マジック・ザ・ギャザリング ライトノベルVER 作:やまもとやま
チャンドラにとって、ゼンディカーの大地を歩むのは初めて。
行けども行けども、森ばかりの景色に、チャンドラは疲れた表情を見せた。
しかも、ゼンディカーに存在する不思議な力「乱動」が介在する地形は危険極まりなかった。
突然、大地の一部がめくれて、チャンドラは崖の下に転がり落ちそうになった。
「うひゃあ、地震?」
チャンドラは間一髪のところで落下を阻止した。
「ふむ、今日も順調に乱動の力が活動しているな。ここゼンディカーでは地形のすべてが生き物だ。しかも連中の意思は動く者を捕食すること。この岩場も例外ではない」
「嫌な世界。恐竜の頭の上に乗っかってるみたいなものってこと?」
「そうだな。ゼンディカーに休まる場は少ない。だが、安心するがいい、チャンドラよ。我は乱動の座、オムナス。乱動の流れを掌握することができる。こっちが安全だ」
オムナスは力を失っているとしても、乱動の力の最高峰の存在。
オムナスの導きで、チャンドラはようやく安全な場所に身を置くことができた。
もう夜遅い。あまり不用意に歩き回るのは危険だったので、チャンドラは安全な場所で野宿することにした。
「疲れた……夜遅いし、ここに泊ろうか」
「うむ、このあたりはおおむね安全地帯と考えてよい。滅多なことでは身の危険にさらされることはなかろう」
乱動の力を敏感に感じ取るオムナスがそう言うので、間違いはなさそうだった。
しかし、いくら安全でも、もう1つチャンドラには困った案件があった。
「お腹空いた……喉も乾いた」
この問題は、周囲が安全というだけでは解決することができなかった。
「オムナス、このあたりに水はないの?」
「バーラゲドは水源に恵まれた森林である。探せばいくらでも見つかろうが、この暗闇の中を歩き回るのは危険だ」
「そうだよね……でもこのままじゃ眠れそうもないよ」
大きな若葉がクッションになる眠り心地の良い場所を見つけたが、いまは喉の渇きが強くて眠れる気がしなかった。
「ならば、近場を探してみよう。安心せよ、チャンドラ。我は青マナをも司るエレメンタル。水源の反応にも敏感である」
オムナスはそう言って、小さな体で胸を張った。頼りになるのかならないのかわからなかった。
◇◇◇
さまようほどに闇は濃くなるばかりだった。
道は続いているが、その道の先には一筋の光さえもなかった。
生きる意味は?
生きる資格は?
生きる勇気は?
すべての問いに対する答えが見つからなかった。
足を止めると、周囲から悪魔のささやきが聞こえて来た。
「さっさと倒れてしまえ」
「倒れてしまえば楽になるぞ」
ニッサは立ち止まり、目を横に向けた。
乱動の作用で知能を得たツリーフォークの幹が怪しく光り、ニッサを見ていた。
ニッサが倒れれば、大地の養分となり、ツリーフォークはご馳走を得ることができる。
ツリーフォークだけではなく、大地を這う虫もニッサが力尽きるのを待っていた。
「お前は一族から追われた身。もはや生きる意味などない」
「そのとおり……本当に生きる意味など……」
ニッサはツリーフォークの言葉が抗うことができず、自らで自らを責めた。
「私の過ちが、一族を荒廃させ、美しい新緑もまた消えてなくなってしまった……」
「そう、貴様は重罪人。万死によって償うほかない」
「死……それが私の役目」
ニッサはそうつぶやくと、今度こそ足に力が入らなくなって足元が崩れた。
しかしそのとき、これまでとは毛色の違う声が耳に響いた。
その声に反応して、ニッサはかろうじて倒れ込むのを阻止した。
「なんだか不気味な道だね、このあたりは」
「ツリーフォークらの縄張りだ。しかし、そうであれば木の実のいくつかを恵んでもらえるかもしれぬ。いや、我が説得すれば必ずや恵みが与えられるであろう。他でもない、我は乱動の座、オムナスであるからな」
「その自信が過信じゃなきゃいいけどね」
チャンドラはオムナスと明るく会話をしながら、さらにはチャンドラが生み出した強烈に明るい光によって周囲を照らしていた。
そのまばゆさは、いまのニッサには目がくらむほどのものだった。
周囲のツリーフォークも紅蓮術師が生み出す明かりに畏怖して、擬態、すなわちただの木を演じた。
「む? この反応はエルフか?」
オムナスが目の前にエルフの魔力を感じた。
「エルフ?」
「バーラゲドに住むエルフであろう。気をつけろ。エルフは警戒心が強い。少なくとも明かりは消したほうがいい」
