マジック・ザ・ギャザリング ライトノベルVER 作:やまもとやま
チャンドラは森の中でエルフの少女に出会った。
そのエルフは出会っていきなり牙を向いてきた。明確にチャンドラを殺そうとした。
そういう意味では、このエルフは助けるべきではない。身を守るためにも、そのまま息の根を止めてしまったほうがいいのかもしれない。
しかし、チャンドラはニッサを背負うとそのまま安全なところまで移動した。
「どう、オムナス。この辺も危ない?」
「少なくとも荒れ狂う乱動の流れはない」
「よしっ、じゃあここで焚火するか」
チャンドラはニッサを地面に下ろすと、あちらこちらに落ちていた木を拾い集めた。
このあたりには手ごろな木の枝がたくさんあった。焚火をするにはうってつけだった。
木さえそろえば、あとは簡単。紅蓮術師であるチャンドラは無……正確には空気中を漂うマナを集めることで火を起こすことができた。
チャンドラが宙に弧を描くように手を動かすと、弧炎が発生した。弧炎は宿ることのできる木を探し、地面の小枝の集まりのもとに降りて行った。
すると、火が広がり、持続的に燃え続けた。
「いやー、良かったよ。赤マナのない世界だったらどうしようと思ったけど」
チャンドラは火がついたことにホッとした。
「その点は心配いらぬ。ここゼンディカーは赤マナの豊富な次元。アク―ムのゴブリンたちにも紅蓮術師は実に多いのだ」
「ゴブリンもいるんだ」
「アクームの大陸のほうにな。ここバーラゲドはエルフと人間たちが中心に住んでいる」
「たしかにエルフにとっては住みやすい気候かも」
チャンドラは火の前に腰を下ろすと、地面に横たわっているニッサのほうに視線を向けた。
このあたりは緑マナのもとになる緑で囲まれている。緑マナを巧みに操るエルフには過ごしやすい環境と言えた。
「で、どうするのだ、このエルフ」
オムナスは焚火の上に自分の体をくべながら、ニッサのほうを見た。オムナスはエレメンタルなので、火は人間における食材と同じ意味があった。
火は一般に赤マナと緑マナの融和によって成り立つ概念である。「赤緑」はどの世界でも「火」「心の火……情熱、闘志など」を象徴した。
そういう意味で、紅蓮術師とエルフは親和性がある。しかし、世界的に見ても、エルフは火を怖がる傾向があり、紅蓮術師と自然魔道士は犬猿の仲だった。
赤マナと緑マナは親和性があるが、逆に言うと、それだけ狂気とも言えるほどの大きな力になる。大きな力は秩序を乱す。秩序を重んじるエルフはそういう意味で火を避ける傾向があった。
「とても優しそうな顔をしていると思わない?」
チャンドラがオムナスに尋ねた。
「我にはよくわからんが」
「優しそうだよ。ほら、きっと笑顔が似合う女の子だと思うな」
「しかし、先ほど我々を殺そうとしたではないか」
「何か事情があるんだよ。お母さんに叱られたとかさ」
「ふむ、たしかにはぐれたエルフだったのかもしれないな。バーラゲドでは一度輪から離れると生きていくのは困難だ」
オムナスは火から外に出た。真緑だった体にうっすらと赤色がついた。
「オムナスは何のエレメンタルなの? 見たところ新緑の魔力っぽいけど、火の中でも大丈夫なの?」
「我は乱動のすべて。どのマナも好き嫌いなく操ることができる。本来はな。いまは緑マナのみのこの体たらくよ」
「ちょっとは赤マナが補充されて良かったね」
「うむ、しかしチャンドラよ。おぬしはずいぶんと変わった炎を操るのだな」
「そう?」
「うむ、我もこれまでに感じたことのない炎であった。我はこれまで幾度となく火の温泉に浸かってきたものよ。しかし、このようなまばゆい炎は初めてだ」
「そうだねえ。ヤヤばあちゃんはいつも言ってたよ。チャンドラの炎はバカっぽいとかね」
チャンドラは口元をとがらせた。バカと言われるのがコンプレックスだったが、チャンドラは筆記テストはいつも赤点だった。
「なるほど。バカの炎か。それはしっくりくる表現だ」
「オムナスまでバカって。あのね、私だって頑張って勉強してんだからね」
「気にするな、チャンドラよ。紅蓮術師はバカでも務まるという」
「だからバカって言わないでって」
そんなやり取りをしていると、エルフが目を覚ました。
ニッサは意識を取り戻すと同時に体に痺れを覚えた。体の芯まで縛り付けるような痺れだった。
そのため、手も足もピクピク震えるだけで自由には動けなかった。
「あ、起きたの?」
「……」
ニッサは懸命に痺れる体を動かしてチャンドラから、焚火の火から距離を取ろうとした。しかし、体はほとんど動かなかった。
「大丈夫だよ、軽いショックだから。すぐ治るよ。治らなかったら治る薬草をあげるよ。ヤヤばあちゃんから調合を何度も教わったから安心安全だよ」
チャンドラはフレンドリーにニッサに話しかけた。
