マジック・ザ・ギャザリング ライトノベルVER 作:やまもとやま
ニッサとチャンドラはバーラゲドの森を進んでいた。
バーラゲドに住んで長いニッサでも、バーラゲドを迷わずに進むのは難しい。進むたびに地形が変わる。ゼンディカーの地形はすべからく不思議のダンジョンであった。
ニッサは自然に耳を傾け、その言葉を聞いて正しい道を選択した。
ニッサは野に咲いた花に新緑の魔力を提供し、高感度を上げると、その花の声に耳を傾けた。
チャンドラはその光景を不思議そうに見た。
「ねえねえ、ほんとに聞こえんの?」
「話しかけないで。気が散る」
ニッサが花と会話している間、チャンドラは退屈そうにあたりを見渡した。
「四六時中、こんな森の中にいたら気がおかしくなりそうだよ。そろそろ人工的なものが見たいよ」
「ゼンディカーの大地の洗礼だな。文明人が迷い込むと生きては帰れぬ。地獄とも言われているのがゼンディカーだ」
付属のようにチャンドラにくっついているオムナスが言った。オムナスはゼンディカーでは有名なエレメンタルという話だが、いまのオムナスにはその風格がなかった。
「死にたくないなぁ、こんなとこで」
「おぬしは幸運である。乱動の座、オムナスに出会えたのだからな」
「今のところちっとも役に立ってないけど」
「何を言う。何度も危険から身を守ってやったではないか」
「そうだったっけ?」
チャンドラとオムナスは親しく大きな声で話した。ニッサは気が散って仕方がなかった。しかし、崇拝する乱動の座、オムナスに「黙れ、静かにしろ」とは言えなかった。
「ニッサ、道わかった?」
「黙れ、静かにしろ!」
ニッサの癇癪にチャンドラは黙り込んだ。
「ゼンディカーのエルフって怖いね」
「伊達にこの森で生き抜いていないからな」
ようやく道がわかったところで、ニッサは黙って歩きだした。
ニッサは協調性がないので、いつも勝手に行動を起こすところがあった。そのたびに、チャンドラは駆け足で追いかけた。
道中、チャンドラはオムナスと世間話を続けた。
「そんなわけで、カラデシュはすごいんだよ」
「なるほど、聞くところによると、大変な文明の世界にあるようだな」
「そう。カラデシュは本当にすごいんだよ」
「では、チャンドラも跡を継いで工匠を目指すのか?」
「あいにく、私は不器用なんで。アーティファクトをいじってもすぐ燃やしちゃうから。お父さんから、お前がいれば焼却の機械巨人を開発する必要はなかったと言われるぐらいだよ」
「それは大変な手を持って生まれて来たな」
「そんなわけで紅蓮術師目指して絶賛勉強中だよ。カーンの部品工場でアルバイトしながら大変なんだから。アカデミーの授業料がすごく高くてさ」
「苦学生か。しかし苦労が大きいほど身に付くというではないか」
「師匠いわく、お前はシヴ山でドラゴン狩りぐらいしか仕事がないって。ひどい話でしょ」
ニッサはちらちらと後ろを振り返りながら歩いた。
知的好奇心の強いニッサはチャンドラの話すカラデシュのことに関心を示していた。
しかし、馴れ馴れしく話を聞いたりするタイプではなかったので、仕方なく無関心を装って話を聞いていた。
「まあ、私はドラゴンより蛇のが好きなんだよね」
「蛇が好きとは物好きな娘であるな」
「昔、ピーマの旅行に行ったときに体に蛇を巻き付ける風習を経験してそれ以来、蛇にはまっちゃって」
その話を聞いたニッサはゾッとした。蛇が何よりも嫌いだったので想像しただけで、体が震えた。
「ゼンディカーには蛇はいんの?」
「うむ、バーラゲドには星の数以上に蛇が生息している。しかし、バーラゲドの蛇は強毒を持っている。解毒の心得がなければ死に至るぞ」
「噛まれる前に燃やせばいいんだよ。私の火炎の大蛇でね」
チャンドラは簡単に炎で蛇を作ってみせた。
「器用なものだな。炎から何でも作り出せるのか?」
