マジック・ザ・ギャザリング ライトノベルVER 作:やまもとやま
バーラ・ゲドに解き放たれたコジレックは、バーラ・ゲドの大地を荒廃させながら進み、やがて、ゼンディカーの大いなる海の底へと身を潜めた。
コジレックはその進行の道中にあったあらゆるものを破壊した。
バーラ・ゲドの森には、エルフの一族があちこちに集落を作っている。
エルフは警戒心の強い部族であり、基本的に他の民族とは交流せずに暮らしている。エルフの保守性は本当に高く、同じエルフ同士でも、それぞれ分け隔てて暮らす。
バーラ・ゲドの森には約50のエルフの集落があり、それらはいずれも一切の交流をせずに暮らしている。
彼らが交わるときは、戦争によってだけである。
コジレックはそんな静かなエルフの集落もお構いなしに破壊した。
むろん、エルフは抵抗した。エルフの射手が弓でコジレックを攻撃した。
だが、コジレックにはそんな攻撃は通じなかった。
エルフで最も大きな力を持つ自然魔道士らの攻撃もコジレックを微動だにさせることもできなかった。
エルフはコジレックに踏み潰され、数千の犠牲者を出した。
生き残った者たちも荒廃した自分の故郷を見て絶望した。
ニッサが故郷に戻ってきたとき、もはやそこにニッサの居場所はなかった。
エルフたちはニッサを捕まえると、身動きが取れないように縛り付け、槍の先端をニッサの首元に向けた。
「お前はもはや一族の民ではない。悪魔にとりつかれ、コジレックを解き放った死神だ」
エルフの男はニッサにそう投げかけた。
ニッサはすでに憔悴していて、抵抗することもできなくなっていた。
男の後ろからニッサと交流のあった自然魔道士がニッサのもとに跪いた。
「ニッサ、見えますか?」
自然魔道士はささやくようにそう言った。
ニッサが顔を上げると、その自然魔道士の背中には荒廃した集落が広がっていた。
コジレックが移動した場所はただ破壊されるだけでなく、二度と生命の息吹が現れない永久の荒れ地と化してしまった。
新緑の恵みに溢れていたかつての集落の面影はなかった。
「私の妹も死にました。あなたの仲間も死にました。そして、二度と新しい命が生まれてくることはありません」
「……」
ニッサは再び、顔を落とした。体に力が入らなかった。肉体的にも精神的にも憔悴していた。
「あなたは自然魔道士。その役目は一族に繁栄をもたらすこと。きっとあなたはその目的のために働いたのでしょう。しかし、あなたがもたらしたのは混沌。繁栄の芽は二度とこの地にはもたらされません」
「……」
「私はあなたのことを愛しています。ニッサはとても頑張り屋で心優しい自然魔道士。だからこそ……私はあなたを許すことはないでしょう」
自然魔道士はそう言うと、立ち上がり悲しそうな表情を浮かべて男の後ろに戻った。
「これより一族に混沌をもたらしたニッサを血祭に上げる。八つ裂きに、業火にくべ、その魂を地獄界へと封印する」
男はそう言うと、たくましい肉体に力を入れた。
その槍でニッサを一突きにしようとしたまさにそのとき、介入する者があった。
「待つのだ!」
その声を聴いた男はすぐに槍を収めた。
介入したのは一族の長老だった。
長老は一族において最も大きな権力を持つ。ゆえ、すべての者が長老の前にはひれ伏すしかなかった。
男も長老のほうを向くと、その場に跪いた。
長老はゆっくり歩いてニッサのもとにやってきた。
「ニッサよ」
「……」
ニッサは力なく顔をあげた。
「お前を責めることはできない。遅かれ早かれ、こうなる時は来るとわかっていた。お前がこの地に現れなくとも、いずれエルドラージは我々に牙をむく。永遠の安らぎなど存在しないのだからな」
「……」
「我々は逃げて来た。力がないからエルドラージの脅威からずっとな。だが、逃げ切れるものではない。いずれ向き合わなければならない。そして、身に付けなければならない。エルドラージと戦う力」
長老は神妙な顔でニッサをにらみつけた。
「これは始まりだ。初めて我々はエルドラージと戦う定めを受け入れることができた」
長老はそう言うと、持っていた槍をニッサに向けて振るった。
老人とは思えないほど鋭い一撃だった。新緑魔力に裏打ちされた鋭い一撃はニッサを縛り付けていた鎖をすべて引きちぎった。
自由になったニッサはその場に倒れ込んだ。立つだけの力は残っていなかった。
「ニッサよ、ワシは一族の長老としてお前を勘当する。二度とこの地に戻ることは許さない」
「……」
長老の言葉は実質「処刑」そのものだった。
バーラ・ゲドの森に放り出されたエルフが生き残ることは不可能。結束によって生き延びて来たエルフに孤独は耐えられない。
だが、長老はニッサに孤独を与えた。
「ニッサ、お前にとってその孤独がいずれは大いなるコジレックを打ち倒す力を授けてくれるだろう。行くがいい」
長老はそう言って、ニッサに槍を向けた。
ニッサは涙を流した。一族を離れることの意味をよくわかっていた。それは死より重い罪。
