ソードアート・オンライン -kanon side- 作:海音(仮)
いよいよSAOの中にダイブします!
あまり話そうとするとネタバレ書きそうなのでこのくらいにして……本編の方をよろしくお願いします。
再び≪はじまりの街≫にきた俺は――本来ならすぐにでも装備を整えてフィールドに向かうのだが――必死に走りたくなる衝動を抑え、周囲を見渡した。
愛奈からログイン直前に送られてきた『スタート地点で待っててね』という内容のメール。ありえないと思いつつも、万が一の可能性を考えて目を凝らす。
≪ソードアート・オンライン≫の正式サービスをプレイできるのはβテスターの千人を含めて一万人。そしてそのパッケージだが、大手の通販サイトでは初回入荷分は数秒で完売と聞いているし、昨日の店頭販売も三日も前から徹夜行列ができてニュースになっていた――つまりパッケージを買えた人間のほとんどは、重度のネットゲーマーだということだ。
愛奈がSAOを手に入れている可能性はない……と思う。愛奈は昨日も学校で生徒会の仕事をしていたのだし、愛奈自身がもともとゲーム好きというわけでもない。
思考を巡らせつつも、サービス開始直後からプレイヤーで溢れかえる≪はじまりの街≫に目を凝らし続ける。
――でもよく考えれば、俺も愛奈もアバターなんだよな――
俺のアバタ―も、現実とほとんど外見を変えてはないとはいえ、髪と瞳は現実の黒ではなくスカイブルーだ。そしてこのゲームでは、プレイヤーに対してアイコンが立つだけで、初見では名前もわからない。そのため――
「こっちから見つけるのは無理……か」
俺が諦めて――薄情な気はしたが――そのまま武器屋を目指して狭い路地に入ろうと数歩進んだときだった。
「――カノーン!!」
少し離れたところから大声で名前を呼ばれ、聞いたことない声だと思いながらも声のした方向につい顔を向けると、そこには赤髪の小柄な、多分、女の子がいた。
カノンとは反対の方向を向いているので顔はわからないが、身長に体のライン、声からして女の子だろう。
「カノーン!! いたら返事してー!!」
しかし、ログイン直後からあんな馬鹿なことする人間がいるとは……残念ながら俺はそんな人間に心当たりがあったので、急いで、大声で人の名を呼びながら周囲の注目を集めている女の子に近づいた。
「――おい、もしかしてお前、愛奈か?」
確認するべく女の子に小声で話しかけると、女の子はもの凄い勢いで振り返り、俺の顔を食い入るように見つめてきた。
「………海斗?」
「ばっ――、そうだけど、ちょっとこっち来い!」
人通りのある――しかも注目を集めている――場所で急に本名を出された俺は、赤髪の女の子の正体が愛奈だとわかったので急いで愛奈の手を引いて近くの路地に逃げ込んだ。
「え、ちょっとどうしたの?」
愛奈は戸惑ってはいるものの抵抗はしてこなかったので、そのまま人気のない場所まで走ることにした。人の喧騒が聞こえなくなったあたりで手を離し、愛奈と向かい合った。
「馬鹿野郎!! こっちでリアルの名前出すんじゃねえよ!」
「だ、だって見た目違うんだからわかんないじゃん! 海斗だって私のこと名前で呼んだし!」
「俺はちゃんと周りに聞こえないように声を潜めてただろ! あんな人の多いところで―――まあ、寧ろ人が多かったからあのくらいの声は周りには聞こえなかったとは思うが…」
いきなり怒鳴ったせいか、赤い髪と目をした愛奈が少し涙目になっていたので、説教モードで大声を出すのを止める。
「そうでしょ? 私もそのくらい考えてたもん!」
「……ああ、いきなり怒鳴って悪かったよ」
頬を膨らませ抗議する愛奈が本当にそこまで考えていたかどうかは怪しいが、ひとまず先に聞きたいことがあったのでそれ以上は言及しないことにした。
