マジック・ザ・ギャザリング ライトノベルVER 作:やまもとやま
コジレックの強さは主に2つある。
1つは生物的ではないということ。
生物のように疲れることがない。
生物のように恐れることがない。
生物のようにためらうことがない。
生物のように死ぬことがない。
もう1つは人間的であるということ。
人間のように思考する。
人間のように分析する。
相手が嫌がっていることを察知して、それを実行する。
相手の弱点を察知して、そこにつけ込む。
コジレックはロートスの怪力を察知すると、力でねじ伏せるのではなく、呪術的な攻撃を仕掛けるようになった。
コジレックの腕とロートスの足が激突するたびに、ロートスの体が朽ち果てていくようになった。
かつて、マーフォークの都を全滅させたロートスの力もコジレックを粉砕するには至らなかった。
キオーラは瀕死に陥ったロートスを三俣槍の魔力を用いて離脱させた。
瀕死状態だが、ロートスの生命力なら翌日には完全回復することができる。
もっとも、コジレックがそこにいる限り、明日は約束されたものではない。
キオーラは撤退を考えていたが、コジレックに対する怒りが先行したので、コジレックと対峙した。
接近するたびに、コジレックの不気味な威圧感が迫って来た。
大きいものに対する恐怖でもなく、霊的なものに対する恐怖でもない。
それはエルドラージというものに対する恐怖だった。
特殊な恐怖だった。
しかし、キオーラはコジレックの威圧感をはねのけるようにして、三俣槍を構えた。
コジレックもキオーラの視線を感じて、そちらに反応した。
コジレックはロートスよりも強力な力が現れたことをすぐに察知した。
「良く聞きなさい、木偶の坊」
キオーラはコジレックに話しかけた。
「ゼンディカーの海はいずれ私のものになる予定なのよ。つまり、ここは私の庭ってこと。わかる?」
「……」
コジレックがしゃべることはなかった。しかし、キオーラの話を理解しているようだった。
「あんたがやってることはれっきとした侵攻行為。私は平和主義者だから、話し合いに乘ってあげるわ。あんたの望みはなに?」
「……」
コジレックは無言でキオーラに視線を送った。海底に赤く輝いた眼光は周囲を血のように染めた。
キオーラはコジレックが何かを問いかけてくるのを感じていた。
「お前たちの存在意義はなんだ?」
「は?」
キオーラはコジレックを鋭い視線で睨み返した。
「破壊か? 創造か?」
「……」
「お前たちは無力な存在。愚かな創造が混沌を呼ぶ。それを修正しようと愚かな破壊を繰り返す。愚かな歴史を悠久の時、繰り返している」
「……」
「救済をもたらしてやろう。お前たちを破壊し、完成体として創造してやろうというのだ」
コジレックの問いかけに、キオーラは小さく笑った。
「聞き捨てならないわね。私が無力?」
キオーラは三俣槍を強く握りしめた。
「よーくわかったわ。話し合いはこれで終わり。私があんたを破壊してあげる。安心なさい。あんたの残骸は観光地の見世物にしてあげるから」
キオーラはそう言うと、コジレックに立ち向かっていった。
◇◇◇
キオーラはタッサの試練を越えた数少ないマーフォークの一人だった。
テーロスの海を支配する神をも打ち倒すキオーラの力はリヴァイアサンもクラーケンも水底のビヒモスも止めることができなかった。
しかし……エルドラージはその力を打ち倒すことができた。
コジレックの力が亢進すると、巨大な渦が生じた。
立派な船も水底に引きずり込むほどの力だった。
ゼンディカーには次のことわざがある。
「マーフォークは海で溺れない」
これはその道の達人は決して失敗しないことを示しており、マーフォークというのは決して溺れることのない存在ということを示していた。
その頂点に君臨するキオーラならば、万に一つも溺れることはない。
しかし、キオーラは生まれて初めて溺れるということを経験した。
どんな急流も突破してきたキオーラが自分の意思で移動することができなくなった。
コジレックの特殊な力なのか、渦に足を掴まれ、手を掴まれ、身動きが取れない。頭を押さえつけられ、完全に束縛されてしまった。
ゼンディカーに新しいことわざが生まれた瞬間だった。
「マーフォークも海で溺れる」
