昇降口を入ってすぐの自動販売機。その脇にある休憩スペースの丸机に向かい合いながら座るのは、僕と小鳥居のみ。他にもこれから登校してくる生徒達が見えるが、こちらには目も送ってこない。
僕は小鳥居が何らかの理由で三限の授業をサボっていた事を証明した。放課後の教室でびしょ濡れになっていた女子生徒は、あたかも三限の授業に出ていたかのように話を進め、僕を欺こうとしたのだ。
僕は目の前にあるエナジードリンクを一口飲む。小鳥居もスポーツドリンクを口に含むと、一度溜息をつき、続けた。
「津雲くん」
「なんだ?」
「素晴らしかったわ、あなたの推理。その通り。私は三限の授業に出てないの」
今まで僕をおちょくっていた小鳥居に褒められるとどうもむず痒い。そんな事を思いながら頬をポリポリとかいていると、両手でスポーツドリンクを握る小鳥居が口を開いた。
「でもね」
スポーツドリンクに視線を向けたまま。
「でも、そういうのは嫌いよ。さっきの通り、あなたの推理は素晴らしかったわ。でもね、推理とか探偵の真似事なんていうのは私はあまり好きじゃないの」
無表情のまま、小鳥居は続ける。僕は頬杖を付きながら小鳥居の話を聞き、推理の考えをまとめていた。
「人の領分に土足で突っ込んで、人の知られたくないもの、隠したいものを全部無理矢理さらけ出させる。勝手に心を覗かれて、他人の口から真実を告げられる気持ちは、とても愉快なものとは言えないわ」
「そんなに隠したい事なのか?」
小鳥居の話を聞いてもなお、自分の興味が向いている方向の質問を僕は彼女に投げかけた。
すると、小鳥居は僕の瞳を見つめてくる。眠そうで、形而上的な瞳。力強くは無いが、その瞳を見ていると吸い込まれてしまいそうになる。
僕が小鳥居から視線を逸らすと、彼女は薄く笑った。
「証明してみればいいじゃない。あなたの推理は面白かったわ。聞いている側も」
その言葉を聞いて、僕は思わず驚いた顔をしてしまっただろう。なにか裏があるのではないかと眉をひそめ、僕は小鳥居に聞いた。
「なんだ。さっきと言ってる事がまるで違うじゃないか。お前は推理が嫌いじゃなかったのか?」
「ええ、嫌いよ。でも今の私はもっとあなたの推理を聞きたいの」
「……言っていることがよく分からないぞ」
「言葉のまま」
再び小鳥居の目の色が変わった。今度は、どんな推理の穴も逃さないという挑戦的な瞳が僕を捉えた。
やはり僕はこの女子生徒の事がよく分からない。
先程まで騒がしかった周りも、既に四限が始まろうとしている為か、静寂に包まれていた。
僕は一度、目を瞑る。
十秒、もしかしたら一分も瞑っていたのかもしれないが、僕は目を開けた。目の前にいるおさげ髪の少女を捉え、四限のチャイムが鳴ると同時に僕は言った。
「さて、まずは現時点の状況を整理しよう」
小鳥居は黙って頷き、僕は人差し指を立てる。
「一、小鳥居は三限の授業に出ていない。これは先程説明した通り、椅子の上に置いてあるプリントの件と、お前自身の自白で説明できる。二、小鳥居の制服が濡れた原因は雨で、この雨は二限の途中から三限の途中まで降り続けた。雨が降り出したのと止んだ時間は分からないけど、それはあまり関係ない。三、お前が三限に
状況を一つずつ並べるたびに、僕は指を一本ずつ上げていった。
「この三つを軸に、もう一度推理を始めていく。テーマは、お前が三限の授業に何をしていたかだ。いいな?」
「ええ」
小鳥居は至って冷静だった。元々感情を顔に出さない奴ではあるのだが。
でも正直な所、僕は小鳥居が三限の間に何をしていたのか想像がまだついていない。
そして僕はもう一つ、小鳥居の嘘を暴いていた。
「状況の二を見てみよう。お前は自分の制服が濡れたのは二限のスポレクの間、と言っていた。小鳥居の所属するA組のスポレクはグラウンドで鬼ごっこ。お前は体操着を忘れ、制服のままスポレクに参加した。だが突然の大雨で制服はすぶ濡れ。これでいいな?」
「その後津雲くんと会って、下着を見られて、学ランを貸してもらったも追加ね」
「み、見てねーよ!青い下着なんてみてねーし!」
「青いって言ってるし。……えっち」
何故か頬を染める小鳥居。見られても構わないって言ってただろう。
僕は話を戻す。
「なあ小鳥居。その話、全くもって嘘だろう?お前はスポレクにも参加していない。詳しく言うと、