「いやー、私はへたっぴなほうだよ。うまい人の創案の火芸はすごいよ。もっとリアルな蛇も作っちゃうもの。ヤヤばあちゃんの蛇なんて特におっかないよ」
「それは見てみたいな」
「私も真似してんだけど、どうしてもうまくいかなくって。こんなでもなかったし、こんなでもないし、これだとちょっと似てるかな」
チャンドラは色々な蛇を作ってオムナスに見せた。
ニッサは立ち止まった。
突然立ち止まったので、チャンドラはニッサにぶつかってしまった。
「いきなり止まってどしたの?」
ニッサは鋭い視線で振り返った。
「私の飼ってた猫がちょうどこんな感じ」
ニッサは突然、一枚の葉っぱから猫型のエレメンタルを作り出した。なぜ突然、猫の話を始めたのかわからなくてチャンドラは目を丸くした。
「名前はゴロツキ。わかった?」
「へ?」
ニッサはそう言うと、再び歩き出した。
「オムナス。私、ニッサのこと一生理解できない気がする」
「我もこのような謎めいたエルフを見るのはこれが初めてだ」
ニッサは蛇の話題を無理やり変えたのであったが、チャンドラらにはまったく理解できなかった。
◇◇◇
しばらく進むと、大きな川が流れていて、そのほとりに建物がいくつか見えてきた。
見たところ、このあたりにはエルフの一族が住んでいるようであった。
乱動は地形を大きく変化されるが、それほど乱動が介在しない安定した場所も少なからずあり、そうした場所は住みやすいということで、エルフらが好んで集落をつくっていた。
この川は乱動の介在を受けにくく、人が住むには良い場所だった。
川にはボートを漕いで船渡りをしているエルフの姿が見えた。
「おー、人が住んでるよ。ようやく人気のある場所に出てきてホッとしたよ」
チャンドラはそう言って少し安堵したが、エルフはむしろ警戒心を高めた。
「チャンドラ、右」
「へ?」
それだけでは伝わらなかったので、ニッサは突然チャンドラを押し倒した。
直後、一本の矢がチャンドラが立っていた場所を通り抜けていった。
矢は木に突き刺さった。
「なになに?」
「感謝しなさい。私が助けてあげなければあんた毒殺されてたところよ」
ニッサはそう言うと、矢を引き抜いた。矢の先端には毒が塗られていた。
「立ち去れ」
突然、どこからともなく声がかけられた。
チャンドラは姿が見えずあちこちキョロキョロしたが、ニッサはある一点を見つめた。
ニッサは手に持っていた木の実を弾いた。
すると、突然、大木が現れ、茂みに襲い掛かった。
茂みからは2人のエルフが飛び出て来た。
「侵略者め。集落を滅ぼしに来たんだな」
「インフェルノで集落ごと焼き払いに来たのよ」
ニッサはそう言って威嚇した。
「ちょっと、なんてこと言うの。もっと穏便に」
「バカね。バーラゲドにそんな文化はないのよ。ここはあんたが住んでた生易しい場所じゃないの。力だけが交渉手段」
ニッサはエルフ二人をにらみつけた。
「ふん、ただのエルフに集落を焼き払う力などあるものか」
相手のエルフはひるまず言葉を返してきた。
「試してみる?」
「ふ、ふん、ならば、この木を焼き落してみせるがいい。できやしないだろうがな」
ニッサはちらりと後ろを振り返った。
「出番よ、フレイムバーバリアン」
「チャンドラって名前で呼んでくんないかな。私、バーバリアンじゃなくて一応パイロマンサーだし」
「いいから、あの木に紅蓮術」
「燃やせばいいの?」
「燃やして粉々にして」
チャンドラはいつものように炎を編み込んで、巨大な炎を作り出した。
「ほんじゃま、紅蓮術最終奥義のインフェルノをぶちかますわよ」
チャンドラは全力の紅蓮術を披露した。
現れた炎は空気を灼熱の熱波に変えながら進撃し、そのまま、木を貫通して周囲を火の海に変えてしまった。
「おわあああああ」
エルフたちは信じられない光景に慌て始めた。
ニッサもその光景を見て、とてつもなさに驚いた。このチャンドラという少女の恐ろしさを垣間見た気がした。
「やりすぎよ」
