マジック・ザ・ギャザリング ライトノベルVER 作:やまもとやま
バーラ・ゲドの森はどこまでも大森林が続く。
このあたりの造詣のない者にとっては、同じ景色が無限に続いているように思える。
少なくとも、チャンドラは同じ景色が無限に続いているように感じていた。
しかし、先頭をゆくニッサは同じような景色の中でも、森のどのエリアを進んでいるのか理解していた。
ニッサは突然足を止めた。
「どうしたの?」
「……」
チャンドラの問いに、ニッサは答えずに、前方に険しい視線を向けた。
このあたりは、かつて自分が住んでいたテリトリーだった。一族の頼れる自然魔道士として、このあたりで狩猟採集の務めを果たしていた。
この先をまっすぐ進むと、自分の故郷にたどり着く。
しかし、そこはかつての故郷であり、今やニッサにとって、決して訪れてはならない場所だった。
かつて、一族の仲間たちはニッサに尊敬の目を向けていた。しかし、いまやニッサは忌々しきものの象徴。
禁を犯して一族に破滅をもたらした「破壊者」である。
ニッサはこれより先に進むことはできなかった。この地に足を踏み入れたなら、ニッサは侵略者となる。
二度と戻ることができぬ故郷。ニッサはその故郷に背中を向けた。
「え、引き返すの?」
「ちょっと道を間違えたのよ」
ニッサはそう言って、最後に一度だけ自分の故郷を振り返った。
未練を覚えた。
もう二度と戻るつもりもないし、戻りたいと思うこともないと思っていたが、こうして故郷の森を見ると、なつかしさがこみあげて来た。
長く生活を共にしてきたいくつかの者たちの顔も浮かんだ。
けれど、もうニッサは戻れなかった。
「こっちよ」
「まだまだ先は遠そうね」
チャンドラは疲れきったように肩を落とした。
体力には自信があったが、こうも森の中の生活が続くと、文明が恋しくなった。
ニッサは自らの故郷をそれながら、目的地を目指した。
故郷への未練はあったが、同時にそれを払拭できる希望もあった。
ニッサの目の先には、火の光に照らされた未来へと続く道があった。その火の光はチャンドラが示してくれたものだった。
◇◇◇
バーラ・ゲドの大地に夜がやってきた。
ニッサは乱動の魔力の小さな場所を見つけると、今日のキャンプ場をそこに決めた。
「今日はここに泊りましょう」
「また野宿。嫌になっちゃう。温かいシャワーが恋しいわ」
「シャワー? 何それ?」
ニッサには文明の発明品を何も知らなかった。
「シャワーはシャワーだよ」
チャンドラが身振り手振りで伝えたが、ニッサには想像できなかった。
文明の地からやってきたという少女。ニッサは当初からチャンドラに関心を示していたが、警戒心から露骨に距離を取ってきた。
しかし、旅する時間が長くなってくると、チャンドラの近くにいることにも慣れて来た。
「とりあえず、火をつけるよ。オムナスもお腹空いたでしょ?」
「ふむ、こういうとき、紅蓮術師がいると心強いな。常に新鮮な赤マナを補給することができる。我の魔力は完全に満たされる」
チャンドラは小枝を集めて、簡単な焚火の準備をした。
焚火の訓練はアカデミーでさんざんやってきた。アカデミーの課題には、シヴ山で15日間を暮らすというサバイバル授業があった。
チャンドラは同級生の若き紅蓮術師らとその課題に参加した。
そのときは、毎晩のように火を焚いて過ごした。
「こんなのいつ役に立つの?」
みんなそんなことを言いながら、シヴ山での課題を過ごしていたが、今まさにその課題が役立つ時だった。
「シヴの課外授業がこんな形で役に立つ日が来るとは思わなかったよ」
「良かったではないか。学びがなければ、ゼンディカーの地で生き抜くことはできんからな」
オムナスは焚き木の真ん中に身を置いた。
「そんじゃあ、火をつけるよ。ボッと」
