マジック・ザ・ギャザリング ライトノベルVER 作:やまもとやま
ゼンディカーは数ある次元世界の中でも、特に大きい世界と言われている。
時速350キロで飛翔するエメリアの大天使、イオナであっても、世界を回るには莫大な時間を要する。
イオナはゼンディカーの安定のためには世界中の人が同盟者のもと結束する必要があると訴えているが、この世界の広さを思えば、それは土台無理な話だった。
しかし、エメリアが創られた理由はゼンディカーの秩序の安定のためである。だから、イオナはその無理難題を託された身だった。
ゼンディカーをそれなりに維持するだけならば、世界中の一族が結束する必要はない。ごまかしごまかし、それなりにやっていければ何とかなる。
しかし、エルドラージ問題だけは例外で、世界中が結束しなければ乗り越えることのできない問題だった。
エルドラージ問題の解決を託されたイオナはまず、タジームに住むコーたちに、エルドラージを封印する面晶体の復元を依頼した。
エルドラージを倒すことはできない。エルドラージには「死」という概念がないためだ。
エルドラージを阻止する方法は、殺すことではなく、箱に入れてふたをすることだった。
ある意味で一時しのぎ。ある意味で唯一の解決策。
イオナは思った。
それはエルドラージ問題にだけ当てはまるものではなく、他のすべての問題にもあてはまうことであると。
ゼンディカー安定の歴史も、なんだかんだ根本解決ではなく、箱に押し込んでふたをする方法で応急処置してきただけだった。
人がそこにいる限り、完全なる安定はない。
ゼンディカーでは地面に転がる石ころに「静止」という概念がないように、人々を静止させる方法は存在しなかった。
それが真理であるとすれば……イオナは時折思うことがあった。
自分の存在意義は何か?
ゼンディカーの安定を任されているが、安定とは何か?
使命に突き動かされている自分の存在意義に疑問を呈することも増えた。
しかし、エメリアの天使に刻印された翼は使命をまっとうするためだけに与えられた呪いの翼だった。
自らの意思で翼を止めることはできない。
イオナはゼンディカーの闇の地とされるグール・ドラズにやってきた。
ドラズの大陸に近づくと、潮の流れが変わる。空を漂う生き物も邪悪になる。
イオナの視界の先には、真っ赤な目をしたカラスが飛んでいた。
すべての者が血に飢えているように見えた。
イオナもドラズの大地が好きではなかった。
ドラズの大陸を漂う乱動は黒マナで満たされており、大陸のあちこちにある沼からは、どす黒い煙が上がっていた。
あの煙は毒ガスだ。ゆえ、人間がこの地で生きることはとても難しいことだった。
沼からどす黒い手が伸びてくることもある。沼を横断する渡し船がその手の誘いで奈落の底に沈められることも少なくない。
しかし、沼には、ボートを漕ぐ吸血鬼の姿が少なくなかった。
危険ある場所に財宝あり。
吸血鬼たちはこの沼地から、実用性の高い黒マナの結晶を集めていた。
貧困階級の吸血鬼らが中心になり、ドラズの沼地で仕事をしていた。
イオナはその光景を見降ろしながら、貧困階級ではなく、上流階級が住むドラズの大都市を目指して、山を越えた。
ドラズの沼地を遠く離れると、ゼンディカーの中でも1位、2位を争う大都市が見えて来た。
ここが「カラストリアの都」だ。
ここはタジームの大都市に引けを取らないほど発達している。
吸血貴族らがこの都市で享楽的な暮らしを送っている。
吸血鬼の欲望は人間の比ではない。
人間は年齢が40にも達すると、衰え、欲も消えてくる。70にも達すると、半数以上は死に、残った者たちも老衰寸前である。
しかし、吸血鬼は150歳まで若々しく生き、200歳になって、ようやく最期の時を迎えると言われている。