「お前、どうやってSAOのパッケージ手に入れたんだ? そもそもナーヴギアだって持ってなかっただろ」
「……ナーヴギアもパッケージも、お兄ちゃんが買ってくれたの」
「………そういうことか」
愛奈の兄の篠原透は、とある大企業にサイバーテロ対策だかなんとかで雇われていて、常に自宅か勤務先のパソコンと睨めっこをしている人だ。透さんならば、通販サイトの初回入荷分を購入していても納得ができる――が、
妹のためにわざわざ……と思いつつも、そういえば透さんは重度のシスコン(変な意味ではない)だったことを思い出す。
透さん、兄貴の鏡だな―――俺とは比べ物にならん。
「じゃあ海斗、早くモンスター倒しに行こうよ!」
「ああ。だがその前にお前のキャラクターネームを教えろ。そして俺のことはカノンと呼べ」
さっそく――装備も買わずに――フィールドに出ようとする愛奈を引き留め、まだ聞いていなかったキャラクターネームを聞く。
「私の名前? 私は愛奈だよ?」
「違うって。こっちでの名前だよ」
「……だから愛奈だって」
「―――まさか、マナって名前なのか!?」
「だからそうだって!」
えぇーー、と言いたくなるのをなんとか抑えた俺は、愛奈――改めマナに、この後人と会う約束があることを伝える。
「この後、β時代の友人二人と会う約束があるが大丈夫か?」
「大丈夫!」
「じゃあ行こうか……くれぐれも他の人にあまり迷惑をかけないように。わかんないことは聞きゃ教えるから」
「お父さんみたい……わかったけど」
「じゃあさっそく武器を買いに行くぞ」
「……えー……そこ行かなきゃ駄目?」
武器屋に行くことを伝えると、途端にマナの返事が弱くなる。
「武器なしには戦えないからな? 早く戦いたいならさっさと動くこと」
「はーい」
かなり不満そうなマナを引き連れて、俺は最初の目的地である武器屋に向かった。
「えいっ!」
気合の入った(かどうか怪しい)掛け声とともに短剣を突き出すマナから少し離れたところで俺は、先ほど合流したβ時代唯一俺のパーティーメンバーとなった青年、ハクアと話をしていた。
ハクアは銀色の短い髪に同色の瞳を持つ、身長は俺と同じほどの好青年だった。少なくともアバタ―は、だが。
「――それで、マナは今日≪完全ダイブ≫初めてなんだ」
「――なるほど。マナはカノンの彼女か」
「……、違うよ。マナはただの幼馴染だよ」
「………ふぅーん」
ハクが目を細め、半信半疑といった表情でこっちを覗き見てくる。
―――ハクのやつ、絶対信じてないな。
「まあマナもせっかくSAOに参加できたんだ、俺は当面マナの面倒見ながら進めていくつもりだよ。本当は、βの時みたいにハクと一緒に最前線で攻略しようと思ってたんだが……」
少し離れたところで、レベル1の雑魚モンスター≪フレンジーボア≫と戦っている――というより戯れているように見えるマナを見て
「……さすがに素人連れて最前線は厳しいからな。暫くはレクチャーとレベル上げ、SAOの基本を教えてくとするよ」
と愚痴交じりにハクに俺の意志を伝える。
最前線での戦いは俺にとってSAO一の醍醐味ではあったのが、おそらくは俺と遊ぶためにわざわざこのSAOに手を出したマナを放っておくことは、俺にはできそうになかった。
「……ねえカノン」
「なんだ?」
「β時代に私言ったよね、私たちパーティーは――」
「――誰よりも≪速く≫このゲームをクリアする。だろ? 憶えてるよ、勿論。だが――」
台詞の後半を取られて少しムッとした表情を浮かべたハクは、お返しとばかりに俺の台詞を遮って話を続けた。
「――私はそれを実現するためにここでカノンと一緒にいる。カノンの事情はわかった。だから私は―――カノンに協力する」
「―――」
