【改訂版】響鬼外伝・仮面ライダー吹雪鬼 ―愛、凍てつき堕ちようとも―   作:裕ーKI

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十二:任務の遑―桃色談話―

 見慣れた町の景色。嗅ぎ慣れた土地の匂い。どこか落ち着く空気の感覚。

 

 たった1日離れていただけなのに、随分と懐かしい気持ちにさせられる。

 

 往路の時と同じように新幹線に乗り、狐夏はこの東北の故郷へと帰ってきた。

 

 京介が運転する不知火に東京駅まで送り届けてもらったおかげで、想定していたより早く戻ってくることもできた。

 

 そのこともあってか、改札口を出た狐夏の足取りは軽やかなものだった。

 

 ヒビキから授かった、ヒビキの鬼火が宿った陰陽環がこの手の中にある今、後はそれをフブキの元に届ければいい。

 

 そして、その力で彼女の心に巣食う黒い氷柱を溶かして取り除けば、事件は解決し、全てが元通りとなる。

 

 また普段通りの生活が――フブキと共に過ごせる幸せな日常が返ってくるのだ。

 

 そう思うだけで自然と歩調は早まり、次第に駆け足となっていった。

 

 

 

「あと少し……もう少しの辛抱ですからね、フブキさん!」

 

 

 

 逸る気持ちに背中を押されるように、狐夏は町の中を駆け抜ける。

 

 だが、彼女は1つだけ、大切なことを失念していた。

 

 目的達成が間近と浮かれていたせいで、無意識のうちに気が緩んでいたのだろう。

 

 現在の時刻は昼の12時過ぎ。

 

 この日のこの時間、肝心のフブキが家にいないこと、大学に勤務中であるということを、狐夏はうっかり忘れていたのだ。

 

 そのことに気づかぬままに、狐夏はフブキの自宅の前まで来てしまった。

 

 6階建てマンション。その3階にある玄関の扉の前に。

 

 フブキが留守であることを狐夏が思い出したのは、彼女がインターホンを鳴らす寸前のことだった。

 

 

 

「あ……ヤバ……。来るとこ間違えた……。フブキさんは確か……今、大学……――大学に行かなきゃ意味ないじゃん!」

 

 

 

 突き出した人差し指が、ボタンの手前でピタリと止まる。

 

 落胆するようにその手をスッと下ろした狐夏は、改めてフブキの元へと急ごうと慌てて踵を返した。

 

 ところがその瞬間、振り返った途端に彼女の視界にズンと飛び込んできたのは、顎の下に肉厚な脂肪を蓄えた、ふくよかな老女の顔だった。

 

 

 

「わぁああああ!? ビックリしたぁああ!」

 

 

 

 突如として現れた、視覚全体を埋め尽くさんばかりの思わぬ顔の近さに、不覚にも度肝を抜かれた狐夏は、堪らず大声を上げながら飛び退いてしまった。

 

 

 

「ちょっとちょっとぉ! 人の顔を見て悲鳴を上げるなんて失礼じゃなぁい! ビックリしたのはこっちも同じよぉ!」

 

 

 

 無論、それは相手も同じであり、狐夏同様に驚愕した老女が、その肉付きのいい体を大袈裟に使って、ぷりぷりと怒りを露わにした。

 

 その顔を改めてよく見れば、それは狐夏も見知った人物だった。

 

 

 

「ご、ごめんなさい! ……って、あれ? 管理人さん?」

 

 

 

 狐夏の不意を突くようにして現れた、ふくよかな老女。その正体は、フブキが住むこのマンションの管理人に他ならなかった。

 

 フブキの弟子となり、そして恋人となって以来、鬼の活動に余裕がある時は、多くて週6、最低でも週4はフブキのマンションに通い詰めている狐夏は、そうしているうちに、このマンションの管理人とも自然と顔見知りになっていた。

 

 

 

「あらやだ。誰かと思えばコナっちゃんだったのね」

 

 

 

 振り向きざまに悲鳴を上げた相手が狐夏だとわかると、管理人は途端に溜飲を下げて表情を綻ばせる。

 

 狐夏はそんな彼女に、何と無しに会釈をした。

 

 

 

「どうしたんですか急に? あ、ひょっとして……設備の点検か何かですか?」

 

「いや違うのよぉ。この部屋――風白瀬さんにちょっと用があってね。そしたら丁度アンタがいたってわけ」

 

「フブ――……あ、いや……冨樹さんに? 何かあったんですか?」

 

「何かって……正直それはこっちが聞きたいのよねぇ……。実は昨日から、風白瀬さんの部屋の近隣の住居人たちから、物凄い数のクレームが殺到しててね。『迷惑だからちゃんと注意してくれ』って、もう酷いのなんのって……」