「うむ」
チャンドラが火を放つと、中央のオムナスに火がともった。オムナスを経由して、火は大きく炎上した。
ニッサはいまや怖がらずに焚火を見ることができるようになった。
ニッサはチャンドラの隣に座ると、ゆらゆらと燃える火を見つめた。
「ニッサ、火が平気になったね」
「別に。最初から平気よ。嫌いなだけ」
ニッサは不愛想にそう言った。
不愛想だが、初顔の時に比べると、その態度は柔和していた。
「山火事になっちゃうもんね。そりゃあ、こんな森に住んでたら、火が嫌いになっちゃうよね。私はアーティファクトが特産品の世界に生まれたから、小さいころから火ばっかりだったけど」
「カラデシュ……面白そうな世界ね」
ニッサは自分から会話を作るようにもなった。チャンドラは昔からの友人だったかのように話を合わせた。
「面白くはないけどね。勉強ばっかりさせられるし。私は出来が悪かったから、いつも先生に叱られてたよ」
「あんたバカだものね」
「言うようになったね、ニッサ」
「バカにバカと言っただけよ」
「いいわよ、もう聞き慣れたからいちいちムカついたりしないから」
チャンドラはバカという言葉に慣れていた。
「うちの近所にサヒーリって子がいてさ。いつも比較されてたわけよ。サヒーリちゃんはなんて出来がいいのでしょう。それに比べうちのチャンドラは。お母さんの言い癖」
チャンドラはうんざりした気分でそう言ったが、その後は母親に会いたいという気持ちが強くなった。
「お母さん、今頃どうしてるかな。サヒーリはやっぱり工匠になったのかな。カルはどうなったんだろ? アドヴィカ姉さんはどうしてるだろ。パースリーおばさんのシチューがもう一度食べたい。お父さんも……無事だといいけど……」
チャンドラは空を見上げながら、珍しく沈んだ声で言った。
「あんたさ……」
「へ?」
「そんなに家族が大切ならなんで故郷を離れたのよ。別に勘当されたわけじゃないんでしょ」
ニッサの質問はチャンドラの感覚では理解できないことだった。
ニッサにとって、外の世界に出ることは大きな決断。文明社会に生きるチャンドラにとっては、それは1つの進路でしかない。
「離れたなんて大げさなことじゃないよ。紅蓮術師になるために、ドミナリアに渡っただけだよ。不運にもファイレクシアとの戦争が始まって、カラデシュへの渡航がいかなる例外も含めて禁止されちゃったけど」
「よくわからないけど、10年も離れたら、すべては変わってしまったんじゃないの? もうあんたのことなんて誰も覚えていないかもしれないわ」
「怖いこと言わないでよ。そんなだったら、ショック死しちゃうわ」
そう言いながら、チャンドラは10年の離別の時を心配していた。
「でも、10年できっと色々変わってしまったと思う。領事府と改革派の戦争が始まったと聞いてるし。帰るのは正直不安。でも帰らなきゃ」
チャンドラは故郷に帰ることを義務付けられていた。故郷を出ることを義務付けられたニッサとは真逆の立場だった。
「心配するな、チャンドラよ。我が必ずやおぬしをカラデシュに導いてやる」
「うん、期待して待ってるわ」
「ニッサ、そのときはおぬしもカラデシュへ行け」
オムナスは火に焼かれて体に赤色が混じっていた。
「……私はでも」
「来なよ。行く場所がないなら。私の家に泊めてあげるから」
チャンドラもニッサを歓迎した。ニッサは戸惑いながらもうなずいた。
新世界への期待と新世界への恐怖が入り混じった不思議な気分だった。しかし、チャンドラと一緒なら前に進める気がした。
チャンドラとはまだ出会って数日。けれど、不思議なことにチャンドラのことを強く信頼できた。
共に歩める仲間だと確信できた。
ニッサはもう一度うなずいた。
「そしたら、シャワーも教えてあげるから」
チャンドラはそう言って笑った。