「私もカノンに協力する。パーティーメンバーが一人増えるだけだろう? なにも問題はない。私たちがレクチャーすればマナもすぐに戦えるようになるさ」
予想外の答えに目を丸くしている俺から目を逸らしたハクは、少し声を小さくして続けた。
「この世界にきて、この話し方のせいで人の輪に入れなかった私に、手を差し伸べてくれたのはお前だ。この世界の楽しさを教えてくれたのも。な」
「そんなの、たいしたことじゃない。声をかけたのもたまたまだよ」
「だったら私にとってもマナのことはたいしたことじゃないよ。カノン」
「―――、そうか。悪いな」
本当はありがとうと言いたかったはずなのだが、口から出た言葉はやはり素直な感謝の言葉ではなかった。
――まさかゲームの中で、再び人に感謝することがあるとは――
俺はかつて、あるオンラインゲームで起きた出来事を思い出す。
その出来事がきっかけで、俺はオンラインゲームではソロプレイを極めるようになり、人との繋がりを極力遮断してきた。もう二度とあんなことが起こらないようにと………だが、この世界ではハクアという仲間ができた。
β時代、ハクアとパーティーを組むきっかけとなったのは、ソロで迷宮区に潜っている最中のことだった。俺と同じで独りで迷宮区にきていたハクアは、運悪く未発見のトラップに引っかかり、大量のモンスターに囲まれていた。そこにたまたま通りかかった俺が助けに入り、二人がかりでなんとか敵を殲滅した。その後、助けてくれたお礼がしたいと言うハクアと二人で街に戻る最中、ハクアが何故ソロプレイをしているのか、その事情を聞いた俺は――台詞はうろ覚えだが、たしか「じゃあ二人でどこよりも早く攻略してそいつら見返してやろうぜ」とか言って、ハクアとコンビを組んだのだ。あの時なぜハクアを誘ったのかは今でもわからないが、ハクアとは気が合ったし、アバタ―とはいえ実際に目を見て話した相手だった、ということもあるのかもしれない。とにかくそれがきっかけになり、俺もレイドパーティーで他人と協力したり、圏外で他のプレイヤーと前よりは自然に会話ができるようになった。
「助けられてるのはこっちの方だな……」
「ん……なにか言ったか?」
「なんでもないよ、っと」
俺は心の内にある感情を仕舞いこんで立ち上がった。ハクと一緒に一刻も早く攻略をするためにも、マナにさっさとソードスキルを使えるようになってもらおうと。
俺は自分の目標を達成するために、マナのもとに歩いて行った。
「カノンー、次に会う人はどんな人ー?」
「お前まさかまだ人を増やす気か?」
質問の多い二人を連れて歩くこと数分。ようやく着いたはじまりの街に入る。
たしかリロは帰宅が午後四時半くらいと言っていた。今が午後五時だから、ちょうどいいくらいだろう。
「リロってやつだ。俺の中学校のクラスメ―トで、βテスターでもある。……ハクは何回かβ時代の攻略で会ったことがあると思うぞ?」
どこで待ち合わせるか細かく決めてなかったなぁーなんて今更のように思いながら、「とりあえず俺らがログインした場所まで行ってみようか」と足を進めた時、ふと視線を感じた。
――見られているのか?
左右に歩いているマナとハクに気付かれないように視線を感じた方向を盗み見ると、視線の先には黒いフードをかぶった背の高い男がいた。
――街中で黒フード……百八十はあるかな。まあVRMMO、少なくともSAOの中じゃ珍しいことじゃないけど…
SAOの中ではキャラクターを自分で作成できるため、身長が高い人間は珍しくない。むしろ、リーチは長くなるし様々な武器を装備しやすくなるため、平均身長はあきらかに現実世界より高いだろう。
それよりも、せっかく作ったアバターの顔を隠すようにフードをしているのは、不自然じゃないだろうか。……PK狙いのプレイヤーなのだろうか?
