マジック・ザ・ギャザリング ライトノベルVER 作:やまもとやま
コジレックが通過したバーラゲドの大地は荒地と化していた。
永遠の新緑で包まれた大地であるバーラゲドだが、その地には草木の1つも生えていなかった。
そこは死の大地である。
ニッサはその道の先を見つめた。
はるか地平の先まで続く荒地を吹き抜ける風はどこか冷たかった。
「こうして見ると、恐ろしいものだな、エルドラージという輩は」
オムナスは目の前の荒地と自分の背後に続く森林を見比べた。
ニッサはちょうど荒地と森林の境界線に立っていた。
この境界線を挟んで、異なる世界が広がっている。
同じゼンディカーの大地であるとはとうてい思えなかった。
エルドラージは破壊者ではなく、世界の創造主なのかもしれない。
ニッサは静かにその場に座り、荒地と化した大地に手を置いた。
乱動の鼓動は感じなかった。豊かな新緑の魔力は根源から断ち切られていた。
一切の命の芽吹きが許されない死の世界。
ニッサは顔を上げた。
「まだ生きている」
ニッサは独り言のようにつぶやいた。
「この大地は死んでいません」
「ほう、ニッサも感じることができたか」
オムナスはゆらゆらと体を揺らしながら、荒地に降り立った。
「たしかにこの大地は死んでいない。我は乱動の神であるからな。大地の鼓動が我が魂を揺らすのがわかる」
オムナスもこの大地が死んでいないことを感じ取っていた。
「エレメンタルは大地の鼓動を聞くことができる。しかし、しょせんそれまでよ。エレメンタルは再生のためにあらず。ただ、大地の理に身を置くだけ」
「理に背くのが自然魔道士。私はそうして死の世界に導かれたのでしょうか?」
「人の世のことは我の関知する世界ではない。しかし、万物の世界は人間によって切り開かれてきたと歴史には書いてあるな」
ニッサはコジレックを目覚めさせ、バーラゲドに混沌をもたらした。
混沌が大地を死の世界に引きずり込んだ。
しかし、同時に死の世界からよみがえろうとするゼンディカーの大地はかつてより大きな脈動を築いていた。
この灰色の大地から芽吹こうと力を集めていた。
その芽吹きにあと少しの力があれば、もう一度この地は新緑を取り戻すことができるかもしれない。
ニッサは自分の使命を確信した。
いま手に感じる鼓動に応えること。
ニッサの内に秘めたる灯が昂ってきた。ニッサの手に新緑の輝きが満ちた。
この大地に再生をもたらす奇跡の魔力が大地に伝わった。
しかし、ニッサは首を横に振った。
要素が足りない。今の自分の力だけではゼンディカーの再生をなすことはできなかった。
あと少し、もう少しの力。
しかし、その少しの力はニッサの知らない特殊な気付きを必要とするものだった。
端的に言えば、それはコジレックを倒す力。
それは力の大きさではなく、特別な反応。火に水が宿るような、あるいは木が火に優しく包まれるような、矛盾したような反応が必要だった。
その矛盾した力を得ることができれば、再びコジレックに対峙する勇気を持つことができるかもしれない。
しばらく思い詰めていたニッサにオムナスが言葉を与えた。
「ニッサよ、おぬしはすでに答えを得ているはずだ。己の心と向き合ってみるがよい」
「……」
ニッサはまっすぐ前を見つめた。たしかに、自分の中に答えがあるのかもしれない。しかし、ニッサはその答えを選ぶわけにはいかないと思うようになった。
ちょうどそのころ背後で木の葉が揺れる音がした。
「あー、こんなところにいた。探したよ」
ニッサを探してあちこちをうろついていたチャンドラが声を上げた。
チャンドラはニッサが見つめていた視線の先に目をやった。
「まるで大きな山火事があったみたいになってるね」
チャンドラはコジレックが通過した場所をはるか見した。
地平の先まで荒地が続いている。降り注ぐ太陽の光さえも反射しているように、世界全体が薄暗く見えた。
「これがコジレックとかいうやつの仕業?」
「そのとおり。これがエルドラージの力だ。恐ろしい力であろう」
オムナスは跳ねて、チャンドラの肩に着地した。
「面晶体は完成したのか?」
「そうみたい。だから探してたんだよ」
チャンドラはニッサの隣に腰を下ろした。
「面晶体があれば何でも封じ込めることができるってナヒリさんが言ってたよ。だからもう安心だよ」
「無理ね」
「えー?」
ニッサは立ち上がると、2歩、3歩と前に歩んだ。
「あいつの力はそんなものじゃないもの」
ニッサは右足で優しく大地を叩いた。
万のエルフが束になってもコントロールできないバーラゲドの新緑を一瞬で灰色に消し去る力。それがコジレックの力。簡単にどうにかできる力ではないことを、ニッサはよくわかっていた。
とはいえ、誰かがそのコジレックを倒すしかない。
誰が?