 

「クレーム? クレームって……冨樹さんが何をしたっていうんですか? あの人に限って、他人に迷惑を掛けるなんてありえないと思うんですけど……」

 

「そりゃあ勿論、私だってあの子の人柄はよぉく知ってるわよ? でもみんなが口を揃えて言うのよ、部屋から物凄い音がするって……」

 

「物凄い音?」

 

「そう。壁を叩く音やガラスが割れる音、後は叫び声がしょっちゅう聞こえてくるって。文句をつけてくる連中は、喧嘩だとか虐待だとか、もしくは酒に酔って暴れてるとか……随分と好き勝手に決めつけてる感じだったけどねぇ……」

 

「そんなのあり得ませんよ、冨樹さんが誰かと喧嘩なんて……。お酒だって、前に1度失敗して以来、今では寧ろお酒恐怖症なんですから、あの人」

 

「ふぅん。でもあんな理性的な子でも、1度は失敗の経験があるのねぇ。全然想像できないけど……」

 

「ええ、まあ……。あの時はちょっと……普通のお酒ではなかったんですけどね……」

 

 

 

 首を傾げる管理人の前で言葉を濁しながらも、狐夏は当時の出来事を思い出していた。

 

 それはフブキと狐夏が、酒呑童子と呼ばれる怪童子の変異種と戦った時のこと。

 

 あの時、口から酒を吐く酒呑童子の攻撃に翻弄されたフブキは、その影響で後にとんでもないことを仕出かしてしまう。

 

 しかしその全容は、当事者のフブキ本人すらも知らない。全ての顛末を知っているのは、ある意味被害者でもある、狐夏ただ1人。

 

 

 

「ちなみにさ、風白瀬さんって酒に酔うとどうなっちゃうの?」

 

 

 

 やはり興味があるのか、管理人は好奇心に満ちた顔を耳元に寄せると、声量を若干落としながら狐夏に訊ねた。

 

 狐夏は答えづらそうにモジモジしつつも、頬を赤らめながら口を開いた。

 

 

 

「かなり……その……激しくなります……」

 

「え? どっちに?」

 

「エロに……」

 

「うそっ!? そっち!?」

 

「相当……凄かったです……。私は寧ろ好きでしたけど……♡」

 

「えぇええ~! それでそれで? 具体的にはどんな感じだったの?」

 

「それはもう……ここでは言えないような、あんなことやこんなこと――……って、そうじゃなくて! 今はクレームの話ですよ!」

 

 

 

 フブキのことで大事な話をしていたはずなのに、管理人の追究に流されていつの間にかエロトークになってしまった。

 

 このまま談話を続けたい気持ちは勿論あったが、続きは別の機会にするとして、狐夏は慌てて話を戻した。

 

 

 

「ああ、そうだったわね。えっと……なんだったかしら……。あーそうそう! とにかく、その騒音の原因を確認しようと思って、私はここへ来たのよ。本当は本人の口から直接事情を聞いたり、できれば部屋の中を見せてもらいたいところなんだけどねぇ……」

 

「なるほど……。でも、私もついさっき思い出したところですけど、冨樹さんは大学の仕事で、今は留守ですよ?」

 

「あら、やっぱりそうなの? あの子、毎日忙しそうだものねぇ~。だったらアンタでもいいわ。この際、コナっちゃんの口から状況を聞くことにしましょ」

 

「え!? 私!? いやいやいや! 私、今さっきここへ来たばかりですし。そもそも何も知らないから、管理人さんの話を聴いてたんですよ?」

 

「そんなの言われなくてもわかってるわよぉ~。だから、風白瀬さんと親しいアンタに、部屋の中を見てきてもらおうってことよ」

 

「はあ……。いやでも……いいんですか? それは管理人さんの仕事なんじゃ……」

 

「だってぇ~……いくら管理人の立場でも、本人の許可もなく勝手に人様の部屋に入るわけにはいかないじゃない? アンタなら信用できるし、後で状況の報告だけしてくれればそれで良いから。ね、お願い? ほら、鍵は開けておいてあげるからぁ」

 

 

 

 そう言って、管理人は親鍵で扉の施錠を解くと、後は任せたと言わんばかりにそそくさとその場を後にした。

 

 なんて一方的な……。

 

 1人取り残された狐夏は、困惑を隠せず心の中で独り言ちる。

 

 だがしかし、それでも管理人の話を聴いて、フブキの身に何か起きているのではと不安を感じたのも事実だった。

 

 これは自分だけの目で確かめる好機だと捉えた狐夏は、意を決してドアノブに手を掛けた。

 

 胸の鼓動が少しずつ早まっていくのを感じながらも、その手はゆっくりと扉を開いていく。

 

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