マーフォークにとって、海で溺れることは耐えがたい屈辱だった。
羞恥心を通り越して、怒りが頂点に達した。
「屈辱……許せない」
キオーラは怒りに震えて、強引にコジレックの束縛から逃れた。
「絶対に八つ裂きにしてあげる」
キオーラはコジレックに三俣槍を向けた。
キオーラの渾身の心霊波がコジレックの顔面に撃ち込まれた。
すべてを粉砕する波動であるが、コジレックには通じていないようだった。
それでも、コジレックはキオーラを厄介な邪魔者であると認識した。破壊しなければならない存在であると。
コジレックの猛攻が始まった。
コジレックはエルドラージのドローンを放出した。
不気味な顔つきをした怪魚が次々と現れると、牙をむき出しにしてキオーラに向かった。
しかし、キオーラはそれらを三俣槍の一突きですべて撃退することができた。
ドローンがどれだけ多くても、キオーラにその牙を打ち込むことはできなかった。
しかし、ドローンを目くらましに、コジレックはキオーラに向けて確実に接近していた。
コジレックとドローンの両方を同時に相手にするのは簡単なことではなかった。
「キオーラさん、こっちは私に任せてください」
キオーラの間に割って入ってくるマーフォークがいた。
ジェリーはコジレックの恐ろしさに身動きが取れなくなっていたが、勇敢に戦うキオーラを見て、コジレックの戦いに参加する決意を固めた。
「何やってんの、逃げなさいよ。あいつの力がわかんないの?」
「わかってます。生きて帰れないでしょう。ですが、あなたが戦っているのに、私が逃げるわけにはいかないでしょう」
ジェリーは兵士として訓練を受けた身ではないが、一流の兵士以上の潜水能力と三俣槍の技術を有していた。
三俣槍の一撃でコジレックのドローンをしたたかに撃退した。
「バカなプライドで命を捨てる気?」
「違います。都を守るためです。あなたこそ、お金のために命を賭けているのでしょう?」
「お金は命より重いのよ。あんたみたいな温室育ちにはわかんなでしょうけどね」
「お金のために故郷を犠牲にするあなたに何の正義があるというのですか」
二人は言い合いをしながら、ドローンを撃退していった。
だが、ドローンをどれだけ倒しても本命のコジレックを倒さなければすべては解決しない。
コジレックを倒す算段は誰も持っていなかった。
しかし、ジェリーの介入で、キオーラも少し冷静さを取り戻した。
怒りに身を任せていたが、自分の門来の任務を思い出すことができた。
コジレックを倒すには、面晶体に閉じ込めるしかない。
キオーラの役割はそこまでコジレックを誘導することだった。
「ちょうどいい機会だから、あんたに教えてあげるわ、お金は命より重いってことを」
キオーラはコジレックのほうを振り返った。
コジレックはキオーラを破壊の対象として認識していたから、キオーラのほうめがけて進んできた。
最初はゆっくり。しかし、やがて謎の推進力を得て、コジレックは加速してきた。
キオーラはバーラゲドの方角に向いた。
このままコジレックに捕獲されなければ、コジレックをバーラゲドへと誘導することができる。
問題はコジレックとの追いかけっこに勝利できるかどうか。
海の中での追いかけっこならば、マーフォークの土俵だ。
キオーラは全力で泳ぐ態勢を取った。
「あんた、足手まといにならないように、ちゃんとついて来なさいよ」
「バカにしないでください。私の遊泳速度は都一なのですから」
ジェリーは自分の遊泳能力に自信を持っていた。普段は自分の能力を誇示するタイプではなかったが、キオーラには自然とライバル意識を持ってしまった。
ジェリーのスピードは速かった。おそらくはゼンディカーのマーフォークの中でもトップクラス。
しかし、ジェリーの眼前を泳ぐキオーラの姿はみるみる小さくなっていった。
「な、なんて速さなの……私が追いつけないなんて……」
キオーラのスピードはジェリーよりもさらに上だった。
時間が経つにつれ、その差は大きくなり、やがて、キオーラの姿は点と化した。
くやしいことではあったが、キオーラの力は本物だった。
そのとき、ジェリーは背後から何かに襲撃された。
漆黒の触手がジェリーの足を束縛すると、そのままジェリーを引っ張り込んだ。
