マジック・ザ・ギャザリング ライトノベルVER   作:やまもとやま

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8、火の導き

 乱動の流れは、ゼンディカーに長く住む者でも正確に読むことはできない。

 それは気まぐれで、ちょうど人々の心に似ている。時に荒々しく、時に優しく。もし、人の心を理解できる者がいれば、目の前に作用する乱動の気持ちもわかるのかもしれない。

 

 ニッサは乱動の気持ちが理解できた。

 目の前の一本の木を見つめれば、その木の感情が理解できた。自分たちを歓迎しているのか、あるいは殺そうとしているのか。

 ニッサは一本の木を見上げて、しばらくじっとそこにたたずんだ。

 

 ニッサの後ろをついてきたチャンドラは、ニッサが何をしているのか理解できず、しばらくニッサの背中を見ていた。

 

「あのー、あの木に食べ物があるの?」

「話しかけるな」

 

 ニッサは一言そう言うと、ジッと木を見つめ続けた。

 事前にニッサから、手が届く範囲には近づくなと言われていたから、チャンドラはあえてニッサから少し離れたところに立っていた。ニッサはまだチャンドラを信用していなかった。

 しかし、警戒心の強いエルフにとって、それは自然な振舞いだった。チャンドラにとってはカルチャーショックでも、バーラゲドの森に生きる者にとっては、ここで生きるための処世術のようなものだった。

 ゼンディカーでは、あらゆる集団が餌である。同族であっても、一族が変われば捕食の対象になる。ここに生きる者は警戒心がなければ生き残れなかった。

 

 ニッサはそんなバーラゲドの本質を心得ていたから、まっすぐ木を見つめながらも、五感を研ぎ澄まして警戒を怠らなかった。

 ややあって、ニッサはうなずいた。

 

「ありがとう」

 

 ニッサは一言そう言うと、チャンドラに合図を送ることもなく黙ってある方向に歩きだした。

 

「もう、移動するなら声ぐらいかけてほしいもんだわ。エルフってどうしてこう不愛想かな」

 

 チャンドラは思わず愚痴をこぼした。

 

「チャンドラはカラデシュの地に生まれたのであろう? 文明の地に生まれた者には、乱動の地の心が理解できぬのも仕方ない」

 

 オムナスが言った。

 

「でも、オムナスはけっこう愛想いいじゃん」

 

 チャンドラはオムナスの表面を突っついた。何度見ても、オムナスには神の趣がない。本人曰く、乱動の神であるそうだが、見た目は愛らしいエレメンタルでしかなかった。

 

「我は数千年も生き続けている。その間に、あまたの大地の民と関わってきた。ちょうど、チャンドラと同じほどの紅蓮術師ともな」

「長生きだねー。ヤヤばあちゃんの何倍も生きてんだねー」

「ニッサはおそらくまだ外の世界を知らない。しかし、我にはわかる。ニッサは外の世界を望んでいる。ここでお前たちが巡り合えたのは、奇跡いや運命かもしれぬな」

 

 オムナスはニッサとチャンドラから、ただの若きエルフ、ただの若き紅蓮術師以上の可能性を感じていた。

 

 ニッサが進んだ方向からは川のせせらぎが聞こえて来た。

 ニッサは木と無言のコンタクトを取り、信頼を得て、水のある場所の情報を聞き出していた。その方向に向かうと、本当に川があった。

 幅の広い大きな川だった。バーラゲドでは、川があった場所は翌日には鬱蒼とした深い森に成りえるし、さらに翌日には切り立った崖にもなりえる。乱動の世界では、その地形はその時の刹那の姿でしかなかった。

 

「おー、川だ」

 

 チャンドラも川の音に気が付いて、ニッサを追い越して川に近づいた。

 清き水の流れる川だった。バーラゲドの見せる「オアシス」の部分だった。バーラゲドの乱動は人を貫く刃にもなれば、生命を育むゆりかごにもなる。この川には危険がなく、まさにバーラゲドの揺籃の地だった。