長寿でありながら、貪欲。無限にゼンディカーの資源を消費するため、一時期、人間やコーの間で、吸血鬼狩りが行われたことがあった。
そういう歴史もあって、吸血鬼は人間が嫌いになった。ドラズの大陸で吸血鬼だけで集落を構えているのも、そういうところが大きかった。
吸血鬼は厳密に階級が決められている。その格差は信じられないほど大きい。
吸血鬼の階級は血統でほとんど決まる。
カラストリアの血を筆頭に、2号、3号などと分かれ、3号にもなると、吸血鬼でありながら、30歳を迎えることもできずに餓死することになるという。
吸血鬼は美食家であり、直接食の権化でもある。
生物の生き血が主食であり、カラストリアの血統は、人間の血以外に決して食さないと言われている。
毎年、数千人の人間が身売りされ、カラストリアの都にやってくる。
とはいえ、この地にやってくる人間らは自分の意思で食い物になることを選んだ身でもある。
多かれ少なかれ、ゼンディカーに活きる者はみな貧しい。カラストリアの吸血鬼の食糧になれば、大金が手に入るということで、それを選ぶ者は少なくなかった。
カラストリアの都では、6歳を迎えた子供たちから食糧を募り、その子供が33歳を迎えるまで、血の供給者になる。
33歳を超えると、食糧として価値がなくなるので、医術の実験台にされるか、知性の高い者はカラストリアの書庫のアドバイザーになれることもあるという。
そのため、この地にやってきた人間たちは血液を供給しながら懸命に勉強をした。
イオナも一度はカラストリアの非人道性を追求したことがあったが、今更それをやめさせることは不可能だった。
貧困階級の吸血鬼は人間の血に預かれる機会が少なく、豚の血が主食となっている。
とある貧困吸血鬼が妙な言い回しをしている。
「人間の血がドラーナ様の味だとすると、豚の血はスケイズゾンビの味だ。一度、人間の血を味わえば、もはや豚の血では満足できない」
つまるところ、人間の血は格別にうまいという。もう1つの言い回しがある。
「人間の血がドラーナ様だとすると、天使の血はオリヴィア様の味だ。味は格別だが、飲むと翌日には死に至る」
とある上流吸血鬼が最後の晩餐にエメリアの天使の血を飲んだという都市伝説もあるが、その吸血鬼は安らかに死んだと言われている。
イオナはそんないわくつきの吸血鬼の元締めのところにやってきた。
◇◇◇
カラストリアの都の中心には、巨大な城がある。
ドラーナが巨費を投入して造った立派な城である。
都に並ぶ吸血貴族らの屋敷も立派だが、その城はさらに立派だった。
ゼンディカーの建築技術を越えているように見える。
それもそのはず、ドラーナはこの城を作るために、大都市世界である「ミラディン」からヴィダルケンの建築士を多数派遣した。
皆が貧しい生活を送る中、ドラーナは私欲のために自分の城を築き上げていた。
イオナは上空からドラーナの城に近づいた。
すると、カラストリアの吸血鬼が飛んできて、イオナを取り囲んだ。
「動くな」
イオナは翼を止めた。
「私はエメリアからやってきた者だ。ドラーナと面会したいのだが」
「イオナめ。何しに来た?」
吸血鬼はイオナのことを知っていたが、イオナには強い嫌悪感を覚えているようだった。
「言っておくが、我々はお前たちのいうことを聞くつもりはない。我々の世界はドラーナ様のものなのだ」
イオナは二度うなずいた。吸血鬼らの性質は良く分かっていたから、ことさら驚くこともない。歓迎されないこともわかっていた。
「ドラーナとの面会を申し入れる。むろん、それなりの礼はする」
「ほう。ならば、無下に扱うことはできないな。いいだろう」
吸血鬼らはあれこれ示し合った後、イオナを誘導した。
「ついてくるがいい」
イオナは吸血鬼らの性質をよく知っていた。彼らの弱点が「金」であることを。