 固まった表情のまま、フブキは唇をガタガタと震わせる。

 

 鏡の中の“フブキ”は、それを気に留めることもなく、嬉々として語り続けた。

 

 

 

――フフッ。わからないなら教えてあげる……。まずはアレ……――今朝からあなたを苦しめ、なんなら今もずっとあなたを苦しめている頭部の痛み……。それは、あなたがさっき考えていた通り、一種の拒絶反応のようなもの……

 

 

 

 そう言いながら、鏡の中の“フブキ”は、自身の額を指でトントンと叩いて指し示す。

 

 

 

「拒絶……反応……?」

 

――ええ……。でも勘違いしないで……。それは間違っても、あなた自身が“魔化魍になることを拒んでいる”、という意味じゃない……。そっちは数日前からあなたの身に起きていた、忌々しい“手の震え”の方だから……。でもそっちに関しては、もうすっかり大人しくなってるはずでしょ……?

 

 

 

 鏡像の自分が告げる言葉を実感するように、フブキはいつの間にか静穏を取り戻していた自身の掌に視線を落とす。

 

 

 

――頭部の痛みは寧ろ逆……。その痛みは、あなたの魂があなたの意思を否定している証なの……。人間であろうとするあまり、くだらない感情にしがみつくあなたの意思を拒んでいる、確かな証……。ねえ、これがどういう意味かわかる……?

 

 

 そこで一旦言葉を区切ると、鏡の中の“フブキ”は、鏡面の向こう側からフブキの顔を覗き込むように、ズイッと身を大きく乗り出した。そして、悪意に満ちた視線を投げ掛けながら、弾むような声で続ける。

 

 

 

――あなたという存在は、最早あなたの意思とは無関係に、“人ならざる者”へと変わりつつあるということ……。あなたの心も体も――そして魂すらも、その大半が既に魔化魍のそれなのよ……

 

 

 

 鏡の中の“フブキ”の言葉を、フブキは愕然としながら聞くことしかできなかった。

 

 受け入れたくない現実から目を逸らし、耳を塞ぎたい衝動だけが、その思考の中で延々と反芻し続ける。

 

 

 

「ふざけたことを言うな……。どうせお前は……僕の中の黒い氷柱が、僕を惑わすために見せてる……幻のようなものなんだろ……? 実際に存在しない奴の言葉なんか……信じてたまるか……」

 

 

 

 なんとか絞り出すように反論の言葉を口にするものの、その声はあまりにも弱々しく、今にも掠れて消え入りそうだった。

 

 そんな心境が表出するように、瞳孔は小刻みに揺らめき、呼吸は酷く乱れる。

 

 無意識にブラウスの上から胸に重ねた手は、ギュッと拳を握り、掌に爪を食い込ませていた。

 

 

 

「僕はまだ……こうして人の心を保ってるんだ……。魔化魍であるわけがない……。あるはずがない……」

 

 

 

 抑えようのない動揺を何とか鎮めようと、フブキは自分に言い聞かせるようにブツブツと独り言を呟く。

 

 鏡の中の“フブキ”は、顔色を失ったそんな彼女の表情を一瞥すると、今度は呆れた様子で、わざとらしく大きな溜息をついて見せた。

 

 

 

――はぁ……。あなたの言う通り、確かにあなたの目に映っているわたしの姿は、実体のない幻に過ぎないわ……。でもね、それでもわたしは、間違いなく存在している……。あなたの心の中に、確実にね……。その証拠に、わたしはあなたのことなら何でも知っている……。例えばそうね……あなたが幼少期から現在に至るまで、ずっと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことも、わたしはよぉ~く知っているわよ……?

 

「え……?」

 

――だって……あなた本当は大嫌いでしょ……? 鬼も……そして人間も……

 

 

 

 鏡の中の“フブキ”が、含蓄のある物言いでそう告げた途端、フブキの心臓は大きく跳ね上がる。

 

 同時に彼女の脳裏を駆け巡ったのは、長い間心の奥底に封じ込めていたはずの、幾つかの忌まわしく辛い記憶の断片だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 特に色濃く映ったのは、狐夏にもずっとひた隠しにしてきた、幼き頃の家族の記憶。

 

 魔化魍の存在も、鬼や猛士の存在もその時はまだ知る由もない。無知なるただの子供だった頃の、醜穢なカゾクの記憶。

 

 かつてのフブキは、冨樹(ふみき)という本来の名前で呼ばれながら、父親と母親の3人で暮らしていた。

 

 初めのうちは、世間一般的な普通の家庭と何ら変わりのない、笑顔の絶えない幸せな生活だった。

 

 少なくとも、当時のフブキの瞳にはそう映っていた。

 

 だがいつからか、子供の目から見てもハッキリとわかるほどに、フブキの両親の夫婦仲は険悪になっていた。

 

 フブキの父は、働くことが趣味とでも言わんばかりの仕事人ではあったが、しかし同時に、1つのことだけには没頭できないほどに飽き性でもあった。

 

 次々とあらゆる事業に手を出すものの、1つ1つは決して長続きせず、興味が失せればあっさりと切り捨て、すぐにまた別のビジネスに気移りしていた。

 

 質が悪かったのは、その悪癖が、果たして仕事面だけには留まらなかったことだった。

 

 彼は新しいビジネスを始めるたびに、その先々で縁を築いた女性を平気でベッドに連れ込むほどに、浮気性でもあったのだ。

 

 仕事面においても、女性関係においても、フブキの父は、あまりにも不誠実であり過ぎた。

 

 そんな父に愛想を尽かした母は、フブキが小学一年生だった頃に、フブキを置いて家を出ていった。

 

 残された父と娘。

 

 僅かばかり続く、2人きりの生活。

 

 しかし程なくして、フブキの父は懲りずに再婚した。

 

 立ち上げた何度目かの事業の最中で知り合った同業者の女性と、交際して僅か半年足らずで籍を入れ、新たな家庭を築いたのだ。

 

 血の繋がりがないとはいえ、それでも新しい母親を迎え入れたことで、再び家族3人の生活が始まると思われていた。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 新しい母親を加えた新しい生活に、もはや前妻の子であるフブキの居場所はなかったのだ。

 

 再婚からほんの数か月ほどで、目障りな存在として家族の輪から弾き出されたフブキは、継母のみならず、いつの間にか、実の父親からも酷い虐待を受けるようになっていた。

 

 2人から蔑むような目を向けられながら、日課のように毎日全身を痛めつけられ、理不尽に罵倒され続ける日々。

 

 当時のフブキのか弱い幼心は、瞬く間に傷つき、摩耗していった。

 

 そして、フブキが小学二年生に進級した年のある冬の日、止め処もなく流れ続けていた涙がすっかり涸れ果ててしまった頃、とうとうフブキは、ゴミのように両親に捨てられた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 滅多に人が来ないような雪山の奥地に無理やり連れてこられたフブキは、実父と継母の手によって、生きたまま降り積もった雪の下に埋められたのだった――。

 

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