 

 ニッサは自分を追い越して川に降りていくチャンドラの背中を見つめた。

 オムナスがニッサの隣に並んだ。

 

「初めてか、紅蓮術師と出会うのは?」

「ええ、人間を見たことはありますが、一族の間で、人間との交流は禁じられていましたから。ましてや、火を使う人間は悪魔と同じと教えられてきました」

「悪魔か。たしかに人の心はデーモンと同じかもしれぬな。しかし、チャンドラは例外かもしれぬ」

「彼女は特別な人間なのですか? 私には人の見分け方がわかりませんので」

「そうだな。我も数多くの人間と会ってきたが、チャンドラは特別だ。チャンドラの炎は闇を照らす力。世界を焼き尽くす紅蓮地獄ではない」

「そうなのですね……」

 

 ニッサは川に近づいて、チャンドラを見下ろした。

 

「ねー、飲めるの? この水」

 

 チャンドラは無邪気にニッサを見上げて尋ねて来た。何度も拒絶の意思を示してきたが、それでもチャンドラはフレンドリーにニッサと接しようとした。ニッサもチャンドラのその姿勢に少しずつ警戒心が解けていくのを感じていた。

 ニッサはうなずいた。

 

「じゃあ、飲もうっと」

 

 そう言うと、チャンドラは川の水を手ですくって飲んだ。

 ニッサにはとても不思議なことだった。どうして、自分の言葉を簡単に信用するのか。自分が嘘をついているかもしれないとどうして猜疑心を見せないのか。

 チャンドラにはニッサの言葉を疑うところがなかった。

 

「人間というのはこうも簡単に他者を信用する生き物なのですか?」

「それは生きて来た環境によるだろう。チャンドラはそういう環境に生きてきたのだ」

「……」

 

 それはニッサには考えられないことだった。バーラゲドでは、猜疑心が生存において最も求められる能力だったから。しかし、チャンドラは一切の猜疑心を持たずに生まれ育っていた。いったいどんな環境に生きればそのようになれるのか。ニッサは好奇心を覚えた。

 

「ニッサよ、あてがないのなら、チャンドラと歩みを共にしれみればどうだ。チャンドラはおぬしに新たなる世界を示してくれるだろう」

「新たなる世界……」

 

 それはニッサが夢見た世界だった。ニッサは新たなる世界を開くため、禁断の地に足を踏み入れた。その結果、大いなる災厄コジレックが目覚めてしまった。

 ニッサは逡巡していた。新たなる世界を切り開きたい思いとそれに対する恐怖。コジレック覚醒の瞬間を思い出すと、恐怖で体が震えた。

 

「怖いか? しかし、チャンドラはその恐怖も打ち消す力強い炎を持っている」

「……」

 

 ニッサは前を見つめた。

 ニッサの目の前には闇が広がっている。その闇に足を踏み入れることはとても恐ろしいことだった。

 しかし、その闇に一筋の光が伸びていた。それはチャンドラが示してくれた光だった。

 

 チャンドラは喉の渇きを潤したが、もう1つの課題である空腹を何とかしなければならなかった。

 

「魚がいるかどうかも見えないよ」

 

 チャンドラは小さな炎を発生させて川の中を覗き込んだが、暗闇の中では魚の姿を捉えることができない。

 ニッサはそんなチャンドラの背中に近づいた。これまでで一番近い距離まで近づいてから、一言つぶやいた。

 

「教えてあげる」

「んー?」

「バーラゲドで一番おいしいもの」

 

 ニッサはそう言うと、あたりをキョロキョロして、近くに落ちていた木の実を拾い上げた。

 

「誘い出すから、あんたが倒しなさい」

「獣?」

「ナメクジ」

 

 ニッサは一言そう言うと、拾い上げた木の実を握り締めた。その手から自然魔力が解放された。

 

「ナメクジ?」

 

 チャンドラにはニッサの言った言葉の意味が理解できなかった。

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