フードをかぶった男は、街の外に向かっているようだった。俺はなぜか、フードの男をどこかで見たような気がして、目で追いながら記憶を探っていた。
――そうか、リロに似ているんだ。
身長こそ現実ともβ時代とも違うものの、黒いフードに短剣という装備は、間違いなくβ時代のリロそのものだった。
だが、リロなら俺を見て気が付かないとは思えない。俺はβ時代からアバターを変えていないのだし――
「カノン遅いよ! 早く行こう!」
そこまで考えたところで、マナに左腕を引っ張られ、フードの男から視線を外さざるをえなくなる。どうやら考え事をし過ぎたせいで、歩調が遅くなっていたらしい。
「っと、引っ張るなよ危ない」
「どうしたカノン、誰か知り合いでもいたのか?」
再びフードの男がいた方向を見るが、目の前の人ごみの中から、フードの男を見つけることはできなかった。
「……いや、なんでもないよ。急にわるかったな」
「……もしかして可愛い女の子に見惚れてたんじゃないよね?」
「おい、なんでそういうことになるんだ」
「なるほど。カノンはマナという彼女がいるのに、街中の女の子に見惚れていたのか」
「か…、彼女ってどういうことですかハクアさん!」
「そうだぞハク、それは誤解だと言っただろ」
「うむ……はたから見たら、幼馴染というより恋人といわれた方がしっくりくるんだが」
「からかわないで下さい! もう……」
「はぁ……ったく、早く行くぞ」
「――いないな……」
――と、リロを探して街を歩いている俺の耳に、通りすがりの団体から気になる話が聞こえてきた。
「ねぇ、ログアウトできないって本当?」
「ああ。ログアウトボタンがないんだ。GMコールも反応なかったし……」
「えぇー! 俺もうすぐ夕飯なんだけど! なにやってんだよ運営はー」
ログアウトボタンがない?
俺はリロ探しを一時中断し、右手でウインドウを操作してβ時代ログアウトボタンがあった場所を見るが、たしかにそこにログアウトボタンは存在しなかった。
「どういうことだ? こんなに大きな不具合、見つかってないとは考えにくいんだが……」
疑問は多く残るが、いったんメニューウインドウを閉じ、周囲をもう一度見回す。
はじまりの街でリロを探し始めてすでに三十分が立つが、俺はいまだにリロらしき人物を見つけることはできていなかった。
すでにフィールドに出てしまったのだろうか……?
ログアウトボタンがないことが気になった俺は、マナとハクのもとに戻ることにした。リロとはなにも今日会えなくたっていいと思ったからだ。今日のことは謝って、また約束し直せばいい。
俺は走って二人がいる中央広場の方へ向かう。
もしかして街に入ってすぐ見かけたフードの男は、やはりリロだったのだろうか? 向こうが俺に気が付かなかっただけという可能性もあるにはあった。やはり声を掛けておけば良かったか――
考えを巡らせながら路地を歩いていると、突然、リンゴーン、リンゴーンという鐘のような音が大音量で流れた。
「何だ?」
いきなりの現象に驚いていると、今度は突然、体の周囲を青白い光が包み込んだ。
――これは……≪転移≫?
しかし何故―――と考える間もなく、光がひときわ強く輝き、俺の視界を奪った。
光の輝きが薄れてくると、そこはさっきまでいた路地裏ではなく、今まさに行こうとしていた中央広場だった。
「どうなっているんだ……」
呆然と立ち尽くしていると、背後から声が聞こえた。振り返るとマナとハクが俺のもとに走って近付いてきていた。
「カノン! 大丈夫!? 急に広場にたくさんの人が現れて……」
「カノン、これは≪転移≫だな? お前も転移されてきたようだが、なにがあったんだ?」
言われて周囲を見渡すと、とてつもない量のプレイヤーが広場に集まっていた。まるで全てのプレイヤーがこの中央広場に集められたような―――
「――俺は大丈夫だ。街中を走っていたら急にここに転移された。おそらく他のプレイヤーもだろうが……何故こんな―――」
そのとき、左側から大きな叫び声がした。
「ない…ない! ログアウトボタンがない!!!」
俺は大声の主を見るべく左側に目を向けると、そこには街に入ってすぐに見かけたフードの男がいた。
――ずいぶんとオーバーリアクションだな……、なにか絶対に帰らねばならない理由でもあったのだろうか?
