『にゃ〜』
二限のスポレクの時間。体育館でやっていたドッジボールの休憩の時、そんな声が聞こえてきた気がした。
僕はあまり動物には詳しくないけど、それが猫の声だと分かるのに時間はかからなかった。
学校に猫?大ノ宮高校に畜産科はないし、バイオセラピー学科もない。誰かが連れてきたのかもしれないけど、いくら猫とはいえ学校で野放しにするかな?
なんだか気になってしまって、僕は三限の授業が終わったあとも窓の外を眺めながら考えていた。普段はあまり考え事はしない主義だけど、高校生になって多少色々な事に興味が出てくるのは自然なことだ思う。
そして教室に取り残されたのが僕だけだと気づき、帰ろうと廊下を歩いていると。
『こんにちは、津雲くん。あなたも大ノ宮だったの』
僕、津雲夕日と小鳥居出雲は、本当の意味で出会いを果たした。
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「にゃ〜」
いや嘘だろ。開いた口が塞がらないとはこの事だ。僕は赤ん坊が珍しいものを見た時のように固まった。
小鳥居の所業を問い詰めてから十分足らず、僕達は大ノ宮高校裏門近く、体育館裏へ来ていた。
ここは運動部の外周コースにもなっているらしく、一年下駄箱の昇降口前のスペースからコンクリート製の地面が地続きして来ていた。
僕の右隣に無表情でただずむのは小鳥居出雲。そしてその視線の先にあるのは、普段二リットルのペットボトルが入れられているダンボールだった。しかし今入っているのは、ペットボトルなんぞという無機物では無い。
茶、黒、白の三色毛並みにクルリとした瞳、耳は綺麗な直角三角形を形成しており、可愛らしい四本の足を一点に置き丸まっている。そして何故か誇らしげなドヤ顔。
「み、三毛猫……?」
「ええ、そうね」
小鳥居もドヤ顔で
「にゃんこよ」
「そのドヤ顔にはなんの意味があるんだよ」
そう、三毛猫がダンボールの中に居座っていたのだ。
ダンボールは今の強い日差しを受けたせいか雨で濡れている様子はなく、ダンボールが置かれている真上は校舎の出っ張りで屋根が出来ていた。太陽の位置と影の関係で、日陰にはなっていないが。
僕が横目で小鳥居を見ると、彼女と目が合った。小鳥居は抑揚のない声で言う。
「今朝ね、少しだけ早く来れたから校舎内を見学してたの。それで外観も見てみようと思ってここを歩いてたら見つけた。学校に猫を捨てる生徒なんているのね。私、驚いちゃった。でも教室に持っていく訳にもいかないし、どこかに隠しておく訳にもいかない。今日は午前中で授業は終わるから、終わってから考えようと思って触らないでおいたの。…………いえ、触ったわ。ナデナデした、三回くらい」
「ああ、そうですか……」
別にその点については触れなくてもいい。
「今朝の天気予報では今日は終日晴れの予報だったし、たった三時間程度なら問題ないと思ったの。でも……」
「予報外の大雨か……」
小鳥居はコクリと頷いた。そして、僕達が向き合っているダンボールが置かれている校舎側の壁と反対方向にある木を指さしながら、続ける。
「最初はあそこに置いてあった。あれじゃあ雨はしのげないわ。だから私は二限の授業を抜け出して、にゃんこをこっち側に移動させたの。その後はあなたの推理通り。三限の途中から雨が止んだとはいえ服は乾かなかったし、ずぶ濡れの状態で教室に戻れるわけもないわ。……それに、あんまりにゃんこがここにいる事を人に知られたくなかったの。学校に捨て猫がいるって先生達に伝わったら保健所行きなんてことも有り得るし……。ごめんなさい」
小鳥居はぺこりと頭を下げた。
三毛猫はダンボールの中でもそもそと動き出し、時折可愛らしい鳴き声を俺たち二人に聞かせてくる。
