孤独な二人は、埋め合う様に惹かれ合う

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もしも初手依存度MAXだったら?
そんな孤独な二人の、出会いのお話


二人の距離がもっと近かったら

「……お前、俺と来る気はあるか?」

 

 天童家から破門を受け早幾年。

 禁忌を生み出し逆鱗に触れた自業自得だと受け入れ生きてきた俺は一人でガストレアと戦う日々を送っていた。

 それが俺の贖罪だと思って生きてきた。

 

 だがこの日それは変わった。

 

 仕事終わりの帰路で見た、親に捨てられたのかボロ雑巾の様な姿で佇んでいた赤い目を持つその少女を、何故か無視する事が出来なかった。

 誰も近寄らず、同じガストレア因子を持つ赤目の少女も近くにおらず、嫌悪する様な表情で避けていく人間達のその姿と、それを何の感情も灯らない目で見つめただ立ち尽くす少女の対比に、孤独になった俺が映ってしまったのかも知れない。

 

 孤独に生きる事こそが正解だと思っていたのに馬鹿馬鹿しいとも思ったが、それよりも小さな少女に俺と同じ孤独を背負わせたくなかった。

 

 そして気付けばそんな事を口走っていた。

 

「…………あなたは、わたしがきもちわるくないんですか?」

 

 諦めの入った声。

 それは恐らく少女の頭に生えた猫の耳の事だろう。

 今まで見てきた人間は皆心無い言葉でそれを罵り、迫害してきたのだろう。そしてそれを正義と厭わなかった。

 だからこの少女はまるで自らが悪だと言わんばかりの口調でそう問い掛けて来たのだと。

 だとすれば、尚の事放っておける訳が無かった。

 

「その耳か? 可愛らしい顔立ちに合って、とても似合っている ぞ」

 

「……かわ……いい……? わたしが……?」

 

「ああ。と、言ってもまだ初対面の身で信じ切れないとは思うが。行く宛が無いなら俺のところへ来ないか? 生憎と俺も一人ぼっちでな」

 

「ひゃっ……」

 

 薄く笑みを浮かべ、そっと彼女の頭を撫でる。

 怯える彼女に安心感を僅かでも持たせる様に。

 笑みを浮かべる事も、誰かを撫でる事もほぼした事が無い慣れない行為だったがそれでも彼女の為なら何でも出来る様な、そんな気がした。

 

 もしかしたら俺もまた、孤独を求めながらも誰かが来るのも待っていたのかも知れない。

 

「…………わたしで、ほんとうにいいんですか?」

 

「ああ。だから声を掛けたんだ」

 

「わたし……一人ぼっちはもういや……だから……つ、つれていってくださいっ!」

 

「……分かった。おいで、これからお前は俺の家族だ」

 

「はい……はいっ……うぁぁぁぁ……」

 

 多分彼女にとって人生で初めてだろう我儘。

 どれだけの勇気が必要だっただろうか、どれだけ緊張しただろうか、どれだけ怖かっただろうか。

 震える彼女に手招きをして、その勇気に報いる様に抱き締める。

 せめてもの、不器用ながらでも与えられる精一杯の家族としての愛を与えていこうと、そう思うのだった。

 

 

 

 

 

「あ、あのっ、その……お、お邪魔します……」

 

「……翠、違うだろ?」

 

「あ、はいぃっ! た、た……ただいまです……」

 

「……ん」

 

 閑静な住宅地の、なんて事無い小さなアパート。

 元より住む場所にも、物にも、ほぼ執着なんてしてこなかった。

 最低限物が置ける場所と寝る場所の確保の為に用意しただけの何の思い入れも無いそんな場所だが、今日からは違う。

 布施翠、俺が拾った孤独な少女の名前だ。

 一年前、家を追い出されその後ははぐれ者として街を彷徨っていたと言う彼女はそれ以前から体裁を気にし捨てられなかっただけで家庭内暴力に侵されていた。

 それでさえ拠り所にしていたと言うのだからどれだけそこが狂っていたか明白だ。

 

 ……いや、最早狂っているのはそんな少女達を救おうとした俺みたいな存在なのかも知れない。

 

 慣れない言葉に詰まりながらもしっかりと言えた翠を撫でながらそんなつまらない事を考えてしまう。

 

「ひゃうっ……ふにゃ……」

 

「……これからは沢山撫でてやる」

 

「あ、その……あ、ありがとう……ございます……しょ、彰磨さん……」

 

