キングヘイローとトレーナーの物語~菊花賞に続きます。
キングとそのトレーナーがGIを制す日はまだ来ない。
僕らに対する周りからの反応は冷たいものだった
それは皐月賞の時にすでに分かっていたことだった。
――キングヘイローさんは頑張っているのに報われてくれないなんてかわいそうだよね。――あの子、ちょっと頭おかしいんじゃないかしら?
――さすがにあれはないよな。
――もう引退してもいいと思うんだけどなあ。
――まあ、でもあの子はお父さんの血を引いているわけだし、 血統的には申し分ないわけだからね。
――それにあの子のお母さんはすごいウマ娘だったしね。
――うん、そうだね。あの人は強かったよ。
――そうね。あの人の血を引き継いでいるわけだからね。
――きっといつかは結果を残してくれると思うわ。
――そうだね。あの二人の娘だからね。
――トレーナーも大変だよなあ。
――あの性格じゃなあ。
――あのトレーナーもなあ。――……。
世間の目は冷たかった。
俺たちはただ黙々とトレーニングをこなしていた。
キングヘイローとして、そしてそのトレーナーとして恥ずかしくないように。
俺たちができることはそれだけしかなかったからだ。
そして夏を迎えたある日のことだった。
その日もいつものように朝早くからキングヘイローを迎えに行った。
彼女は今日から合宿に参加する。
水着の用意やらなんやらと忙しいだろうと思っていたのだが、
キングが言うには、トレーナーが迎えに来るまで練習しないということらしい。
そのため、練習時間の開始が少し遅れてしまったが、何とか間に合った。
トレーナーはキングの待つ砂浜へと足を踏み入れた。
キングヘイローは波打ち際で立ち止まっていた。その姿がどこか寂しげに見えるのは、俺の思い過ごしだろうか。
キングはこちらに気づくと、笑顔を浮かべて手を振ってきた。
それに応えるように手を振り返す。
彼女の表情がぱあっと明るくなった気がした。
そんな彼女の笑顔を守りたい
彼女には笑顔がふさわしい。
そのためにはどんなことだってする。
たとえ何を犠牲にしても。
キングヘイローは絶対に勝てるはずだ。
そう信じて疑わないトレーナーだったが……
その夜のことだった。
電話がかかってきたのだ。
キングは不機嫌そうな表情になった。何かあったのかと思い、尋ねようとしたその時だった。キングヘイローの母親の声が聞こえてきた。
キングヘイローの母親(以下母)「もしもし、ああ、やっと通じたわね。」
キング「…………お母様? 何よ急に。私、今からトレーナーとミーティングがあるのだけれど。」
母「あら、そう。すぐに終わるわ。あなたに話したいことがあったの。」
キング「……手短にお願いできるかしら? 」
母「ええ、もちろんよ。それで、あなたの今後のことについてなのだけれども。」
キング「今後?どういう意味よ。私はまだまだこれからも走っていけるわ! 」
母「そういうことを言っているんじゃないの!!」
キング「っ!ごめんなさい 」
キング(……いけないわね。ついカッとなってしまったわ。とにかく今はお母様の話を聞かないと)
母「まったく……。」
母「……いい?よく聞きなさい。」
母「……あなたの成績が落ちてきているのは知っているでしょう。」
キング(……っ。)
母「このままでは、GIレースどころか、GIIレースですら勝つのは難しいでしょう。」
キング(……うぅ……。)
母「はっきり言いますけど、これ以上続けても無駄なだけだと私は考えています。」
キング「……そんなことはない!私は諦めないわ!」
母「本当にそうかしら?」
母「もう、いいんじゃないかしら」
キング「ち、違う、私は諦めないわ」
母「あなたは頑張っているつもりかもしれないけれど、もう見てられないんです。」
キ(そ、んな……。)
母「だから、もういいんじゃないのかしら?」
キ(あ、ぁ……)
母「だから…… 」
キング(嫌だ、辞めたくない、まだ走りたい、勝ちたい、負けない、誰にも、認めてもらうために、走るんだ、頑張れ、諦めちゃダメなんだ、私はまだやれる、もっと走ればきっと、きっと、きっと、きっと!!!!)
母「わかってくれましたか?」
キング(絶対、勝ってみせる。)
母「はあ、全く。手間をかけさせないでください。」
キング「私が、勝てばいいのよね?」
母「あなたに勝てるの?あの…なんて言ったかしらえっと…そう!スペシャルウィークさんに」
キング「勝つわ。菊花賞であの娘たちに勝って証明するわ」
母「キッカショウ?なんかよくわからないけどまだやる気なのね…
はあ…」
キ(勝つわ。)
母「そう、なら頑張ってくださいね―――」
ブツッ ツー、ツー、ツー、ツー
「……」
キングはただ黙って携帯を置いた。
俺の目の前にいるキングヘイローの目から一筋の涙がこぼれ落ちているように見えた。
とても悲しそうに見えた。
キングを慰めようと思ったが、言葉が出てこなかった。
かけるべき言葉を知らなかったからだ。
キングヘイローはしばらくの間、何も言わずにうつむいていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。そして、トレーナーに向かって言う。
「トレーナーさん、今日は解散にしましょう。」
「え?」
突然のことに俺は思わず声を出してしまった。キングは俺の方を見て、少し寂しげに微笑みながら言った。
「だって、私のことなんて誰も気にしていないもの。」………………
「そんなことは…」
そんなことはない。
そう言ってあげようと思った。
何よりも俺自身がキングのことを一番に考えている。そう言ってやりたかった。
ただ…こんな担当ウマ娘一人勝たせてやれないトレーナーの言葉を彼女は喜ぶのだろうか?
そう考えると気安く彼女を慰めることができなかった。
その日以降キングヘイローはただ黙々とトレーニングをこなしていたが、次第に表情からは笑顔が消えていった。