マジック・ザ・ギャザリング ライトノベルVER 作:やまもとやま
イオナはドラーナの協力を得るために、グールドラズでひときわ輝く城にやってきた。
ゼンディカーはどこも厳しい生活を強いられているが、その城は別格の存在感を放っていた。
城の中では、吸血鬼のメイドがせわしなく働いていた。
聞くところによるとイニストラードの没落吸血鬼らもドラーナの元で働くために越境してきているという。
城は、ドラーナの側近だけが寝泊まりしている。いずれもカラストリアの血を継承した上流階級の者たちばかりだ。彼らはグールドラズの政治を担当している。
イオナは憲兵らに導かれて、大きな窓から飛翔して城の中に入った。真っ赤な絨毯が敷かれた高貴な内部構造になっていた。
吸血鬼のメイドが床の掃除をしていた。
イオナはその一人に声をかけた。
「お前はヴォルダーレンの者か?」
イオナが尋ねた吸血鬼は美しい身なりをしていた。少なくとも、ドラズの下層吸血鬼とは違っていた。
その美しさから察するに、真紅の血とも呼ばれるイニストラードの吸血鬼血統「ヴォルダーレン」の者と思われた。
「いいえ。私はかつてヴォルダーレンに属していましたが、その血を穢してしまったのです。いまは追放された身。ドラーナ様が拾って下さらなければ、私は光を失っていたことでしょう」
「そうか」
「オリヴィア様はとても厳しいお方。ですが、このままではヴォルダーレンの血も失われてしまうことでしょう。もはやイニストラードは純粋な血が生き残れる世界ではありません」
メイドはイニストラードの厳しい事情を話した。
イニストラードはゼンディカーに接する最も近くにある世界である。ゼンディカーの安定を任されているイオナにとってイニストラードは管轄外。
しかし、イニストラードの影響を無視することはできなかった。
イニストラードは神の審判により生まれた「マルコフ」の血が支配していると聞く。
マルコフの血より生まれたとされる大天使「アヴァシン」はゼンディカーにおけるイオナと同じ立ち位置だった。
マルコフ家は頻繁にゼンディカーに影響をもたらしているという。場合によっては、エメリアの天使と大天使アヴァシンが対峙する時が来るかもしれなかった。
イニストラードでは、マルコフとヴォルダーレンの対立が激化している。両家は長い歴史の中で多くの戦争を行ってきた。
吸血鬼の血統を重んじるヴォルダーレンに対して、人間の味方を続けるマルコフの対立はイニストラード全体の問題となっている。
マルコフが人間と狼の一族を仕切るようになってからは、パワーバランスがマルコフ家に偏っており、近くイニストラードでも大きな革命が起こる可能性があった。
しかし、いまは目の前の脅威に集中する必要があった。
コジレックの目覚めにより、ゼンディカーのパワーバランスは一気に乱れてしまった。
そのバランスをもとに戻すためには、ゼンディカーの大いなる力を結集させる必要があった。
イオナはナヒリの勧誘に成功している。あとは、マーフォークのキオーラ、人間のタズリ、吸血鬼のドラーナ、できるならば、バーラゲドのエレメンタルの力を結集させ、エルドラージという大きな力に立ち向かうつもりだった。
イオナは「ドラーナの間」に案内された。
ドラーナの間は高価な立派な扉で仕切られている。
扉が開かれると、広間が視界に現れた。
天井も見上げるほど高く、自由に翼を広げて飛ぶことができるほどだった。
しかし、イオナは歩いて広間を進んだ。
広間の先には立派な椅子があり、ドラーナが退屈そうに腰かけていた。
すべてを統べる者の座にあるドラーナはゼンディカーで最も美しい吸血鬼とされている。
最も美しい者が世界を支配する。様式美を重んじる吸血鬼らしい統治方法であるが、ドラーナは自他ともに認める最も美しい吸血鬼だった。
ドラーナはカラストリアの血のトップ。上流の中の頂点である。
本来は、すべての者が跪かなければならない地位に立つ身であるが、イオナは対等の視線に立った。
「跪かぬか」
ドラーナが静かに命じたが、イオナは跪かなかった。
「退屈そうだな、ドラーナ」
イオナは慣れ親しんだ者に対しているような語調で言った。
「わらわに退屈などない。物思いにふけっておるのだ。お前はそこへ穢れを持ち込んだのだ。本来ならば重罪だ。本来ならば、その血を一滴残らず絞ってやるところだ」
ドラーナはイオナに不機嫌そうな目を向けた。イオナを歓迎しているわけではなかったが、イオナに対しては一目を置いているようでもあった。
「私の血がほしいのか?」
「ふん、そんな猛毒を望む吸血鬼はおらぬ。それより何の用だ? また厄介ごとを持ち込むわけではなかろうな?」
「厄介ごとであれば良かったのだがな」
「聞きたくもなくなった。ドラズにも影響することか?」