しかし、ニッサはその罪を歩むことが贖罪のために欠かすことができないこともまた理解していた。
ニッサは渾身の力で立ち上がると、最後にもう一度だけ一族の仲間を見やった。
すべての者がニッサが出ていくことを望んでいた。
そこはもうニッサの居場所ではなかった。
ニッサは彼らに背中を向けると、果てしないバーラ・ゲドの森林の奥地へと消えて行った。
◇◇◇
バーラ・ゲドの大地に異端の炎が舞い降りていた。
「うーん……無事カラデシュにたどり着けたのかしら……」
その炎は目を覚ますと、体を起こすと頭を押さえた。
「きついプレインズウォークだったな。頭が割れそうだったよ」
少女はそう言って、体に力を入れた。
「ふんふんふん、ありゃ? おっかしいなー、霊気がちっとも集まって来ないよ」
少女はそう言いながら立ち上がり、あたりを見渡した。
そこは、少女の知る世界とはまったく異なる世界だった。
異様に大きな木、異常な発達をした草花。それらは少女が知る世界のどこにも存在しなかった。
「ここ、カラデシュじゃない! どこ?」
少女は目的地とは異なる世界にたどり着いてしまったことを悟った。
「どこだかわからないけど、なんかやばそうなところ……何が安心安全のプレインズウォークだよ。時空魔道士なんてちっともあてにならないじゃん」
少女は誰かに文句を言いながらとりあえず、あてもなく歩き始めた。
しばらく歩いたところで、誰かの叫び声を聞いた。
「おーい、助けてくれー!」
助けを呼ぶ声がとどろいた。低い男性の声だった。
「人だ!」
少女はその声のほうに急いだ。
すると、そこには獰猛な獣がいた。少女がやってきた物音に反応して、鋭い牙を向けて来た。
「クロ―サ獣? よりずっと小さいじゃん。なーに、私を食べようっての?」
少女は自分よりも大きな獣ににらみつけられたにも関わらず、少しも驚いていなかった。むしろ、獣を睨み返していた。
「ごぎゃごぎゃごぎゃあ!」
獣は少女を喰らおうと威嚇してきた。
「いいけど、私を食べるとやけどじゃ済まないわよ? わかった?」
少女がそう言うと、獣は知ったことかと言わんばかりに前足を振り上げた。鋭い爪が闇夜の中にきらめいた。
「師匠直伝のボールライトニング! 存分に味わいなよ」
少女は力むと、手から火の玉を作り出した。火を作る術は紅蓮術とされている。少女はかなりの紅蓮術の使い手と見て間違いなかった。
少女は小さくも鋭い火の玉を獣の顔にめがけて投げた。
投げ出された炎は形を変え、猫の姿に変化した。
焦熱の火猫はそのまま、獣の顔面を捉え、吹き飛ばした。
獣はひっくり返り、そのままピクリとも動かなくなった。あたりに焦げ付いたにおいが充満した。
「おー……なんかいつもより2割増しに火力が強いや。このあたりの特殊なマナのせいかな……」
少女は動かなくなった獣に近づいた。
「おー、助かったぞ。恩に着る」
先ほどの男の声が近くでした。しかし、見る限り、どこにも人の姿はなかった。
「どこ?」
「ここだ」
少女の目の前に突然現れたのは、真ん丸の可愛らしい緑色の発光体だった。
「どこ?」
「ここである。我が見えぬか?」
「え、あなた?」
少女は目の前の丸い緑の発光体を指さした。
「そうだ、他に誰がいるというのか」
「あなた、エレメンタルよね? しゃべれるの?」
少女はエレメンタルという概念は良く知っているようだったが、しゃべるエレメンタルを見るのは初めてだったようである。
「うむ、たしかに人語を心得たエレメンタルは珍妙であったかもしれぬ」
「すごい、エレメンタルがこんなにしゃべるなんて初めてみたよ」
少女は物珍しそうに緑色のエレメンタルを指でつっついた。
「名前はあるの?」
「うむ、我こそは乱動の座、オムナスである」
「オムナスか。よろしくね。私はチャンドラ・ナラー」
緑色のエレメンタルはオムナスと名乗り、少女はチャンドラと名乗った。
「我を知らぬとは、さてはおぬし、外界の者か?」
「たぶんそうかな。カラデシュ生まれだから。ここはどこ? 私、こんなへんてこな森は見たことないよ」
「カラデシュの民か。いくらか出会ったことはある」
「ここはどこかわかる?」
「ゼンディカーだ。そして、ここはバーラ・ゲドの大森林である」
「ゼンディカーか。図書室で読んだことはあるや」
チャンドラは一応地名だけは知っていた。発見されている次元の中で最大の広さを持つ地「ゼンディカー」は少なくともカラデシュの10倍以上の広さがある。
「ってことはやっぱりカラデシュに戻れなかったのか。どうしよう、早く戻らないといけないのに」
チャンドラには急いでカラデシュに戻らなければならない事情があった。
「案ずるな、チャンドラよ。我は乱動の座、オムナスである。ゼンディカーの地をはるか昔から治めて来た神である。カラデシュへ渡る方法もすでに心得ておる」
オムナスはそう言ったが、見た目にはただの可愛らしいエレメンタルであり、神の風格はどこにもなかった。