 頭に付いている猫の耳、俺からしたら愛らしいとまで思うそれは彼女にとって人生の負の象徴だったらしく、そのせいで誰からも頭を撫でられた試しが無かったと言う。

 

 ……せめて、俺が埋めてやろうと撫でるのは傲慢か。

 しかし翠は慣れなさそうな、それでいて俺の目が間違いでないなら嬉しそうに、撫でられているから多分これで良い。

 この世の正解は、翠の正解とはきっと違うと信じて。

 

「気にするな。それより腹が減っただろう……生憎と俺は料理が出来ないから済まないが出前を頼もう」

 

「え!? わ、わたしごはん食べてもいいんですか……?」

 

「……前の家や追い出されてからどんな生活をしていたか知らんが、これからは俺が常識だ。慣れないと思うが与えられて良い幸福を与えるつもりだ、深く考えなくて良い」

 

「は、はい」

 

「それと、欲しい物があれば言え」

 

 欲しい物があれば言え……等と言ったがそもそも翠は欲しい物が何なのかすら分からないだろう。

 これまで与えられるべき最低限の幸せすら何一つ与えられてこなかったのだ、ほんの少しの我儘を言うそんな些細な事さえ出来なかった環境で娯楽なんて無かったはずだ。

 

 ならば、当面の目標はそれで良いだろう。

『翠の欲しい物を買ってやる』、年相応の少女らしい我儘が言える様になればもう孤独を感じる事も無い。

 

「あうぅ……ほ、ほしい物……」

 

「……ゆっくり決めれば良い。これからは焦らず生きて行けるんだ、その中で考えていけ」

 

「わ、わかりました……あの」

 

「どうした?」

 

 伏し目がちだった翠が不意にこちらに目を向ける。

 少しまだ怯えの残った、それでいて確認する様に。

 俺はその目に呼応する様に、なるべく柔らかい声でそれに問い掛ける。

 

「こ…………これからよろしくおねがいしましゅっ! あうぅ……」

 

「ああ、よろしくな、翠」

 

 思い切って出したその声は、最後こそ締まらなかったが多少なりとも俺に心を開いてくれたと見て良い……そう解釈し、また翠の頭を優しく撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

「翠。仕事に行ってくる。留守番は頼むぞ」

 

「は、はい! まかせてください!」

 

 あれから数ヶ月。

 最初は会話もぎこちなく目も合わせてくれなかった翠は今ではある程度年相応の女の子になっていた。

 元の性格からして控え目で恥ずかしがり屋だった彼女は、劇的な変化と言う変化は驚く程ある……までではないが、笑顔が増え、目にも光が宿った様に見える。

 

 そして何より変わった事がある。

 

「あ、あのっ! 今日のお夕飯はお蕎麦なので!」

 

「……分かった。なるべく早く帰る様善処しよう」

 

「はい!」

 

 翠が料理をしだした事だ。

 備え付けではあったが全く使っていなかったテレビで見た料理番組に興味が出たのか、ずっと観ていた。

 ここで何か我儘を言ってくれても良かったのだがそう上手くは行かず、実際にやってみるかと問い掛けてようやく動いた。

 

 しかしそれからの翠の成長は早く、テレビや本で覚えた料理をすぐ試してみては食卓を彩っていった。

 それまで料理なんてものに興味は無かったが、翠の作る料理は今まで食べたどれよりも美味かった。

 

 中でも拾った日に食べた蕎麦が気に入ったらしく得意料理……麺から作る程には楽しんでいる。

 

 これで後は欲しい物の一つでも言ってくれれば良いのだが。

 

「……翠、明日はデパートにでも行こうか。気に入る物があるか探しに」

 

「はい。……でもわたしは、彰磨さんの隣に居られればそれでしあわせですから……どこにも、いきませんよね?」

 

「当たり前だ。お前を置いて死ぬ様な事はしないよ。それに命懸けでやる様な前線の民警じゃないって話しただろ」

 

 一つ、気掛かりな事がある。

 翠がそれでも時折怯えた様にどこにも行かないでほしいと言ってくる事だ。

 俺の仕事は民警だとは話しているが翠に無駄な心配を掛けぬ様にと末端と嘘を話しているから大丈夫だと思ったのだが。

 

「……怪我、しないでくださいね」

 

「ああ。行ってくる」

 

「……いってらっしゃいです」

 

 そう。大丈夫だとこの時までは思っていた。

 

 

「お、おねがい……どこにもいかないで……」

 