耳に入るの三毛猫の鳴き声と、後半クラスが体育館内で教科書を購入している賑やかな話し声だけだ。高校の入学祝いに購入したブランド物の腕時計を見ると、既に午後一時半を回っていた。
正直な所、僕はてっきり小鳥居が二限の途中から三限の間にしていた事は、あまり穏やかなことではないと踏んでいた。
必死に何かを隠し、嘘をつき、僕を欺こうとする小鳥居の姿からそんな事を想像してしまったのかもしれない。けど実際そんな事はなくて、コイツはコイツなりにちゃんと考えていて、それなのに僕は小鳥居を疑うことしか出来なかった。そんな事を思いながら、僕は自分の頭をかいた。
「いや、僕も悪かったよ。実際小鳥居がヤバい事をしてるなんて予想はただの僕の思いつきだった。きっと、そうであって欲しかったんだと思う。人の悪行を見破って、ヒーローを気取りたかったんだ。お前が一番嫌いな人間だよ……。すまない」
「津雲くん……。あなた、妄想で人を悪人にするなんて最低ね」
「ここはお互い様って言うべきだろ!!」
「にゃ〜」
三毛猫の鳴き声が、心做しか僕らを慰めているように感じた。僕と小鳥居は顔を見合わせて、軽く笑った。
「それで、どうするんだコイツ。丸っこいからほっとけば誰かに食われちゃうぞ」
「コイツじゃないわ。『まんじゅう』よ」
「……食う気か?猫肉って美味いのか?」
「食わないわよ。名前」
名前ね。
「津雲くん、飼えないかしら?」
「僕の家か。姉さんが動物全般好きだからなあ」
「……津雲くん、お姉さんいるの?」
「見たとこないか?中学の授業参観には毎回来てたけど」
「……ああ、あのうるさい人ね。確か生徒が答える問題に一人だけ保護者席から手を上げてたわ」
「恥ずかしいから言わないでくれ。……てか、お前んちはどうなんだよ?」
「無理よ。動物は無理。……津雲くん、お願い」
「にゃ〜」
「この子もこう言ってるわ」
「分かった、分かったよ。親に聞いてみる……。無理かもしれないけど」
「そうしたら、また一緒に考えましょ?」
「ああ、分かったよ」
時間が経つにつれて太陽の位置が変わっていき、太陽はちょうど僕らの後ろにある木に隠れてしまった。木漏れ日が僕らを照らし、どこか幻想的だ。
そして、小鳥居は後ろ髪と三つ編みを垂らし、空を大きあおいだ。
「天つ空ね」
「天つ空?」
「青空の事。雲一つない青空」
僕も空を見上げながら、鼻で笑ってしまった。
「なんでそんな難しい言い方するんだ」
「この前本で読んだの。それに、天つ空ってうわのそらと同じ意味があるのよ。ボーッとしてたとか。津雲くん、さっきそうだったでしょ?」
「な、なんで知ってんだよ?」
「教室に戻る時、B組の中がちょっと見えたから」
「話しかけてくれればよかった」
「嫌よ。私濡れてたし」
僕がA組の前を通った時に話しかけてきたのはそっちだろう。僕はそう言い返そうと思ったが、辞めた。
小鳥居は何故この猫の事を知られたくなかったのに僕に話しかけたのか、多分その理由はきっとこうだろう。
「でもね、少し安心したわ。あんまり話したことは無かったけど、同じ中学のあなたを見た時」
「僕もだよ。慣れない場ってのは、知り合いがいると楽になる」
「津雲くん。私思うの。私達、いい関係になれると思うわ。親友にはなれないだろうけど、きっといい友達にはなれる」
「親友にはなれないとか言う奴とは友達になりたくないなあ……」
「あら、親友にはなれないわよ。だって……」
小鳥居は天つ空から僕に視線を移し、人差し指を口元にあてた。そして、片目を瞑り
「私はあなたが苦手だもの」
「にゃ〜」
カラッと晴れた天つ空の下で、僕達二人と一匹の賑やかな笑い声が響いた。
天つ空の放課後、完結です。
最後まで見て下さった皆様、ありがとうございました。
また彼らの物語を書くかもしれません。
メインで投稿をしている私の作品、氷菓〜無色の探偵〜も是非読んで頂けたら幸いです。
それではまた、お会いしましょう。