マジック・ザ・ギャザリング ライトノベルVER 作:やまもとやま
「キオーラさん、どうか力をお貸しください。このままでは、ゼンディカーの海は荒地になってしまうかもしれないのです」
使いのマーフォークはへりくだってキオーラに協力を要請した。
彼はノヤンダールから命を受けて、協力者を探しているところだった。しかし、なかなか協力を得ることができずにいた。
そんな矢先に、最も大きな力であるキオーラを見つけたので、すぐに頭を下げた。
しかし、キオーラの心は芳しくない。表情は明らかに乗り気ではなかった。
「一応聞くわ。あんた誰?」
キオーラはぶっきらぼうに尋ねた。
「私、ノヤンダール市長の秘書を務めている者でございます」
「ふーん、あの老人に秘書なんていたんだ」
キオーラは興味なさそうにそう言ったが、少し脈ありに見えなくもなかった。
「いま、大変なことが起きているのです。キオーラさんが力になっていただければ解決できるかもしれないのです」
「一応もう1つ聞いてあげる。大変なことってなに?」
「私も詳しいことはまだ存じ上げないのですが、バーラゲドのほうで面晶体が破壊され、エルドラージが一匹解き放たれたとか何とか」
「エルドラージ……」
キオーラは三俣槍を持ち直した。
「なんだかおもしろそうな話ね」
「協力していただけるのですか?」
「金額しだいね。それに、私に依頼するってことは悪魔に仕事を依頼するってことよ。あんたたち、私をそのように見ているんでしょ?」
「いいえ、私は。たしかに都の者たちはキオーラさんを悪くおっしゃる方が多いですが、私は同じマーフォークとして尊敬しているのです」
使いのマーフォークはまだ若手であり、古いマーフォークと違って、考え方が左寄りだった。
キオーラは自分の欲望を満たすために故郷を犠牲にした。
多くの人はキオーラをそのように認識している。
キオーラがゼンディカー最大のタコであるロートスを都に放ち壊滅させた。
証拠などどこにもなかったものの、そのようなことができる存在がキオーラ以外にいなかったため、キオーラが悪役に決定してしまった。
その後、キオーラはどこにも属することなく、ゼンディカーの海を自由に生きる身になった。
だが、このマーフォークはそうした歴史的なものを重要視せず、大きな力を持つキオーラを純粋に尊敬していた。
「いいわ、力を貸してあげる」
「本当ですか?」
「ただし、私は気まぐれな女。命令には従わないし、私のやり方でやらせてもらう。あと、1週間後に10万ジェムを支払ってもらう」
「じゅ、10万ジェム?」
それは普通のマーフォークからすると、目玉が飛び出るような金額。
「それが条件ね」
「10万ジェムとなると、私の一存だけでは……市長と相談してからでなければ」
「なに悠長なこと言ってんの? 自分の故郷を守るためでしょ。そのためにたかが10万ジェムも支払えないんじゃ、そんな故郷、荒野になったって問題ないわね」
キオーラがそう言うと、使いのマーフォークはハッとなったように表情を変えた。
その後にもう一度キオーラの目を見ると、その目の光が他のマーフォークとは違っていることを鮮明に感じることができた。
強き目。覚悟のある目。
キオーラのその瞳には邪悪は一辺も感じられなかった。
その目がキオーラの悪名高い歴史が偽りであることを証明していた。
「いいわ。じゃあ、こうしましょう。あんた、面白いから、私が雇ってあげるわ。10年雑用係でね。それで引き受けてあげるわ。どうする?」
「どうかお願いします」
キオーラの提案に、使いは考えることなく応えた。
◇◇◇
バーラゲドの面晶体跡地では、面晶体の復元作業が始まろうとしていた。。
依頼を受けたナヒリは7人の石鍛冶の神秘家たちを連れて、エメリアの天使に乗ってバーラゲドにやってきた。
バーラゲドの大地に降り立ったナヒリはあたりを見渡して、その後に破壊された面晶体に目を向けた。
「派手に壊したな」
「復元は可能か?」
ナヒリをここまで送って来たイオナはナヒリの隣に降り立って尋ねた。
「徹夜で一日だな」
「できるだけ早く頼む」
「しかし、どうするんだ? 復元したって、エルドラージをここに連れてこないと閉じ込めることはできないんだろ。言っておくが、私の仕事は復元だけだ。それ以降はノータッチだ」
「構わぬ。コジレックの誘導は我々の仕事だ」
イオナは今回の作戦で最も難しいことに立ち向かうつもりだった。
かつて、コジレックをこの地に封印した賢者らのようになれるかどうかはエメリアの天使の力にかかっていた。
あのときは、精霊龍ウギンという究極の力が介入していた。
ウギンが安息地に封印されたいま、その究極の力を借りることはできない。