「ゼンディカーの存亡がかかった問題が発生した。協力してほしい」
「くくくく……」
ドラーナは静かに笑みを浮かべた。
「イオナよ、お前は何のために生まれたのだ? ゼンディカーを滅ぼすためか?」
「ゼンディカーの秩序安定のためだ」
「詭弁だ。お前はこれまでに何度厄介ごとを持ち込んできたと思っている?」
ドラーナはいら立ちを隠せない様子で言った。
「これまでに5度だな。今回で6度目になる」
「くくくく、お前たちはトラブルメーカーか?」
「我々がいなければ、もっと多くの厄介ごとが転がり込んでいたところだ。少しは評価してもらいたいものだが」
イオナは謙虚な態度は取らなかった。
「言ってみろ。今度はなんだ?」
「コジレックが目覚めた」
「たわけ!」
ドラーナは瞬間で反応して立ち上がった。
「面晶体を守るがお前たちの仕事であろう。その禁を破るとは何たることか」
ドラーナもエルドラージの恐怖を知っているのか、非難の声が大きくなっていた。
「それについて弁明するつもりはない。しかし、封印が解かれたいま過去を振り返っても仕方のないことだろう」
「天使どもの能天気にはあきれて物も言えぬ」
ドラーナは怒りをぶちまけると、少し冷静になって椅子に座り直した。
ちょうど、ドラーナの側近の者がドラーナの手前にやってきた。
「ドラーナ様、いかがなさるおつもりですか?」
「どうもこうも協力するしかなかろう。こやつには借りがあるからな」
ドラーナはできれば協力したくなかったようであるが、何か特別な事情があり、イオナには逆らえない様子だった。
「力を貸してくれるか、感謝するぞ、ドラーナ」
「だが、これが最期だ。これ以降、このような愚かな失態を犯すな。わかったな?」
「100%とは約束できないが、善処はする」
イオナは使命感の強いエメリアの天使の頂点に立つ身であるが、すべての言動に不安定なところがあった。
◇◇◇
イオナはドラーナの協力を受けることができたので、具体的な方策を議論するために、ドラーナを連れてグールドラズの大空に出た。
ドラーナも空を飛ぶことができる。カラストリアの血やヴォルダーレンの血には風を操る魔力があるためだ。空を飛ぶことができる吸血鬼は世界的に見ても珍しいことだった。
グールドラズの大空からは下界の様子が良く見えた。このあたりは乱動の影響が限定的なため、地形にでこぼこが少ない。
良く見えるからこそ、貧富の差の大きさが良く見て取れた。
「たいしたものだな、ドラーナ。ドラズはここ最近、最も発展した大陸だ。ゼンディカーの地にあって、よくここまで都市を築き上げたものだ」
ドラーナの城が象徴するように、グールドラズの発展には目まぐるしいものがあった。
しかし、ドラーナは下界の様子を見降ろして、晴れた表情をすることはなかった。
「お前は知らぬだろうが、ドラズの発展の代価は大きい」
「貧富の差は大きいと見えるな。その点か?」
「そんなことは些細な問題よ。この発展のために、計り知れぬ富と時を失ったのだ」
「何をしでかしたのだ?」
「お前もソリンという男を知っているであろう?」
「たしかエドガーの孫にあたる者か」
イオナはゼンディカーの安定を託された身。イニストラードの情勢は疎かった。
「やつはマルコフの血統を束ねる身となった。卑劣な男でな、一族の発展のために、人間をそそのかし、果てには狼にも手を出す見境の無い猿だ」
ドラーナは言いたいだけソリンを悪く言った。
「そのソリンという者と軋轢があったのか?」
「ドラズ発展のために、巨額の金を借り入れたのだ。戦慄が走るような暴利でな」
ドラーナはその決断を後悔しているように振り返った。
「愚かな決断だった。だが、ドラズの地を発展させるにはその方法しかなかった。ドラズの不満は底なし沼だ。いずれはすべてを呑み込んでしまったことだろう」
底なし沼。吸血鬼の強欲を表現するのに適切な言葉だった。
それはドラーナも例外ではない。ドラーナの立派な城はドラーナの底なし沼が作り出したものだった。
「お前たち天使には欲望というものがないのだろう? ならば、お前たちに我々の苦しみは理解できぬだろう」
「天使にも欲望はあるさ」
「そうか? ならば、お前は何を欲する?」
「ゼンディカーの平和だな」
「なるほど……それはあまりに大きすぎる強欲だな」
ドラーナは納得した。
「借りた金を返すことができない。それがドラーナの悩みか?」
「当面の問題としてはな。だが、わらわはお前とは違う。ゼンディカーの平和ついてはドラズの平和を願っているわけではない」
ドラーナは続けてシンプルな願望を話した。
「生の充実がほしい。美味な血、美しいもの、力、名誉……吸血鬼も人間もその心は変わらぬものだ」
「それは……わかりやすくていい」
しかし、その願いはすべての者がたどり着けぬ境地なのかもしれない。