ニッサは何かをしゃべろうとしたが、口がまともに動かなかった。
「君の名前はなんていうの? 私はチャンドラ・ナラーだよ。怪しい者じゃないよ。ドミナリア、トレイリアのアカデミーに所属する学生だよ」
「……」
「んーと、ドミナリアはわかる?」
「……ちか……よるな……」
ニッサはかろうじてそうしゃべると、わずかに体をよじってチャンドラから距離を取った。
「わかったよ。近寄らないよ。ここでおとなしくしてるから」
「……」
「いやー、でも困ったもんだよ。カラデシュに戻ろうとしたらさ、こんな森の中に落っこちちゃうんだから」
チャンドラは明るく災難を話した。しかし、チャンドラがどれだけ明るく振舞っても、ニッサの警戒心は消えなかった。
「私、カラデシュが故郷なんだよ。いま、ちょっと大変なことが起こってるんで早く戻りたいんだけど、戻れるあてはさっぱりなのよね。このちっちゃいエレメンタルはあてになりそうにないし」
チャンドラはそう言って、オムナスの顔をつついた。
「まだ疑っているのか? 我は乱動の座、オムナス。真の力が戻って来れば出来ぬことはない」
「悪いけど全然信用できませーん。こんなちっこいエレメンタル、野良猫にも食べられちゃうよ」
「まったく、最近のヤングパイロマンサーはエレメンタルを見た目で判断するから困る。だがな、いまに見ておるがよい。真の力が戻って来れば、神々しい我の真の姿を見せてやる」
「せいぜい期待しないで待ってるよ」
ニッサはチャンドラとオムナスのやり取りを聞いていた。
「オムナス……様?」
ニッサはチャンドラの近くを漂っているエレメンタルに目を向けた。
「あれ、君オムナス知ってるの?」
「……」
「オムナス、知ってるみたいだよ。なんか話してあげたら」
「我を知るエルフがいたか。とうの昔に忘れ去られたかと思っていたが」
オムナスはふわふわと漂ってニッサの前にやってきた。
「我を知っているのか?」
「……いえ」
「なんだ知らぬのか、この乱動の座、オムナスを」
「オムナス様は知っています……ですが、そのような小さな姿ではないと記憶しておりましたので」
「まったくエルフの連中まで見た目で判断するとは、若人の外見主義には困ったものだ」
オムナスはため息をついた。
「しょうがないよ。そんなちっちゃいんだもの」
チャンドラが横から言った。
「どうしてオムナス様がここに?」
「いくらか事情があってな。エメリアの天使どもが、エルドラージを封印するためと言い、我の魔力をすべて使い果たしたのじゃ。あとで返すと言ったまま、その約束も忘れ去られてしまった」
「エルドラージ……」
「知らぬのか? ここバーラゲドの大地にもエルドラージが封印されているはずだ」
ニッサはうつむいた。エルドラージは知っていた。誰よりも近くでその凶悪性を認識していたから、その時のことを思い出すと体が震えた。
「オムナス、質問」
チャンドラが尋ねた。
「なんだ?」
「そのエルドラージとかいう怪物を倒したらもとの力が戻ってくるの?」
「いや、やつを封印した面晶体があるはずだ。我の魔力はそこに封じ込められたのだ」
「そんじゃあ、そこにオムナスを連れてけばいいわけね。場所はわかんの?」
「もう覚えておらんな。エルフの娘は何か知らぬか?」
「……いえ」
ニッサは面晶体の場所を知っていたが、否定した。
「そうか。ならば、この遥かなバーラゲドの森林を探し回らなければならぬな」
「こんなジャングルをあてもなくさまようなんて冗談じゃないよ」
「だが、カラデシュに戻る近道はそれしかない。アク―ム火山にカラデシュに通じる次元口がある。乱動の炎で満たされているゆえ、我の力なくしてその入り口を開くことはできぬ」
「そりゃ困ったな。それも困っただけど、もっと困ったことがあるのよ」
チャンドラはそう言って、ぐったりした。
「お腹空いた。喉乾いた」
「なるほど、そっちのほうが一大事であるな。人間は飲み食わなければ死に絶えてしまうからな」
「そうだよ。何とか食べ物を見つけないと」
チャンドラは火に当たるのもつらくなるほど喉がカラカラだった。
「そこのエルフよ、もし乱動の座、オムナスへの信仰心があるのなら、我の頼みを聞き入れてほしい。チャンドラは我の命を救った恩人。我はそれに報いなければならぬ。近くに食糧はないか?」
オムナスがそう言うと、ニッサはようやく対話の姿勢を取った。体の麻痺も収まってきたので、ニッサは普通に座ることができるようになった。
「私たちはオムナス様を崇拝して生きてまいりました。オムナス様の頼みとあらば」
「そうか、頼めるか」
「あくまでもオムナス様のため。人間のためではありません」
ニッサはそう言うと、まだチャンドラに敵対心を見せながら、ゆっくりと立ち上がった。
よほど人間……外部の存在を忌み嫌う風習があるようだった。