しかし、精霊龍ウギンに代わり、いまは大天使イオナというエメリア史上最大の力がある。
「ぽつぽつ始めるか」
ナヒリは急ぐ様子なく、ゆっくりとリュックから復元アイテムを取り出した。
「お前らはかけらをすべて集めろ。で、お前らはマナ形成図を起こせ。お前らは……なんかうまそうな食べ物を取って来い」
ナヒリは適当に担当する作業を割り振った。
面晶体は非常に特別なエンチャントとされており、その復元は極めて難しい。
ドミナリアには、あらゆるエンチャントを復元する「オパールの光」が存在するらしいが、ゼンディカーにはそんなものは存在しない。
ナヒリはかつて2度ドミナリアを訪れたことがあったが、そのときに、オパールの光を蓄えた補充庫が破壊されるという災害を目の前で見たことがあった。
そのときにその光はその災害で失われたエンチャントをすべて一瞬のうちに復元してしまった。
ナヒリはその光を持ち帰ろうとしたが、それを保存する手がなかったため、できなかった。
今回、面晶体を復元するためには、一から組み立て直すしかない。
エンチャントはアーティファクトと違い、魔力の断片で成り立っている。形を元通りにすることでは復元とはならず、魔力の断片の相互作用が完全に元通りになる必要がある。
すべての魔力片が復元されるように復元しなければ、面晶体は機能しない。
これができるのは、コーの石鍛冶だけだと言われている。
「我々にできることはあるか?」
一応、イオナは尋ねたが、面晶体の復元作業を心得ている天使は一人もいない。
「その辺で応援でもしといてくれ」
ナヒリはそう言うと、砕け散ったかけらのもとにゆっくりと歩き始めた。
◇◇◇
復元作業が始まったころ、チャンドラとニッサはついに、その場所にたどり着いた。
ニッサはその場所に近づくたびに、恐怖心を思い出した。
その地でコジレックが目覚める瞬間を見たうえに、その力の大きさを体験していたから、そのトラウマは感嘆にはぬぐえなかった。
やがて、ニッサは足を止めた。
唐突に足を止めたので、チャンドラはニッサの石頭にぶつけて、後方にひっくり返った。
「もう、いっつもいきなり立ち止まるんだから。今度はなに?」
ニッサはそのまま前を見つめた。木の先に開けた場所が見える。そこは間違いなく、コジレックが現れた場所だった。
「ニッサよ、どうしたのだ?」
同行していたオムナスがニッサの肩の上に降り立った。オムナスはかつて乱動の神としてたたえられていたが、エルドラージとの戦いの後にその力を失っていた。
「目的地に着きました」
「着いたの? やっと?」
チャンドラは立ち上がると、大きく伸びをした。
「やっと着いたのか。遠かった。一生ジャングルから抜け出せないと思ってたよ」
チャンドラはようやく目的地についたことを喜び、ニッサの前に出た。
「なら、早くいこ。オムナスもこれでもとに戻れるし良かったね」
「……」
しかし、ニッサは気が進まない様子で立ち止まったままだった。
「行かないの?」
「……」
ニッサは恐怖心を覚えていた。前に進まなければならないとわかっていても、その足を踏み出せなかった。
「怖いのだな?」
オムナスが尋ねると、ニッサは小さくうなずいた。
「大いなる者コジレックの目覚めを現場で目撃したとなれば、当然の感情であろう」
オムナスはニッサの恐怖心を理解していた。
しかし、恐怖心に打ち勝たなければならないことも事実だった。
ニッサが新しい世界に踏み出すためには、勝たなければならない。この恐怖心、そして大いなる者コジレックに。
「大丈夫だって、怖いものなんて何もないよ。ほら、明るい太陽が輝いてるよ」
チャンドラはニッサを励ますようにそう言った。
「何が出て来たって、私のスーパークレイジーファイアーボールでぶっ飛ばしてあげるって」
チャンドラはそう言うと、手に小さな火の玉を作った。特別な才能を持って生まれたチャンドラの炎はとても強い力に満たされていた。
しかし、チャンドラの炎の本質は力の大きさではなかった。人間の心を照らす輝き、人間を導く輝き、ニッサに勇気をもたらす輝き、ニッサにとって初めて出会った美しい炎。それがチャンドラの炎だった。
一人では打ち勝てない恐怖も、コジレックも、すべてその炎があれば打ち勝てる気がした。
足が動くようになった。
「約束よ。何が出て来たって、あんたが倒しなさいよね」
「任せてよ。シヴのヘルカイトも稲妻のドラゴンも撃ち落した私に燃やせないものなんて何もないわ」
チャンドラのそのポジティブな態度は信用できた。
警戒心の強いニッサでもなお、チャンドラのその言葉には寄りかかることができた。
ニッサは力強く前に足を踏み出した。
悲劇の始まりの地へ。いや、新しい世界の始まりの地へ。