マジック・ザ・ギャザリング ライトノベルVER 作:やまもとやま
翌朝、ニッサはかなり早い時刻に目を覚ましていた。
ニッサは木の上で一夜を過ごしていたが、エルフにとって木の上の睡眠は基本的なことだった。
ニッサの隣にはオムナスが眠っていた。
エレメンタルが眠ることはとても珍しいことだったが、力を失ったオムナスはエレメンタルの気質のほとんどを失っているようだった。
昨日、ニッサはオムナスに一連の出来事を話した。
オムナスはそれを聞き、こう言った。
「おぬしは新世界への扉を開いたのだ。悔いて後戻りをしようとしても無駄だ。前に進むしかない」
ニッサはオムナスの言葉を胸に、前に進むことにした。
しかし、外の世界を知らないニッサの前にある道は完全な闇だった。バーラゲドの森林を越えれば、右も左もわからない魔界である。
もしかすると、チャンドラと巡り合ったのは必然だったのかもしれない。チャンドラは外の世界からやってきた。それだけでなく、数々の異世界に足を踏み入れた経験のある紅蓮術師。
チャンドラの炎はニッサの足元を照らしてくれる手掛かりだった。
ニッサは睡眠中のオムナスを両手の魔力で浮かせて自分の肩に乗せた。
それから、木を飛び降りて、チャンドラのもとに向かった。
チャンドラは焚火の前で無防備に寝転がっていた。焚火はまもなく消えようとしていたが、ちょうど夜の間、周囲に防御円を張り巡らせて獣の接近を阻止してくれたようだった。
「……」
ニッサには無防備に眠るチャンドラが理解できなかった。ここゼンディカーで無防備をさらすことは死を意味する。
ニッサはチャンドラに手を向けた。
「愚かな子。その気になれば、私はあなたを殺すことができるのよ」
無防備に寝ているチャンドラに死をもたらすことは簡単なことだった。元来のニッサならば、異界の人間がバーラゲドに侵入したのなら、容赦なく排除していたかもしれない。しかし、ニッサは手を収めた。
代わりに、棘のついた木の実をチャンドラの頭の上に落とした。
その刺激でチャンドラは目を覚ました。
「痛い、なに?」
「無防備に寝てるんじゃないわよ。死にたいの?」
「死にたくないよ」
チャンドラはゆっくりと体を起こして目をこすった。チャンドラには警戒心がなかった。すでにニッサを仲間だと認識しているようだった。
「チャンドラ・ナラーと言ったかしら。覚えておきなさい、バーラゲドでは油断すると簡単に命を落とすわ」
「はーい、覚えました」
チャンドラは気の抜けた返事をしながら、大きく伸びをした。
「あなた、どこから来たの?」
ニッサは尋ねた。自分からチャンドラに声をかけることにためらいがなくなっていた。それでも、ニッサのチャンドラに向ける目は冷たいものだった。
「ドミナリア。出身はカラデシュだけどね。いまアカデミーで勉強してんだよ」
チャンドラは体を起こした。
「ドミナリア……長老様から聞いたことはあるわ。たしか、ムルタニ様の目覚めの地……」
ニッサの知識のすべては一族に伝わる内容だけだったが、その中にマローと呼ばれるエレメンタルがいて、それを治めるマローの最長老ムルタニがいることが伝えられていた。
新世界は未知だったが、いくつかの知識の断片に、新世界のヒントが隠されていた。
ならば、これから自分が新世界に足を踏み入れるためにも、チャンドラのサポートは必要不可欠だった。
しかし、新世界に足を踏み入れるためには、けじめをつけなければならなかった。
ここゼンディカーを越えて、新たなる世界を知るためにも、自分の犯した過ちを償わなければならない。
解かれたコジレックを再び封印する。
それはニッサの使命であり、同時にそれができなければ新世界に足を踏み入れる資格がないと考えた。