「えー、でも私、暗い場所が苦手なんだよ」
チャンドラは少しだけ手の明かりを弱めたが、いまだに鋭い閃光があたりを照らしていた。
チャンドラの閃光が目の前のニッサを照らし出した。ニッサは手でその閃光を遮った。
「どうもこんばんは。怪しい者じゃないよ」
「……」
ニッサは強い警戒心を秘めた目でチャンドラをにらみつけた。
「いやー、食べ物と水を探してここまで来たんだけど、少しも見つからなくて。君、この近くに住んでるエルフ?」
チャンドラはフレンドリーにニッサに話しかけて近づいたが、一定以上の距離に近づくと、ニッサからきつい言葉が飛んだ。
「近づくな!」
「わっ、ご、ごめん」
まだ3メートルほどの距離があるが、ニッサは後ずさった。
「その明かりを消せ。不愉快だ」
「いや、でも何も見えなくなるし」
「消せ!」
「はい……」
チャンドラは渋々明かりを消した。
チャンドラがドミナリアに住んでいたころにも、エルフとは何度も面会したことがあった。
トレイリアに留学してくるエルフィムのエルフたちは、人間を毛嫌いしていなかったし、むしろ人並み以上にフレンドリーな性格のエルフも少なくなかった。
ラノワールのエルフたちも警戒心は強いが、チャンドラはラノワールのエルフの友人を何人も持っていた。
だが、目の前のニッサはこれまでに出会ってきたいずれのエルフよりも警戒心が強かった。
人間を徹底的に忌み嫌っていた。
「あのー、聞きたいことがあって。ちょっといい?」
チャンドラが尋ねてもニッサは言葉を返さなかった。
「この近くに水と食べ物がないかなと思って探してるんだけどさ、知らないかな?」
チャンドラはそう言って、一歩前に出た。ただ一歩前に出ただけだった。
しかし、ニッサは異常な警戒心を発揮した。
「近づくなと言っただろ」
ニッサは地面に落ちていた1つの木の実を握り締めると、わずかな緑マナを使い、新緑の刃を発生させた。
断りも話し合いもなく、ニッサはチャンドラめがけてそれを振るった。
突然の襲撃だったが、チャンドラはかろうじてその一撃をかわした。
「な、何するんだよ、危ないでしょうが!」
チャンドラが大きな声で怒ると、ニッサは余計に攻撃的になった。
しかし、ニッサは憔悴していてすべての動きが遅かった。戦闘の心得のあるチャンドラには、ニッサの攻撃は簡単に阻止できるものだった。
チャンドラはニッサの新緑の剣に火を這わせた。
すると、剣は炎上。ニッサは狼狽して、剣を手放した。
「紅蓮術を使うなんて、悪魔か?」
「どっちが悪魔だよ。そっちが先にやってきたんでしょうが」
「森を燃やす気ね。許さない」
ニッサはもはや完全にチャンドラを敵視していて、話が通じる状態ではなかった。ニッサは落ちていた小枝から再び、新緑の剣を作った。それにしても器用な自然魔術だった。
チャンドラは仕方なかったので、反撃することにした。
憔悴したニッサの動作は遅い。その隙をついて、チャンドラはニッサの懐に踏み込んで、ニッサの体にショックを撃ち込んだ。
いまのニッサは軽いショックにも耐えられなかった。ニッサの体は麻痺し、そのまま意識を失って倒れた。
「ふう……おっそろしいエルフだったな。いきなり襲ってくるんだもの」
「エルフとはそういうものだ。しかしチャンドラよ、なかなかの戦いぶりであるな。誰に紅蓮術を教わったのだ?」
「ヤヤばあちゃん。ドミナリア一番の歴戦の紅蓮術師だよ」
「ほう」
オムナスは地面に倒れたニッサを見下ろした。
「まだ生きているようだ。とどめを刺すのか?」
「うーん……」
チャンドラはしゃがみこんで、ニッサの三つ編みの髪を掴み上げた。ていねいに編まれていた。
何となく悪いエルフではないように思えた。何か事情があって、人一倍人間不信になっているだけで、きちんと話せばわかり合えるような気がした。
「よいしょっと」
チャンドラはニッサの体を両手で抱え上げた。ドミナリアにいたころでは見慣れない香水の匂いがした。
「助けるのか?」
「うん」
「また襲ってくるかもしれぬぞ。あるいは擬態を演じて寝首を刈るタイミングをうかがっているだけかもしれん」
「なんとなく悪いエルフじゃないと思って。ほら、すごく優しそうな寝顔してるもの」
チャンドラは自分の勘を信じることにした。
こうして、チャンドラとニッサは巡り合った。その巡り合いが世界の命運を大きく変えることになった。