もがいてもほどけない。三俣槍を打ち込んでも貫通しない。
触手の先をたどると、そこには、海の中に浮かぶコジレックの姿があった。
コジレックはジェリーもそれなりの力の持ち主と認識していて、積極的に破壊しようとした。
ジェリーは死を覚悟した。
どうやっても逃れることができなかったので、コジレックの攻撃をかいくぐる手がなかった。
実際に死を前にすると、大きな恐怖が心を埋め尽くした。
都のためとか、故郷のためとか、そんなことはどうでもいい。
ただ死にたくない、自分だけ生存していたいという思いだった。
ジェリーは生存本能の本質を悟った。
何を犠牲にしても生きていたい。
愛する者のためとか、そんなきれいごとは消し飛んだ。
コジレックはそんなジェリーを容赦なく踏みつけようと足を上げた。
しかし、コジレックの体が突然傾いた。
踏み上げられた足が後退し、そのままコジレックは後方に流された。
続いて、ジェリーを束縛していた触手が何かによって切断された。
ジェリーは視界の中に、一人のマーフォークの姿が見えた。
それはキオーラにしか見えなかった。
しかし、ありえないと思った。
お金のために都を犠牲にしたキオーラがわざわざ自分を助けに戻ってくるはずがない。
そのまま自分を犠牲にするに決まっている。
しかし、そこにいるのはキオーラ以外の何者でもなかった。
キオーラはジェリーの手を掴んだ。
「まったく世話の焼けるやつね。そんなザマで都を守る? 茶番だわ」
「……どうして?」
ジェリーはバカにされたことなどどうでもよかった。ただ疑問を解消したかった。
「どうして戻ってきたんですか?」
「そんなことどうでもいいでしょ」
「良くないです。あなたは自分の利益のために故郷を犠牲にする人です。それをどうして」
「はいはい、わかったわよ。じゃあ、あんたを時給1ジェムで奴隷労働させるために助けに来たってことにしといてあげるわ」
「……」
キオーラはジェリーの手を引っ張ると、そのままコジレックから逃れようと全力で泳ぎ始めた。
しかし、ジェリーを誘導しながらということで、スピードダウンは避けられなかった。
ジェリーはこのとき、キオーラの優しさを感じていた。
いまのキオーラを見ていると、自分の利益のために故郷を犠牲にしたとは思えなかった。
キオーラは奴隷労働させるためと言ったが、キオーラの手から伝わってくる本心はそんなことではなかった。
「誰も犠牲にしたくない」
キオーラはその思いでジェリーを助けようとしていた。
それがわかったから、ジェリーはキオーラへのイメージを一変させた。
「速いわね、あいつ……」
キオーラは後ろを振り返って、コジレックがみるみるこちらに近づいてきていた。
「キオーラさん、私は足手まといになってしまいます。その手を離してください」
「無理」
「このままではキオーラさんも襲撃されてしまいます」
「教えてあげるって言ったでしょ、お金は命より重いってね。でも約束よ、生きて帰れたら、時給1ジェムで私の奴隷になるのよ」
ジェリーはキオーラのもとで働くことに不服はなかった。
しかし、生きて帰るのは簡単なことではなかった。
コジレックとキオーラの追いかけっこならば、キオーラが勝つことができるかもしれないが、足手まといを抱えている状況では、コジレックのほうが優勢だった。
ジェリーは何とか足手まといではなく、キオーラの力になりたいと思った。
どうすればいいのか?
ジェリーは自分の最も得意な潜水技術を披露しようと考えた。
「キオーラさん、このままでは追いつかれてしまいます。あの岩場を利用しましょう」
「あんな狭いとこ通過できるわけないでしょ」
「私に任せてください」
「ちょっと、無理だって」
ジェリーは逆にキオーラの手を引っ張ると、海底に潜水した。
ちょうど、溶岩噴火の影響で盛り上がり、穴だらけになっていた岩場があった。
ジェリーは強引にその穴に入って行った。
体がつっかえるほどの狭き道。
しかし、ジェリーは針に糸を通すようにするすると抜けていく。ジェリーの小回りのある遊泳力は大雑把なキオーラにはないものだった。
コジレックはこの岩場に入り込めない。岩場ごと粉砕しようとしたが、コジレックの力でもゼンディカーの乱動に裏打ちされた広大な自然を破壊するには多くの時間が必要だった。