「どういうこと?」
「ローファーさ」
「……ローファー?」
小鳥居は首をかしげ、自分の足元を確かめる。僕の履いてるものより一回りほど小さいローファー。
それでも小鳥居の疑問は晴れないようだった。当たり前だろう、なんせ彼女は三限の授業に参加していない。
僕は自分のポケットから、三限の授業に配られた生徒手帳を取り出し、とあるページを開いた。そこには、こう記されている。
「
そう。これは小鳥居のミスだ。小鳥居はかなり注意深い。三限の授業に出ていない事を隠す為に僕に嘘をつき続けていた。
一度は小鳥居の嘘に騙されかけたけど、小鳥居が裏門の方向に歩いてく時、僕は彼女がローファーを履いていることに気付いた。小鳥居がローファーでグラウンドに入れないことを知っていたのなら、もっと柔軟な嘘をついたに違いないが。
「それにこの校則を知らなくても、お前がグラウンドに入っていない事は証明できる」
「聞かせてもらえるかしら」
「
僕は続ける。
「小鳥居。お前は三限の授業だけじゃない。二限の授業にも出てなかったんだ。いや、出れなかったという解釈の方が正しい。ならお前は二限の間になにをしていた?体操着もなければ、グラウンドに入れる靴も持ち合わせていない。そんな時に何をするかは明白だ。お前はスポレクに参加していた。
小鳥居の反応は相変わらず薄い。スポーツドリンクで唇を濡らした小鳥居は、椅子の背もたれに寄りかかって抗議した。
「あくまでも可能性の話でしょ?それに私が昇降口前のグラウンド入口で見学してたというのなら、一つおかしな点が浮き出てくるわ。私の服よ」
僕は小鳥居に話の続きを促すように、顎を突き出して見せた。
「あなたも見たように、私の制服はずぶ濡れ。セーラー服から、スカートまでね。グラウンド入口で見学していて雨が降ってきたのなら、私は直ぐに昇降口に入れる。だってそうでしょ?
「確かにそうかもしれないな。だが、雨が降り出してから校舎内に戻らなかったというのなら、説明がつく」
「途中で止んだとはいえ、あんな大雨のなか私が外にいたって言うのかしら?突然降った大雨の……」
「それだよ小鳥居」
「……?」
僕は小鳥居の言葉を遮った。普段やらない推理をしているせいか、自分の気持ちが昂っていふのが分かる。きっと僕は今、笑っているだろう。
「あれは突然降った大雨だ。この大ノ宮高校の生徒誰一人、いや大ノ宮市の人間誰もが予想できなかったものだ。お前自身もな」
僕は唾を飲み込む、推理も佳境へと入っていた。
「小鳥居。お前にとってあの大雨は予想外でイレギュラーなものだった。お前にとって、雨は降っちゃいけないものだったんだろ?早く雨に対する策を打たねばとお前は打診する。でも突然の大雨だ、傘だって持ってない。けどそれは三限の授業に出るよりも大切な事だった。だからお前は制服のまま現場に向かったんだ。そして雨の打たれながら『なにか』をした。学内か学外かは分からないけど、すぶ濡れな所を見ると少しは遠出した事が伺える。そして『なにか』を果たしたお前は全身が濡れてしまい、とても教室に戻って授業を受けられる姿じゃあなかった。だからお前は三限の授業をサボり、授業が終わるまで待っていたんじゃないのか?そして授業が終わり他の生徒が帰宅して、残りのDEF組が学校にやってくる間の時間を見計らって教室に戻った。しかし濡れた服は完全に乾かずして、僕と教室で偶然会った。僕に推理出来るのはここまでだ。具体的に何をしていたかは分からなかったけど、授業をサボってまでやらなきゃいけない行いが外だということは証明できた。なあ、小鳥居。お前は授業にでてない間なにをしてたんだ?」
そして、僕はあくまで小鳥居を威嚇するように、付け加えた。
「答えた内容、また無返答によっちゃあ、僕はお前を生徒指導部に突き出すぞ」
小鳥居はやはり無表情だ。隠したい真実を他人の口から告げられるのが嫌いだと、彼女は言った。なら今の彼女の心境はどんなものなのだろうか。呆れているのか、今の僕に激昴しているのか、やはり彼女の表情からは何も読み取れない。いや、そもそも彼女から推理をしていいと言う許可を貰ったのだがら、怒られても困るというか……。
少しだけ警戒していると、小鳥居は『ふぅ』とため息をついた。
そして、彼女は笑った。
─────「津雲くん。私、あなたが苦手よ」