「お前、三限の授業出てないだろ」
僕は小鳥居を捉えたまま、こちらに振り向きながらただずむ彼女に言った。一方小鳥居の表情は変わらない。
「どうしてそう思ったのか聞かせてくれるかしら」
僕は黙って頷く。周りには通りがかる上級生や、これから授業を行うであろう同級生達もいるが、誰も僕らに注目する人はいない。
「順番に説明して行こう。まずはお前のセーラー服、見ての通りずぶ濡れだ。確かにあの大雨ならバケツを頭から被ったレベルで髪や制服が濡れるのは頷けるけど、僕が不審に思ったのは小鳥居が濡れたままという点なんだ」
「何もおかしなことはないわ。乾かす手段なんてなかったんだもの」
「小鳥居、乾かす手段はあるんだよ。体操着を忘れたお前は知らないかもしれないけど、
「それは驚いた。高校には備え付けのドライヤーがあるのね。でも、私は更衣室には入ってないわ。そんなの分からないじゃない」
小鳥居はあくまでもとぼけるようだ。横髪から作られた垂れ下がった特徴的な三つ編みを弄り、小鳥居は僕から視線を逸らした。
僕は先程まで小鳥居が着ていた学ランを羽織る。このカラッと晴れた天気なら、自然に乾くのに時間はかからないだろう。
「お前言ったよな?『早く乾かした方がいいよ』、『濡れたままで大丈夫?』って心配されたって。そうやって心配した連中が何故お前に更衣室のドライヤーの存在を教えなかった?生徒が教えてくれなくても、三限の授業にずぶ濡れのお前が座ってたら、担任だって更衣室のドライヤーで乾かす事を進めるはずだし、自然乾燥なんてするよりその方が合理的だ。クラスメイトに心配されたなんてのは、嘘なんだろ?お前は本当は誰になんとも言われてなかったんだ」
「希望的観測ね。全く論理的ではないわ。クラスメイトが私を心配したからと言って、ドライヤーを進めるとは限らない。それに私の席は一番後ろの窓際、先生が気づかなくたっておかしくないわ」
「じゃあお前は、濡れたままの格好で三限の授業を受けていた……そう言いたいんだな?」
「ええ」
僕はゆっくりと、小鳥居のスカートを指さす。
言葉を続けようとすると、小鳥居の眠そうな目がジト目になり、僕の言葉を遮った。
「津雲くん。女の子の下半身を指さすのはやめて。えっち」
「お前な!緊張感が無くなるだろ!!」
思わず大声を出してしまうと、登校していた生徒達がジロリとこちらを向いてきた。俺は周りに『すみません、すみません』と軽く謝罪。無表情で俺を見つめる小鳥居。
そしてわざとらしく咳払い。
「あー……ごほん」
「津雲くん。緊張感が無くなるわ」
「誰のせいだ!!……あーもう、俺が言ってるのはそのスカートだ。濡れたままのスカートで三限の授業を受けていたなら、椅子は濡れるはずだろ」
「そうね」
「お前はさっき教室で、椅子の上にプリントを置いていた。詳しく言うと、濡れた椅子の上にプリントを置いていた」
「それがなに?まさか、濡れてる椅子にプリントを置くなんて事はしない。だから椅子は濡れてなかった。とでも言うの?」
「いや、そうじゃない。椅子が濡れてるのを忘れてプリントを置くってのは誰でもありえる話だ。人間はそこまで注意深い生き物じゃない。それに小鳥居風に言えば、そんなのは論理的でもない。小鳥居が教室の窓を開けた時風が教室内に侵入して、プリントが椅子から落ちた。加えて、さっきお前はプリントを二枚折にして鞄にしまった。いいか小鳥居、これは常識の話だ。
「へえ……」
「なのにプリントはわずかなそよ風で椅子から落ち、お前は濡れてるはずの紙を二枚折にした。そんな事をすれば、紙同士がくっ付いてプリントはグシャグシャだ。仮に椅子が濡れているのに気付かずにプリントを置いていたとしても、手に取った時に濡れてる事に気付くはずだろ?普通の人間なら、濡れてる紙を二枚折なんかにはしない」
小鳥居が『普通』なのかは知らないけど。
小鳥居は僕の推理が進むにつれ、だんだんと目付きが悪くなる。普段ならまるで絵の中の人物のように表情が全く動かない小鳥居のその反応が、僕の推理が正しいことを裏付けている。僕は一度唇を舐め、続ける。
「さてと。これでお前が、全身が濡れた直後からさっき俺と教室をあとにするまでの時間、一度も椅子に座ってない事が証明できる。雨が降り出したのは二限の途中。小鳥居の言う通り二限でそこまで濡れ、それ以降椅子に座ってないのなら、お前は三限目には出ていない事になる。ああ、三限で椅子に座ってないっていう言い訳は通用しないぞ。今日の時間割、ABC組は共通だ。三限は教室で生徒手帳の配布と校則の確認、流石に椅子に座らなきゃ授業は受けられないだろ。常識の話だ」
僕は頭を人差し指でコンコンと叩いた。小鳥居は無反応。日差しがより一層強くなり、小鳥居のセーラー服も乾いて来ているように見える。
僕の推理は、まだ終わっていない。
「これでお前が三限の授業に出ていない事が証明された。お前は授業に出ておらず、なんらかの目的をその時間に果たしていた。それがなにか推理してみようか。まずは……なんだよ」
饒舌になってきた所で、小鳥居が僕の目の前までズンズンと歩いてくる。無表情の小鳥居が堂々とこちらに近寄ってくる姿はなんともシュールで、僕は思わず苦笑い。
小鳥居は僕の顔の前に手のひらを持ってきて、おもむろに言った。
「たんまたんま」
「タンマ?」
小鳥居は昇降口の中にある自販機を指さす。
「喉乾いた。奢って」
「お前予定が出来たんじゃなかったのかよ」
「あとでいいわ。私、梅昆布茶ね」
「喉乾いたのにあったかいやつ!!??」
てかそんなもの売ってるのかよ!!
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自動販売機で飲み物を購入し、僕達は昇降口近くの土足で入れる休憩スペースの丸机に腰をかけた。僕はスポーツドリンクを購入、小鳥居は梅昆布茶、ではなくエナジードリンクを片手に持っている。
自動販売機の前で小鳥居にエナジードリンクというのはどういうものなのか聞かれ、僕は適当に『愛と勇気が詰まった味』と答えた。小鳥居は目を輝かせ、梅昆布茶には目もくれずエナジードリンクを僕に奢らせた。
「貸一だかんな」
「借りは返すわ」
なにそのカッコいいセリフ。
小鳥居は目を輝かせたまま、エナジードリンクを一口。
「……まじゅい」
「奢らせといてそれかよ!飲み込んでから話せ!」
「わしゅれていたわ……わふぁひ、たんしゃん飲めにゃかったにょ。津雲きゅん、ちゃんとしょうゆういうとこりょは配慮してくれにゃいと……!」
両手をあたふた、両足をジタバタ、両目をグルグルさせる小鳥居。
もう誰かコイツを黙らせろ。
「ほら!べーしてこい、べー!」
「べー」
「ここでするなぁ!!」
その後トイレに行って戻った時には、僕の前にはエナジードリンク。小鳥居の前にはスポーツドリンクが置かれていた。