周囲の視線を感じてか、フードの男はフードをより一層深くかぶり、どこかに去っていった。
――やっぱりリロじゃないか。
そう思い、再びマナとハクの方に向き直った――
そのとき、プレイヤーの誰かが叫んだ。
「あっ……上を見ろ!!」
俺たちは咄嗟に上を見上げた。そこには、いままで見たことのない異様な光景があった。
百メートル上空、二層の底が、市松模様に真っ赤に染められていく。よく見るとそれは二つの英文が交互にパターン表示されたものだった。
「【Warning】に【System Announcement】か……なにかバグでも発生したのか、正式サービス開始にあたっての派手な演出ってとこか――」
俺がそう呟いた直後、上空を覆い尽くす赤に更なる動きがあった。急にどろりとした感じでその一部を――水滴を落とすかのように――落とした。否、表現で言う水滴部分は空中に滞空しているので、分離させた。というのが正しいかもしれない。
その分離した赤い物体は、空中で形を変えていった。
「……なんか、嫌な感じがする」
「あれは――βテストのときGMが着ていたローブ、か?」
「そう……っぽいな。だが――」
空中の赤い物体はハクの言う通り、βテストのときはGMが必ずまとっていた赤いフード付きローブに形を変えていた。
しかし顔が……というより体がない。それに、大き過ぎる。ローブは二十メートルはあるんじゃないかというほど巨大だった。
バグについてのアナウンスじゃあなさそうだな。演出にしても妙な感じだ……あきらかにプレイヤーの不安を煽るようなやり方だし、まだ始めたばかりのプレイヤーもいるなかでする演出じゃないような―――
そのとき、低く落ち着いた、よく通る男の声が遥か高いところから聞こえてきた。
『プレイヤーの諸君、私の世界にようこそ』
怯えるマナと眉を寄せて上空を睨むハクに俺は、とりあえず話を聞こうと提案した。二人ともとりあえずは同意してくれたようで、三人で上空を見上げ、次の言葉を待つ。
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
茅場晶彦……俺はゲームそのもの以外に興味を持つことはあまりないが、その名前は聞いたことがあった。なにしろナーヴギアの基礎設計者であり、このSAOの開発ディレクターでもあるのだから。
しかし、いままでろくにメディアに出なかったと聞いていた。そんな彼が、ゲームの世界とはいえ、こんな演出をするのだろうか?
――いや違う、気にするべきはそこじゃない。さっき彼はなんと言ったか――『この世界をコントロールできる唯一の人間』――唯一?
『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、≪ソードアート・オンライン≫本来の仕様である』
――ログアウトボタンがないことが、不具合じゃない?
『……また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合――』
「………」
空気が重い、一万人のプレイヤーがいるとは思えない静けさだった。気が付くと、マナは俺の右手を抱きしめるようにしていて、ハクも俺の服の端を両手で握りしめていた。
『――ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
「―――」
俺は絶句した。周囲は再びざわつき始めたが、耳に入らなかった。
――この男、茅場晶彦は、嘘をついていない。
聞こえてくるのは音声だけだが、俺には、茅場晶彦という人間の言葉が、嘘をついているようには聞こえなかった。
「――カノン、あの声の人が言っていることは……本当?」
右から聞こえた小さな声は、俺という人間を知っているからこそ、俺にそう聞いたのだろう。だが俺は、実際に思っていることを口にはしなかった。
「わからない」
――マナは、今の嘘を見抜いてしまっただろうか……
だが確認する前に、再び茅場晶彦の声が聞こえてきた。
『より具体的には、十分間の外部電源切断、二時間以上のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除または分解または破壊の試み――以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。この条件は、すでに外部世界では当局及びマスコミを通して告知されている。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制解除を試みた例が少なからずあり、その結果――残念ながら、すでに二百三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』