「ニッサは? この森に住んでんだよね。近くに家があるの?」
「家なんて私にはないわよ」
「ふーん、ここのエルフは家には住まないのか。珍しいね」
チャンドラはニッサの言葉を誤解して受け取ったが、ニッサはそれをわざわざ訂正しなかった。
今になって、ようやくオムナスが目を覚ました。
「ふむ、心地よい日の光を感じるな。エレメンタルにとっては最大の栄光よ」
オムナスは日の光に反応するように小さな体を震わせた。
「オムナス、おはよう」
「二人とも目覚めていたか」
オムナスはニッサの肩から離れて、二人の前に出た。
「喜べ、チャンドラよ。我の力が封印されている場所がわかったぞ」
「え、ほんとに?」
「ニッサがその場所を知っていた。そこへ行けば、我は元来の力を取り戻すことができよう。すれば、アク―ムの地よりカラデシュへ通じる道を展開することができよう」
「一時はどうなるかと思ったけど、カラデシュに戻れそうで一安心したよ」
チャンドラは安堵した。チャンドラにはカラデシュに戻らなければならない大きな理由があっただけに、その可能性とすぐに巡り合えたのは幸運なことだった。
「でもなんでニッサが知ってたの?」
「……」
ニッサはそれに答える代わりに、無言で歩きだした。
「ちょっと、いきなり歩きださないでよ」
「故郷に戻りたいなら黙ってついてきなさい」
ニッサは素っ気なくそう言うと、さらに歩幅を速めた。
「相変わらず不愛想で困ったエルフだよ」
「いや、あれでもニッサの心は変わった。もう1つ、その先には大いなる魔力の調和があろう。ゆくぞ、チャンドラよ」
◇◇◇
コジレックの封印が解かれたことに対して、最も危機感を覚えていたのはエメリアの天使たちだった。
エメリアはゼンディカー上空に浮かぶ大陸の1つで、最も大いなる乱動によって成り立っている。
エメリアはゼンディカーを生み出した神々によって作られ、そして、ゼンディカーの支配を任せるために、天使を生み出したとされている。
エメリアの天使は厳しい階級があり、その羽の枚数で序列が決定する。
4枚の羽を持つ天使は大天使とされ、2枚の羽を持つ天使よりも高い序列にある。それは単に羽の枚数だけでなく、その力にも明確な序列がある。
4枚の羽を持つ大天使が持つ力は絶大である。
このような言葉がある。
ゼンディカーの魔力は乱動の神々のそれと大天使のそれに等しい。
乱動を司るエレメンタルとエメリアの大天使はゼンディカーすべての魔力に等しいという意味である。
しかし、この言葉にはもう1節ある。
それらはエルドラージのそれで相殺される。
エレメンタルと大天使のすべてと並び立つのがエルドラージである。これがゼンディカーの世界秩序だった。
現在、エメリアの支配を任されているイオナは、自分の統治下でコジレックの封印を解いてしまったことに強い責任を感じていた。
イオナは大天使の中で最も厳格な天使であり、何よりも秩序を重んじる。
コジレックの解放はゼンディカーの秩序を大きく乱すものであり、なんとしてでも元の秩序を取り戻さなければならなかった。
イオナはエメリアからはるばる、ゼンディカー古のオーパーツが多数眠る大陸「タジーム」にやってきた。
この地は人間とコーの一族が住む、ゼンディカーの中でも最大の都市を持つ大陸である。
バーラゲドとセジーリが原生林そのものであるとすると、グールドラズとタジームは最も人の開拓が進んだ地である。
グールドラズが吸血鬼「ドラーナ」の支配地であるのに対して、タジームは人間とコーの支配地である。
ここにやってきた理由はただ1つ。
とある鍛冶職人に仕事を依頼するためだった。
石鍛冶の最高峰ナヒリはタジームに住む若きコーである。
コジレック封印のためには、ナヒリの力がどうしても不可欠だった。