ニッサはそれが自分の使命だと思っていたから、歩を前に進めた。
「ちょっとどこ行くの?」
「来るな!」
ニッサは振り返り、強い言葉でチャンドラを制止した。あまりの強い制止だったので、チャンドラもびくっと体を震わせた。
「あんたには関係ない。これは私の問題。あんたはそのまま一人でカラデシュに戻りなさい。エメリアの天使が何とかしてくれるわよ」
「……」
「こんな灰色の世界はあんたには似合わないでしょ」
ニッサはそう言うと、チャンドラに背を向けて歩き出した。
「……」
チャンドラはその場に立ち尽くしたまま、ニッサの背中を見ていた。
ニッサの強い覚悟を感じたから、これ以上は干渉できなかった。
「チャンドラよ、気を悪くするな。あれもニッサなりの優しさなのだ」
「わかってるよ」
チャンドラもそのことはわかっていた。
ニッサはコジレックとの対峙にチャンドラを巻き込みたくなかった。
だから、チャンドラの協力を強い意志で断ち切り、自ら一人でコジレックのもとへ向かおうとした。
しかし、すでにゼンディカーの世界にはチャンドラなりの優しさも刻まれていた。
炎の刻印はゼンディカーの大いなる運命に深く刻まれ、それが未来を紡ごうとしていた。
◇◇◇
「あー、もう無理無理無理、撤退よ」
先ほどまで、コジレックの攻撃を防ぎとどめていたエメリアの天使たちも、コジレックの進撃を止めることができず、コジレックから距離を取った。
「リンヴァーラ様、私もうゲロ吐きそうです。戦闘不能です」
リンヴァーラのもとに配属されていた天使らはコジレックの攻撃をかき消す特殊な魔力を持っていたが、もともとエメリアの天使にふさわしい力を持っていなかったため、これ以上戦うことはできなかった。
リンヴァーラの攻撃も、コジレックはことごとく無力化したため、エメリアの天使はコジレックの進軍を許してしまった。
「残念ですが、私たちではどうすることもできません。イオナ様の回復を待つしかありません」
「イオナ様の輝きはまだ満ち溢れていますが、コジレックの変な力のせいで力が発揮できないようです。どーすればいいのでしょう?」
エメリアの天使は総崩れになっていた。
イオナの力を持ってしてでも止めることができないならば、誰がやっても無駄と言えた。
遠くからコジレックの進軍を見ていたドラーナもコジレックに背を向けた。
「戻るぞ」
「ドラーナ様、このままコジレックを野放しにしてドラズは大丈夫なのでしょうか?」
「イオナが破壊されたのだぞ。我らにどうすることができると言う?」
「そうですね。しかしあの様子だとドラズへも侵攻してくるような気がします」
「そのときは最悪……マルコフのボンボンに尻尾を振るしかあるまい」
「アヴァシンはイオナと同じ力を持っているとは聞いていますが、コジレックに勝つことができるのでしょうか?」
「最悪、ドラズを捨てることも検討せねばならぬな。ちっ、イニストラードに移住など屈辱以外の何物でもないが……」
ドラーナはコジレック討伐作戦から身を引くことにした。
このままコジレックと戦っても、ただ被害が拡大するだけだと判断した。
吸血鬼が去り、エメリアの天使が総崩れになったいま、コジレックを止めることのできる戦力はない。
コジレックによるゼンディカー荒廃は確定的になったと思われた。
しかし、コジレックはバーラゲドの大地を歩むたびに、何か驚異的な力が近づいて来ることを感知した。
――この力……何者だ?
コジレックは荒廃の大地の先に現れた小さな芽吹きに強い畏怖を覚えていた。