どこかで、悲鳴が上がったのが聞こえた。
「な、なにを言っているんだ……これはっ―――過度なオープニングイベント……じゃないのか……?」
ハクが震える声で、呆然と上空のローブを見上げながら言う。だが俺は、今の長い音声を聞いて理解した……理解してしまった。話の内容もだがそれ以上に――この男が一度も嘘をついていないと――わかってしまったのだ。
――つまり、すでに二百三人が死んだ――
「カノン……」
マナもまた、俺の表情や身体の強張り方からなにかを察したのだろう。今度は俺の体に、すがるように抱きついてきた。
そんな俺たちを嘲笑うかのように……いや、この場にいるプレイヤーのことなど気にも留めていないのだろう。無慈悲に、茅場晶彦の声は続く。
その後、茅場晶彦が話した内容は、プレイヤーの現実世界の肉体についての対応。そしてSAO内での死が現実世界での死に繋がること。それから、このゲームをクリアしなければプレイヤーは永久にSAOから解放されないこと。
周囲は悲鳴や怒号、呻き声で喧騒としていた。
そんな中、俺たちはただ呆然と立ち尽くしていた。
『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』
俺は反射的に、右手の指二本を揃えて真下に振っていた。出現したメインメニューを操作して、まだほぼ空白のアイテム欄を確認する。所持品の一番上に、それはあった。
「≪手鏡≫?」
俺が少し間を置いてそれをオブジェクト化すると、小さな四角い鏡が目の前に出現した。手に取ってみるが、とくに変わりはない。覗くと俺のアバタ―が映るだけだ。
周りを見回すと、ハク、それに四方にいるプレイヤーたちも俺同様、手鏡をオブジェクト化していたが、なにも変化はないようだった。
「これは一体――」
どういうことだと続ける手前、急に白い光が周囲のプレイヤーを、そして俺を包み込んだ。
時間にしてニ、三秒。
視界がもとに戻った―――が、目の前の光景はかなり変わっていた。
さきほどまでいかにもゲームの世界だと思わせてくれていた派手な美男美女のプレイヤーたちはどこにもおらず、その代わりにいかにも現実世界で生きているような顔立ちの人間が立ち並んでいた。
「なんだよこれは……って、え?」
自分の発した声がさきほどまでの声とは違うことに気が付いた俺は、ある可能性を考えて恐る恐る手鏡を覗きこんだ。
果たしてそこには――髪と瞳の色は黒く染まり、やや違った輪郭や目つき、髪型まで完全に再現された――現実世界の俺の顔が映っていた。
「こんなことが――」
「これ……海斗? それに、私?」
右を見ると、やはり同じく現実の姿に≪変化≫したマナがいた。俺が持っている手鏡を覗き込んで俺と自分の姿を確認したらしい。
「マナ、現実の名前は出すな。たしかに今の状況は特殊だし見た目も現実の再現だが、これはSAOの中なんだ」
「あ、ごめん」
「ハク――」
俺は、ハクがいるはずの左を向いた。……が、当然といえば当然、そこに銀髪の青年はいなかった。そこにいたのは、黒く長いストレートヘアをもった綺麗な女性プレイヤーだった。
「え……私? なんで」
女性プレイヤーは右手で持った手鏡を呆然と見つめていた。
一瞬、知らない人だろうと考えようとしたが、その女性プレイヤーの装備はさっきまで一緒に話をしていたハクの装備そのものだった。それに、その女性プレイヤーは、左手で俺の服の端を掴んでいた。
「―――もしかして、ハクさん?」
俺がどう話を切り出そうか悩んでいると、マナが俺の右側から顔を覗かせていきなりど直球を投げ込んだ。
「――え?」
ようやく手鏡から目を離し、俺とマナを、そして周囲を見たハクは、ようやくこの状況を掴めてきたのか顔を真っ青にすると、俺の服から手を離し、そのまま百八十度方向転換。勢いよく走り……もとい逃げ出した。
「――追うぞマナ!!」
「うん!!」
俺とマナは急いでハクの後を追った。
幸い、敏捷性でわずかに俺に分があったようで、広場を出てすぐの路地で追いつくことができた。
「まてよハク! 何処に行くんだ!」
犯罪防止コードが発動しない程度の握力でハクの腕を掴む。
「離せ!――私は、お前に嘘をついていた……この世界でたった一人の仲間だったお前に――」
「ハク!!」
俺が大声を出したことでハクはビクッと体を強張らせ、抵抗するのを止めた。
「ハク。俺は……お前が女だって、前から気付いていた」
「……え?」
振り向いたハクは、涙を流していた。そして俺に向かって驚いた顔をしている。――どうして――、と。