 その日の夜。

 そろそろ明日の予定の為に早めに就寝しようとしていた時にそれは起きた。

 翠が震える手で、涙を溜めながら俺にそう懇願してきた。

 

「……俺はここにいる。心配要らない」

 

「ちがう……ちがうんです……」

 

 何が違うのか、俺には分からなかった。

 困惑する俺を他所に翠は、あの日以上に怯えた目でこちらを見つめてくる。

 俺は与えられるものは、やれる事は、全てやってきたはずだ。

 そこに間違いなど無かった。

 何を、どこで間違えた。

 涙を零す彼女に何もしてやれない俺がとことん不甲斐なく見えてくる。

 

「……俺に不満があるのか? 何か嫌な事をしてしまったか? だとしたら謝ろう。だから言ってくれないか?」

 

「そ、それもちがうんです……彰磨さんはなにもわるくなくて、わたしがかってにしんぱいしてるだけで……」

 

 それで合点が行ってしまった。

 今まで隠してきた民警の最前線での仕事が大方バレたと言ったところ、何とかして翠の不安を取り除こうと嘘を付いてきた事が今になって仇になったか。

 

「……民警の話か」

 

「う……はい……本当は大きなしごとをしていて、いのちがけのおしごとも多いって……」

 

「……済まない。お前に心配を掛けさせたくなかっただけなんだ。しかしそれが逆にお前の心配を煽る様な事になるとは……俺のミスだ」

 

「あ、あやまらないでください! わたしがむだにしんぱいしちゃっただけだから……またひとりぼっちになるのがこわかっただけだから」

 

 俺は馬鹿か。

 一人ぼっちにさせない為に、孤独にさせない為にこの子を拾ったんじゃないのか。

 なのにこうして泣かせて、何をやっているんだ。

 

「俺の仕事は実際は命懸けの任務も多い。実際怪我をしたり死んだりする民警もいる。翠を拾う前なら命を投げ出しても良いとまで思っていた。だが今はお前がいるから、帰って来ようと思える。それは本当の事なんだ」

 

「わかってます……彰磨さんならだいじょうぶだって。それでも、ひとつだけワガママ言ってもいいですか……?」

 

「……! なんだ、言ってみろ」

 

 我儘、と聞いて一瞬嬉しく思った。

 だがそれと同時に来るだろう答えに覚悟をしないと行けないとも、この子に普通の暮らしをさせてやれない事を覚悟しないと行けないとも思ってしまう。

 

 何故なら

 

「わたし……わたしね? 彰磨さんのイニシエーターになりたい……あなたのとなりで、あなたの役に立ちたい……」

 

 それは、いつか翠自身を地獄に落としてしまう様な我儘だったから。

 

「……今の暮らしじゃダメなのか?」

 

「そうじゃないんです……彰磨さんとたくさんいっしょにいたくて、それでいつかひろってくれたお礼もしたいとおもってて。わたしにできることは今までなら少ししかなかったけど、わたしは、たたかえる……とおもうから。すきじゃなかったけれど、彰磨さんがすきだって言ってくれたこのねこのちからで……だからおねがいします。わたしに、彰磨さんのとなりにいる資格をください!」

 

「…………仕事で隣にいるという事は、死ぬかも知れないという事だぞ」

 

 そしてそれを完全に否定出来ない俺は、きっともう翠無しでは生きていけない。

 翠を救ったはずの俺は、いつの間にかこの子に孤独を救われていたのだ。

 誰よりも孤独に怯えていたのは、俺の方だったのかも知れない。

 

「しょ、彰磨さんにすくわれた命です! いつか死ぬのだとしても、あなたにおんがえしもできずに死ぬ方がいやだよ……」

 

「お前と言う奴は……」

 

 そっと抱き締める。

 もうこうなっては翠も、俺も、無理だ。

 どれだけ非合理的でも翠の事を拒めない。

 

「それだけ言うなら着いてこい。死んでも離してはやらない」

 

「はい……わたしも死んでもついていきます!」

 

 きっと二人とも、狂っている。

 

 

「あのね彰磨さん」

 

「なんだ」

 

「わたしね、おきゅうりょう出たら帽子買いたいの。おっきいまじょみたいな帽子」

 

「そうか。じゃあ給料が出たらデパートに行くか」

 

「うん!」

 

 

 だがきっと、二人でなら。

 

 

 狂っても怖くないだろう。

 

 

 手を二度と離さないと堅く繋ぎ、夜は更けていった。


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