「ごめん。なんか気合入っちゃったよ」
「やっぱりフレイムバーバリアン」
「バーバリアン……なのかしら、私って」
エルフの一族らはチャンドラの火を消すために一生懸命になった。
◇◇◇
消火後、一族の長老が出てきて、ニッサらの前で土下座をした。
「あなたがたの力、理解しました。どうか我らの村だけはお助けください」
一族のお偉いさんが一同で土下座をしてきた。
「そうね。村だけは助けてあげる。その代わり、食糧一式とこの川を下る船をいただくわ。いいかしら?」
「はは、かしこまりました」
「これ、かつあげじゃん」
「バーラゲドの鉄則。覚えておきなさい」
「嫌な鉄則」
「しかし、川を渡ることができれば目的地への近道になる」
オムナスもバーラゲドの鉄則を当たり前だと考えていた。
「ところで、あなた方はアシャヤ様の信託者様ですか?」
「アシャヤ? なるほど、アシャヤ教の一族か」
ニッサはこの一族のことをだいたい掴んだ。
アシャヤはオムナスと同様、乱動の神の1つとして崇められているが、邪神と捉えられることも少なくなく、バーラゲオの地ではアシャヤを崇める一族は少数派だった。
「オムナス様、彼らはアシャヤ教の者だそうです」
「ほう、我とは馬の合わぬアシャヤの者か」
「オムナスの知り合い?」
「かつて、バーラゲドのありようを巡って喧嘩を繰り返した仲じゃ」
「神様のくせして喧嘩っておかしな世界」
チャンドラはゼンディカーのあらゆることに首をかしげるばかりだった。
「覚えておきなさい。私は業火の神、チャンドラの信託者。私がその気になれば、こんな集落指1つで抹消よ」
「はは、しかと悟りました。業火の神、チャンドラ様、どうか我らに安寧を」
「人を勝手に神様にしないでくんないかな」
一族はニッサの作り話を信じてしまった。
力が正義であるゼンディカーでは、力あるものが崇拝対象だった。
◇◇◇
一族が立派な船をくれたので、川の激流を進むことができるようになった。
ニッサらはこの川を下り、面晶体の場所まで向かうことになった。
急流だが、船はそれに逆らって横切ることもできる作りになっていた。
エルフの船渡しの者が二人、同乗してくれたので、船は順調に目的地に向けて進み始めた。
「君、私の友達のエルフに似てるね」
「はい?」
チャンドラはどこでもフレンドリーだったので、船渡しのエルフにも気軽に声をかけた。
「ラノワールに住んでる私の有人と同じ髪形」
「ラノワールですか? 信託者様はそちらにお住まいなのですか?」
「渡し、信託者じゃなくて、ただの学生だよ。チャンドラっての、よろしくね」
ニッサはチャンドラの様子を船の隅で見ていた。
おそらく、チャンドラはどこへ行っても、ああやって世界を広げていったのだろう。
保守的で外界との接触を断って生きて来た自分とは何もかもが違っていた。チャンドラのその姿勢を少しうらやましく思った。
「チャンドラがうらやましいか、ニッサよ」
「オムナス様……」
オムナスはニッサの頭の上に乗っかった。
「べ、別にうらやましいという気持ちなどありません」
「外界への扉を開くには自らの手で押すほかない。やってみるがいい」
「……」
ニッサはしばらくちゅうちょしていたが、隣で無言で船をこいでいたエルフの女のほうに目を向けた。おしゃれなマフラーを首にかけたミステリアスな女だった。
「気軽に話しかけてみればよい」
「……」
ニッサは思い切ってエルフの女に話しかけた。
「あの、あなたはいつも船を漕ぐ仕事をしているの?」
「いいえ、私は蛇取り名人の女です」
女の肩にかけられていたのはマフラーではなく、蛇だった。蛇は威嚇するようにニッサに鋭い牙を見せた。
扉を開いた先に待っていたのは蛇だった。
「あなたも蛇がお好きなのですね?」
「いいえ、私は猫好きの女です」
それから、ニッサは黙って時を過ごした。
良い年末を。良いお年を。
僕は来年1月12日まで休みます。