「俺は、嘘をつくのと見分けるのが得意なんだ。……β時代、一度だけお前に本当に男かって聞いたことあるだろ? そのときの反応で、わかったよ」
ハクは黙って俺の話を聞いている。が、すぐに顔を背けてしまう。
「だが……結局私が、自分の性別を偽ってお前といたことに変わりはない」
背後からまだ茅場晶彦の声が聞こえてくるが、今の俺の耳には喧騒とかわらない、ただの雑音にしか聞こえなかった。
「ハクが嘘をついて心を痛めているならそれは違うぞ。言い出せなかったのは俺もだ、それに俺、実はβ時代、お前に数えきれないほどの嘘をついているしな……だからなんだ、ハクが――性別がばれたから一緒にいたくないって言うなら俺は諦める。けどな、俺はお前と一緒にゲームをしたい」
なんだか自分がとても恥ずかしいことを言っているような気がして、とてもハクの方を見ることはできなかったのでハクに背を向けてしまう。が、ここまできたら言いたいことは言うべきだろう。
「―――それに、俺はゲーム仲間に性別なんて関係ないと思ってる。俺はハク、お前がさっき俺とマナに付き合うって行ってくれた時、凄く嬉しかったんだ。だから……俺にとっては、お前の性別なんて、たいしたことじゃない」
言いたいことは言った。あとはハクの判断を待つだけだ。
「………」
「………」
「……カノンはずるいな」
黙っていると、とんっ、と背中に少し重みを感じた。薄い装備の上から、暖かさも。
「……私、これで面倒な性格だぞ」
「知ってるよ」
「……じゃあ、嘘ついた分。こんどなにか奢ってもらうからな」
「ああ。そこはしっかり奢らせるんだ……」
なんとかなったな。と背中に伝わる重さと暖かさを感じていると、さっきまで少し離れたところで様子を窺っていたマナが、事態の収束を見てこっちに歩み寄ってきた。
「………じーっ」
「ふぇ!? ま、マナ? いいいつから見てたんだ!」
どうやら今更マナの存在に気が付いたらしいハクが、すぐに俺の背中から慌てて離れ、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「え? 最初からあっちの方にいたぞ」
「うん。最初からあっちにいましたよー?」
「そ、そーゆーことは先に――うぅ……」
ハクがなにをそんなに慌てているのかわからなかったが――
「さて。とりあえず、これで和解ってことでいいな?」
ハクに向かって問いかけると、ハクはまだ顔を真っ赤にしてうつむいていたが―――こくんと首を縦に振ってくれた。
「ありがとう。で、だ。俺は………今から次の街に行こうと思う。『このゲームをクリアすること』それが唯一の生還への道だと茅場晶彦は言っていた。そしてやつのほとんどの言葉に、残念ながら俺は嘘偽りを感じることがなかった―――」
ここで言葉を区切り、二人の様子を窺う。
二人とも何を感じて、何を考えているのか―――見つめ返してくる二人の表情からは読み取れなかった。
暫く沈黙が続いたのち、俺は話を続けた。
「―――だから俺は、やつの言葉を信じてこのゲームを攻略しようと思う。こんなことにした張本人に対して『信じる』とか変な言い方かもしれないが……」
俺がなにか良い言い回しはないかと思考を巡らせていると、不意に、正面の二人が口を開いた。
「私は、カノンに付いて行くよ」
「私もだ。一緒に行くさ。……というか今更そんなこと言わせるな」
「…………そうか」
二人の言葉を、たっぷり数秒かけて理解した俺は、本当かと聞き返そうとしたが、二人のまっすぐな強い意志を含んだ目を見て言葉を飲み込んだ。
―――二人とも強いな……
「じゃあさっそくだが……ここはすぐに人で溢れかえるだろう。効率よく稼ぐためにも、今日中に次の街に移動するぞ」
広場の方はだいぶ混乱しているようで、わめき声や鳴き声も聞こえてきていた。
そんな中、俺たちは広場とは逆の方向へ、街の外へ、次の街へ、その先へと歩み始めた。
まずはじめに、最後まで読んでくださった方々、長い文章に付き合っていただきありがとうございます。
二回目の投稿は一万字超えましたーwww
でも最大四万字だし大丈夫だよね? ちょっと長いくらいですよね?
プロローグから「デスゲーム化する辺りまで」という話だったのですが、多少必要であろう本編部分カットしてもこの長さ。
そして茅場さんの台詞は扱い難しいです……
なにしろあまり使っちゃっうとサイト側にレッドカード貰っちゃうわけですし……だけどカットしたくない大事な場面。
結局半分程度に抑えられたかな? くらいです。はい。
ではまた次回、まえがきで会えることを(原作大量コピーに引っかからないことを)祈って。
俺のスケジュールに休みがあることを(割とマジで)祈って。
さようなら!